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第003話 大地に立つG


 ここは既にアクタにとっての異世界。

 静かに滅びに向かう大地の上。


 主神が死んだ影響でバランスの崩れた世界は、徐々に徐々にと、魔物と迷宮が増え続ける過酷な状況となっている。

 けれど、人類はまだこの危機を知らないのだろう。

 酒とタバコの香りが広がるギルド酒場には、陽気な喧騒が広がっていた。


 芥角虫あくたのつのむしことアクタがこの滅びゆく世界に誕生したのは、神からの祝福と使命を受けた日の翌月の事である。


 彼は冒険者ギルドの倉庫の片隅。

 掃除されていない吊戸棚の奥で産まれたようだ。

 その孵化と目覚めを祝福する者はいない。


 けれど、もし気付かれていたのなら即座に殺されていたのだろうから、それは幸運ではあっただろう。


 アクタは産まれたばかりの身を揺すり、身体を拭きながら考える。


 天井に漂う煙は、肉の香り。

 多くの冒険者が注文している鉄板焼きだろう。


 鉄板の上でじゅーじゅーと踊るステーキ肉が彼を誘惑しているが、まずは身体を掃除することが先決。

 アクタは存外に綺麗好きなGだったのだ。

 強めの香辛料とバターが絡み合う肉汁から発生する煙は、嗅ぐだけで美味。


 酒場の香りと酒盛りは、まるでアクタの誕生を祝福するかのように見えなくもない。


 アクタは空腹感を覚えながらも自らの状況を確認する。


 アクタを包むのは木屑、揺り籠のように思えたそこは、吊戸棚に置かれた湿った木箱のようだ。

 遠くの方から声がする。

 小さく黒き身を擡げ、アクタは触角を僅かに揺らし意識を集中した。


「ちょっと店員さん! エールに虫が入ってるんですけど!?」

「し、失礼しました! すぐにお取り返しますので!」

「ったく、あたしが王都の外から来た聖職者だからってわざとやってるんじゃないでしょうね?」


 どうやら同じ卵から産まれた同胞()だろう。

 先に産まれた個体が酒樽に入り込み、そのまま注がれて運ばれたのか。


 赤子虫のアクタは考える。


 産まれたばかりの自分の戦闘力はゼロに近い。そしてこの世界の人類が虫に忌避感を持っているのは確か。

 ここは様子を見るしかない。


「あのぅ……聖職者様? 貴重な回復魔術の使い手、天下のヒーラー様にそんなことすると思います? 媚び諂って一秒でも長く滞在させろって国の偉い人からも、重々よろしく頼んだぞ! って言われてるぐらいなんですよ?」

「あんた、それをあたしに言っちゃっていいの?」

「あら。だってあなたが居てくれないと困るんです! ってちゃんと伝えた方が好印象じゃありませんか?」

「えぇ……そうかしら。あたしがここに滞在してやるから金を寄こせって言いだしたらどうするのよ」

「それこそ金で滞在してくれるならいいじゃないですか。それほど、今は回復魔術の使い手……ヒーラーが貴重なんですから」


 会話しているのは女性二人。片方は回復魔術を使用する聖職者。

 もう片方は、暇な時に給仕も担当するギルドのスタッフだろう。

 息を殺してアクタは考える。


 回復魔術の使い手が、「今は貴重」。

 ということは、大きな戦いか何かがあって戦死者が出たのか。

 この世界では回復魔術を手に入れれば、それなりに役目が得られる。


 回復魔術を得れば! Gでもモテモテになるかもしれない!


 触角を揺らし、アクタは考える。

 神からの恩寵【コピーキャット】で回復魔術を盗めないかと。

 欲しい。欲しい。あれが欲しい。

 触角を揺らし、アクタは聖職者を観察する。


 チェック判定が発生するが……レベルが足りないのか失敗に終わる。


 失敗したことで気配を僅かに出してしまったせいか。

 聖職者の女が、周囲をはっと見渡した。

 不意に視線を感じたせいだろう。


 ギルド酒場の奥に意識をやり、じっと瞳を向けていたのだ。

 アクタは息を殺し、知らん顔。

 ただやり過ごすのみ。


 姿を隠す判定は成功。

 これも神が授けた幸運のおかげだろう。


「ヒーラー様どうかなさったのですか?」

「なにか気配を感じたのだけれど……」

「どうせ、うちのスタッフが倉庫の奥でサボってるんですよ」

「そう……ならいいのだけれど……」


 アクタの瞳には考えこむ聖職者の顔が映っているが、その容貌を詳しく観察できない。

 アクタの今の種族は《ただのゴキブリ》。

 芥角虫神あくたのつのむしがみとしての神秘の力も権能もない。


 視界もただの虫と同じだった。


 近眼の人類が眼鏡を外した時のように、ぼんやりとしか見えないのだ。

 どうしたものかと悩むアクタに、天からの声が響きだす。


『あーあー、テステス! ただいまマイクのテスト中!』


 アクタは思わず驚き、緊張で翅を膨らませかけるが。


『ごめんごめん! 急で驚かせちゃったね。私だよ、私。君にコピーキャットのスキルをあげた闇の神さ。ほら、美しくてハンサムでスマートな黒猫がいただろう、あれが私。今君の意識の中に直接語り掛けているんだけど、聞こえてるかな? 聞こえてるなら触角を二回揺らしておくれ』


 大いなる闇となって膨らんでいたあの黒猫だろう。

 アクタは二回、頷くように触角を揺らす。


『オッケー! いやあ本当は魔術的にも技術的にも未開拓な世界に直接介入するのは、話し合いで禁止されてるんだけどねえ。今の君は最弱の蟲。つまりは一番弱いモンスターだ。このまま死なせちゃうのは可哀そうだし、せっかく渡したコピーキャットが勿体ないし。みんなに内緒でちょっとの間だけナビゲートをしようと思ってね。感謝してくれていいよ!』


 アクタは恩を素直に感じる方なのか、触角を二度揺らし。

 カサカサカサ!

 前脚を上げて感謝を示す。


『じゃあ今からチュートリアルだ。その世界には魔術もあるしスキルもある、そこの聖職者が使うような祝福や奇跡もあるが基本的に、それらは全部同じだよ。同じ一つの大いなる存在から力を借り能力を発動しているのに、ただ呼び方を変えているだけに過ぎない。ここまではいいね?』


 アクタは触角を二度揺らす。


『そして今の君は三つのスキルを持っている』


 【美貌の恩寵(神)】

 【コピーキャット(神)】

 【ハーレム王(G)】


『その中のコピーキャットのスキルで斥候職スカウト、いわゆる盗賊スキルを持っている客から盗賊スキルをコピーすることから始めるといい。なにしろ今の君は見つかったら終わりだからね。斥候職から姿を隠す【潜伏系】のスキルをどれでもいいから使えるようにしないと、詰んじゃって終わりなんだよ』


 はい! じゃあやってみよう!

 と、天の声は面白そうに告げているが。


『え? どうやってコピーするのかって? ああ、そっか。条件も知らないのかな。本当は言っちゃいけないような気もするけど、まあいいよね! 君の場合は肌に直接接触すればいい、そうすれば確率で判定されて幸運値で計算、成功判定なら習得できる筈さ!』


 神の御業なのだろう。

 アクタの脳内に成功した時のビジョンが直接送られてくる。


『ただし! 相手とのレベル差があり過ぎるとコピーに絶対に失敗するからね、確率がゼロなら絶対にひっくり返せないから――新人冒険者っぽい斥候職からコピーするといいよ』


 教えを受けたアクタは触角を二度揺らし、足を上げて。

 ビシ!

 やる気満々なGとなり、いざチュートリアル。


 吊戸棚という高地から、ギラーン!

 獲物を探しその瞳を赤く染め始めた。


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