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第018話 序章エピローグ―確率変動のG


 王都の冒険者ギルドでは宴会が行われる筈だった。

 けれど、宴の準備は進められているものの、実際には質疑応答の場と化している。

 エールを傾け、美味である! とふはははは!

 いつものように哄笑を上げる黒衣とフードの男、アクタに向けられる視線は多数。


 代表してだろう、公爵令嬢の流れを汲む実はお嬢様な従業員キーリカが、こほんと咳払い。


「えーと……すみません、脳が理解できなかったのと、領主さんから追加の記憶係に騎士の方が送られてきたので、もう一度説明して欲しいんですけど。アクタさん、あなたの肩に乗っている鳥さんとネコさんについて、ご解説貰ってもいいですか?」


 問われたアクタはフードの奥から周囲を見渡し、ほぼ全員からの視線の重さを訝しみ。

 ふむ。

 仕方ない奴らだな! と王者の余裕を見せ。


「だから説明したではないか。こやつらは冥界神より賜った、ケモノの依り代に降臨せし神々」


 鳥とネコを乗せたまま肩を竦め。


「こちらの鳥が森人と呼ばれる種族が神と崇める始祖神、ようするにだ、創造主の一柱であるナブニトゥ神。こちらのネコが神聖教会が神と仰ぐかつて実際に降臨したとされる女神ヴィヴァルディ。そうだ、領主からの使者とやらよ。捕らえた暗殺者共の取り扱いについて相談したいと主に伝えておくのだ。良いな?」

「と、言われましても……」


 領主からの使いの騎士は二人。

 彼らは困惑気味に、長身痩躯なアクタの肩にたかる鳥とネコを見上げ。


「これが本当に神様……なのですか?」

「ふむ――言われているぞ、既に信徒を暴走させている女神に世界を救う気のない男神よ」


 ヴィヴァルディだとされるネコの方が、毛を逆立て。


「ちょっとアクタ! なによ領主のところのこの無礼な騎士は! あんた! 騎士ならだいたい聖職者でしょ!? 敬いなさいよ、わたしは女神よ、女神! って! ちょっとナブニトゥ、あんた何を魔力を溜めて歌う準備をしてやがるのよ!」

「ヴィヴァルディ……やはり人類はダメだ。僕は、うっぷ……人間アレルギーでね。邪魔だから死の音色で消そうと思うのだけれど、構わないよね?」

「あぁああああああああああぁ! 構うに決まってるでしょ! あなたはどうしてそう人類に突っかかるのよ!」


 肩の上で魔力を飛ばしやり合う二柱を眺め、ふはははは!


「というわけだ、この魔力を見れば本物かどうかはまあ強者ならば理解できるのではあるまいか? この中で一番強いものとなると」


 アクタはフードの奥からヒューマナイトの兄妹に目をやり。

 カインハルト=ブルー=ヒューマナイトの方が前に出て。


「確認したいのだが、気の強そうなネコの方があの神聖教会の神で……こっちの眠そうな顔の鳥の方が森人の神。でいいんだな?」

「見ればわかるであろう」

「あいにくと、僕はあんたのような高レベルの観察眼を持ち合わせてはいないのでな。ただ、まあ。この辺の狂戦士じゃあトップとされてるこの僕でも強さが量れないってのは、まあその時点で強いのだろうな」


 ナブニトゥの方が、じっと狂戦士カインハルトを眺め。

 ダウナー気味の空気で、クチバシを覆うように翼で顔を隠し。


「なんとも脆弱な、この程度のものが最強格とは……はぁ、だから世界は滅ぶのだろうな。ああ、やはり人類など死ねばいいのに。消えればいいのに。あぁ、嫌だ……アクタよ、僕のマスターよ。やはり人間など見捨てればよいのではないか……?」

「さてな。我はまだ人類はおろかこの世界のことすら知らぬ、結論を出すべき時ではあるまい」

「僕は信じているよ……マスター。あなたならばきっと、この世界を見捨てるだろうさ……」


 告げて、つまらなそうに瞳を閉じ寝始めようとするナブニトゥをヴィヴァルディが睨み。


「なんでそうなるのよ! アクタはわたしと世界を救うの!」

「……だからおまえは愚かなんだよヴィヴァルディ」

「なにがよ!」

「アクタの性質は祟り神……春風のようなお前と違って昏い地に這う荒魂。誰よりも人に殺され、誰よりも疎まれた憎しみの塊。その死の塊が神格化したものが彼なのだろうからね」


 頭越しにいがみ合う二柱の言葉を止めるように、すぅっと手を上げ女盗賊マイル=アイル=フィックスが声を上げる。


「あのぅ……自分たちは、その【神の瞳】……でしたっけ? そこから流れてくる声ってのを聴いていなかったのですが。アクタさんが異世界の神ってのは、本当なんですか?」


 神ヴィヴァルディは、ほほほほ!

 ネコのドヤ顔で告げる。


「そうよ! 彼ってばわたしたちの世界が壊れるって聞いて、外の世界から送られてきた確率変動のGなんだから!」

「か、確率変動のG、ですか?」

「あら? 意味が分からないのかしら。この世界の未来の確率って、ゼロになっちゃうと人類がどんなに頑張ろうと絶対にひっくり返らないのよ。でもでもでもね! なんと! このアクタがこの世界に入り込んだことで、世界が滅びる確率がゼロじゃなくなってるの! すごいでしょー!」


 世界の秘密を暴露する女神に続き、鳥の姿のナブニトゥが人類を睨み。

 ゴミを見下す冷たい視線を向け、ゆったりと呪いの歌のように語りだす。


「おまえたちが【柱の主神】を殺したことで、本来ならばこの世界が生き残れる確率はゼロとなった。その時、多くの神々がこの世界を諦めた。故に、僕らの中からは世界の脱出。混沌の海を渡れる新しき箱舟ノアを作り、この世界から旅立つという意見も出ている。彼らは今も混沌の海を泳ぐノアを創造しているであろうな。ただ……僕は柱の主神が愛したこの地を見捨てることはできぬと断った。静観を決めた」


 重い空気に構うことなくアクタが言う。


「む? 鳥の神ナブニトゥよ、キサマはこの世界を見捨てたのではなかったのか?」

「ああ、見捨てたさマスター。この世界と生き続ける事を見捨てたさ。たがそれはこの世界と滅ぶことを受け入れただけのこと……。あの方が死んだ愛した世界で、共に滅ぶ。それが僕があの方にできる恩返し。僕が愛したのは彼が愛したこの世界であって、人類など愛せる筈がない。僕はなマスター。彼が愛した女神ヴィヴァルディを世界樹とし、フレスベルグの姿となりて止まり木の上で終わりを見たいだけなのだ……マスター」


 アクタは考えこんだ後、言葉を確かめるように告げる。


「つまりは……死んだ主神が愛した女神を世界樹へと書き換え、その枝に止まって主神の愛した世界を眺めて終わりたいと?」

「そうだよ、マスター。その通りだ。僕はね、マスター。彼が愛したヴィヴァルディが大嫌いで大好きなのさ。世界終焉の日、その時僕は泣くんだろうか。それともあの日のように、泣くことができないのだろうか。僕は確かめたいのだよ、マスター。それこそが僕に残された最後の希望だ」


 主神の愛した女神を樹に変え、その上で終わりを見届ける。

 詩的と捉える者もいるだろうが、アクタは困惑しつつ。


「なかなかのド変態に見えるのだが……?」

「マスター、君はまだこの世界では産まれたばかりの子供なのだろう? 君にもいつか分かる日が来るさ、マスター」

「我にはまだ理解の届かぬ領域だ」


 ともあれ。

 今の話は、神の多くがこの世界を捨てたことを意味している。

 そして何より重要なのは……。


「ふぅむ、やはり――そうか。我をこの世界に落とした神々が言っていた言葉は真実。人類の自業自得により、この世界の主神が滅んでいるというのは事実であるのだな」

「ああ、そうだよマスター」


 ヴィヴァルディが言う。


「そもそもよ? アクタ、あなたの御主人? いや、関係はよく分からないけど……あなたの魂をこの世界に落とした【外の神様】はこの世界を救うつもりなのよね? なんかこう、インチキでサクッと救ってくれちゃったりしないのかしら?」


 いいじゃない神パワーで救っちゃえば!

 と、ネコの姿で陽気に告げるヴィヴァルディであるが、アクタの反応はあまり芳しくない。


「我が魂を拾い上げた神々の意向は我には分からぬ。ただ、我をこの世界に落とした時点で既に違法。限界間近の救済であった様子はあった。おそらくはもう、これ以上の干渉はしたくともできないのではあるまいかと、我は考えておる」


 神々の会話を聞いていたキーリカが言う。


「あの、こっちの猫のヴィヴァルディ様が言っているように、そもそもなんですが。アクタさんって何者なんです? そりゃあ神の瞳からの声は聴いてましたので、異界から来たっていうのはなんとなくわかりますけど。あ、あとですよ? 主神が滅んじゃってるっていうのは……その、本当なんです?」

「我は我であるので、それ以上の説明は不要としてだ。主神の滅びも世界の終わりも全てが事実。実際、この国の第一王子とやらも、学問の方向からその答えに辿り着きかけておったようだからな」

「それって、アクタさんが蘇生させた王子ですよね? いったいどこでそんな情報を」

「この王都の事ならば、我には全ての情報が入ってくる」


 告げるとギルドの隅の方で、カサカサカサ!

 Gやネズミや蟲が反応している。


「眷属からの情報収集……魔獣使い系のスキルですね」

「如何にも! ふはははは! ここのギルドでのスキル蒐集はなかなかに良かった。褒めてやろうではないか!」

「じゃあぶっちゃけ聞いちゃいますけど。どうやってそこの神々を倒されたのか、答えを教えてもらいたいなって思ったらダメですか?」


 アクタはいつものように、ふはははは!

 そのまま軽い口を滑らそうとするが。


「ダメよ!」

「やめよ!」


 ネコと鳥が同時に叫んで、人類を威圧していた。

 アクタが神々の反応に珍しさを覚えたのか、フードを傾け。


「どうしたというのだ」

「アクタ、あなたのその能力は隠しておきなさい。人類にも、他の神々にも」

「その通りだよマスター。おそらく異界から持ち込んだだろう君の力は異質にして無敵。どんな敵、どんな神とて君には勝てない。けれど、対策をされないとも限らない」


 神々の言葉は真剣だった。

 心からの警告だったのだろう。


 世界で一番美しく輝く光の力。

 闇たる憎悪を変換し獲得する、世界で一番の幸運。

 そして、美貌に反応したものを強制的に配下にする悪食の力。


 三つの力の組み合わせにより、勝負は決した。

 ナブニトゥは戦わずして敗北した。

 おそらく、ナブニトゥもヴィヴァルディもこう思っている筈。


 神さえ配下にできるこの組み合わせのスキル保持者を送り込んできた存在は、いったい、何者か……。


 アクタはそれを彼らには語らない。

 そもそもあまり知らないのだから仕方がない。

 神の警告を聞き入れたアクタは、すまぬな! と人類に向かい、ふははは!


「まあそういうことだ!」

「じゃあ、最後にいいですか?」

「良い、申してみよ」

「えーと、たぶんここにいる衛兵騎士さん以外は、全部、神様も含めてアクタさんのハーレムの一員なんですよね?」


 既にここはアクタの巣。


「その通り! 我が愛しきコロニーの住人よ!」

「アクタさんにとって、誰が一番なんですか?」


 その中で誰が一番かと聞かれても、アクタは首を傾け。


「ふむ――我はまだ産まれたばかり故に分からぬが、その内に我の中での、心の一番が生まれるのやもしれぬな」


 ようするに、これからの努力次第。

 そんな回答を聞いた者たちは目を輝かせ、アクタの元に宴のグルメを持参する。

 うまく誤魔化したわねえ……と、ネコの姿となったヴィヴァルディは欠伸をし。

 鳥の姿となったナブニトゥは、人間滅べと悪態をつきつつ瞳を閉じる。


 宴会はまだ、始まったばかり。


 少し間の抜けた空気で紛れているが、今日この日を境に世界の終焉が語られることになるだろう。

 そして神が既にこの世界を諦めていることも、同様。

 更に異界からの使者が王都に住み着き始めたことも……。


 多くの難題がこれから周知される。


 ◇


 混沌の海では、多くの駒が並んでいる。


 次代の王になることが決まったフィンクス第一王子の派閥。

 その下にはいるが王家を嫌う側近を持つ領主エンキドゥ。

 王都を去った聖騎士トウカと、友を追った聖職者カリン。

 世界を諦めた神々。

 神に見捨てられたと知った多くの聖職者とその施設。

 そして、アクタが巣とした王都の冒険者ギルド。


 様々な勢力が蠢き絡まる、滅びる世界を大地とした群像舞台。

 彼らの動きを、三柱の神は世界の外から覗いている。


 光の神は言った。


『あのさあ、この世界についてあんた何か知ってるんでしょ? そっちの冥界にしれっと入り込んでたし』


 死の神が言う。


『さてな、だが――まあこのまま消えるかどうかは、アクタ次第だろうな』


 闇の神が言う。


『そもそもさあ、君、あのアクタくんの魂ってどこから拾ってきたのさ……って、無視かい!?』

『もう、ったく男ってなんでこうやってすぐに隠し事をするのかしら。隠してることがあるならいいなさいよ!』

『隠しちゃいねえが、まあこのまま観測してりゃあそのうち分かるだろう』


 言って、死の神は滅びゆく世界の流れを眺め、タバコの息を漏らす。


「世界存続の可能性は、まあ現時点で5%ってところか」

「ま、ゼロじゃないならなんとでもなるさ。私の幸運スキルもあるしね」

「けれどそれは希望的観測、このアクタが本当にこの世界を気に入り、助けたいと思った場合……でしょうね」

「つまりはアクタ次第であり、そのアクタにこいつらが気に入られるかどうかって事だ。それでも確率は低いだろうがな」


 光と闇と死の神は、ただ静かに息を吐き。

 この世界の行方を見守っていた。







 《序章―終―》


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[一言] 鳥の神……猫の神……まさか柱がアニマル化するとワンコ!! それともアクタくんの魂=柱の神だったりするのだろうか
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