第032話 Gの帰還、かつてのまほろば
現在、世界は揺れているが、張本人のアクタは構わず鼻歌交じりに帰還中。
世界が揺れている理由は明白。
アクタのせいである。
当然だ。
最強の神アプカルルの顕現が確認され、そして王都の民全てが消失したのだから。
そもそもだ――王都の三分の一の住人が、ハーメルンの笛吹き悪魔に誘拐されたとは既に噂が立っていた。
それは別大陸にまで伝わり、何があったのかと議論がされていた。
その答えが見つかる前に、残りの三分の二が消えた。
異常事態である。
情報が入らぬ世界各地では、いったいなにがあったのかとますます戦々恐々としている。
王都に直接かかわらない各国の権力者は、王都に放っていた密偵から情報を回収すべく帰還命令をだしていたようだが、それもおそらく無駄だっただろう。
なぜなら彼らも皆、既に離反。
王都にいた者はほぼ全員アクタの迷宮に移住しているのだから。
そんな混乱を知ってか知らずか――。
とある田舎の迷宮にて。
鯉の顔をした女神を連れ帰ったアクタは、少しデレデレとしながら迷宮に帰還。
王都とまったく同じ景色が広がるマイダンジョンにて、出迎えたナブニトゥ神たちに手を振っていた。
「ふは、ふはははははは! 我、無事の帰還である!」
レベルも結構上がったのだぞ?
と、アクタは神速ダッシュ!
ナブニトゥ神の鳥頭をツンツンツン!
スキルをコピーしようと、【コピーキャット(神)】を超連続発動させている。
むぅ……っと眠そうな瞳を半分閉じるナブニトゥ神は、アクタの横で正妻面をしているアプカルル神を見上げ。
もう一度アクタを見て……、はぁ……と苦労人の鳥吐息。
「で? マスター、どうしてアプカルルがマスターと一緒にいるんだい?」
「そうであった、説明は省くのだが彼女も我の迷宮に移住するそうだからな。どうせならばと共に帰ってきたのだが?」
「……移住? アプカルルもここにくるのかい?」
「我は来るものを拒まず! それが心よりの願いならば、断る理由などあるまい!」
ナブニトゥ神の後ろには冒険者ギルドの面々もいる。
彼らに。「頼みですからどうかアクタさんに事情を聴いてください、お願いします」と促されたナブニトゥ神の心労は溜まっていくが。
それでも真面目な神なのだろう、ナブニトゥ神が言う。
「マスターが誰を受け入れるのかも自由さ。僕らは反対はしない。けれどマスター。マスターがどういう事情で、どういう経緯で、なにがあってこうなったのか、説明を求める事は求め過ぎではないと思う。そしてアプカルル、なぜ君はそれほどまでに嬉しそうな顔をしているんだろうか。僕にはまるで分からないよ」
「アプカルルはアプカルルなのよ? 嬉しいから嬉しそうにしているのよ?」
「意味が分からないよアプカルル。君がそれほどまでに嬉しそうにするなんて、いつぶりだい。あの方を失った君はもう二度と笑わない。僕らはそうオラクルを得ていた。分からないよアプカルル、いったい君にも何があった」
アプカルルは鯉の口に指を当て、首をこてんと横に倒し。
「嬉しいから笑うのよ? アプカルルは笑うわ、とっても笑うわ。これからもずっとずっと、ここで笑うのよ?」
「そうかいアプカルル。やはり会話が成立しにくいのは変わっていない。いつものように狂っているようで何よりだ、洗脳の類ではないようで安心はしたよアプカルル」
ナブニトゥ神はアクタにアプカルルが無理やり洗脳されたのかと、そこを心配していたようだが。
事実は違う。
アプカルルがアクタについてきた、ただそれだけである。
アクタが言う。
「ふはははは! さてはナブニトゥよ、美女と共に過ごすのが気恥ずかしいのであるな? 森人の神は半裸の変態と思っておったのだが、なかなかに奥手のようだな」
「マスター……そもそもの話だ」
「ん? どうしたのだ?」
「僕達はね、マスター。正直な話、どう転んでもアプカルルとは戦闘になると思っていたのだよ、なのにマスターが王都から帰って来てみれば、アプカルル神と共にいる。訳が分からないのだよ。それに、王都の三分の二の住人、あれもいったいどういうことなのか。マスター、どうか説明を頂きたいのだが?」
うんうんと、後ろの人間たちも頷いている。
王都の三分の二の人々はそろそろ自身がアプカルル神に殺されたはずなのに、何故か生きていることに気が付くはず。
その時、領主たちはどう説明したらいいか――。
アクタが言う。
「とはいうが――そもそも我はアプカルル神と戦うつもりはない、そのような流れではなかったか?」
「そうだねマスター。あなたは確かにアプカルル神の背後で濁流となった魔物を倒し、レベル上げをすると言っていた。しかしやはり、戦闘になるのが自然の流れだろう。違うだろうか?」
「浅慮なり! 我に女性を殴る趣味はない!」
ふはふはは! と、いつもの哄笑を上げるアクタをジト目で眺め。
はぁ……と漏らした溜息にナブニトゥ神は言葉を乗せる。
「まあいいよ、マスター。それであの王都の連中はどうしたんだい? なにか蘇生の魔術の跡を感じたが、マスターが蘇生したのかい?」
「ふは! その通り! アプカルル神の怒りに触れた神聖教会、奴らを洗い流す魔物の濁流に巻き込まれた彼ら、その全てを我が蘇生し、冥界から連れ帰り我が迷宮へと案内したのである!」
我、とっても仕事をしたのだ、褒めても良いのだぞ?
と、アクタはフードを呑気にピコピコと揺らしている。
「理解できないよマスター」
「不服であったか?」
「いいやマスター。僕はマスターの判断には従うさ。けれど、理解できないというのは本当だよマスター。申し訳ないが僕は人類に対してそこまでの価値を見いだせない。マスターだって救う気はなかったはずだ。なのに彼ら全員を救った。純粋に疑問だという事だよ、マスター」
アプカルルが言う。
「それはアプカルルが知っているのよ?」
「アプカルル? 君がか。狂っている君がそう断言するのは、いささか信じがたいのだが」
「酷いわ。けれどそうねナブニトゥ。アプカルルはアプカルルだから、そう思われてしまっても仕方ないもの。でもね、アプカルルは知っているの。それはあの坊やのおかげなのよ」
「坊や?」
「ルトスルトスルトス、ルトス王! アプカルルはね、見ていたのよ? アプカルルと同じく壊れていたあの王様が、アクタと取り引きをしたの! ルトス王! 狂った人類! 可哀そうな人類! 彼が持っていた、彼を狂わせた、彼を苦しめたスキルをアクタに渡す代わりに、王都の人間を救って欲しいって、燃え尽きてしまう魂が消える前に、ルトス王がそう嘆願したの!」
なっ……!
――と、声を上げたのは二名。
王族を憎んでいる魔術師ビルガメスと、そして王の息子フィンクス第一王子。
アプカルルはくるくるくると回りながら。
「あの子は王都の命を救ったの! 世界を救ったの! 無能だって言われても諦めず、暗愚だと言われても負けずに、数千年も独りで歩き続けて、滅びる世界のために、どれだけ誹りを受けようと歩みを止めずに生き続けたの!」
「ありえない!」
声を荒らげたのは魔術師ビルガメスだった。
神々の会話にすら入り込んだ友を止めるべく動いたのは、領主エンキドゥ。
「落ち着けビルガメス、おまえらしくないぞ!」
「あなたは黙っていてくださいっ」
「アプカルル神を刺激する危険をおまえならば理解しているだろう!」
「ですがっ!」
ギリリと歯を食いしばる魔術師を眺め、アプカルル神は自らの鯉の頬に手を当て。
「本当よ? アプカルルは狂っているけれど、嘘はつかないのよ?」
「あの王がっ、民を守る筈などない!」
鬼気迫る魔術師ビルガメスに周囲は何も言えずにいた。
彼がここまで取り乱すなど、想像もしていなかったのだろう。
そしてそんな彼を見て――アプカルルは神として答えたくなったようだ。
哀れな子羊を見る顔で、アプカルルは女神としての声を出していた。
「どうしてあなたが分からないのか、アプカルルには分からないわ」
「奴は命を何とも思っていない暗君だ」
「だって本当にルトス王がアクタに願ったから、民は救われたのよ? 嘘じゃないのよ?」
「じゃあなぜ! あの王はボクらを助けてくれなかったのですかっ! いいや、なぜボクらの村を犠牲にした! 彼らを惨殺した!」
唸るように、腹の奥から声を捩じりだす魔術師ビルガメスはアプカルルを見上げ訴えていた。
ふーむと眺めていたアクタが言う。
「魔術師ビルガメスよ、それはいったいいつの話だ」
「いつ、とは……」
「我はあの王の記憶を全て持っている。彼の王が何故に汝を救わなかったのか。何故に村を犠牲にしたのか。正直、話が全く分からん。汝の言葉が正しいのか、誤解なのか、或いは王が非道であったのか、なにもな。時代を正確に覚えているのなら、それを我に伝えよ。汝の記憶を頼りに、我がその時の王の記憶を呼び起こし、我が迷宮の蒼き空へと映し出そうではないか」
つまりは、当時の王の様子を空に映す。
そんな無茶を言っているのだが、魔術師ビルガメスは知っていた。
アクタならば、おそらくそれもできてしまうのだろうと。
「傀儡に過ぎないあの暗愚が何の気まぐれか牧場を襲った、『暗愚の奇行』と呼ばれるあの日ですよ」
「たしかに、貴公らしくないな。あの日と言われても――我はこの世界の史実には疎い、事情も分からぬし年も分からぬ」
ビルガメスに代わり、領主エンキドゥが目線を向け。
「かつて我らが住んでいた田舎での事、まだ我らが若き頃……村で育てていた家畜が全て王の命令で殺された話でありますよ。反対した村人と王の騎士とで言い争いになり……戦いへと発展、それは小規模な鎮圧となりましてな。死者が多く出た事件があったのです。正確な年となりますと……」
領主エンキドゥが正確な年を告げ。
アクタはそれを映し出す。
空に、あの日の景色が浮かび始めていた。