第034話 二章、エピローグ―王の功績(G)―
それは無能とされた王の、誰にも知られることのなかった歴史だった。
真実を知ったビルガメスは、額に手を当て黙り込んだまま。
友たるエンキドゥも様々に思う事があるようであり。
また――。
無能な父だと内心思っていた息子のフィンクス第一王子も言葉を失い、深く考え込んでいる。
そんな神妙な空気も関係なく。
ふはふはは!
アクタは迷宮の空に、映像をドババババ!
王の記憶から、世界の危機を回避する様子を紹介し続けているのだが。
どこかで見ていたのだろう、口元をチーズケーキで汚した猫の姿の女神ヴィヴァルディが、「なななななな」っと「な」を連呼し。
「ちょ、ちょっとなによこれ! わたしっ、世界を滅ぼす気なんてないんですけど!? って、なによナブニトゥ! ニヤニヤと露骨に喜んだ顔をして」
「ヴィヴァルディ、ああヴィヴァルディ」
「な、なによ!?」
「無能などと告げた過去の非礼を詫びよう、僕は感心したのだよヴィヴァルディ。ヴィヴァルディおまえもやはり人類を滅ぼす気があったのだなヴィヴァルディ」
「誹謗中傷はやめなさい! あれは絶対わたしじゃないんだから!」
否定するヴィヴァルディに構わず、ルトス王の記憶を映す空には、ありとあらゆる手段を用い世界を滅ぼすヴィヴァルディ神の、世界滅びショーが開催されている。
人類達も、うわぁ……っとドン引きする中。
ヴィヴァルディ神はアクタを振り向き、毛を逆立てキシャー!
「アクタ! これ、あんたの捏造でしょ!」
「失礼な、我はルトス王の人知れず動いていた、誰も知らない物語を紐解き、彼の王の汚名を雪ごうと真実を明かしているだけなのだが?」
アクタの胸ぐらを掴もうと猫ジャンプを繰り返すヴィヴァルディ。
その肩に、そっと翼を乗せてキラキラキラ。
瞳を輝かせるナブニトゥ神が、くるくるくると回りながら。
「ああ! ヴィヴァルディ、ヴィヴァルディ!」
「うげ!? な、なによ気持ち悪い」
「僕は嬉しいよ、ヴィヴァルディ。何を恥ずかしがっているんだいヴィヴァルディ。おまえを見縊っていた僕をどうか許しておくれヴィヴァルディ。こういう時はどう祝うのがいいのか……赤飯を用意しようか、それとも最高のステーキか。なにがいい、ヴィヴァルディ!」
「あぁあああああああああぁぁぁ! こいつはこいつでわたしが世界を滅ぼしてることに大喜びだし、アプカルル! あなたからも嘘だって言ってちょうだいよ! このままじゃあ、わたし! 人類に誤解されちゃうわ!」
促されるアプカルルはやはり、こてんと首を横に倒し。
「あらら、あららら? どうして誤解なのかしら? アプカルルは思うのよ、ヴィヴァルディ、あなたはやればできる子だって!」
「ちょ! 止めてよ! 本当に誤解されちゃうでしょ!」
「うふふふふ、うふふふふ。アプカルルは思うのよ、もしヴィヴァルディ、あなたが本当に人類すべてを消し去りたいって思うのなら、アプカルルは協力してあげるわ。だから、いつでも言ってちょうだいね?」
人類がうわぁ、やっぱり女神さまが世界を滅ぼすのかぁ……とごくりと息を呑んでいる中。
映像を流し続けるアクタは能天気なまま。
ヴィヴァルディは、わなわなと髯ごと口を震わせ。
空をビシ!
「だいたい! この映像は何なのよ!」
「ルトス王には後悔したまま死ぬ状況となった場合、世界を巻き込み人生を最初からやり直す能力が与えられていてな。その後悔に世界の終わりも含まれていた、故に――これは無能とされた彼の王がヴィヴァルディ神による滅びを止め続け、滅びの未来を回避し続けた涙ぐましい記憶なのだが、はて――何が不服なのだ?」
「不服に決まってるでしょう!? わたし、なにもしてないのに! 滅茶苦茶に怯えられちゃってるじゃない!」
実際、人類が彼女を見る目は変わっている。
もっとも、元が残念女神だと既に大多数に伝わっているので、空気は緩いが。
「そうは言うが……キサマとて神なのであろう?」
「そうよ!? 神よ!?」
「ならば暴走すれば世界を破壊する力ぐらいあるのだろう。おそらく、今の汝が暴走していないのは暴走するルートを全てルトス王が回避した結果、なのであろうな」
「だいたいなんでわたしが暴走しないといけないのよ!」
叫ぶヴィヴァルディに、眼鏡をスゥっと上げながら声を上げたのは魔術師ビルガメスだった。
「おそらくですが――神聖教会がそう仕向けるのではありませんか?」
「はぁ!? わたしの信徒たちが?」
「ええ、神聖教会にとってあなたは絶対の存在。何故そこまで彼らがあなたに心酔しているのか、ボクには分かりませんが……ルトス陛下が繰り返した物語の全てで、あなたは神としての裁きを人類に下している。そして必ずルトス陛下を操り傀儡としようとしている、無関係とは思えません」
ルトス陛下と口にする魔術師ビルガメスの言葉には、確かな敬愛が含まれていた。
アクタが見せる光景を嘘とはせず……受け入れた。
可能性の高い事例から目を背ける気はなかったのだろう。
ビルガメスはそのままアクタを振り向き。
「確認させていただきたいのですが、王都の神聖教会はどうなったのですか?」
「ふむ――悪意を持ってルトス王に近づいていた者以外は他の民と同様に、我が迷宮の王都へと回収してあるぞ?」
「悪意あった者は」
「ふはははは! 分からぬか!? 自分が散々無能だと煽り罵っていた王族に、これからどう接したらいいのか悩んでいる魔術師の男よ!」
アクタの言葉に眼鏡をくいっとしながらも、目線を逸らし。
「ははは、それはこれからの態度と実績で取り戻せばいいだけですので。それよりも、悪意のあった神聖教会の連中をどうしたのか、お聞かせ願えますか」
「今、そなたの足元で落葉を貪っているではないか?」
「落葉? ……ということは、え? まさか」
「ふむ、スカベンジャーへと存在を作り替えた。まあ罪が大きくないモノは時が経てば元に戻るであろうし、大罪ありし者は一生スカベンジャーのまま。ブッディズムでは畜生道とでもいうのか、罪を拭うまでは死後も許されず、Gとしての輪廻を繰り返すであろうな」
ブッディズム?
と、人類はアクタの言葉を把握できていないようだが。
直感型なのか、言葉を感覚で理解したエンキドゥが言う。
「つまりは因果応報で、やらかしてる連中ほどGとしての人生を繰り返すって事ですかな」
「ふははははは! その通りである!」
「あぁああああああああああぁぁ! あああ、あんた! わたしの信徒をゴキブリにしたってこと!?」
さすがに女神ヴィヴァルディとしてそれはNGだったようだが。
アクタはしれっと言い返す。
「仕方あるまい、王都の神聖教会の連中を放置すれば終わり、その道は必ず世界の終わりに繋がっているのだ。それに、もうルトス王は限界だったのでな――我が転生の道へと導いてしまった。故に、もう二度とやり直せぬ。王都に限らず、おそらく神聖教会を野放しにすると世界は滅び今度こそ本当に終わりとなるが。それで良いのであるか?」
「良かないわよ! 良かないけど……ねえ、わたしの子たちが世界崩壊とか滅亡の原因になるってマジなの?」
アクタは同席していた聖騎士トウカに肩を竦めて見せる。
彼女は嘘を見抜く【看破】を使用している。
その彼女が女神ヴィヴァルディに申し訳なさそうに顔を向け。
「どうやら――本当のようです。少なくともアクタ殿はそう確信しているようですが」
「そんなぁぁ……」
ネコの姿のままへたり込むヴィヴァルディの頭に、ナブニトゥ神がばさりと着地。
瞳を閉じ止まり木にして、くくくく!
「マスター、いっそ彼女が奏でる終わりの唄を聞くというのはどうだろうか?」
「わたしは人類を助ける側だって言ってるでしょうが!」
「それは今の時点ではだろうヴィヴァルディ。これからどうなるのかは僕たちにすら分からない。なにしろマスターは僕の神託から外れた行動を取って見せたからね。ああ、マスター。僕はとても楽しみになってきたよ」
重いから降りなさいと、叩き落されたナブニトゥ神は地面に横たわったまま。
くくくくっと嗤い続けている。
アプカルルが言う。
「それで、アクタは人類をどうしたいのかしら? アプカルルはアクタの判断に従うのよ?」
「ふむ、王都の件はルトス王の行動に敬意を表し、王都の民を回収し救ったが……ここと異なる人類についてはまだ物理的接触を果たしておらぬからな。救うべきかどうかも、正直判断できぬ」
「そう、じゃあ保留なのね。アプカルルもそれでいいと思うのよ」
告げたアプカルルはアクタの周りでくるくると回りつつ、鯉の顔だけを人類に向け。
「そうだ。王都の三分の二の人々が、何事かって騒ぎだしてるみたいなのよ? アプカルルは、面倒になると周囲を流しちゃう癖があるから、そうならないようにどうにかした方がいいかもしれないのよ?」
そのままアクタも他人事のように告げる。
「確かに――彼らには事情を説明しておらぬからな。まあ先ほど空に流した映像を彼らも観測はしていた筈、ルトス王の嘆願で自分たちが助かったとは気付いているとは思うが。混乱はしているであろうな」
さて、そうなった時誰が動くか。
該当するのはルトス王の息子のフィンクス第一王子だろう。
当然、皆の視線も王子に向く。
「私ですか!?」
「我が行っても良いが、我はハーメルンの笛吹き悪魔扱いであろうからな。やはり王族が行くべきだと我は思うぞ?」
「しかし……」
王子の脳内にはおそらく、弟や妹の顔が浮かんでいる筈。
だが。
ルトス王の記憶を喰らったアクタがしれっと告げる。
「言っておくが、死したルトス王の跡をあやつらが継ぐと世界の終わりルートに入るぞ」
「え? いや、そ、それはなぜ」
「だから言うたではないか、我はルトス王の全ての記憶を持っていると。そもそも此度の世界でシェフたるそなたの死を焦った王が、慌てて捜索隊を出したのも滅び回避のため。ネメアー第二王子やらが王となると即座にやらかし、ヴィヴァルディが暴走。そのまま滅びへと繋がる最短ルートだからであるぞ?」
皆が知らぬもしもの可能性を語るアクタに、ヴィヴァルディがくわっと顔を上げ。
「ちょっとアクタ! あたしにもその記憶を全部見せなさいよ!」
「見せるのは構わぬが、我はこれでも歴史ある祟り神にして全ての悪を押し付けられ、全ての押し付けられた塵芥を無尽蔵に喰らう神であるからして、四千年以上の記憶を食っても理性を保っておるが――普通ならば神とておそらく発狂して死ぬ。それでも良いのであるか?」
「え? は、発狂?」
「うむ、試しにスカベンジャーへと落とされた元人間のGに記憶の一部を渡してみたら、発狂して来世へと旅立ったのでな。まあ、試してみたいというのなら、我は止めんが……」
ヴィヴァルディは猫の顔を、ぐぎぎと聖騎士トウカに向ける。
嘘を見破るスキルを発動している彼女は、こくりと頷いていた。
「あ、やっぱいいです。はい」
「そうか、しかし……何匹かのGで試したのだが、一匹の例外もなく発狂し暴れ、死んでしまったのでな。これほどのまでの経験を、ただの人間の身で歩き続けたあの王は、ふふ……まあ大した男であったのであろうな」
言って、アクタは天へと手を伸ばし。
「ルトス王を無能と謗るのは止めよ、我が禁じる。構わぬな?」
アクタにしてははっきりと断言した御触れであるが、それを拒絶する者は誰もいなかった。
王都は救われた。
もはや世界が終わったとしても、この迷宮の住人は救われる。
アクタは冥界にすら侵入できるG。
世界が滅びるその瞬間には、世界を捨てて単騎で逃げることができるのだから。
そして迷宮とはアクタの体内。
つまり、滅びる世界から抜け出す唯一の箱舟なのだ。
たった一人の王の、長い旅路の果て――。
王はこの世界で初めての偉業を達成した。
滅びの世界から民を守るのに成功した、ただ一人の王となったのだ。
それが、無能とされた王の本当の物語である。
二章
王都の無能王編 ―終―