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第021話 交渉するG


 〇エリア:王城応接室〇



 領主エンキドゥに案内され通されたのは、明らかに格が違う一室。

 王族が国賓を接待する時に使われる部屋だった。

 だが擬態者モードで長身痩躯なアクタは部屋に入るなり、ふむ……。


 フードの奥から落胆を示す溜息を漏らし。


「――隠れる場所もなければ、湿気もない。ここは罪人の部屋か?」


 部屋に案内した領主エンキドゥの肩がびくりと震える。


 多くの種族と接したことのある彼には、きっとピンときたのだろう。

 種族によって趣味嗜好も生活空間も違う、もちろん文化も異なる。

 挨拶として握手をしようとする行為が、敵対行動や逆に求愛を意味する時もある。今回の場面では、人間種にとっては良い部屋でも、アクタにとってはあまり心地の良い空間ではないのだろう。


 価値観の違いだろうとすぐにピンときた、心配りもできるナブニトゥは、翼をバサりとさせ。


「恐らくここは人間種にとっては最上位の持て成し、国家としてできる最も敬意を表すための場所だろうさマスター」

「そういうものか、我には分からぬな」

「多くの種族が住むという事はそういうことさ、マスター。僕にも昔、こういった擦れ違いの修正や仲介をした記憶もあったが、それも昔の話だよマスター。今はもう止めた。キリがない。人間とは愚かだね、自分たちの価値観こそが最上と勘違いするのだから」


 ああ、嫌だ嫌だ。

 皮肉げに告げる謎の鳥を眺めた領主エンキドゥが、ごくりと息を飲む。


「――森に住まう獣と人間との仲を取り持ったとされる森人の神、ナブニトゥ様……とお見受けいたしますが」

「そうだよ人間の領主。僕個人も君達人間種を嫌っているが、僕の信徒たちも君達を嫌っている。だからどうか馴れ馴れしく話しかけないでおくれ。うっかり殺してしまいそうになるからね」


 くくくと微笑する鳥を眺めた猫たるヴィヴァルディが、は? っと反応し。


「なーに格好つけてるのよ! プププー! あんた、アクタに無駄な殺生はするなって注意されてるから殺したくても殺せないでしょうが!」

「……マスター、魔術使用の許可を頼めるかな?」

「あれれー!? わたしのツッコミが効いちゃってますかあ? 出来もしないのに『うっかり殺してしまいそうになるからね』なーんて、気取っちゃったから恥ずかしいんですかー?」


 いつも通りにやり合う二柱に呆れた様子でアクタが告げる。


「ええーい! やめんか、恥ずかしい……!」

「だってこいつが!」

「マスター、僕のせいじゃなくてこいつが」


 依り代に降臨させた魂とはいえ神は神。

 その言い争いで発生する魔力は王城全てを包み込んでいるので、おそらくはかなりの騒ぎとなっているだろう。

 二柱を睨みで鎮めたアクタはスイーツに促され着席。


 長身痩躯な四肢に似つかわしい、長い腕を組みつつ領主エンキドゥに問う。


「頂いても構わぬな?」

「ええ、我が王よ。毒など入っておりませんし、こちらの領主が懇意としているパティシエを緊急招集し持ってこさせた一級品でありますので、ご安心を」

「ふむ、そうか済まぬなバトラーよ」


 説明もなく自然と、いつの間にか応接室に出現していたやはり長身痩躯の執事に、領主エンキドゥは目線をやり。


「あのぅ……こちらの方は」

「我が眷属バトラーであるが、不服であったか?」

「いえいえとんでもない、ただここは一応王城となっておりますので……療養中とはいえ陛下も居りますし、なるべくなら入るのに許可を取っていただければと」


 許可と言われたアクタはキョトン、フードの奥で首を傾げ。


「我らは闇に潜む者。黒く蠢く者ぞ? 堂々と正面から侵入する宣言をせよと?」

「そもそも勝手に入ってこられると、その……警備の関係で、はい……」

「とは言ってもな、既にこの王城には千を越える我が眷属が入り込んでいる。とっくに拠点の一つとなっているのだが?」

「な、なんですと!?」


 思わず立ち上がり声を荒らげる領主エンキドゥであるが、その慌てた様子も可愛いわねえとヴィヴァルディは満足げ。

 スイーツに手を伸ばすアクタが言う。


「全てを退去させるとなると――いや、まあ些事か」

「何か不都合でも?」

「いや、なに……そのルートを選ぶなら、近日中に王都が滅ぶかもしれぬと思っただけだ」


 まあどうしてもというのなら、とアクタはバトラーに目線をやるが。

 全身に脂汗を浮かべて慌てて領主エンキドゥは叫びをあげる。


「お、お待ちください!」

「なんだ?」

「その話をもう少し、詳しく聞かせていただければと!」


 結果的に交渉のようになっているが、アクタにとってはただ眷属の不法侵入を責められ……ならば退去させるかと思っただけの事。

 だが、領主エンキドゥの剣幕を眺め、退去を保留とし説明する。


「複雑な話ではない――ここは我の縄張りだからこそ、まだ襲われていないというだけ。我が眷属の撤去と共に、事は起こる」


 指を伸ばしたアクタは、出されていた珈琲の波紋から数滴の粒を魔力で浮かべ。

 起こるかもしれない未来を映像化して見せていた。


「――すぐさまに他国からの侵略や魔物の進撃、我を快く思っておらぬかもしれぬ神々に狙われるやもしれぬというだけだ。なにしろこの世界は今、主神を失い魔物とダンジョンが無限に発生する状態になっている。実際、既に魔物に滅ぼされた国家も現れているとの事だが、なんだ、貴公らは情報を手に入れておらぬのか」

「初耳にございます。いったい、そのような情報をどこで」


 ふは、ふははははは! とまるで物語の魔王が如くアクタは哄笑を上げ。


「我らはG! 時、場所、空間を問わず全ての命の生活に潜むスカベンジャー。全てのモノから嫌われようと生きる者。それが神とて、相手が生きて生活をしているのならば、全てが筒抜け。我らは生物全ての情報を入手できようぞ!」


 アクタが朗々と告げると、ススススス!

 側近顔のバトラーがやってきて、実際に御覧に入れましょうとばかりに、書類をばさり。


「これは?」

「ご覧になってくだされば分かるかと」


 隣国の王族による不正、隠されているスキャンダルを並べて見せていた。

 その中に、こちらの国から送られているスパイを篭絡させ不倫をしているとの情報もあり、領主エンキドゥは眉間に濃いシワを刻む。


「なるほど……恐ろしい能力でありますな」


 アクタの持っている情報が確かなら、既に魔物に滅ぼされた国もある。

 なにより主神はやはり滅びている。

 そして。


 世界に悪い意味での変革が起きている。


 それが主神の消滅によるものだとすれば、対処など分からない。

 人類の中では強いとはいえ人間である領主エンキドゥには、もはや手に負えぬ事態――理解が及ぶ範囲ではない。


「故に我は思うのだ。我が眷属を全て退去させれば危険だという話だ。だがまあ、不法に入城しているのも事実。我はここが気に入っているが、どうしてもという程ではない。出て行けというのならば従おう」

「つまりは、今現在……この王城と王都が平和なのはあなたの管轄、あなたの棲家すみかだからこそということでありましょうな」

「疑うのなら構わぬ、我らはただ安住の地を求め去るのみ」


 人間にとってはすさまじい脅迫である。


 既にアクタの支配を受け入れている住人が大半。

 冒険者ギルドに至っては、王都に設置された重要拠点であるのにほぼ全員がアクタの臣下。

 王都の三分の一とはいえ、三分の一の冒険者を一度に失えば国は亡ぶ。


 領主エンキドゥは言葉を選ぶように目線を下げ、報告にあった、アクタに従う鳥とネコに目をやっていた。

 言葉を決めたのだろう。

 エンキドゥは慎重に口を開きだす。


「そもそもの話をよろしいですかな?」

「構わぬ、申してみよ」

「ナブニトゥ神にヴィヴァルディ神よ。主神が滅亡したというのは……本当、ということでよろしいのでしょうか?」

「……ええ、そうなるわ」


 申し訳なさそうに耳を下げるヴィヴァルディ神の横。

 ナブニトゥ神が言う。


「全てが事実だよ、冒険者あがりの卑しき領主の男よ。そして我がマスターこそが、唯一今の事態をどうにかできる存在。だからね、きっとこの世界が……いや、主神を殺した人類が嫌いな僕らの中には、マスターを殺しに来る者がでるだろうね」

「では……神々がこの世界を見捨てたとの冒険者ギルドからの報告も……」

「ああ、僕を含めほぼ全ての神がこの世界と人類をもはや諦めたのだよ、領主の男よ。ただ一柱、まだ人類という名の産まれてはいけなかった寄生虫を助けようとしているのが、そこの無能な女神ヴィヴァルディさ」


 言葉を失う領主エンキドゥの顔を眺め、アクタが告げる。


「まあ、そういうことらしい。さて――我に怯え交渉にも来れぬ王族とやらに伝えておくがいい。我らGがこの王都、及び王城に留まる許可を正式に出すのならば――我らはここに残ろう。なれど、正式に許可を出せぬというのならば我らは出ていく」

「住人登録せよとの認識でよろしいので」

「そこまでは求めぬ。我とて同胞がどれほどの数になるのか、把握はしておらぬからな。現実的ではあるまい。許可さえあればそれで構わぬ」


 告げたアクタは腕を伸ばし、ちゃりん……!

 空になったスイーツの皿に出されたグルメの原価と、王城に出入りするパティシエへの手数料を相場通りに支払い、立ち上がる。


「おそらくは相応の金額な筈だ、シェフに伝えておけ! たいへん美味であったとな!」

「お、お待ちください! まだお聞きしたいこともありますし、なにより持て成しへの支払いなど困ります!」

「――こちらとて困る。我は会計には少々うるさいのでな! しっかりと受け取ると良かろう!」


 ふははははは! 美味美味!

 と、アクタはそのまま王城から退場……。

 するかと思いきや、やはりそのまま調理場の吊戸棚へ帰還。


 ただのゴキブリサイズとなり、カサカサカサと音を立て。

 ぎぃぃぃぃぃぃ……。

 少し錆びた戸を開けて、吊戸棚の奥へと消えた。


 バトラーもいつの間にか消えている。

 残された神々は、はぁ!? っと顔を見合わせ。


「あぁぁぁぁ! もう! だから吊戸棚の中を巣にするのはやめなさいって言ってるでしょう!」

「マスター! こんな人間臭い所に置いていかないでおくれ、マスター!」

「そんなこと言ってる場合じゃないわよ、あいつ……外見は超イケテるのにちょっと欲に忠実すぎるところがあるし、一人にすると絶対なにかやらかすでしょう!? 追うわよナブニトゥ!」


 追うとなると、やはり彼らも吊戸棚に入らないといけないのだろう。


 ネコと鳥の神々は、かぁぁぁっと恥ずかしそうにコックたちに頭を下げ。

 主を追うべく、神の魔力を保ったまま移動。

 吊戸棚の奥へと消えて行った。


 ◇


 彼らが消えた後。

 神々が去った応接室にて。

 パティシエの姿をしていた若者……学者肌の第一王子フィンクスが告げる。


「どうやら、アクタ神には私がスイーツを用意したとバレていたようであるな」

「さて、どうでありましょうか……」


 領主エンキドゥは、自分の提案に従い”姿を隠してくれていた第一王子”に感謝をしている様子で、頭を下げていた。


「しかし……至急、アクタ神とその眷属に許可証を発行せねばならぬが」

「陛下……お父上はなんと?」

「魔物に従う事には反対のようだ。私が説得しなければならないのだが」

「陛下は殿下が魔物に殺されたと憤っておりましたからな……ですが、あのアクタ神の言葉が真実ならば、彼らを追放などしたら”事”が起こるかと」


 今の領主エンキドゥにとって、唯一まともな王族であるフィンクス第一王子は絶対に守らないといけない主君となっていた。

 それが気に入らないからこそ、魔術師ビルガメスは王城にはやってきていないのだろう。


 それぞれの思惑が動く中。

 アクタ神に王による勅命にて退去命令が公布されたのは翌週の事。

 そう。

 王都はルート選択を誤ってしまったのだ。


 アクタへの追放命令に、王都の三分の一は大荒れとなっていた。


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