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第025話 鳥籠の領主


 【SIDE:領主エンキドゥ】


 王都は混乱していた。

 当然だ、たった一夜にして三分の一の民を失ったのだから。

 そしてそれは勿論、王都の三分の一を任されていた領主の失態でもあり――。


 王都の端の監獄。

 魔術を封じる檻の中にて。

 二人の人間の声が広がっている。


「いやあ! 捕まっちゃいましたねえ僕の領主(マイロード)!」

「ビルガメス……、おまえは何をそんなに嬉しそうな顔をしているのだ」


 そう、療養中とはいえ王は王。

 次期国王の第一王子フィンクスは何を考えているのですか! と、止めたのだが、領主エンキドゥと魔術師ビルガメスは王命により失脚。

 現在投獄中。

 ハーメルンの笛吹き悪魔ことアクタと共謀し国家転覆を謀ったとして、処刑を待つ身となっている。


 魔術師ビルガメスは項垂れる友の眉間を眺め、ニヤニヤニヤ。


「あはは! じゃあやっちゃいましょうか、実際に国家転覆!」

「勘弁してくれ、オレに大犯罪者になれというのか」

「とは言っても、このままだとボクらは死刑。それも実力が確かな冒険者ですから、その遺骸とて裏に回され魔導実験に使われるか、或いは装備の材料へとされるのがオチですよ?」


 レッツ国家転覆!

 と、元気な友を眺め――ジト目でありながらも語気荒く、怒りマークを浮かべる領主エンキドゥは告げる。


「だいたい! 側近のおまえが常日頃、誰彼構わずそんな危険思想を口にしていたから、陛下もご決断なさったのだろうが!」

「えぇ、そうですかぁ?」

「それ以外に何があるというのだ!」

「ぶっちゃけあの暗君がダメダメなだけですよ」

「だぁああああああああぁぁ! 看守もいる前であの暗愚の悪口を言うな!」


 もはやオジサンと呼ばれる歳だが、領主エンキドゥは冒険者時代には荒くれ者に気性は近かった。

 だからつい釣られて陛下を馬鹿にしているのだが、看守は頬に汗を浮かべて黙るのみ。

 本来なら叱りつけられる所だろうが、看守は彼らを咎めない。


 それとて情報だ。

 魔術師ビルガメスは僅かに空気を変え。

 彼らのみの会話に切り替え。


「(メッセージを飛ばすこともできるので、ボクの魔術を封印できてはいないようです。それが逃げろという合図なのかは分かりませんが、実際問題、ここに残っていても仕方ないでしょう。もうそろそろ逃げませんか)」

「逃げろというがな、オレにも故郷には家族と思っている連中がいる。そいつらに迷惑をかけるわけにもいくまい」

「(そうですね。ですが彼らも、あなたには生きていて欲しいと思っているのではありませんか?)」

「さてな――なにしろ最後にあったのはいつだったか」

「(領主となってから暇がありませんでしたしね。王位の簒奪を諦めるのならば、そうですね……ボクと一緒に帰りましょうか)」


 勝手に王位の簒奪を目標にしていた友に呆れた様子で、領主エンキドゥは肺の奥から押し出すような溜息を漏らし。


「おまえは昔から変わらないな」

「(あなたは変わってしまいましたね。昔のあなたはオレが王になるのだと、ありえぬ覇道を語り大人を呆れさせていたのに)」

「現実を知り、大人になったという事だ」

「(ボクにはまだまだ子供に見えますけどね)」

「こんな老けた子供が居てたまるか……というか、別に魔術で会話をしなくてもいいのではないか? オレの方の魔術は封印されているんだ、結局は言葉が風となって周囲を揺らす。この風は隠せまい」


 二人は落ち着き笑っている。

 かつての故郷の空気が流れている。

 だが、そんな空気も長くは続かない。


 監獄を下りてくる足音がしたのだ。

 続いて、相手の神経を逆なでするような甲高い女の声が響きだす。


「あら? これはこれは領主エンキドゥ殿、随分と冷たい場所でご歓談のようで――あたくし、部屋を間違えてしまったかしら」


 領主エンキドゥは声を聞かずとも、きつすぎる香水の匂いで相手が誰だか分かっていた。

 ビルガメスも相手が誰だか理解したのだろう――即座にニコニコとしたいつもの糸目を作る。

 友との対話で溢れる自然の笑みではなく、外交的なスマイルを作ったのだ。


 エンキドゥは剃れぬ無精髭を、照明に反射させ告げる。


「領主イナンナ殿か、このような狭き我が城に何用か?」

「あなたに用はございませんわ、裏切りの領主エンキドゥ」


 相手はドレス姿の若くはない女性。

 細い腕に巻かれたアクセサリーをシャラリと鳴らし。

 紅で彩られた立体的な唇を、手に持つ鳥かごのような松明で輝かせる女は不敵に笑い。


「ほほほほ、言いざまですね。まさか民に逃げられるだなんて、だからあたくしは陛下に反対していたのです。冒険者上がりの領主などありえないと」

「はは、まったくもってその通りでありますな」

「ちっ……せっかく牢にぶち込んでやったのに、もっと悔しそうな顔をなさったらいかがですか?」

「なに、冒険者の時に一夜を過ごした墓場の迷宮、あの時の腐臭の方がよほど堪えましたのでな」

「まあいいわ、本当にあなたに用はないの。あたくしが用があったのは、ビルガメスさま……、あなたですもの」


 エンキドゥに向ける侮蔑とは異なり、領主イナンナがビルガメスに向ける目線には色があった。

 実際、他者の心を情欲で支配する【魅了】のスキルを使っているのだろう。

 だが、ビルガメスは眼鏡を輝かせニコニコ。


「はて、女狐がボクになにか?」

「もう、つれないのねえビルガメス様。あたくしは何度もあなたに打診していたではありませんか、どうかあたくしの夫になって欲しいと。此度は返事をいただきに参りましたの。既に式の準備も、あなた様を空席の領主に座っていただく準備もできておりますわ」

「あははは、困りましたね。それは何度もお断りした筈ですが」


 単純な話だった。

 領主イナンナは領主エンキドゥの側近で大魔術士と呼ばれる、この飄々とした男に惚れているのだ。

 おそらく今回の手際の良い投獄にも彼女が一枚噛んでいるのだろう。


 エンキドゥが冒険者の職としての君主ロードの威圧を発動させながら、女領主を睨み。


「戯言は後にせよ、領主イナンナ。此度の件、貴様が陛下を魅了したのか?」

「冗談でしょう。誰があんな暗愚にあたくしの【魅了】をかけてなんてあげるものですか。あれは素よ。あなただって分かっているでしょう、領主エンキドゥ。あの王はもう駄目よ。今回はあたくしとビルガメス様の愛のために便利だったから利用させて貰っただけ。誰かが責任を取らないと民に示しがつかないと言ったら、これだっただけよ」


 国民の三分の一を失う。

 笛吹悪魔とされる謎の人物に誘拐された。

 その責が領主にもあるのは明白、彼自身が起こした事件ではないとしても、事件を見抜けず対処できないのは明白な罪といえる。

 それが上に立つ者、責任を取るべき地位にいる者の義務であった。


 だが、それは王へも跳ね返る言葉である。

 おそらく、もはや愚王とされる王が退位するにはいいタイミングだった。

 まだまともな第一王子フィンクスに、王位を譲るべきタイミングだった。


 そして領主エンキドゥは優秀な冒険者としての側面もある、戦える領主。

 暗愚とどちらを切るかとなったら、それはおそらく領主イナンナとて領主エンキドゥを取るだろう。

 だが、そうはならなかった。

 王は我が身可愛さに、有能といえる領主エンキドゥを捨てたのだ。


 エンキドゥが頭を下げ。


「どうやら、今も多くの苦労を掛けているようだな」

「まったくその通りよ。あたくしだって、まさか本当に陛下があなたを裏切るだなんて思っていなかったのよ。フィンクス殿下も反対したのだけれど、おまえはいいからワタシに任せておけって、なにあれ……息子が一度死んじゃったぐらいで、トラウマになってるのかしら」

「陛下もお歳だ……歳を取ると心に弱さが出てくる、オレもおまえも少しは理解できるだろう?」

「……処刑して欲しいの? 年齢の事は言わないで」


 領主イナンナは睨みだけで人を呪い殺せそうな視線を浮かべつつも、領主としての仕事は忘れていなかったのだろう。

 呼吸を整え、彼女はぷっくらと膨らむ唇を動かしていた。


「それで、結局本当に何があったの」

「噂はどこまで聞いている」

「アクタと呼ばれる冒険者は魔物……迷宮中層にでてくる擬態者ミミックであり、異世界から送り込まれてきた世界を救えるかもしれない存在。既に森人の神ナブニトゥと神聖教会の女神ヴィヴァルディを打ち負かし、配下とした」

「ふむ、ならば世界の滅びの事はどこまで知っているのだ」

「少なくとも……神ナブニトゥと女神ヴィヴァルディは世界の滅びを信じている。それは【神の瞳】の端末から、漏れ出てきた会話から間違いない」

「オレが知っている情報と同じだな」


 警戒心がそうさせるのか、腕を組み始めた領主イナンナは眉を顰め。


「アクタっていうミミックが民を誘拐したのはなぜ?」

「それも陛下のせいだ、そもそも彼らが自身の考えで、自らの判断で国を捨てアクタ殿についていっただけなのだ。あれを誘拐というかどうかすら……」

「誘拐じゃなかったというの?」

「王がアクタ殿を追放したのだ」


 そして民たちは国よりも彼を選んだ。


「ま、まあ……Gを追放したいっていうのは分からないでもないけれど……。冒険者ギルドが既にそのアクタの傘下だっていうのは、陛下もご存じの筈でしょう?」


 だから暗愚なんですよとばかりに、眼鏡を輝かせエンキドゥが言う。


「あの男は最もしてはいけない選択をしてしまったのです。彼が王の限り、この王都はもう駄目ですからね。早めの転職をお勧めいたしますよ」

「そう、それでエンキドゥ様はあたくしの求婚を受け入れてくれなかったのですね」

「え? いや……普通に嫌なだけですが」

「このイナンナには分かっております。何もおっしゃらないでいいのです」


 恋する女領主は前向きだった。


「しかし、そうですか……やはり陛下が」

「アクタ殿とナブニトゥ神は世界の混乱や危機を告げておられた……そしてアクタ殿がいるからこそこの王都はまだ無事なのだと。陛下も殿下から話を聞いていた筈なのだが」

「少なくとも、あたくしにまでは情報は来ていないわ」

「領主イナンナよ、何か変わったことはないか?」


 警戒するように組んでいた腕を組み直しイナンナは言う。


「それは――」

「そうだな、虜囚には言えぬか。ならばこちらから言おう。おそらく、前代未聞の速度にて新たな迷宮が生まれているのではあるまいか。そして、隣国の情勢もきな臭くなってきている。どうだ?」


 それがアクタの預言なのだと領主イナンナも理解したようだ。


「本当に何者なのよ、そいつ」

「死と光と闇を司る三柱の異世界神が送り込んできた、人語を介するGであるのは確かだ」


 まじめな口調と顔で語る領主エンキドゥであるが。

 ふと、領主イナンナは真顔に戻り。


「いや、あの……あたくしよく考えたのだけれど、異世界にゴキブリを送り込んでくるって普通に迷惑行為なのではないかしら」

「こ、こら! 不敬であるぞ!」

「不敬と言われても、聞かれて困るものでもないですし。なーに? そのアクタってやつがあたくしの言葉に文句があると不意にでてくるとでも?」


 冗談でしょ、と微笑する領主イナンナの背後。

 監獄の奥から、ふははははは!

 いつもの声が響きだす。


「え!? な、なんですの!? このうざいほどの哄笑は」

「だから、アクタ殿はGだと言ったであろう。彼は神出鬼没。Gが現れるような場所ならば、ありとあらゆる場所が出現位置だと認識せねば……足元を掬われるぞ」

「え! じゃあ、この声が噂の?」

「ははは、アクタ殿ですね」


 作り笑顔ではない笑顔を浮かべる魔術師ビルガメスが、魔力の灯りを浮かべ。

 ポン。

 魔物に発見されるようにわざと、音を発生。


「ふはははははは! 我、見参! 返事をせよ、エンキドゥよ! そこに居るのであろう! そして我の誘いを蹴り王都に残った、領主の男と共にありたい魔術師よ!」

「こちらです! すみませんが主君と共に投獄されておりまして。来てもらってもいいですかー!」

「ふむ! なかなかに趣味のいい避暑地ではないか、このじめじめとした床にさりげなく生えた苔。素晴らしい! さすがは領主、投獄されていても一流の気遣いができる宿泊所にいるのだな!」


 Gにとっては牢獄は隠れる場所も、湿気もちょうどいい。

 存外に綺麗好きなGだが、それは自らの身体だけの話。

 周囲はこういった場所がいいのだとばかりな、アクタの上機嫌な声が聞こえている。


「おう、そうだ! 実は神聖教会を潰すことに決めたのでな。手始めにやつらの幹部を囲っていた王城の土台を喰らいつくし、城を倒壊させるべく動いているのだが――何日間食糧庫を襲いつづければ相手が降参するのか、魔術師殿の知恵が借りたいのだ! 今、そちらに行くので一緒に考えてはくれぬか!」


 それはまさに国家転覆。

 魔術師ビルガメスは、がばっと起き上がり。


「ええ、ええ! ぜひ協力させていただきます。実はそういう流れになるのではないかと思い、既に計画も立てておりますので! 城は我が主エンキドゥに貰えませんか?」


 しれっと王家に歯向かうGと魔術師に、うがぁぁぁ!

 ぎりぎりまとも側な領主イナンナも、そもそもまともな領主エンキドゥも慌てて叫ぶ。


「神聖教会を潰すために、王城を!? ちょっとエンキドゥ? どうなってるのよ!」

「知らん! だがおまえも止めよイナンナ! この魔術バカも、アクタ殿も躊躇せずやらかすタイプなのだ!」


 ちなみに。

 看守たちは既に、黒衣のバトラー集団に拘束されていた。


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