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第015話 心に忍び寄るG―後編―


 男神と女神が激論している裏。

 下界ではちょうどアクタを巡る戦いも始まろうとしていた。

 対応に迫られる冒険者ギルド内にて――。

 女盗賊マイル=アイル=フィックスは、初めて知る恋のバトルの駆け引きを考えつつ。


 まずは小技で攻めるべく、正妻気取りなお嬢様キーリカに向かい上から目線で声を出していた。


「へえ、そういうことだったんだ」

「なにがですか?」

「従業員同士の親密な関係って、よくないと思うなあ」

「何の話です? わたしはただアクタさんのパートナーとして、言うべきことや優先順位をはっきりとさせておきたいだけですよ?」

「ちょっと待ちなよ、最初に彼に潜伏系のスキルを教えたのは……っ」


 女同士の戦いに発展しそうな空気を察したのか。

 女盗賊マイル=アイル=フィックスと口論しかける妹との間に割り込み、カインハルトが慌てて口を挟み。


「おいおい! 妹に情報屋の姉さんよ。何をそんなに揉めているんだ!?」

「兄さんは黙っててください!」

「これは女の闘いですから! 部外者は黙ってて貰えませんか!? カインハルト=ブルー=ヒューマナイト卿」


 あなたの出自は知っていると脅しをかけるマイル=アイル=フィックスに、カインハルトは自らの頬を掻き。


「あのなあ、ギルドで相手の素性をばらすのはマナー違反だろ……」

「ヒューマナイト家の御令嬢様が先に漏らしたよね?」

「そりゃそうだ。そこは兄として貴族の端くれとして詫びよう――すまなかった。だがな、僕はてっきりおまえも、アクタを狙う暗殺者として雇われてるもんだと思ってたんだがな」


 くだらねえと言いたげな顔をしているカインハルトであるが、その言葉の意味はほぼ直球に近かった。

 騎士の流れを汲むモノにつけられる卿の二つ名を持つと指摘されたカインハルトだが。自身もまた、指摘してきたおまえが、裏社会で名の知られた暗殺者だと知っている、そんな意趣返しと意思表示である。


 辺境に近いとはいえ有力者のヒューマナイト兄妹に素性を知られていたと察したマイル=アイル=フィックスは、表情を消し。

 仕事の時のみ見せる顔で、淡々と告げる。


「へえ、やる気? 言っておくけど、魔物相手ならともかく人間種相手ならば負ける気はしないのだけれど。構わないかな」

「落ち着け情報屋、お前らしくないだろう。アクタの話では鳥の魔物の群れは王都全体を狙っているんだろ。あいつが同じ魔物という性質を生かし、説得を試みるとは言っているようだが……なんにせよ、被害を最小限にするために慎重に話し合うべきだ。違うか?」

「そう、だね。悪かったよ――ちょっとこういう感情には慣れてなくて、焦ったんだ」


 言って、マイル=アイル=フィックスは、彼の妹である従業員キーリカにも頭を下げ。


「少し強い口調になったね。ごめん」

「いえ、こちらもすみませんでした。わたし、アクタさんみたいにズケズケと心の中に入ってくる人が初めてで、いや、人じゃあないですけど」

「公爵の流れのお嬢様だもんね」

「お嬢様でも、苦労を知らないってわけじゃあないんですよ? 今度、この騒動が終わったらお茶でもしながら腹を割ってお話ししましょうね」


 空気は前向きに変わっていく。


「まったく、あまり苦労を掛けさせるな。どうせ、アクタの一番のパートナーはこの狂戦士カインハルト=ブルー=ヒューマナイトだと決まっているのだからな」


 はにかんだ表情をしながらもしれっと告げるカインハルトに、二人は反応し。


「はい? どういうことですか、兄さん!」

「あの人を一番に見つけ、最初に認めたのは自分なのですが!?」

「既に我らは最強を目指すクラン……やつはコロニーと言っていたが、ともかく……僕とあいつは既に最強を目指す将来を誓った盟友。目指すは最強の座。我らのクランこそが最もあいつの隣に相応しいのだからな」


 拳を握り、夢を語る体格のいい一流冒険者カインハルト。

 まるで忠義を向けるべき相手を見つけた騎士のような顔で、狂戦士は語ったのだ。

 それは大事な妹を前にしても、優先順位をつける程の忠義だったようだ。


 この状況は、どう見ても全員がそうなのだろう。


 そう。

 既に彼らはアクタのハーレムの一員。

 ハーレム王(G)の力が発動していたのである。


 もっとも、マイル=アイル=フィックスは知っていた。


 それは彼のスキルの能力ではあっても、きっかけは違う。

 はじまりは全て、彼自身の性格……彼の明るく少しバカな人柄に惹かれ――気づいたらもう、抜け出せなくなって逃げられなくなる。

 スキルにハマるのだ。


 その時だった。

 クランシステムと呼ばれる、所属クラン同士の連絡機能を使い声が飛ばされてきた。

 三人の脳に神託のように、魔術メッセージが届いたというわけだ。


 まるで鳥の背に乗ったような風の音がする中。

 普段は見せぬ冷静なアクタの声が響く。


『詳細は後に説明するがすまぬ――我は犯人を追うことにした。なんとこのアンズー達は操られ無償で働かされているのだというのだ。我は許せぬ、彼らのコントロールを取り戻したついでに我は行く。そこで頼みたいことがあるのだが――』


 ハーレム王(G)の支配下にある者たちに同時に命令が下ったのは、この瞬間。


 魔物襲撃の犯人を見つけたので、我は魔物を友とし現地に向かう。

 その間に、腕に覚えのある者のみに頼みがあるのだ。報酬は払う――だからどうか、被害が出る前に街に入り込んでいる暗殺者を生け捕りにして欲しい。

 との内容だった。


 女盗賊マイル=アイル=フィックス。

 ギルド従業員キーリカ=ブルー=ヒューマナイト。

 狂戦士カインハルト=ブルー=ヒューマナイト。


 彼らは頷き、立ち上がり。

 そして同時に、何故だろうか。

 ズザザザザザザッザ!


 冒険者ギルドの全員も同時に立ち上がる。


「ん!?」

「あれ!?」

「な、なんだあんたたち!」


 まるで訓練された軍隊のようだと、その時誰もが思っただろう。

 それほど見事に、完璧なタイミングで冒険者ギルド内の冒険者や従業員、避難しにきた人も含め――同時に立ちあがったのだ。


 しばしの沈黙の後。


 カインハルトが唖然としながらも声を上げていた。


「は!? おまえら、まさか!」

「まさかってことは、あんたら三人もそうであるのか?」

「も、ってことは」

「ああ、厨房は既にアクタさんの料理制覇クランである。当然、吾輩もそうである」


 厨房で働く爬虫人類リザードマンは尻尾で戦意高揚を示し、ふんふんふん!

 次々と名乗りでる者たちに、さしものカインハルトも困り顔で首の後ろを掻き。


「じゃあ、そっちの連中もそうだという事か――全員が別口でアクタのクランの一員……っと。まったく、あいつはどれほどに手が早いのだ」

「アクタさんらしくはありますけどねえ」

「妹よ、それほど呑気にしている場合でもないだろう……」


 この場以外でも、明らかに同じタイミングで動き出した冒険者や従業員の気配は多数。

 むしろ、ギルドの外でもなにやら同時に動き出す気配が発生している。

 鈍い者でも、もはや確信へと変わっただろう。


 アクタのハーレムはギルド内だけではなく、市井にも広がっているのだ。


 少なくとも既にギルドは落ちていた。

 完全に芥角虫アクタノツノムシ神の支配下。

 未知の鳥の魔物襲撃よりも前に、とっくに魔物の手の中。


 これはこれで後に王都の問題となりそうだが。

 ともあれ。

 他のモノ達もアクタの声を聞き動いたと理解した瞬間、既に女盗賊マイル=アイル=フィックスは動いていた。


 これは相当に頑張らないと抜け駆けできそうにないと。

 じぃぃぃっと外を眺めたマイル=アイル=フィックスは、スキルを発動させていた。

 混乱の最中、彼女は真っ先に動き出す。


 気配が消えたことに反応したカインハルトが、周囲を見渡し。


「おい、あの女盗賊はどこにいった!?」


 はっと妹が反応し、くわっと奥歯を見せる程に口を開け。


「あぁああああああああぁぁ! 兄さん! あの人、きっと潜伏系スキルを使って抜け駆けする気なのよ!」

「斥候職の優位性か、だが――」


 面白い、とライバルと競う顔でカインハルトは槍を召喚。


「純粋な戦いならば狂戦士たる僕が後れを取るわけがない。いいか、これは勝負だ。こちらはこちらで動くのみ。僕が所属するクランこそがアクタの隣に一番ふさわしいと証明する! おこぼれで誉め言葉が欲しい奴らは僕についてこい。人海戦術でアクタを狙う暗殺者を炙り出してやろうではないか!」


 槍を掲げる狂戦士に付き従い、まるで統率された虫の群れのように冒険者たちが動き出す。


 ここは既にアクタのハーレム。

 アクタを狙う暗殺者たちが自分たちの置かれた状況に気付くのは、この直後の出来事であり――。

 アクタが【神の瞳】を襲撃したのはこの瞬間。


 ◇


 今、冒険者ギルド内を【神の瞳】から観測していた男神ナブニトゥは、唖然としていた。


 神ナブニトゥにも当然、魔物以外の信徒が居た。

 当然、この王都にも潜ませていた。

 だがその信徒たちが全員、自身の声に反応しなくなっていた。


 アンズーのコントロールを奪ったアクタの声が響く。


『ふは、ふははははは! 覚悟するのだな! 女神と男神よ!』

『だから! わたしは違うんだってば! あんたからも言ってやりなさいよナブニトゥ! わたしと一緒にされるのは嫌でしょう!』

『……っ、なんなんだ。おまえはいったい、何だというのだ!』


 本来ならばこれはナブニトゥの【神の瞳】からの作戦伝達。

 子機のような扱いとなっている、予備の瞳を通し内通。

 ギルドの内通者に連絡をする筈の声だったのだが、それらは全て筒抜け。


 いつのまにか設置されていた【神の瞳】に気付いた留守番、従業員キーリカは吊戸棚の奥から声を漏らす結界アイテムを拾い上げ持ち帰り。


 待機組の冒険者たちの前に持ってくる。

 彼女は何の悪意も打算もなく、相談するように皆に向かい問いかける。


「これって……教会の人たちが使ってるアイテムですよね? なんでここにあるんでしょうか」


 そう。

 彼女がナブニトゥの【神の瞳】を皆の目にさらしてしまったので――流れがまた変わる。

 これから起きる大事件。


 アクタと男神と女神。

 三柱の神のやり取りが全て漏れてしまうことになるのである。



 〇既存習得スキル〇

 【隠密の極意(一般)】

 〇効果:このスキルは任意で発動を切り替えられる。己を索敵、発見、気配察知などのスキルの対象外とする。また効果発動中、全ての行動に【気配遮断補正】を付与する。

 ●コピー対象:女盗賊マイル=アイル=フィックス。

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