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第017話 巡る因果の応報


 【SIDE:蘇生されし兄殿下フィンクス】


 迷宮深部にて発見された王の長男フィンクス。

 彼の蘇生が行われたのは、神鳥アンズーによる王都襲撃の当日。

 目覚めたフィンクス第一王子は、【蘇生酔い】とも呼ばれる酩酊の中にいた。


(ここは……)


 腐敗した遺骸が元に戻る。

 魔術という奇跡を通して行われる再生現象であるが、元は形が分からなくなるほどに風化していた遺体だ。

 復元されたとしても違和感が発生し……しばらく意識が朦朧とする。


 それが【蘇生酔い】である。

 おそらく治療寺院のスタッフと思われる聖職者が、フィンクス第一王子の呼吸を確認。

 王子は反応できないが、その胸は呼吸を示すように上下し始めている。


(手が動かせぬ、まぶたも開けられぬ……だが、生きていると知らせるためには)


 フィンクス第一王子は考え、唇を三回、なんとか動かしていた。

 すまぬ。

 詫びの三文字であったが、皆には伝わったのだろう――彼らの安堵の息は部屋の空気を揺らすほどに広がっていた。


 喜びの声と嗚咽が漏れる中、空気を読まない誰かが言う。


「ふはははははは! どうやらが【蘇生の奇跡】は成功したようであるな!」


 妙に通りの良い美声に、二人の人物が椅子から立ち上がる音が響く。

 音から察するに質の良い鎧を装備した人物と、魔術師の扱う天秤を装備した軽装の人物。

 薄い意識の中で誰だと探るフィンクス第一王子の横で、その二名が頭を下げている空気が流れる。


「感謝いたしますアクタ殿」

「はは! 成功率が3%と聞いていたので、いやはや、そのまま失敗するかもと国葬の準備も進めていたのですがねえ。無駄になってしまいましたね、マイロード」

「お前はこんな時にそのような不謹慎な」

「不謹慎、ですか。まあそうですね――ですが、この方の強行で死んでいった実力者は多い。殿下の遺骸回収に無理やり連れて行かれた聖騎士トウカ、そして捜索の一件で大切な身内を失った聖職者カリン。彼女たちは不満を持ち続けたまま、きっかけはどうあれ、結局この地を離れてしまいました。ボクとしてみても恨み言の十や二十は言いたいのですが」


 そのまま丁寧だが軽く聞こえる男の声が続く。


「しかし、本当にアクタ殿。あなたの蘇生魔術は素晴らしい。なにか成功判定に細工をしていたようですが、種を聞かせて頂いても?」

「ふむ、まあそのうちにな! 我はこれから増えた臣下アンズーとナブニトゥ、そしてヴィヴァルディと共にギルドで宴会を行うのだ。世事も質問も全て後日にせよ」


 ナブニトゥ。ヴィヴァルディ。

 共に神の名である。

 アンズーとはかつて神に歯向かった獅子頭の怪鳥の筈だが……と、蘇ってはいたが起きられぬフィンクス第一王子は困惑する。


 軽薄そうではなく、野太いながらも不快さのない男の声が響く。


「聞きたいことはそれこそ山ほどにあるのですが、ともあれ本日は誠にありがとうございました」

「ふぅむ、良い良い。我は依頼に応えただけであるからな! 但し、依頼は依頼だ。先に貰うものは貰っていくぞ、色々と聞きたがっているようだが先に感謝を述べた、見所ある領主の男よ!」


 この依頼料でギルドの料理全てを喰らいつくしてやると、ふははははは!

 やはり何者か分からぬ者の声が響いて消えていく。


 礼節を弁えた領主という事は、おそらく……と、蘇生酔い状態のフィンクス第一王子は考える。


 蘇生者と会話していたのは、王都の三分の一を支配する領主エンキドゥだろう。

 そして王家にすら苦言を呈しているのは、その盟友たる魔術師ビルガメスだろう。

 ビルガメスの言葉はもっともだった。

 その件に関しては、深く反省をしている。実際に行動で示す必要もあると理解していた。


 だが今はそれよりも、と考える。フィンクス第一王子の思い描く中で蘇生者に該当者がいない。


 フィンクス第一王子が死んだときにはまだ、王都には名の知れた蘇生者がいた。

 聖職者カリン。

 だが、あの声は明らかに違う人物だった。


 何があったかは分からないが、やはり既に聖職者カリンは国を捨てて去ってしまったのだろう。

 死の淵から戻ったフィンクス第一王子はそのまま考える。


(全ては私の驕り高ぶりのせい、であろうな……)


 王の直系であり、王位継承権第一位の王子フィンクス。

 彼は冒険者としての猛々しい側面を持っているが、その実は学者肌の若者。


 そもそも彼が迷宮に興味を持ったのは、学問のため。

 彼が迷宮に求めたものは知識の探求。

 自然発生するダンジョンから、何故か歴史や神学の資料が度々発見されるからである。

 彼が死ぬこととなった原因、あの時の迷宮攻略もそうだった。


 フィンクス第一王子は百年前の英雄の伝説に疑念を持っていた。


 そもそも邪神とされた神が本当に邪神だったのかどうか、王子は疑っていた。

 もしあの逸話が真逆で、実は滅ぼしてはいけない神を滅ぼしてしまっていたのなら……そんな懸念が学者肌のフィンクスの脳裏をよぎり続けていた。

 だから迷宮攻略にこだわった。


 嫌な予感がしたのである。


 そして王家にとっての嫌な予感とは、一種の予知にも似た能力であり固有スキルだとされている。

 実際、弟のネメアーと共に兄フィンクスは数度も魔物の氾濫を予知し、国の危機を救ったことがある程なのだ。

 だから今回もそうだと思った。

 放置してはいけない問題だと第一王子は考えたのだ。


 故に、多少は無理をした。

 冒険者ギルドからも強引に有力者を雇い上げた。

 その結果が壊滅。


 その後、どうなったか。

 全滅した第一王子の遺骸回収にと父たる王が権力を振りかざし、参加を強制したとすぐに想像ができた。

 捜索隊から多くの死者を出すという二次被害を出したのだろう。


 まずは謝罪をしなくてはならない。

 だから、すまぬと三文字の言葉を口にしたのだ。

 ようやく【蘇生酔い】も終わり、フィンクス第一王子は瞳を開ける。


「そこにいるのは、エンキドゥ殿であろうか……」

「殿下!? お目覚めになられましたか!?」

「声が大きい、大丈夫だ既に蘇生酔いも回復しつつある……声が遠くに聞こえるとされているが、貴殿の声は良く通るようだな」


 起き上がるフィンクス第一王子を手助けしようと伸びてきたのは、従者の手。

 だが、彼は自分で起き上がれると示すように手で制し、上体を起こし。

 【穢れを払う浄化】の魔術で清められただろう身体に、治療寺院用の薄着を纏い。


「ロードエンキドゥ。今、状況はどうなっておるのか、説明頂いてもいいだろうか?」

「それがその……何といいましょうか」

「――おそらくは私の死により派閥争いが加速、弟を正式な後継者へと動こうとする勢力がなにかしたのであろう? 分かっておる、だが王家の一員として仔細を聞いておかねばならぬだろう」


 もう話を聞く覚悟がある。

 そんな姿勢を見せたのだが、周囲のモノや領主と魔術師の空気は、ややおかしい。

 領主と魔術師はなにやら本人同士のみで会話できるスキルを使っているようだが、止める領主を無視して魔術師が、にっこり。


「実は――殿下が無駄に死んでいる間に大変なことになっておりまして」


 魔術師ビルガメスは面白がって説明。

 話を聞き終えた青年。

 フィンクス第一王子は、思わず「はぁ?」と間の抜けた声を上げていた。


「貴殿はあの大魔術師ビルガメス……であろう?」

「ええ、そのように呼ばれておりますね」


 学者肌で記憶力に長けたフィンクス第一王子は、眉を顰め。


「この世界の滅びが迫っている……までは分かる。私もその懸念があり迷宮を何度も攻略していたのだからな。だがな! 神聖教会の神ヴィヴァルディと森人達の神ナブニトゥが口論し、その内容がナブニトゥ神による王都襲撃で……使用された魔物は神を喰らおうとした裏切りの鳥アンズーであり……異世界から世界を救おうとやってきた魔物がいて、その魔物に敗北したのか……ヴィヴァルディ神とナブニトゥ神が魔物の家臣となった。そして魔物はそのまま世界征服に近い宣言。既に王都の三分の一は、その魔物のコロニーである……と!? ふざけているのか!?」

「あはは、やっぱりそうなっちゃいますよね。ふざけているのなら良かったのですが、はい残念。これが現実でした」


 だからいっそ死んでいた方が気が楽だったかもしれませんね、と不謹慎発言をまたしても漏らす魔術師。

 その後ろ頭を音が鳴る程に、叩き。

 ふぅ……、気絶した大魔術士の首根っこを後ろから掴み、頭を下げさせた領主エンキドゥが言う。


「畏れながら殿下、おそらくは事実かと」


 王家に対し良い感情を持っていない魔術師ビルガメスはともかく、誠実な男ロードエンキドゥの言葉ならば間違いない。


「その……神を従えたという異世界の魔物というのは?」

「おそらくは殿下も気配は察知していたと思われますが、さきほどお会いした蘇生者の男であります」

「あの者がか!? 魔物であるのに、蘇生まで可能な高位の聖職者だというのか?」

「聖職者かどうかは……はたしてどうか。ただ、他者に擬態するミミック系統の魔物であるのは確かかと」

「なぜ断言できるのだ」

「その本人がそう言っておりましたので……なにしろ変わった存在で、我々もいまだにその本質を掴みかねている状態でして。いやはやはい……とりあえず、あの者が巣としている冒険者ギルドには見張りをつけております」


 軽く言われた言葉に王子は訝しみ。


「冒険者ギルドを巣にしているだと!? 大問題ではないか! なぜ先ほどの報告に上がっていなかったのだ!」

「殿下、今や王都の冒険者ギルドが実質的に乗っ取られていることなど些事。なにしろ始祖神の二柱があの者に下ったのです。神聖教会とは違い、短期で何度も神託が可能な森人にもナブニトゥ神からの神託が下ったそうですので、間違いないかと」


 死んでいる間に随分ととんでもない事になっているなと、おそらく次代の王権を継ぐだろう弟に同情しつつ……兄王子は考える。


 ミミックといえば擬態者。

 宝箱に化け、冒険者を捕食することで知られているが――。

 腕の立つ冒険者でもあり学者肌であるフィンクス第一王子は、異物の正体を口にする……。


「擬態者……つまりはG。古代より棲息せし地に這い塵芥を喰らう蟲か」

「どうやらやつは確率を操作するスキルを保有しているようですな。殿下の蘇生が成功したのもそのおかげかと」

「そうか……すまぬ、どこまで信じて良いものか。これは蘇生酔いが見せる幻覚や幻聴といわれた方が、まだしっくりくるのだ」

「でありましょうな」


 鼻梁に刻んだ濃い皺を押さえる若者であるが、フィンクス第一王子は王族。

 ショックを受けたままというわけにはいかない。

 気絶している魔術師ビルガメスを脇に抱える領主エンキドゥが言う。


「騒動は他にも多数ありまして……暗殺者を雇っていた神聖教会に、ナブニトゥの信徒もまた王都にスパイを放っていたりなど様々にあるのですが。まずはお休みください、そして申し訳ないのですが明日からは早急に対策会議へとご参加いただくことになるかと」

「承知した。して、議題は既に分かっておるのか?」

「それがその……言いにくいのですが、此度はかなりの騒動です。団結が必要であろうと、揺れる王位継承についての話がでておりまして」


 つまりは王位から外されるのだろうと納得し、王権に興味などないという顔でフィンクス第一王子は口を開く。

 いっそ清々しい顔での発言である。


「分かっている、そもそも私は皆に迷惑をかけ迷宮で身勝手に死んだ身。私に王位は相応しくない」

「いえ、その逆なのです」

「逆だと?」

「ええ、弟殿下はその……此度の騒動に神やら異世界からの魔物やらが関係していることに怖気づいてしまったようで。引きこもってしまわれたのであります」

「は!?」


 思わずフィンクス第一王子は声を荒らげていた。


「あれほど王位に固執し、さんざん嫌がらせをしてきたあやつが王位を放棄したと!?」

「はぁ、まあ……わたくしは王族の争いに興味などありませんが、弟殿下からは『王位は兄上にこそ相応しい、そもそも大事な決定をする時に死んでいた兄上が悪いのだ』、そう伝えよと……」

「妹はどうしたのだ!? 女系の王がでてもいいでしょう? とさんざんに私に王位を捨てろと迫っていたではないか」

「それが、玉座も冠も博識で勇気あるお兄様が所持してこそ輝くでしょうと、修道院に逃げ込みまして……」


 ようするに、自分が次代の王に決定した。

 決意も何もない状態で聞かされて混乱する王子に向かい、領主に抱えられ気絶していた魔術師ビルガメスが顔を上げ。

 はらりと、前髪を落とし呆然とする第一王子を満面の笑みで眺め、あははははは!


「いやあ! 良い顔をしていますねえ! まあ勝手に迷宮に入り込んで色々な人に迷惑をかけ死なせてしまった罰ゲームだと思ってください。神聖教会は暴走、神の多くは人類を見捨て、異界からは変なGが侵入。それもどうやってかは知りませんが、こちらの世界の神が負けた……まさに前代未聞です。世界がこれからどうなるのかは分かりませんが、無能であろうが有能であろうが関係なく――まず間違いなく、あなたは歴史に名を残すでしょうね!」

「だぁあああああああぁぁ! だから王族を馬鹿にして楽しむのはやめろと言っておろうが、この馬鹿が!」


 再び殴られ気絶した魔術師ビルガメスは、王族を揶揄できて満足そうであるが……。

 おそらくこれが現実。

 勝手に死んだ罰とはいえ、これは責任重大だとフィンクス第一王子は蘇生後、初めての胃痛を感じたのであった。


 同国、同時刻。

 冒険者ギルドの方では宴会の声と、料理とタバコの煙が上がり始めていた。


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