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第014話 心に忍び寄るG―前編―


 【SIDE:冒険者ギルド】


 時は僅かに遡る。

 これは王都に未知の鳥の魔物が襲来した直後の事。

 ある男に恋をした、女盗賊の記憶である。


 普段は酒とタバコと鉄板焼きステーキの肉汁の香りで満ちたギルドも、今回ばかりは緊急事態とばかりにてんやわんや。

 冒険者ギルドでも当然対処に当たることになり、ギルドの古株ともいえる老婆が魔物を【鑑定】。

 それが神話にある神鳥アンズーと判明した現場は騒然としていた。


 普段と違う緊張感の中、普段と同じ声で従業員キーリカが手荷物を纏めながら叫ぶ。


「もう! こんな時にアクタさんはなにをしているんですか! 魔物同士なんだから、交渉で追い払って貰うこともできるかもしれないのに」


 既に逃亡の準備を進め、せっせといつも以上に熱心に動く妹キーリカを眺め、彼の兄で槍を使う狂戦士カインハルトは呆れた様子で告げる。


「妹よ、おまえなあ……」

「なんですか、兄さん。これだけの魔物に襲われてるんです、金目の物を持って逃げるのは当然じゃないですか!」

「外の方が危険だからやめておけ……ったく、相変わらず行動力だけは凄いな」

「あ、やっぱり兄さんもそう思います? わたし、結果はともかく行動力だけはSSランクっていつも上司にも褒められてるんですよねえ」


 結果はともかく――。

 という言葉の意味を気にしない彼女を眺め、いつものようにギルド酒場部分の端っこで、軽食をつついていた女盗賊マイル=アイル=フィックスは考える。


 たまには無料のお冷以外の飲み物も注文してくださいね!

 と、堂々と苦言を呈してきた従業員キーリカによって注がれた水の表面は、揺れている。

 彼女は思考する。


 考えるのは未知の魔物が王都を襲っていることへの対処ではなく、あの時出会ったアクタのことだった。

 ソロで行動する女盗賊マイル=アイル=フィックスは冒険者であるが、本職は冒険者ではない。

 その職業はアサシンに近い。

 金さえ積めばどんな暗殺もこなす暗殺者なのだ。


 そんな彼女が冒険者ギルドに入り浸っている理由は単純。

 いついかなる時でも、どんな相手でもターゲットにできるようにギルド酒場で情報を集めているのである。

 いつも酒場の隅にいることで、いつ独りで来店しても不審がられずに仕事ができる。

 そして、いつもいる事から顔馴染みも増え、入ってくる情報は増していく。


 情報屋のような仕事をしだしたのはいつ頃だっただろうか。

 暗殺者であり情報屋。

 そしてそれなりの腕のソロ冒険者でもある事から、彼女は気配に敏感になっていた。


 だから気が付いた。

 いつの頃からだろうか。

 何者かが狙うような目線と気配をぶつけてくるようになったのは。


 彼女ははじめ、それを敵対者と認識した。


 彼女が暗殺依頼を受ける際は、いつも自分なりの基準を守っていた。

 マイル=アイル=フィックスは一般人は殺さない。

 それでも遺族からの恨みを買う事は多かっただろう。


 恨まれていて当然だ。

 裏稼業とは別に情報屋の方も恨みを買いやすい。

 さまざまな情報を入手している彼女は、情報を秘匿しない。

 あくまでも彼女が知る限りであるが、金さえ積まれれば常にどんな情報でも渡していた。

 彼女の情報が原因で、婿養子で成り上がった貴族の不倫がバレ、追放されたと事件になったのはつい最近の事。


 類似する案件も多く、彼女のせいで悪事がバレた連中からは恨まれていても不思議ではない。


 だから今回もそういう類だと彼女は思ったのだ。

 だが実際は違った。

 狙っていたのは、吊戸棚の中にいたG。


 なにやら何度も突撃してきているので、彼女は鬱陶しくなりこっそりと手刀で退治した。

 だが次の瞬間、そのGはガサっと起き上がりビシ! っとポーズ。

 未知の固有スキル【黄泉帰りし蝗神ゲヘナ】と呼ばれる能力で、自動蘇生していたのである。


 Gの姿をした魔物だと気付いたマイル=アイル=フィックスは、そのGを観察した。

 どうやらそのGは肌に接触することで、相手のスキルをコピーできる特殊個体だったらしい。

 冒険者ギルド内に魔物が潜んでいるのである。


 Gは何度も蘇った。

 どうやら幸運値で判定をし、自己蘇生を可能としているらしい。


 明らかに特別な個体である。


 これもいつか何かの役に立つ情報だろうと、彼女は何度もGを観察。

 その度に退治していたのだが、あれは二十三回目のことだったか。

 諦めずに何度も向かってくる姿にかつての自分の過去を思い出し、油断したその時だった。

 ふと、突撃してやってくるGに肌の接触を許してしまったのだ。


 次の瞬間、やはりGはスキルを習得した。


 【隠密の極意(一般)】。

 それは女盗賊マイル=アイル=フィックスが子供のころから磨き上げた、生きるための潜伏系スキルだった。


 Gの目当ては彼女の潜伏スキルだったのか。

 スキルをコピーした彼はしばらく潜伏しながら女性冒険者のスキルをコピーして回り、その内に姿を消してしまった。

 女性ばかり狙う変な個体もいるものだと笑った彼女だったが、少しだけ寂しくも思うようになった。


 知恵あるGには自分が暗殺者であるとはバレていただろう。

 あれほど何度も殺したのだから当然だ。

 そして同時に、自分が暗殺者だと知っていながらあんなに何度もアプローチをしてきた存在は初めてだったのだ。


 諦めなければ希望はある、だからあなたは元気で生きなさい。と、死の淵にあった母が遺した遺言と、彼の本当に諦めない姿勢が繋がって。

 だからマイル=アイル=フィックスはあのGの事が好きになった。

 けれど彼は既に去った魔物。


 もう二度と会えないだろう。

 そう思っていたのに。

 彼は人型に擬態できる魔物、擬態者ミミックとなって帰ってきた。


 運命だと、思った。


 それは母を失い孤独になり……血に塗れた人生を歩んだ彼女が初めて知った恋だった。

 だから。

 女盗賊マイル=アイル=フィックスは暗躍する。


「ねえ、キーリカさんちょっといいかな?」

「あれ? わたしに話しかけてくるなんて珍しいですね。なんですか、一緒に逃げます?」

「そうじゃなくって、えーと……なんかやっぱり皆、室内で待機してた方が安全ぽいんで……伝えて貰って欲しいかなって。だめかな?」

「情報屋のあなたがそーいうのなら、本当に室内の方が安全なんでしょうけど」


 さすがに訝しんだ顔で、キーリカはこそっと彼女に耳打ちし。


「アクタさんから何か命令を受けたんです?」

「……どうしてそう思うのかな?」

「あれ? だってあなたの本名ってマイル=アイル=フィックスさんですよね? アクタさんとクラン登録されている……クラン名はたしか……ハーレム王(G)だったような」


 クランとは冒険者仲間が作る互助会のようなものだ。

 キーリカの事は既に調査済み、情報屋でもあるマイル=アイル=フィックスは知っていた。


 本名はキーリカ=ブルー=ヒューマナイト。

 本人は能天気な小娘だが――母方の実家が公爵令嬢の流れを汲んでいる貴族であり、こっそりと護衛がついてきていて、更に一流冒険者で兄であるカインハルトが連れ戻しに来るほどのお嬢様である。

 相手側に非があったとはいえ、兄が妹の婚約者をボコボコにしても許されてしまうほどの太い実家を持っている。

 公爵家の血の影響か、その観察能力や諜報能力は本人の性格とは裏腹に極めて高い。


 今回も暗号で登録したクラン名もしれっと開示しているのだ。

 あまり敵に回したくないと思いながらも、マイル=アイル=フィックスは猫を被ったまま告げる。


「そう、クランのメッセージ魔術でね。なんかアクタさんと一緒にいる領主さんと魔術師さんが事態を解決させようとしているから、腕に覚えがあっても出るなって。領主命令らしいよ。自分は潜伏が得意なんで、ちょっと外に出てる人を救出するためにでてきますけど」

「本当ですかぁ?」

「ほんともほんと、ほら、天秤が傾いてないよね?」


 それは例の【看破の天秤】。

 アクタが今、領主と魔術師と一緒にいるのは事実。

 それを拡大解釈しているだけなので、嘘ではない。


「んー、あなたの話なので信じますけど……。カインハルト兄さ~ん、この人が外の人を助けに行くらしいんで~! 一緒についていってあげてくれませんかー?」

「はぁ? 助けに行くって、その女は斥候職スカウトだろう?」

「てか、キーリカさん……話聞いてました? 自分、潜伏系で隠れていくんで狂戦士と一緒に行動するのはちょっと……」


 冒険者である二人はそれぞれに文句を言うが。

 キーリカはにっこりと笑顔で返し。


「アクタさんがそうしろって言ってますので」

「え? ちょっと! キーリカさん、それってどういうこと!?」

「どうもこうも、アクタさんがわたしのクランのメッセージ魔術でそう言ってるんで。あなたはわたしのクランのアクタさんの言う通りに動いてくだされば、と」


 情報屋でありながら抜かったとマイル=アイル=フィックスは思った。

 相手の目はマジ。

 これだけは譲れないという顔で、にっこりしながらも圧力をかけていた。


「キーリカさん、あなた――」

「こっちの方が驚きましたよ。本当にアクタさんったら、女の子に目がないんですから。こっちが本命だって分かってるんで構いませんけど、ちょっと嫉妬しちゃいますよね」


 正妻はわたしだと、暗に言っているようだった。


 そう既にこのキーリカも、アクタの手の中。

 ハーレムの一員だったのだろう。

 それもそうだ。


 あの素敵なアクタと共にいて、堕ちていない筈がないと。

 恋を知った彼女はこうも気付いていた。

 つまりこれが女の戦い、自分も知らないプライドをかけた戦いというやつか――と。


 これこそが、世界を考え女神と男神が言い争っていた裏。

 下界で起きていた珍事件である。


明日の後編に続きます。

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