第026話 Gの観測者
【SIDE:異世界の神々】
とある田舎町に隣接する活動が停止していた迷宮。
アクタが新居とした史上最大級のダンジョンにて。
彼らは全員、息を吐く事すら忘れ呆然としていた。
彼らとは領主エンキドゥや領主イナンナだけではない。
飄々としている魔術師ビルガメスも、ほぼ同時のタイミングで迷宮の調査に来た聖騎士トウカも聖職者カリンも到着していた。
それぞれがそれぞれの事情で、アクタの迷宮にやってきたわけだが。
そことは異なる空間。
混沌の海の中。
彼らが驚く様子を眺め、白鳩姿の光の神が言う。
『ちょっと! なによこの大迷宮は!』
『にゃはははは! 君が彼らと同じように驚いてるのは、なんか笑えるね!』
黒猫姿の闇の神が、光の神をからかい……そんな二柱を寝そべりながら、煙草を吹かすカラスとなった死の神が眺め。
『これがアクタが産み出したアクタの迷宮。やつの心の中で生み出した、やつのドリームランドだ』
『あのねえ……これ、あの王都がそのまんま再現されてるじゃない! いいえ、王都どころかもっと別の場所まで。ぶっちゃけ、あたしだってここまでの再現なんてできないわよ!? どの辺りが迷宮なのよ』
『仕方ねえだろう? あいつはあの冒険者ギルドの吊戸棚から生まれたゴキブリだ、アクタにとっては故郷みたいなもんだ。この世界の迷宮の原理が、迷宮主の記憶や夢、思い出を具現化させるってプロセスを取ってるんだから、そりゃこうなるだろ』
そう、ただの田舎町の死んだダンジョンには今。
もう一つの世界とも言うべき、現実世界をコピーしたかのような超巨大な世界が生まれているのである。
そこには、アクタを追ってやってきた王都の三分の一の住人が、かつてのあの日と変わらぬ、同じ暮らしを送っている。
理論はあっている、だが光の神は死の神の頭にハトキックを決め。
『あたしは誤魔化されないわよ』
『あぁ!? なにがだよ』
『これはさすがに誤魔化せない! あんた、この世界に何を送り込んだの?』
『なにをって言われてもなあ――』
『言いなさい! もし誰かに謝らないといけないやらかしなら早いうちに謝った方が良いでしょ! てか、あたしと駄猫も巻き込んでるんだから、あんただけが怒られて済む話じゃないんだからね!』
アクタの異常性を眺め、何かを察した白い鳩は激怒である。
はぐらかすように蹴られたまま転がるカラスは、目線をずらして言い訳を考えているようだが。
その目線の先には闇の神が、ネコの瞳を赤くさせジロジロ。
『彼女に同調するのは遺憾だが、私も君に話があるよお兄さん』
『あぁ!? なんでえ、まじめな顔しやがって』
黒き闇を膨らませる闇の神は、ネコの瞳の奥に地獄すら燃やすような魔力を浮かべ。
『私たちの送り込んだG……、アクタくんは完全にあの王都を再現してみせた、これは似た場所を生み出したのではなく完全に同じモノだよ。それに、生き物はコピーしていないのに、アクタくんに惹かれて移住した人間たちは”普通に生活”ができている。経済も含め全てが成り立っている。これは私の基準でも異常だ。お兄さんがいったい何を送り込んだのか、その答え次第じゃあ私もちょっと放置できなくなるよ』
『おう? 駄猫、俺様とやろうってか?』
死の神が冗談めいた口調でタバコの煙を空に浮かせ、キシシシと嗤うが。
闇の神はそのままじっと死の神を眺めたまま、黙ったままに睨んでいる。
カラスを睨むネコは、少しずつ目を細め――空気も変えていく。
根負けした死の神が目線を逸らし。
『おいおいマジになるなよ……おまえさんが本気になったら俺もこいつも敵わねえんだから、それはズルじゃねえか』
『いいかい、お兄さん。私はね――遊びと遊びじゃない事をちゃんと分けて考えている。これが趣味の悪い遊びならば最後まで楽しむけれど、もしそうじゃないのなら……そこに何らかの意図があるのならば。そして私の大事なモノ達に万が一でも危険が及ぶのならば――分かるね? 私はこの世界ごと君を潰すだけさ』
『だぁあああああぁぁ! 分かった分かった! だからマジになるなって、魔力と憎悪が漏れてるぞ!』
カラス姿の死の神は、ばさりと翼を揺らし起き上がり。
『とにかく、あいつは俺達に悪さはしねえ。それだけはガチだ』
『あんた、そう言い切れるって事はやっぱりなにか仕込んだってわけね』
白鳩姿の光の神に呆れられながらも死の神は言う。
『死の世界にも色々と事情があるんだよ。あいつの魂をあのままにしておくわけにもいかなかったんだって』
『その事情を説明しなさいって言ってるの!』
『それを説明したくねえっつってんだろうが!』
カカカカっと羽を飛ばしながら砂煙を起こしバトル。
鳥の姿のままケンカを始める光と死の神であるが、黒猫姿の闇の神はバトルには加わらず。
『真面目な話をするよ』
『だから、こっちには問題ねえから気にすんなって』
『そうじゃない、アクタくんが入り込んでいる世界の事さ。もう私たちが介入した時点で、ダイスの目も盤上も大きく揺らいでいる。無関係ってわけにもいかないだろう』
光の神がキョトンとハトの瞳を膨らませ。
『あら、あんたにしてはシリアスね。どうかしたの?』
『今、あの世界の勢力バランスはターニングポイントともいえる転換期に入っているだろう。今目立っている勢力は三つ。人類を見捨て、終わる世界からの脱出を図る神々。人類を見捨てず、世界を救おうと動く女神ヴィヴァルディに、おそらく彼女に同調するだろうあのナブニトゥ神。そして最後に、かつて主神を殺した人類。彼らには彼らのバランスがあった、けれどその中にアクタくんというGが入り込んだことで、そのバランスは崩れだしている』
光の神がクチバシを挟む。
『ちょっと待ちなさいよ、世界を見捨てた神々と世界を救おうとしている女神は分かるけど、人類って勢力バランスになんか入らないでしょう?』
『あのさあ、君』
『なによ、そのバカな女神でも見るような顔は』
『見るようなじゃなくて、本当にバカな女神を見ているんだよ……』
なんですって! と、光の神が吠える前に闇の神は肉球で言葉を止め。
『人類を甘く見ない方が良い。彼らは群れになった時にこそ本領を発揮する種族だ、その結束の力は神さえ屠る時がある。それは君だって知っているだろう? 実際、この世界では主神殺しを果たしてるわけだし』
『そりゃあ、まあ……』
『それを踏まえて、これは少しマズいね。人類を見捨てた神々も、世界の終わりさえもちゃんと理解できていない人類も、アクタくんを本気で殺しにかかってくるかもしれない』
『え? なんでよ。神々の方は分からないでもないけど、どうして人類があの子を狙うのよ』
そりゃGだから、疎まれるのも潰したくなるのも分かるけど、と。
ナチュラルに外道な発言をする光の神に、死の神の方が言う。
『考えてもみろよ駄女神。いきなり異世界から入り込んできたGが、ふはははは! 汝らの世界の滅びは決まっている! なんて偉そうに言いだしたらどうする?』
『そりゃあバカにして、物騒な事を言いだしてるんじゃないわよって黙らせるわ。信用なんてできないし』
『おめえなぁ……どうしてって言う割には、いま自分で答えを出してるじゃねえか』
闇の神が言葉を引き継ぎ。
『そう、アクタくんが来る前から”世界の終わり”は決定していた事だけれど、あの世界の人類にとっては寝耳に水。異世界からのGがいきなり言いだした滅びだからね。普通ならばこう考える、おまえのせいなんじゃないか、ってね』
『いや、それはただの現実逃避じゃないの?』
『分かってないなあ、人類ってのは基本的に現実逃避も他責主義も大好きなのさ』
光の神が言う。
『そうは言うけど、こんな現実と全く同じ……いいえ、世界そのものを全部コピーした迷宮を創り出せるアクタなら負けないでしょ? 問題ないわよ』
その発言に、闇の神も死の神も「はぁ……」と露骨でわざとらしい息を漏らし。
『おめえなあ、本当に善側の神なのか?』
『アクタくんなら絶対負けないだろうけど、アクタくんがもし向かってくる人類も神々も全部食い殺しちゃったらどうするのさ。正当防衛だから、外から見てる私たちからしたら気にしないけど――あの世界の住人はどう思うかな?』
『ああ、異世界から魔王が送り込まれたようなもんなのね』
魔王という言葉に闇の神も死の神も、素の、最高格の神としての側面を覗かせ。
『様ぐらいつけられないのかい、女神』
『はは、なんだ……あいつを呼び捨てにするとは、良い度胸じゃねえか』
カラスとネコに睨まれるも、ふんと光の神は強気のまま。
『あー、はいはい。そういうのはいいから。とにかく! アクタの対応次第じゃああたし達って、あの世界を滅ぼした張本人になるわけね!』
あははははは!
っと、ひとしきり笑った後。
白鳩姿の女神はクチバシの付け根に、濃い汗を浮かべ。
『え、ねえ……それってマズいんじゃないの?』
『ああ、マズいね』
『最初からなにもしなけりゃあ滅ぶ世界とはいえ、さすがに……やべえな』
三柱はしばらく互いの顔を見て。
『ど、どーするのよ!』
『まあアクタくんの性格なら大丈夫じゃないかな? ただ彼の正体に関して聞いていないから、不安定要素があるわけだけど』
『どうなのよ、あんた!』
二柱に睨まれても死の神は触れず。
『それよりも、見てみろよ。神聖教会を潰したいアクタと、それを穏便に止めたい領主共、それに物語から脱落する筈だった聖騎士トウカと聖職者カリンが揃ってやがる。それにあっちに隠れてるのは、ナブニトゥ神でもヴィヴァルディ女神でもない他の神だろう? そりゃあこんな迷宮ができりゃあ見に来るだろうが、一波乱がある。物語が動くぞ』
話を逸らすんじゃないわよ!
と、怒っている光の神を無視し、死の神はあの世界のダイスの流れに意識を飛ばす。
闇の神もまた、あの世界の運命の流れを読み取り始めた。
既に彼らは迷宮を観測している謎の神に意識を同調させ、その物語を追っている。
『もう! 次はその神を追うのね。分かったわよ分かったってば!』
異世界の神々が見守る中。
彼らの世界が動き出す。