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第23話 Gの見つめるチーズケーキ


 【SIDE:聖職者カリン】


 突然の来訪者は今、巷で噂になっている人物。

 いや、人物と言っていいかどうかは怪しいかと思いながら――。

 聖職者カリンはチーズケーキをオーブンに入れ、【火の魔術】で焼き上げながら息を吐く。


 このチーズケーキはアクタの要望。

 彼は相変わらず黒衣とフードで容姿を隠した姿。

 その顔を直接見た者は誰もいないとの事だが……。


 カリンが言う。


「あのねえアクタ……、突然人の家の近くに引っ越してきておいて、いきなりスイーツを要求するってのはどうかと思うのだけれど?」

「ふむ、だがしかし! 我はチーズの香りに誘われやってきた、すなわち! 汝が我を召喚したようなものなのでは?」

「しないわよ……! そもそもあたしは聖職者よ? 【召喚】系統のスキルなんて持ってないわ」


 火加減を見ながら火の魔術を注ぐカリンは、オーブンの前で焼きあがるまで待機。

 その後ろで心配そうに見守る聖騎士トウカと、更にその横には肩に使い魔を乗せる長身痩躯のアクタ。

 アクタはチーズケーキが焼けるのを今か今かと待っているのだが。


「アクタ……あなた、本当に大きいだけの子供みたいね」

「ふはははは! 我はこの世界に産まれてまだ一年未満、魔物がどれほどの月日を過ぎれば成人するのか知らぬが! 我は失敗から学ぶ生き物、初心は忘れぬ!」

「まったく意味が分からないのだけれど、まあいいわ……」


 聞かなくてはならないだろうと、カリンは意を決してアクタを見上げ。


「それで、迷宮に引っ越してきたってどういう事?」

「言葉通りの意味であるぞ?」

「ここに定住する前に、あの迷宮が活動を停止しているかどうかはあたしも確認した。魔物もわかないし宝箱も発生しない、魔力も枯渇した死んだ土地だった筈。それになにより、王都の三分の一ほどの人間を連れて引っ越してきたって……にわかには信じがたいのだけれど」

「ふむ、どう説明したらいいものか――」


 悩むアクタの肩に乗る、猛禽に似た鳥の方が顔を上げ。


「僕から説明するよ、マスター」

「人語を介する鳥? あなたは……」


 問いかけに応える気がない鳥は、ふん……と冷たい顔をしたまま。


「――簡単な話だよ、人間の娘よ。そもそもあの迷宮の活動が停止していたのは、ダンジョンを構成する登録者……すなわち迷宮主を失っていただけ。迷宮とは心の奥、ドリームランドと呼ばれる深層心理を具現化させる一種の【儀式魔術】」


 鳥はそのまま人類も知らぬ知識を語る。


「そうだな、例えば火炎竜が迷宮主になったとしよう、火炎竜は自分がかつて眺めた故郷を再現したいと心の奥に想いを馳せる。すると出来上がるのが火山地帯や地熱地帯が目立つマグマのダンジョン、火や炎といった炎熱属性の迷宮となる。故に、火山ダンジョンには炎の魔物がボスとなりやすく、氷雪迷宮や氷のダンジョンには氷の魔物がボスとなりやすいのだ」


 自慢げな姿に、なぜか猫が鳥を呆れた様子で睨んでいるが……カリンにとってそれは興味が惹かれる話だったようだ。


「聞いたこともない理論だけれど、たしかに……理にはかなってるわね」


 鳥は満足げに頷き。


「以上の理由から分かるであろう? 迷宮内部を夢見る迷宮主を失えば、迷宮はその活動を停止するのだ。それが活動停止の原理。よもやとは思うが汝等、人類というムシケラはこの程度の事も知らないのか?」

「知らないわよ……てか、理論は確かに分からないでもないけど。それ、本当にあってるの? 証拠とかないのかしら」

「僕は事実を告げたまでだ。何を疑うことがある。これ以上の説明が必要な事を僕は理解できない。分からないのならば分からないまま、そのまま無知のままに生きよ。足りない脳味噌を抱え、世界の終わりをただ震えながら待つとイイ」


 人間死ねと言わんばかりの突き放しである。

 上から目線の鳥にムッとしながらも、カリンはオーブンをチェック。

 【透視】のスキルで、チーズケーキの表面に作られていく味となる焼き目を見ながら。


「反証ってわけじゃないけれど……あたしたち冒険者は何度も迷宮主と思われるボスを倒している、けれど彼らは時間が経てば再生……リポップ現象が発生する。何度倒しても彼らは復活するのよ。ボスを倒した後に活動停止したなんて話、聞いたことがないわ」

「それはただ人類が脆弱なだけだ――」


 カリンはチーズケーキを焼きながらもメモを取り出し。


「その心は?」

「人類は死と消滅の区別がついていないのであろうな。そして人類とは弱い生き物だ。おそらくは迷宮主の表面上の肉体を倒しただけで、迷宮内を夢見て再現するその魂を滅していないのだろう。一時期な死など、所詮は一時的に魂が休んでいるだけにすぎぬ。完全な滅びにあらず」


 得意げな鳥はクチバシに翼をあて、くふふふと微笑し。


「だいたい、人類とて蘇生の魔術で蘇るであろう?」

「それは、まあそうだけれど……」

「あれと同じだよ、聖職者よ。人類とて、幾ばくかの時間経過が発生すれば蘇生が不可能となるだろう? 迷宮主の消失とはおそらく、蘇生が不可能な状態になった迷宮主が輪廻の輪に戻った状態であろうと僕は推測している」


 言葉を受けたカリンは考え。

 この論文は売れるわねと目を輝かせつつも、言葉は冷静なまま。


「つまり、あの迷宮の活動停止の原因は、主が輪廻の輪に戻った。転生したことにある……と?」

「ああ、そして主を失った迷宮は、材料だけが揃った空き地のようなもの。新たな主が登録すればその主に合わせたダンジョンへと再設定されるのだ。そして此度こたびの迷宮主の過去を夢見る力は絶大だった。故に、王都の三分の一の人口が移住できるほどの、世界最大の大迷宮が出来上がった」

「そう……つまりはその新しい主ってのが」


 アクタはふは! っと両手を上げ。


「我の事であるな!」


 両手を上げるたびにバランスを取るネコと鳥が、露骨に嫌そうな顔をする中。

 ネコの方が言う。


「まあそーいうことね! あの迷宮はもうアクタのダンジョンになったのよ。えーと……アクタが異世界から来た神だってのは、あなたたちも知ってるんだったかしら?」


 話を振られた彼女たちは頷き。

 聖騎士トウカが、凛々しいともいえる容姿に小さな困り顔を浮かべ。


「私は直接本人から聞いたのでな」

「あたしはトウカからも聞いたし、アクタの噂は色々と流れてきているわ。ついでに聞いちゃいたいんだけど、この世界の運命を変えるために送り込まれたGだっていうのは本当なの?」

「如何にも! 我はこの世界とは異なる三柱の神の手により落とされたのだ。まあ我がどうするかは我が決める事であるので、世界を救うかどうかは分からぬがな!」


 チーズケーキから目線を外さず、フードの先を触角のように揺らすアクタにネコが言う。


「はぁ!? あんたはあたしと一緒に世界を救うんでしょ!」

「いいやマスター。マスターはマスターが思うように動くべきだ。いっそ、他の神々と合流しこの世界から抜け出すノアの完成を手伝う選択だってあるだろう。僕はマスターに選択肢を狭めて欲しくはない」

「いい加減諦めなさいよナブニトゥ!」

「いいや、いい加減諦めるのはおまえだよヴィヴァルディ」


 図にすると、長身痩躯な人型の魔物の肩でケンカする、謎の鳥と謎のネコである。

 だが。

 彼らを苦笑しながら眺めていた聖騎士トウカの手から、食器が落ちていた。


 カリンが言う。


「あら? 落としちゃったの。手は怪我してない?」

「すまない、大丈夫だ。大丈夫なのだが……」

「破片は後で集めて元のお皿に戻しておくから、そのままでいいわよ。えーと……お皿といえば、そっちの鳥とネコも食べるのかしら?」


 言われたネコと鳥は、長身なアクタの肩からカリンを見下ろし。


「もちろん食べるに決まってるじゃない! 人が育てた牛から取れる牛乳、その乳を叡智と手間暇をかけ創り出したチーズとは豊穣の証、あたしにこそ相応しいわ!」


 髯をピンピンにして、偉そうなネコが偉そうに言うが。

 その反対側で、眠そうな眼で鳥が言う。


「人間が作るという点が非常に気に入らないが、マスターの顔に泥を塗るわけにもいくまい。仕方ないから頂いてやるさ。感謝するがいいさ、人間」

「いつも思ってたんだけど……あのねえ、あんたもうちょっと素直にありがとう! とか頂きますとか言えないの!?」

「そもそもこの僕が人類と話をしてあげている時点で、最大の譲歩ではあるまいか」

「そんなんだから森人にしかまともな信徒が居ないのよ」

「奴らが勝手に僕を崇めているだけさ。僕が制御し、完全な支配下に置いているわけではない。おまえとて、似たようなものだろう」


 使い魔同士のケンカを放置しているアクタは、フードの下で口元をニヤニヤ。

 彼らのケンカを楽しんでいるのではない、ぷちぷちと静かに焼けていくチーズケーキの音を楽しむのに夢中で気にしていないのだろう。

 やはり肩から落とすような呆れの息を漏らし、カリンがジト目で言う。


「食べるって事でいいのね」

「人間よ、君がどうしても僕に供物として捧げ、食べて欲しいというのならそうなのであろうな」

「うちの素直になれないバカバードが悪いわねえ。そーいうわけで、わたしには切り分けた時に一番大きな部分でいいからね!」


 なにがそーいうわけで、なのか分からないが頷き。

 カリンはそのまま目線を同居人の聖騎士トウカに向け。


「トウカあなたも食べるでしょう?」

「え? あ、ああ……もちろん頂くよ」

「どうしたの?」

「いや……大したことではないのだが」

「ああ、アクタの事を警戒しているのね。大丈夫よ、この人……いや、人じゃないけれど。とにかくこちらがなにかしない限りは安全なのは確かよ。たぶん、そういう区分というか分別は人間以上に信用していいんじゃないかしら。少なくともあたしは信用しているわ」


 同じ治療寺院で働いていた仲間でもあったからと、カリンははっきりと断言していた。


「君がアクタ殿を信用しているのは知っている、私が気にしているのはそちらのネコと鳥の方なのだ」


 聖騎士トウカは黄金階級の冒険者の顔で、じっと彼らを眺め。


「鳥の方も種族が分からない。伝承にある神鳥……魂の置き所を失った死者を嘴でついばみ、自然に戻すとされる猛禽神鳥フレスベルグと似ているようだが……それに、そちらの猫魔獣も私の持っている図鑑に該当する種がいない」

「それこそアクタが召喚したんでしょ。魔物なんですから、あたしたちも知らない召喚スキルを習得していても不思議じゃないわ。実際、高位悪魔は人間にも使えない魔術で自分と同種の悪魔を無限に召喚し続けるじゃない。とりあえず話の続きは食べてからにしましょうよ」


 お昼、まだなんでしょ?

 と、カリンは怪訝な顔をしている友を眺めて困惑。


「待ってくれ!」

「なによトウカ、そんなに慌てて……ははーん、大丈夫よ。ちゃんとあなたのチーズケーキは一番角がカリっとなってるところを切り分けるから」

「それはありがたいが、そうじゃないんだ! さきほど、彼らはなんといった!?」


 彼らと言われた鳥とネコは顔を見合わせ。


「さきほどって……こいつに諦めなさいよって言った事? それがなに?」

「諦めるのはおまえだと告げただけだが?」

「そうではなくて――っ」


 珍しく狼狽している友に、カリンが眉を顰める中。

 思い出しようにアクタがフードの下の顎に指を当て、ピカーン!


「おう、そうか。なるほどな! 聖騎士トウカよ、汝の反応も無理もなかろう」

「なによアクタ、何の話?」

「守銭奴の娘よ、気づかぬのか? 彼らの名に覚えはないか?」

「名前って言われても……」


 思い出すように目線を下げたカリンの肩が、小さく揺れ始める。


「ナブニトゥにヴィヴァルディって……まさか!」

「その通り、こやつらはこの世界の始祖神。世界を創世した神々であるぞ」


 さすがの聖職者カリンも顔色を変えていた。

 だが。

 まじかぁ……そうくるのね……っと唸ってはいるが悲観はしていない。


 彼女は思う。

 あたしの平穏は今この瞬間、完全に終わったと。


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