第020話 第二のGパラダイス
王都を騒がせ実質的に支配している擬態者。
Gたるアクタが、突如として訪問――神を肩に乗っけてやってきた。
当然、王城は大混乱である。
迎えも来ないので本当に余裕もないのだろう。
たしかに、アクタだけでも問題なのに、冒険者ギルドからは紛れもなく【神の降臨】と報告されている二柱が押し掛けてきたのだ。
とりあえずこうなるのも至極当然。
空気を読めるアクタは騒がしい人類を眺め、しばし考え。
「ふむ、どうやら日を改めた方がよさそうであるな」
そのままGの習性で食堂に向かい、残飯を回収しようといつものムーヴだが――。
さすがにそれはマズいと思ったのか、肩に乗るネコと鳥が慌てて口を開き。
「ちょっと!? お城に来ていきなりゴミ漁りはさすがにどうかと思うんですけど!?」
「ヴィヴァルディに賛同するのは甚だ遺憾であるが、今回限りは同意見だよマスター」
フードの下から端正な口元だけを覗かせたアクタは足を止めることなく、ふははははは!
「心配するでない! 我は眷属を通じ、既に王城の隠し通路の位置まで把握しておる! 食堂の仄かに湿った吊戸棚の場所も把握済みよ! 今日の寝床はそこで確定なのである!」
「は!? 吊戸棚ですって!?」
「吊戸棚こそが聖地にして安住の地! 我が生まれし厩戸! 我こそが厩戸芥虫ぞ!」
「意味分からない名を自称するんじゃないわよ!」
勝手に王城を練り歩きながらキャッキャッキャ!
子供のように吊戸棚を目指す姿は変人を通り越して不審者であるが……衛兵は動かず頬に汗を浮かべて、じぃぃぃぃぃっと正面を向いたままだった。
これが少し前なら即座に捕縛されているだろうが、今の彼らにGに手を出す気配はない。
次代の王となるフィンクス第一王子から、絶対にアクタ殿には手を出すなと厳命されているのだ。
長身痩躯でフード越しですら美形と分かるミミックがうきうきな姿に、かぁぁぁぁぁ!
両肩に乗るナブニトゥとヴィヴァルディは頬を赤くし。
ナブニトゥが湯気すら上げて赤面しながらクチバシを、くわり。
「ヴィヴァルディよ、ああヴィヴァルディよ」
「なによ!」
「僕が言ってもおそらくマスターは止まらない、どうか代わりに止めてくれないだろうか?」
「あ、あんたがガチトーンでわたしに頼むって、そうとうね……でも、あなたはなにか勘違いをしているわ。わたしが言っても止まるわけがない、どう?」
「マスター……恥ずかしいからどうか、吊戸棚には入らないでくれ」
神々が悩む中、既にアクタは調理場の前にて武器を召喚する原理で、自前の枕を召喚。
ふわふわな枕を片手にふはははは!
「それでは、いざ! 我が第二のパラダイスに!」
「だから! 止めなさいって言ってるでしょうが!」
肩に乗っていたヴィヴァルディがアクタの後ろ頭に回転蹴りを決め。
ふん!
「さすがにそれはダメ!」
「何故?」
「いい!? まず吊戸棚ってのは普通は寝床じゃないの! 衛生的にもアウトだし、そもそもあんた! 自分の大きさを考えなさいよ!」
「ふははははは! サイズならば問題ない!」
告げたアクタはポン!
魔力の煙を発生させ、フード付きローブを被った【ただのゴキブリ】に退化。
不意に止まり木のなくなったナブニトゥが、バッサバッサと翼を開き飛翔。
突如土台を失ったネコが尻もち落下!
「いたっ~! いきなりなにするのよ!」
「(ふはははは! どうだ我の睡眠フォームは! これならば吊戸棚のパラダイスで過ごしても問題あるまい?)」
「うっわ、声ちっちゃ! じゃなかった! そういう問題じゃないの! 女神として命じます、とっとと降りてきなさい! 本当に恥ずかしいから!」
「(ふむ、ではどういう問題なのだ!)」
小さな声でアクタはフードの紐を振りながら抗議。
その声はさながらモスキートの羽音。
この世界を外から眺める死と光と闇の神々ならば、これはあれだ、プライバシーを守る加工音声だと笑っていただろう。
厨房にいる王城のコックたちにまで――。
アクタには絶対に手を出すな! と伝令は届いているので、コックたちも頬に汗を浮かべたまま静観するのみ。
そんなカオスな状況だが、声を上げられるものがいた。
「お待ちしておりました、我が主よ」
「(ほう、その声は!)」
ただのゴキブリサイズになったミニアクタが振り返り。
そして。
燕尾服を基準としたバトラー姿の、黒衣の男とも女とも取れる人物を眺め、ふむ。
「(はて、誰であったか?)」
「直接お会いするのは初めてでございますので、ご挨拶が遅れました。小生はアクタ様をお支えする【黒く蠢く者】の統括、執事長を務めさせて頂いております。個体名はございませんので、どうかバトラーと役職名で読んでいただければと」
慇懃に礼をして見せるバトラーのサイズは人間とほぼ同じ。
雌雄の判別はつかないが、魔術を使っているのか外見はほぼ人間と同じ。
男としても女としても、立派という方向でハンサムと受け取れるだろう。
そんなバトラーを床から見上げ、ヴィヴァルディが言う。
「黒く蠢く者って、よーするにGじゃない……」
「何か問題がおありですか? 我が主の役に立つどころか足を引っ張る使えない女神様」
「は!? 何よそのアクタみたいな回りくどい呼び方は! そうか、分かったわよ! アクタに王都中の情報を持ってきてるのって、あんたでしょ!」
「情報収集も執事の仕事でありますので、はい」
既にケンカを始めそうなネコとG執事である。
「ちょっとアクタ! こいつはクビにしなさい!」
「(何故だ、こやつはなかなかにできるぞ! このパラダイス! 我が第二の根城にするに相応しき吊戸棚の情報を持ってきたのもこやつなのだ! ふは! なかなかどーして有能ではないか!)」
「害悪じゃないの! あのねえ、アクタはわたしと世界を救うんだから変な事を教えないで! ナブニトゥ! あんたもそう思うでしょ!?」
話を振られたナブニトゥは、両方を眺め。
「ヴィヴァルディ……おそらくだが、僕ら三体から誰を選ぶかとなったら、おそらく……おまえが最初に選択肢から外れるのではあるまいか?」
「ちょっと!? 裏切るの!?」
「裏切りなどではない、純然たる事実だよヴィヴァルディ」
二柱がいつものケンカをする中、アクタはバトラーに案内され吊戸棚の中をキョロキョロと見渡し。
「(ふはははは! よきよき! 決めたぞ、神々よ! ここを我の第二の巣とする!)」
「あぁああああぁぁ! どうして勝手に冒険者ギルドの吊戸棚と空間を接続させてるのよ!」
「(どうしてだと? この方が第一の巣と、第二の巣の移動が楽だからだが?)」
「っていうか! あんた、神でも難しい空間転移をなんでそんなにあっさりやらかしてるのよ!」
「(便利そうだったからコピーしたのだが?)」
「そんな能力、誰からって……ここまで高度な空間接続ってなるとナブニトゥ、あんたね!?」
ナブニトゥは視線を逸らし。
「僕はマスターが望むならと教えただけだよ、ヴィヴァルディ」
「どーするのよ! 事前に設置されちゃえば、終わり。いつでもどこでもGが吊戸棚を占拠するってわりと地獄でしょうが!」
「ヴィヴァルディ、僕は人類が苦しめばいいと思っているからね。地獄になればいい」
「あぁぁぁぁ! そうだったぁぁぁ!」
吊戸棚の中でカサカサカサ!
ミニサイズになったアクタがミニサイズのフードを揺らし、巣作り!
わっせわっせと様々な家具を設置する中。
「あのぅ……神の皆さま、少しよろしいだろうか?」
厨房に駆けつけてきたのは、アクタの対応をまともにできる貴族で領主。
元冒険者の大剣使い、ロードエンキドゥである。
ヴィヴァルディが猫髯を揺らし。
「あら、王都の三分の一を任されてるイケオジ領主じゃない。えーと……なんて名前だったかしら」
「僕に振られても困るよ、ヴィヴァルディ。人間の個体名など僕が覚えているわけないだろう」
「使えないクソバードねえ、まあいいわ! 許すわ人間の領主! さあ神の御前で名乗りなさい!」
ネコに言われ困惑するロードエンキドゥに、アクタが言う。
「(おうエンキドゥではないか。どうしたのだ、我が巣に興味でも?)」
「いえ、そういうわけでは……」
「(ふはははは! 遠慮はいらぬ! 我は狭量ではない――少々狭いが、我が居城に入り込んでも良いのだぞ?)」
「というか、あまり勝手に王城に巣を作らないでいただきたいのですが。ともあれです、お迎えの準備ができておらず申し訳ありません。ようやくではありますが、応接室をご用意させていただいたのでそちらでお話をさせていただければ……と」
「(我はここで構わぬのだが?)」
フードごと首を傾げるGのアクタにバトラーが言う。
「我が君よ、人間どもは我が王に最高級のスイーツを用意したようですが、よろしいので?」
「(ふむ、すぐに向かおう!)」
スイーツでご機嫌取りをするつもりであったのだろう。
何故、この執事はそんなことを知っているのかと領主エンキドゥは戸惑いつつも、はぁ……。
これでは出世した意味も価値もないと、重い息を吐くのであった。
〇既存習得スキル〇
【枝渡りの空間掌握(神)】
〇効果:始祖神の一柱、男神ナブニトゥの権能により、指定空間を座標登録し、登録済み座標間で自由な移動を可能とする。ただし、座標指定の対象は木材または樹木に限られる。
●コピー対象:男神ナブニトゥ。