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第028話 オラクル(神鳥)を求めしG


 とある田舎の迷宮跡地に突如として出現したGの迷宮。

 擬態者ミミックをダンジョン主とした、世界最大規模のダンジョンにて。

 今、人類の複数の勢力が集結している。


 アクタも領主二人も魔術師も、かつて王都に住んでいた者もここにいる。

 そして二柱の神々も。

 王都にあったあの冒険者ギルドと全く同じ迷宮のギルドでは今、集結した人類を前に森人の神ナブニトゥが淡々と告げていたのだ。


「というわけさ、マスター。海の司祭オアンネス=アプカルルは神聖教会を潰すべく動き出しただろうね。つまり、マスターが動かずともあの狂信者たちは無事滅びる。おめでとうと言ったところだろうか」


 淡々とした言葉に人類は息を呑んでしまうが、その横。

 机の上でミルク仕立てのアイスクリームに何度もスプーンを通していた猫、神聖教会の崇めるところの女神ヴィヴァルディが、うがぁぁぁぁ!


「あ、あ、あ、あ、あんた! どうして止めなかったのよ!」

「止める必要など微塵もないだろうヴィヴァルディ」

「あるわよ! わたしの信徒たちが全滅しちゃうじゃない!」

「アプカルルの話が正しいならば、それは彼らの自業自得では?」


 見たこともない鳥と見たこともない猫が争う姿は奇妙だが、ここにいる人間は彼らが神で女神で、アクタの傘下に入った存在だと知っている人物ばかり。

 公爵令嬢の流れにあたるギルドの受付、従業員キーリカとその兄カインハルトは既にこの迷宮の住人。

 女神と鳥神のケンカにも慣れている。


「ナブニトゥ神よ」

「なんだい、ヒューマナイト兄妹のまともな方の人間よ」

「さらりと妹をまともじゃない判定しないでいただきたいが……ともあれです、アプカルルとは、あの海の司祭オアンネス=アプカルル神ということでよろしいのですか?」

「ああ、そうだよ”あの”アプカルルだ」


 ”あの”のニュアンスに引っ掛かりがあったのか、迷宮主たるアクタがいつものフードの奥から口元だけを揺らし。


「なにやら含みのある言い方であるが、何か問題のある神なのか?」

「アクタ殿はあのアプカルル神を知らぬのか?」

「ふはははは! 当然であろう! 告げた通り、我は異世界から侵入せしGであるからな! 常識みたいな顔で言われても、分からぬ者は分からぬのだ!」


 ヴィヴァルディが言う。


「なにを偉そうに無知をアピールしてるのよ!」

「なんだ、無知代表のような顔をしているアイスクリームの虜になり、体重が毎日増え続けている駄女神よ!」

「え!? うそ、わたし、太り始めてるの!?」

「……まさか、気付いていなかったのか? 我はてっきり、痩せ過ぎていたから意識して甘いものを食べているのかとばかり思っていたのだが」


 は! っと女神ヴィヴァルディは自らの猫の腹肉を眺め。


「そうよ! わたしはちょっと痩せていたから食べていただけ! だから訂正しなさいよ!」

「訂正だと!?」

「そうよ! わたしは美しい女神なのよ!? イメージ商売なんだから、訂正よ訂正! 乙女心が分からないから無知って言われるのよ!」

「ええーい! キサマが標準体型になろうが痩せたままであろうが、そのまま太り続けようがどうでもいいであろう! 我は無知なのではなく、この世界を知らぬだけだと理解せよ!」


 ビシっと筋張った指でヴィヴァルディを捉えるアクタであるが――。

 様子を眺めていた領主イナンナが、装飾品を巻いた細い腕ごと肩を落とし、ぼそり。


「こ、これが……あの神聖教会が崇めていた清楚で慈悲深いヴィヴァルディ神で。あ、あれが王都の三分の一を誘拐したとされる異邦人、ハーメルンの笛吹き悪魔アクタなの……? あたくしが想定していたイメージと違い過ぎますわね。領主エンキドゥ、あなた、知っていたの?」

「オレは既に何度か会っていたのでな……」

「そう、それよりも……前向きに話を進めないといけないのでしょうけど」


 領主二人は、はぁ……と重い息を吐くのみ。

 そんな彼らを眺めた魔術師ビルガメスは、神々が持つ独特な波動に押されながらも眼鏡を輝かせ。


「あはは! 考えすぎですよ二人とも、別に”あの”アプカルル神が神聖教会を狙っているのなら、放置しておけばいいんじゃないですか?」

「だぁぁぁぁ! おまえはなぜそうも平然と笑っていられるのだビルガメス!」

「いやいや、だって神聖教会にはあなたもボクも苦労させられていたでしょう? そして散らばっている話を纏めてみれば、どうもあの教会が百年前にやらかした結果、主神はお隠れになられた。その清算にアプカルル神が動くという見方もできますので」


 魔術師の言葉に同席していた聖職者カリンが肩を竦め。


「あたしも別にそれでいいんじゃないのって思っちゃうのだけれど、トウカはどう?」

「私は……もし彼らが何か知っていて、そして罪を犯しているのならばそれは正しく法の下で裁かれるべきだと思っているのだが」

「あなたはいつでも真面目ね、トウカ」


 巻き込まれた形となる領主イナンナが、巻き込まれた形になる黄金階級の冒険者二名を眺め。


「というか、あたくしはよく分からないのですが……この集まりはなんなのです?」

「それはこっちの台詞よ、領主イナンナ。まさかあなたが王都を捨ててこっちに逃げてきただなんて、正直理解ができないのだけれど?」

「あたくしは逃げてきたわけじゃないのよ! 愛しいビルガメス様をお助けしようとなんとか監獄に足を運んでみたら、なんか知りませんけど巻き込まれて、あのバトラーとかいう黒いのにここまで拉致されただけなんですから!」


 叫ぶ領主イナンナに聖騎士トウカは眉を顰め。


「領主よ、貴殿もあの黒いのに連れてこられたのか」

「貴殿もって、あなたたちも!? 黄金階級の冒険者なんですわよね!?」


 話題の黒いのが、部屋の四隅からズズっと姿を現し。

 執事の姿で慇懃に礼をし。


「小生の判断であなたがたをお連れいたしました。我が主は細かい事を覚えていないタチですので、いちいち誰に何をどこまで説明したのかすぐに忘れておしまいになります。なので関係者の方々に集合いただいたというわけです」

「冗談じゃありませんわ! 無礼者、分を弁えなさい!」


 領主イナンナが戦闘職としての【女領主ロード】の側面を覗かせ、魔術詠唱の準備に入るが。

 それを止めたのは領主エンキドゥ。

 彼は眉間に濃い皺と、肌に濃い汗を浮かべ。


「やめておけイナンナ」

「けれど、あたくしは領主よ!」

「貴殿に敵う相手では……いや、ここにいる人間種全員でかかったところで、あの執事一人を倒すことすらできぬであろう。多少強引ではあるが、彼らの言い分も尤もだ。ここで我らも穏便に情報共有を受けられるのならば、それは悪くない選択ではあるまいか?」


 緊張が走る中。

 女神とアクタが太った太ってないで揉める裏。

 また一つ、冒険者ギルドに黒い執事が出現する。


 それはアクタの眷属で、バトラーと同質の執事なのだろう。

 やはり男女の差が分からない、けれど男とも女ともとれる端正な顔立ちの存在だった。

 二人並ぶと、まるで姉弟のようだが……バトラーの方が告げる。


「戻ったのですか、ヴァレット」

「ええ、戻りましたよバトラー」

「王子の方は?」

「この通り、確保してまいりました――それでは、当方はこれにて」

「小生も失礼いたします、マイマスター」


 二匹の従者はアクタに礼を残し、そのまま闇の中へと文字通り姿を消していた。

 そしてその闇の下には、フィンクス第一王子殿下。

 彼に気付いたアクタが言う。


「おう! シェフではないか! 待っておったぞ! さあ! 我に新たなスイーツを提供すると良かろうなのだ!」

「ここは……っ、アクタ殿!?」

「ふむ! ここは我が迷宮! 世界の全てを再現した我の新たな巣であるぞ!」


 さあ! さあ! せっかく来たのだ、スイーツを作ってまいれ!

 と、アクタは空気を読まず暴走しているが。

 このカオスな状況の中、隅でずっと眺めていた女盗賊マイル=アイル=フィックスはこほんと咳ばらいをし。


「それよりも、なんで王子様がここに……というか、どこにいらしたんです? 自分も仲間も、けっこう長い間あなたを探していたのですが、見つからなかったんですけど?」

「貴公がマイル=アイル=フィックスか……」

「そうだけど、なに?」

「いや、というか……領主イナンナにエンキドゥ殿とビルガメス殿も。それに、カリン様にトウカ様までこれはいったい……」


 多くの者がいるせいで、話などまとまるわけがない。

 だからこそとばかりに、神たるナブニトゥは顔を擡げ。


「おまえたちに聞いて欲しい事があるのだよ、神聖教会に軟禁されていた、第二の傀儡へと洗脳されかけている第一王子よ」

「ナブニトゥ様!?」


 神の存在に気付いたフィンクス第一王子は、慌てて平伏するも。


「僕に忠義は不要だよ人間の王族よ。僕は君たちが大嫌いだ。理由はもう、ここにいる全員知っているね」

「……人類が、世界を支えてくださっていた主神を殺してしまったから、でしょうか」

「その通りだよ。だから神と人類との絆はもはや二度と戻らない。まあ、それはいい。今はそこじゃない。おまえたちにはこう言った方が早いだろう。アプカルル神は激怒しているよ」


 神が激怒している。

 それを同じ神の口から聞かされた人類の反応は、かなり重い。

 呼吸さえもしにくい空気の中、女神ヴィヴァルディが言う。


「彼女が怒るのはまあ分かるけれど――今の子たちには直接の罪はない……そう分かってもらえれば、彼女ならこちら側に取り込めるんじゃないかしら」

「どうしてそう思うんだい」

「だってアプカルルって可愛い顔に釣り合った性格で、とっても優しいじゃない」

「彼女を優しくて可愛いと判断するのは、君と柱の神だけだよヴィヴァルディ」

「あら? そうなの?」

「ああ、そうだよヴィヴァルディ。だから君は空気も読めないし計算もできない無能なんだよヴィヴァルディ」


 はぁ!? っと憤怒の猫パンチを構えるヴィヴァルディを無視し、人間を振り向き。

 ナブニトゥはそのまま告げる。


「アプカルル神は神聖教会を狙っている。その根底にあるのは五十年ほど前の邂逅。彼女は幼い頃の暗愚……陛下とやらと出会っているらしい」

「父上にですか!?」

「ああ、そうさ。アプカルル……彼女は子供が好きなのさ。でもどうやらその時から既に、神聖教会による王への傀儡政治が始まっていたらしい。彼女は神聖教会の連中にとっては異端の神、ヴィヴァルディではないからね。だからアプカルルを拒絶するように当時の若き王を誘導したのだろう」


 国家を束ねる筈の王が傀儡。

 国民にとってもいい話ではないだろう、だが、息子にとってはもっといい話ではない。


「っ……神よ! 父が……神聖教会の傀儡だというのですか?」

「ああ、そうだよ愚かで無能な王が落とした種の子よ。あれは傀儡のクズだった。フィンクスといったか。それはおまえが誰よりも心当たりがあるんじゃないのかな」


 辛辣な指摘にフィンクス第一王子は目線を下に向け。


「そう、ですね。神聖教会は、いったいなにがしたいのでしょう……」

「僕はそれを知らない。ただ彼女たちがヴィヴァルディを愛し、神と崇めていることだけは確かだろう」

「ヴィヴァルディ女神よ! あなたのお言葉で神聖教会の方々を止められないのですか!?」


 父が傀儡と聞かされ焦るフィンクス第一王子だが。

 詰め寄られた女神ヴィヴァルディは困惑顔で。


「ああ! もう! とっくにやったのよ! わたしが女神であんたたちの神様だって、でも、でもでもでも! 信じて貰えなかったって言ったでしょう!?」


 領主イナンナが言う。


「まあ、あたくしとて――これが女神だと聞かされていなかったら、強請ゆすたかりの類だっておもいますもの……」

「あぁぁぁ! あなたいま、これって言った!? わたし女神よ!? みんなを愛して、元気でいて欲しいって願っている善神よ!?」

「その理想やあなたさま個人が、素晴らしい御心をお持ちだとは分かりますのよ? けれど、その。申し訳ありませんが、あたくし、宗教とかそういうのは……ちょっと」


 現実主義の女領主に本当に申し訳なさそうに言われ、女神はますますぐぬぬぬぬぬ!


「とにかく! アクタ! あんた早くアプカルルを止めてきなさいよ!」

「傍から話を聞く限りであるが、神聖教会がつぶれても何も問題ないのでは? そもそもそのアプカルルとやらが潰さずとも、我が既に潰す計画を立てているのだ。どちらが先か、誰が潰すか、のモノらの運命などその程度の誤差であろうに」


 アクタの発言にナブニトゥ神が顔を向け。


「しかしマスター。ヴィヴァルディを助けるわけではないが、アプカルルによる神聖教会の滅びにはいささか懸念があるのだが」

「どういう事であるか」


 女神ヴィヴァルディの言葉は流すアクタであるが、ナブニトゥ神の言葉には耳を傾ける。

 この関係性に女神がますます猫毛を膨らませ抗議する中。


「さきほども人類達が”あの”アプカルル神と言っていたのは覚えているだろう」

「ふむ、なにやら含みがあったが」

「アプカルルはあれでも本当に最強の女神なのだよ、マスター。そして狂気のアプカルルと呼ばれるように、本当に狂っているのさ。神聖教会だけを潰すだけで収まるか、甚だ疑問だという事だよ」


 そのままナブニトゥは人類を見渡し。


「マスターがあの王都にいたのならば話は変わっただろうけれどね、マスターを追いだしたあの王都はおそらくアプカルルの滅びに巻き込まれ消滅するよ。まあ、預言はされていた事だ。そして警告もしていたことだ。王都が滅ぶのも運命だろう」


 王都の滅びはアクタを追放した時点で決まっている。

 そう神託を下した形となっていた。

 領主エンキドゥが複雑な面持ちで慎重に言葉を選択したのだろう、静かに口を開く。


「どうにかならぬのですか、ナブニトゥ神よ」

「それは僕が決める事じゃないよ人類。おまえたち人類がこの選択をしたのだ。選んだのだ。それにもう手遅れだ。僕らにも一度振られた賽の目は変えられないのだから」


 告げながら瞳を閉じるナブニトゥ神が、翼を広げ、ばさり。

 【神託オラクル(神鳥)】を発動。

 死者を喰らう鳥としての性質を発動させ語りだす。


「聞くが良い――アプカルルは既に動いている。本日、夕刻。王都に隣接する汝らも知る迷宮から濁流の如く魔物が溢れる。荒れる川を遡りしは、海の司祭。アプカルルはその嘆きと愛憎の流れのまま、王都の神聖教会を洗い流すだろう。たとえそれが終わりの始まりでも、鯉の女神は止まらず。愛憎渦巻く王たる男を巻き込むこととて能わず、全ての民を飲み込むことになろうと狂気のアプカルルは濁流を下り続けるであろう」


 それは本来なら知りえる筈もない先を読み取る【神託】の力。

 神による、本当の未来予知だった。

 王都の終わりを告げた神の告知に黙り込んだ人々の前。

 ナブニトゥ神の頭をツンツンしながらアクタが言う。


「ふむ――ダイスの結果、確定した世界の運命を読み上げる神の御業、特殊スキルといったところであるな」

「……マスター、あまり何度もツンツンするのは止めて貰えるかな?」

「ふははははは! いや、なに気にするな! 便利そうなその力をコピーするべく何度か挑戦しているのだが、なかなか候補に出てこんのだ、しばし待つが良い!」


 ツンツンされて羽毛をボサボサにするナブニトゥ神が、眠そうな眼を半分開き。


「申し訳ないがマスター。おそらくまだマスターのレベルが足りぬのだろう。マスターは僕のことを便利で博識なただの鳥と思っているようだが、これでも一応、この世界を共に生み出した始祖神だからね。神のスキルを習得するのに、マスターではまだ力不足なのだろう」

「ふむ、なるほどな」


 仕方あるまい、とアクタはツンツンを止めるが諦めきれないのだろう。


「それではレベル上げをしてくるのでしばし待っているがいい。我はそのスキルが欲しい、実に欲しい。我は一度欲しいと願ったものを諦められぬ性分なのだ」

「レベル上げかい?」

「ふむ! ちょうどそのアプカルル神とやらが迷宮を氾濫させ、魔物を大量に持ってくるのであろう?」


 女神ヴィヴァルディは察したのだろう。

 露骨に頬をデレデレとさせ、ニヤニヤニヤ。


「やだ、なーにアクタ。あんたも素直じゃないんだから! 結局わたしのためにアプカルルを止めてくれるつもりなんじゃない!」

「何を言っているのだ?」

「なにって、あんたアプカルルを止めて王都と神聖教会を救ってくれるんでしょう?」


 アクタは首を傾げ。


「だから、何を言っているのだ? 王都のモノ達は我の警告を無視し、我を追放した。それは彼らが自らで何とかするとの意思表示。助ける気などないぞ?」

「え、いやいやいや! だって今アプカルルと戦ってレベルを上げるみたいな流れが、あったでしょ!?」


 ふわ? っとアクタは怪訝な様子でフードを揺らし。


「我はただ、迷宮から溢れ出る魔物を喰らいつつ、アプカルル神を無限に魔物を湧かせる経験値装置としその背後をカサカサと追従。湧き出る魔物で無限レベルアップをするのだが? 我はそーいうゲームとやらを目にしたことがある!」

「待ちなさいってば!」


 神出鬼没な二匹のG執事。

 バトラーとヴァレットに既に準備をさせているアクタに、ヴィヴァルディは抗議の構え。


「あんたがどうにかしないと、本当に王都の三分の二の人間が死ぬことになるのよ!」

「それは我のせいではあるまい」

「あんたならアプカルルを止められる。なのに、それをしないっていうのはあなたが王都のみんなを殺しているのと同じよ?」


 空気が僅かに変わっていく。

 元より神々の会話になど人類は入れず、ただ見守ることしかできていない。

 もっとも、それが王族が終わるチャンスならばと魔術師ビルガメスだけは平然としているが……。


 黒衣を纏う長身痩躯なアクタのフードの奥、暗い闇の中で口元だけが揺らぐ。


「ほう? 力ある者が動かぬのは罪であると?」

「そこまでは言っていないわ。けれど、見捨てるのと同じでしょ」

「我は既に問いかけた筈だ。見捨てず伸ばした我の手を振り払ったのは人類である」

「それはっ、王様がアプカルルに粘着されて追い詰められてるからで」


 女神ヴィヴァルディの言葉を遮り、アクタの口が告げる。


「さすがに我はそこまで聖人ではないからな。一度破談となった後に助けろ、都合よく動けと命じるのが汝ら神の矜持であるか?」

「そうじゃない、そうじゃないけれど!」

「僕もマスターに同意見だよヴィヴァルディ。彼らは一度アクタを捨てたのだ。ここで救いの手を伸ばすのは人類のためにもならないだろう」


 かつて人類を助けていた時代を思い出しているのか、遠い顔を覗かせながらもナブニトゥは告げる。


「そもそもだ、無償の愛など人類には毒。いつか必ず、どれだけの仕打ちをしても最終的には救って貰える。そんな心得違いを起こすだろう。アクタならば泣き付けば何でも動くと人類は考える、その感情は必ず暴走する。そして何でも助けてくれなくなったアクタを、逆恨みし、呪い、敵と認定し……あの日、あの時、あの方が殺された時のように――人類はアクタを殺すんじゃないだろうか。僕はねヴィヴァルディ、あの日のように人類が暴走して止まらなくなる姿など、もう見たくはないのだよ」

「ナブニトゥ……」


 ヴィヴァルディがそれ以上何も言えなくなってしまったのはおそらく、ナブニトゥの心を察していたからだろう。

 女神が女神としての声で言う。


「あなた、あの人が殺された理由を知っていたのね」

「ああ、そうだよヴィヴァルディ。柱の神は人類を甘やかしすぎていた、願われれば全てを叶えてやっていた。それが過ちだと気付いたあの方は、人類の願いを叶えすぎるのを止めたんだ。だが、もう遅かったんだろうね。その結果が、邪神扱い。僕はね、悔しいよヴィヴァルディ。人類はあの方をどんな欲でも満たしてくれる、便利なアイテムかなにかだと勘違いしていたんだろうね。彼らがあの方を邪神だと貶め、その命を奪ったのは私欲だよ。彼らは神の力を欲したんだ。だからあの方は殺された」


 歴史に残っていない歴史を語られた人類は、もはや言葉を失っている。


「それよりもヴィヴァルディ。どうして君は覚えていないんだい。てっきり僕は思いだしたくないから黙っていると思っていた。僕のように記憶を弄り、知らないふりをしているのだと思っていた。けれど、どうやら本当に忘れてしまっているようだ。君にいったい、何があった。いいや、君は一体どうしてしまったんだい。遥か昔、柱の神の元に集ったあの楽園で神として在った君はもっと聡明だった。なのに、どんどんとあの日の君が消えて行く。あの日の君が遠ざかっていく。君にいったい、何があった」


 君にいったい、何があった。

 そう繰り返すナブニトゥ神の言葉は、悲痛な色を帯びていた。


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