第016話 G「産卵せよ!」
石のハープを手にする男神ナブニトゥの【神の瞳】。
その内部は誰かのための空間。
大切な誰かに音楽を聞かせるための舞台だったのだろう。
戦い以外にも使われるコロッセオといったところか。
そんな神の結界内に獅子頭の怪鳥アンズーを引き連れ乗り込んだアクタは、ビシ!
アンズーの背の上で腕を組んでの仁王立ち。
黒衣とフードを、割れた結界の穴に吸い込まれていく風に靡かせ――。
「ふはははははは! そこの女神よ!」
「なによ!」
「貴様が女神ヴィヴァルディだとは確信した、だが! どうも様子がおかしい! 空気は残念、神性も不遇。野心の欠片も見えぬ甘やかされたようなぬるい顔! 我を狙うような度胸があるようには思えぬのだが!?」
ズケズケと言われているが女神ヴィヴァルディにとっては事実だったのか。
見た目だけは美麗に分類されるが、気の抜けた顔をわなわなと膨らませ女神が吠える。
「うるさいわね! その通りよ! でも! だからこそ分かったでしょ!? わたしはやってない! 信徒たちが勝手に間違えて暴走しちゃってるだけなんだから!」
「ほぅ、下々が悪いと?」
「ちょ、ちょっと! 怖い顔しないでよ! 事実なんだから仕方ないでしょ! わたしは滅びゆく世界を救えるかもしれないあなたに手を出すなって神託を下したのにっ、そうよ! ちゃんとあたしは世界を救おうと頑張ってるのにっ。みんながみんな、変な方向に突っ走っちゃうんだもの!」
わたしは悪くないわと、涙目になっている残念な女神から漂うのはどうしようもない残念オーラ。
アクタはフードの奥から、じっと残念な女神を眺め。
「ならば――我があちらの王都襲撃の主犯。半裸の変態神を捕まえるまで待っているが良かろう。ただし、逃げればどうなるか、分かっているな?」
「あのねえ。わたしはそこの半裸のナブニトゥに殺されかけたのよ!? 独りで行動したら危ないからするわけないじゃない! こうなったらあなたに寄生して、守ってもらうって決めたんだから! 離れろって言われても離れないっての!」
ようするにアクタに自分を守らせる気なのだろう。
図々しくも偉そうに言える女神にアクタはふむ、と少しの感心を見せるが。
飛翔からの爪攻撃を繰り返しているアンズーを警戒していたナブニトゥが、アクタの影で、あっかんべーをする女神ヴィヴァルディに目をやり。
「ああ、ヴィヴァルディ。なぜそのような男の後ろに。それはただのG。地を這うゴミを喰らう最底辺のスカベンジャー、ただのゴキブリじゃないか」
「あらやだ。アクタったら、わたしと同じ神性なの?」
「ヴィヴァルディ、ああヴィヴァルディ。いけないよ、おまえはたしかにどうしようもない女神だが、それでもあの方が愛した女神。そんなGの陰に隠れるなんて、いけないんだ。さあ、戻っておいでヴィヴァルディ」
アクタを無視して手を伸ばす、無駄な肉体美を持つ男神ナブニトゥ。
その狂気じみた声と表情には、一種の執着が透けている。
「べぇー! だれが殺されるためにわざわざいくもんですか! それにねえ! わたしもあなたたちから散々に、ゴミだの無能だの、役立たずだの言われてるんですもの! アクタとわたしは同類ってことで問題ないでしょ?」
「女神よ……貴様はなかなかにどうして、性格に問題があるように我は思うのだが」
「細かい事なんて気にしないの! あんた、男の子でしょ!」
既に打ち解けているGと女神を眺め、アンズーの対処をしながらもナブニトゥの表情に焦りと怒りが浮かび始めていた。
「ヴィヴァルディ!」
「だからなによ!」
「おまえは世界樹となり、一生ここで僕たちと世界の終わりを眺めるべきなのだ! なぜそれが分からん!」
「わかんないわよ!」
女神ヴィヴァルディはぎゅっと唇を噛み締め。
「わたしはこのまま終わる世界を見捨てたりはしない! 他の神々が既にこの世界を諦めたのだとしても、わたしは、わたしだけはこの世界に生きる人類を愛し、最後の最後まで守り続けると決めた! それが、女神ヴィヴァルディとしての結論よ!」
「ああ、そうか」
神々の言い争いの中。
男神ナブニトゥは神としての魔力で周囲を揺らし、ただ魔力と纏う動作だけでアンズーを蹴散らし。
憎悪すらこもった瞳でアクタを睨み吠えていた。
「そんな奴がいるから、おまえは分かってくれないんだろうな!」
「はぁ!? ストーカーみたいで気持ち悪いんですけど!?」
「異世界から入り込んできたG。貴様が、貴様さえいなくなればいい――!」
石のハープすらかなぐり捨て、アンズーを蹴散らしたほどの魔力を両手に浮かべた男神ナブニトゥは狂ったような笑みを浮かべ。
魔力を更に集束。
ヴィヴァルディが告げる。
「やめなさい! あなただって分かっているのでしょう!? 異世界からの介入者、このアクタを殺したら本当にもうこの世界が助かる道はなくなる! 可能性が一度でもゼロに戻ってしまえば、もうどれほどに賽を振っても結果は固定されてしまう。あなたがしていることは、世界にとどめを刺す事じゃないの」
「滅べばいいのだ!」
「はぁ!?」
「柱の主を失ったこの世界に、もはや価値などない!」
それは、この世界の神々の言い争い。
アクタはじっと彼らの争いを眺め……ふむ。
その声も全て、実は下界に漏れている。
おそらく今、神の瞳からの声を受信するアイテムを前にしている者たちは、嘘……と、世界の終わりを知り騒然としているだろう。
我のせいではないと思いつつも、アクタは言う。
「おい、貴様ら。言ってやる義理はないが、おまえたちの声は……と、聞いておらんな」
男神と女神の言い争いは加速している。
主神が死んだことも、そのせいで世界が終わりに向かって傾いていることも暴露しているのだが……彼らはお構いなくやり合い続ける。
「だいたい! はじめから僕は反対だった! 神を模した人類を生み出し、この世界に住まわせること自体が過ちだった!」
「過ちなんかじゃないわ!」
「いいや、過ちだろう! その証拠に、人類は我らが全ての主たるあの方を殺したではないか! それが世界の終わりを意味するとも分からぬ愚かな種ではないか!」
アクタが、あぁ……これ、言ってはダメなやつではないか?
と、アンズーと共に肩を竦める中。
「それでもわたしは、わたしだけは人類を愛するわ! あの人が遺した、あの人が作った大切な思い出ですもの!」
「我らの多くは既に人類という種を見限った。ヴィヴァルディ、おまえとて、神が死んだ日には泣き腫らしたのであろう!? なぜ人を庇い続ける、なぜこの過ちだらけの世界を守り続ける!」
「この世に要らないものなんてないわ!」
盛り上がっている彼らと、おそらく血の気を引かせているだろう下界であるが……。
アクタにとっては全て既知。
ふあぁぁぁぁ……っと大きな欠伸をして、アクタが言う。
「くだらぬな」
アクタの一言の一蹴に、男神ナブニトゥと女神ヴィヴァルディは振り返るが。
その口から抗議の声が出なかったのはアクタの表情……つまりは闇の奥を見たからだろう。
そこには――世界で最も美しい神が在った。
アクタは今、アンズーの背に乗っていた。
そして口論する彼らは、顔を近づけいがみ合う中……振り向いた。
つまり、彼らは見上げてしまったのだ。
それはアクタが敢えて隠し続けている尊顔。
普段フードの奥、闇の中に隠してあった素顔を彼らは見てしまったのだ。
闇の中。
神すら声を失うほどの美貌が、ゆったりと語る。
「しかし、そうだな――神々が捨てたというのならば、この世界は既に廃棄されたゴミ。ならば、スカベンジャーたる我が拾うまで。神々よ、よもや一度捨てた世界を今更返せとは言わぬな?」
アクタの口からはこの【神の瞳】を覗き込んでいる他者。
他の神々にも向いているようだった。
これほどの騒動になっているのだ、当然、ナブニトゥとヴィヴァルディ以外の神も観測はしている筈。
「反論はなし……か、ならば聞くが良い!」
フードの奥の美貌。
その口元を淡々と揺らし、アクタは両手を広げ息を吸う。
聞く者全ての腰を砕かせるような、酷く情欲をそそる美声を発していたのだ。
「我が名はアクタ。冥界の使徒にして、光と闇の恩寵を授かりしもの。混沌の空より産み落とされたアクタノツノムシ。塵芥を喰らう悪食の神として、今、この瞬間からこの世界は我のモノとしよう。これはこの世界の全ての命、全ての神への布告である」
それは世界征服の宣言とも取れる言葉だった。
他の神への挑発とも取れる言葉だった。
それでも構わず、アクタは大胆不敵に堂々と言い切った。
「異議ある者は自らで世界を救って見せよ、できぬのならば我が世界を救い、全ての人類にこう命じることになろう。人類よ、産卵せよと。人類よ、卵を産み我が血肉を分けた子を産み続けよと! 我はこの世界を我がコロニーとしてくれようぞ!」
ちなみにコロニーとは、繁殖のための群れ。
巣。
そういった意味での発言であり、この宣言により他の神々もアクタの存在に脅威を感じることになるだろう。
だが、アクタはふはははははは!
いつもと変わらぬ哄笑を上げ、更にふは!
これが世にいう、産卵せよ宣言となるのだが……世界はまだ、動き出したばかりである。
〇新規習得スキル〇
【始祖音楽神の技巧(神)】
〇効果:始祖神の一柱、男神ナブニトゥの恩寵により、音を扱うスキルに対して大幅の上昇補正を得る。また、音を通じ言語の異なる異種族の自我を奪う事が可能となる。
●ハーレム対象:男神ナブニトゥ。
【厄病神のド根性(神)】
〇効果:始祖神の一柱、女神ヴィヴァルディの加護により、ダイス判定失敗時に精神耐性を得る。ただし、スキル保持者は少なからず思考にポジティブ汚染が発生する(デメリット)。更に、このスキルは任意での効果切り替えができない。
●ハーレム対象:女神ヴィヴァルディ。