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第033話 あの日のボクらの思い出を


 【SIDE:魔術師ビルガメス】


 かつてのあの日。

 まだ彼が王族という存在に忌避感を持っていなかった頃の記憶。

 これは空に広がるだろう王の記憶ではなく、魔術師ビルガメスがあの日に見た光景だった。


 冒険者に憧れる少年ビルガメスは少年時代から天才だった。


 五歳で初級攻撃魔術を制覇。

 十歳で中級攻撃魔術をほぼ網羅。

 なら十五歳できっと上級魔術も覚えちゃうのかしらと、希少なヒーラーを目指す幼馴染の少女に言われ苦笑して……大成していく友たるエンキドゥにいつか部下にしてやると、偉そうに言われ。

 畜産が盛んな牧場の村で、夢と大志を抱き生きていた。


 そこには確かな幸せがあった。


 エンキドゥは大剣を抱え今日も村の周囲を警備。

 ビルガメスは迷宮に籠り、魔術の修練と研究。

 幼馴染の少女は、牧場の牛を相手に回復魔術の実践と研究。


 それぞれが未来に向けて歩いていた。

 そして実際に、エンキドゥは村どころか国でも有数な大剣使いとなり、ビルガメスは上級魔術も習得。

 二人は誰の目から見ても天才と称されるようになった。


 幼馴染の少女は彼らへの賞賛に少しムッとして、わたしだって! と、張り切っていた、日々の鍛錬と研究を欠かさず精進していた。


 ビルガメスはこのまま三人で、いつかパーティーを組むと思っていた。

 世界に轟く冒険者になると思っていた。

 けれど。


 そうはならなかった。


 それがあの日の事件。

 【暗愚の奇行】。

 突如としてルトス王が、牧場の家畜を全て殺し――焼却処分し、灰を地下深くに封印すると狂った命をだしたのだ。


 当然、村人は反対した。

 畜産で生きる小さな村だ。

 今いる家畜全てを処分されたら、皆は飢えて死ぬ。


 幼馴染の少女はそれに猛反発をした。

 当然だ、彼女は十歳の頃からずっと家畜を相手に治癒の研究をしていた。

 回復魔術の鍛錬を重ねていた。


 だから、家畜を焼却処分すべく動いた王家の騎士団に手を出し。

 そして殺された。

 少女の死をきっかけに、村人たちも武器を取り騎士団との小さな戦争が始まった。


 結果は歴史に残る通り。

 反乱は鎮圧され、家畜はすべて焼却処分。

 反逆者もその場で殺され、ビルガメスとエンキドゥがそれぞれ帰還した時にはもう、全てが終わっていた。


 ビルガメスの鼻孔には、まだ焼け焦げた草原と村の香りが残り続けている。


 ビルガメスはエンキドゥに言った。

 王族を皆殺しにしてやると。

 エンキドゥは言った。


 今はまだ無理だ。自分たちは天才だろう、けれど所詮は個人。それに今は二人になってしまった。

 どれほどに腕を上げようが相手は国家――たった二人が王族に逆らったところで、鎮圧される。

 だから、もしやるのならもっと強くなってから。

 あるいは、自身が出世し、国に意見を出せるようになってから――。

 それからでも遅くはない。違うか?

 と。


 ビルガメスは友を信じ、待ち続けた。

 いつか、この焼け爛れた故郷の復讐をと。


 それがビルガメスが王族を憎悪する理由。

 飄々とした表向きの軽さの下にあった、本当の顔。


 だが。

 王の記憶を読み解き、アクタは【暗愚の奇行】の真実を映し出す。


 そこは王城。

 その診療室。

 何故かビルガメスは最も憎きルトス王の後ろに仕え、やせ細り死にかけた病人の前で俯きながら眼鏡を曇らせている。


 王を立たせたままでも気にしないほどの距離なのだろう。

 床に臥せる病人が、乾いた口から……か細い声をゆったりと紡ぐ。


「そのような顔をするな、ビルガメス」

「……どうして、あなたは笑っているのですかエンキドゥ」

「敬愛するルトス陛下と親愛ある友たるおまえに見送られて逝くのだ、これ以上の誉はあるまい。違うか?」

「あなたは英雄なのですから、それじゃあ困るとボクは言っているのですっ。どうして、そのような諦めた顔をしているのです、エンキドゥ! それは、あなたらしくない!」


 国の英雄エンキドゥ、その目はもはや灰色だった。

 自慢だった黒髪も、白髪……そこに英雄としての覇気はなく、言葉を紡ぐのもやっとという様子だ。

 もう自身の終わりが分かっているからこそ、なんとか声を絞り出しているのだろう。


 今までなら元気な振りをしていた。

 けれど、もう駄目だと知っていたのだろう。

 エンキドゥは小さくかぶりを振り。


「すまんな、オレは……ここまでのようだ」

「女神ヴィヴァルディを止めなければ世界は終わる、あれを倒せるのはあなただとボクは信じています! だからっ、だからどうか諦めないでくださいっ。ボクを独りにしないでくださいっ、あの子のように、あなたまでそうして病に臥せて、ボクを置いていってしまうのですか!」

「もう、おまえも無理をするな」

「無理、ですか?」

「ああ、オレとてバカだが無能ではない。だから、おまえがあいつとオレと同じ病にかかっていると、オレは知っている。おまえが、無理をして、宰相としての務めを果たそうと……そうして平気な振りをしている事も。常に風の魔術を張り、疫病が他者に感染しないようにしていることも……全部な」


 はは、お見通しだ……と、エンキドゥの口角が上がる。

 そう。

 魔術師……いや宰相ビルガメスもまた、エンキドゥと同じ病を罹患していた。


 いや、彼らだけではない。

 幼馴染の少女も、村人も、町の人々も、王都も、そして王宮も。

 この疫病は既に取り返しがつかないほどに広まっていた。


 治療方法は皆無、研究者の多くが動いた結果……治す術が一切ないことだけが判明している。


 それは柱の神を殺された女神ヴィヴァルディの復讐だとされている。

 だが、実際は分からない。

 だからだろう。


 エンキドゥが言う。


「オレはもう死ぬ。だが、ただで死ぬ気はない。病に伏し……もう駄目だと悟った時からオレは、その病を体内でコーティングし、保存してある。死んでしまった者をどれほどに探っても原因が分からぬ疫病を、内に留めてある。はは……閉じ込めてやったわけだ。だから、この遺体を解剖し、研究し……おまえが病を解明するんだ、ビルガメス」

「できるはず、ないじゃないですか」

「なにをいう、天才のおまえしかできないだろう」

「そうじゃない! ボクは、やりたくないっ。あなたの体を魔術で刻むだなんて!」

「ビルガメス!」


 それは、かつて英雄と呼ばれた全盛期の友の声だった。


「おまえにしか頼めないのだ。天才、だからな」

「あなたの方が、天才ですよ。ボクらはいつでも、あなたに追いつきたくて努力をしてきただけ、なんですから」

「そうだった、のか。はは……いつか、あの日のように、オレとおまえとあいつと三人で、あの牧場で……ずっと……――」


 エンキドゥの瞳から、生気が抜けていく。

 魂が器から離れ、消えて行く。

 死んだのだ。


 ルトス王が言う。


「ビルガメス……すまぬが」

「分かっております。最後の約束、ですからね」


 同じ病に臥せながらも、魔力を操作する天秤を召喚。

 ビルガメスは最後の力を振り絞りエンキドゥの遺体に手を伸ばした。


 数カ月後だった。

 今度は同じ診療室に、やせ細ったビルガメスが横たわっている。

 彼らはやはり天才だった。


 エンキドゥの体内には、誰もが観測することができなかった疫病の原因が遺されており。

 そしてビルガメスの魔導技術は、その疫病の発生源。

 病のはじまりを解明するに至る。


 ビルガメスは灰色となった混濁した瞳で、ルトス王を見上げ。

 告げた。


「原因が、分かりました」

「そうか……」

「おや? 陛下、あまり驚いていないのですね」

「余に世界をやり直す力があると、宰相たるおまえだけは知っているであろう」


 この時のルトス王とビルガメスは、そこまでの秘密を共有するほどの仲だったのだろう。


「では、原因に検討もついたと?」

「そなたらの故郷たる牧場。そこで回復魔術を研究していた少女が、毎日、欠かさず、牛の治療をしていた。それが、牛の中に眠る疫病を育て、世界を喰らいつくすほどの厄災にまで育ててしまうことになった。どうであるか」

「……正解です。陛下、知っていたのなら、なぜ、止めてくれなかったのですか?」


 苦笑する宰相ビルガメスに、ルトス王が言う。


「手は尽くした。魔術を使用しての畜産業を禁止し、回復魔術の乱用を禁じ、農家の自由を縛り……疫病を発生しないようにはした。だが、所詮は神聖教会に操られる王の戯言、農家や彼らは余の命に背き、こうしてまた疫病を作ってしまう。これで五度目だ。何度止めても、何度諭してもおまえもエンキドゥもこうして死んでしまう」

「あなたは……優しすぎるのですよルトス王」

「余は……どうすれば良かったのだ」

「王よ、あなたはまた、繰り返すのですか?」


 疲れ切った表情で、ルトス王が宰相ビルガメスに言う。


「これは余にも止められぬ。また産まれた時からのやり直し。再び、最初からおまえやエンキドゥの信頼を得るところからせねばならぬ。特にビルガメスよ、貴公の信頼を得るのは毎回苦労するのだ」


 はは……と、ビルガメスは苦笑し。

 様々に考えたのだろう。

 死にゆく宰相は言った。


「我が王よ、おそらくあなたがボクを取り込む時点で、世界の終わりは確定している」

「……そうか」

「理由は簡単です。おそらく疫病による死、その全ての元凶はボクらが住んでいたあの日の牧場。どう触れを出しても、おそらく誰かが牛に回復魔術を使い続け……最悪な疫病を育て上げてしまうのでしょう。そしてボクもまた、その歯車の一つとなっている筈です。なので……」


 ビルガメスは、苦渋の決断とばかりに。

 けれど、はっきりとした意志を持って告げる。


「どうか、あの日の僕らを止めてください」

「すまぬがもう、何度も試したのだ」

「いいえ、武力行使を試してはいないのでは?」


 ルトス王の瞳が揺らぐ。


「ビルガメスよ、そなた、自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

「ええ、分かっています。恐らく、最も大きな原因はボクとエンキドゥの幼馴染だった彼女。彼女がボクたちに追いつこうと必死に回復魔術を使う事が原因です。ですので、どうか――陛下」


 解決策を見つけ出した宰相ビルガメスは、まっすぐに王を見た。


「あの日のボクらの思い出を殺してください」


 そして、そう告げていた。


「ならぬ!」

「なしなさい! あなたは選ばれた王だ。主神を殺してしまったボクら人類の滅び、世界の終わりを止めるための運命を与えられたただ一人の人物でしょう。それに……それにです、いいですか。我儘を言わせて欲しいのです」

「我儘……であるか」

「ええ、そうです。ボクら三人、誰一人として自分が原因で疫病が世界を殺すことなど、望んでいないのです。だから、どうか。もしもう一度、世界をやり直すのなら……」


 あの日のボクらの思い出を、殺してください。

 と。

 ビルガメスは申し訳なさそうに王に嘆願した。


 唇を噛みながら王は頷き、いつも宰相にまで上り詰めるビルガメスは微笑み。


「あなたの部下ではなくなったボクは……そして、世界のために動くあなたを知らないボクは。きっとあなたをそしるのでしょうね。無能な暗愚と逆恨みをし、呪い続けるのでしょう。それがとても、ええ、とても……申し訳なく思います」

「もう慣れておる、気にするな」


 ルトス王の言葉に、賢き宰相は気付く。


「そうですか、あなたはこうした事例を……他にも多く、抱えておられるのですね」

「さすがは我が臣下。よく見えておる……」

「なるほど……あなたが終わりを回避するべく動けば動くほど、人々が嘲り嗤う。奇行ばかりの無能。愚王、暗愚と謗られる。ボクもきっと、その中の一人になってしまうのですね」


 申し訳ありません、とビルガメスは本音を残し。

 そして、ついに本人も病に負けて、その生涯を終える。

 ルトス王は、死した宰相の瞳を閉じてやり。

 本当に、疲れた様子で寂しそうにつぶやいた。


「また、余はひとり……仲間を失うのだな」


 そして世界は終わり。

 王は再び生まれ直す。


 それ以降、ルトス王の横に天才宰相が並ぶことはなかった。

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[良い点] 来るねぇ。胸に。いい重さだ。 [一言] こういう展開めっちゃ好き。
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