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第013話 神々の邂逅


 【SIDE:女神ヴィヴァルディ】


 女神わたしは唖然とした。

 けれど、女神ヴィヴァルディにも神としての矜持があった。

 だから即座にあいつが使用する【神の瞳】……神の結界アイテムに侵入し、非難するように詰問きつもんしたのだ。


 彼の神の瞳の中は、まるでコロッセオの会場。

 見せる者も聞かせる者もいない、ただ広い空間にて。

 ただただ、誰かに聞かせるような音楽が鳴り響いているのだ。


「ナブニトゥ! これはいったいどういうことよ!」


 女神がナブニトゥと呼んだのは、石のハープを脇に抱える創造神の一柱。

 【柱の創造神】を最も心酔していた、創造神仲間。

 遠き青き星と呼ばれる地にて発生したメソポタミア文明にルーツを持つ、肉体美を自慢とする、素肌を見せつけるような半裸の男神である。


 ナブニトゥは奏でていた楽器を止めることなく、目線のみで女神を睨み。


「何の用だ……」

「何の用だ……じゃないでしょ! ダウナー気取りかなんかなの!? 私は何とかして欲しいと助力を願ったはずなのに、今、王都は魔物の襲撃を受けている。この鳥の魔物たち、あんたの信徒でしょ!」

「そうだが……?」

「そうだがって、あんたねえ!」

「……よく考えてみるのだ。厄病神なヴィヴァルディ……」


 石のハープを鳴らす男神ナブニトゥは、まるで鎮魂歌を彷彿とさせる音を奏で。


「お前はあのGこそが、この世界に齎された最後の希望。そういったな……?」

「言ったわよ? だから彼が殺される前に……っ」

「それはおまえが勝手に決めただけだ……ヴィヴァルディ。其れに、あのGは柱の創造神……あの方が産み出された命ではない。ならば……、それは我らが世界に入り込んだ異物だ……。Gにあの方が遺された世界の命運を任せ、ダイスを振ろうだなどと――笑止千万。だからおまえは頭がどうかしているのだ……厄災招くヴィヴァルディ」


 ゴミを見る目すら向けることもなくナブニトゥは言い放ち。

 ポロロロン……。

 鳥の魔物を操り、アクタを狩ろうと音楽により鳥を操る【鳥獣戯歌コマンド】を発動。


「あぁあああああああぁ! あんたねえ! こっちが下手したてに出てれば調子に乗って」

「下手に、おまえが?」

「土下座したでしょうが!」

「それは面従腹背……。おまえは、土下座しながら舌を出していただろう」

「う、うるさいわね! それよりも、まじめな話よ。すぐに魔物を操るのをやめなさい。私の事はどれだけ言われても仕方ないと思っているわ。けれどね、世界を救えるかもしれない種を摘ませるわけにはいかないの。同じ神として、あの方が遺したこの世界を支える神として――私はあなたを軽蔑します」


 どうよと女神はナブニトゥを睨み、ふふん。


 まっすぐな女神の言葉は効果がある筈。

 けれど、女神の信頼は地に落ちているのか。それとも異世界からの介入者が気に入らないのか。

 石のハープを愛おしそうに抱き寄せ、その肉体美と音色をもって、鳥を誘惑する半裸のナブニトゥは告げる。


「これは試験だ……。僕の……僕の鳥たちを止められない程度の実力ならば、文字通りのただの異物。この世界が救えるわけがない。そうではあるまいか、厄病神ヴィヴァルディ……」

「止めるたって、あの魔物たち! 怪鳥アンズーでしょう!?」

「ああ、そうだ。川より生まれし猛き怪鳥ズー、主神の玉座を簒奪せんと欲した欲望の鳥。かつて主神に逆らった神鳥とはいえ、今や落ちて僕の手駒……ただの魔物さ」

「ただの……って。あなた、アクタを殺すために王都に住まう無辜なる人類まで滅ぼすつもりなの!」


 神々が目線をやる怪鳥アンズー。

 全長は小さな民家ほど。

 その顔は獅子。

 かぎ爪も見事な武器となるのだろう、ミスリルを彷彿とさせる白銀の輝きを持っている。


 男神は言った。


「仕方ないだろ……ヴィヴァルディ」

「なにがよ」

「彼らが主神を殺した……。僕はあの方を愛していた。僕らを愛してくれたあの方を滅した人類を、どうして愛せようか?」

「それはっ……。人類じゃなくて私が悪かったのでしょう。私が言えた義理ではないと自覚はしているけれど、彼らの事まで責めるのは違うでしょう?」


 人類を愛する神の柱として食い下がる女神に、ナブニトゥは首を横に振り。

 鎖骨に髪を乗せながら、ぼそりと呟く。


「神の中でおまえだけは人類を愛する心を持っている。それが動くだけで厄災を招くゴミのようなおまえの唯一の利点だ。あのような矮小なモノ達に慈悲を向けるとは、それも美徳だ……。だが、僕は違うのだよヴィヴァルディ」

「ナブニトゥ?」


 訝しむ女神に、ナブニトゥは昏い表情で首を傾け。


「残り少ない世界の寿命とて、彼ら人類にとってはかなりの時となる。彼らは終わりを知らぬまま、知ったとしても世界を喰らいつくすだろう。故にだ、ヴィヴァルディ。彼ら人類が消えれば世界の寿命は少なからず延びる。僕は世界に住み着く寄生虫が消えることには賛成だ……」

「まさか……あなたたち。人々を滅ぼすつもり……!?」


 言葉を失った女神に、男神が言う。


「勘違いはするな……ヴィヴァルディ。あくまでも僕がそう思っているだけだ……ただ、僕と同じ考えの神がいたとしても不思議ではないだろう? ヴィヴァルディ。どうしたんだ、ヴィヴァルディ。聞いているのか、ヴィヴァルディ」

「聞こえてるからヴィヴァルディ、ヴィヴァルディって何度も言わないで頂戴!」


 叫ぶような声が、神の玉座で隠れ家ともいえる【神の瞳】の中で反響する。

 女神は考える。

 つまりは、残りの世界の寿命を延ばすために人類を滅亡させることとて想定している。

 ナブニトゥにとってはアクタも信用できない。


 そうなると。

 確かに王都に怪鳥アンズーをけしかける今の状況は、最善。

 ナブニトゥにとっては全く問題のない行動なのだ。


 音を奏で続けるナブニトゥは石のハープに向かい、祈るように瞳を閉じ。


「安心しろヴィヴァルディ……。おまえの失態も、おまえの信徒の罪も全てが消える。柱の神が愛した僕の調べに導かれた怪鳥アンズーによって、王都は消え去る……。だから、ヴィヴァルディ。もうこれ以上何もするな。考えるな」

「考えるなって、あなたねえ!」

「ウジ虫よりも役に立たぬおまえとて、同郷。他の神により憎まれ、消されるのは嫌なのだ」


 ナブニトゥは鎮魂歌のような曲を奏で続け。

 アンズーを王都に向かわせ、遠い過去の記憶を指でなぞるように口を開く。


「共に故郷を捨てたあの日、皆が見えぬ明日を考える中……、ヴィヴァルディ。おまえだけは何も考えずに泣いていたな。僕は……少しおまえが羨ましかったのだ。滅び去った故郷、あの地で過ごしたあの日々への想いは消えぬ。ヴィヴァルディ……他の神々が泣けぬ中、後悔に泣き腫らしたおまえは美しかった。あの時、あの思い出にあり続けるあの時のおまえだけは……確かに、ああそうだ。確かに輝いているのだから」


 薄らと開いた男神の瞳から伝わってくる感情は、憐憫。


「もういいだろう、ヴィヴァルディ。無能なおまえがなにをしても無駄。疲れているのだろう? おまえの神様ごっこももう終わりだ。僕と一緒に、残り少ない世界が終わるまで、静かに、ただ何も考えずに遊び、笑っていよう。あの日のように……ずっと、ずっと」

「嫌よ!」

「主神を殺させてしまったおまえに、いったい何ができるというのだ……ヴィヴァルディ」

「聞いてナブニトゥ!」

「僕はもうこれ以上、お前を嫌いになりたくないんだ」


 女神は知っていた。


 見下されている、それは確かだ。

 呆れられているのも確かだ。

 だが、それでも彼は同郷を憎んでいるわけではない。


 ナブニトゥは優しいが故に、これ以上、女神ヴィヴァルディの仲間内からの評判を下げたくないのだろう。

 そして、もうこの世界が滅びることを受け入れているのだ。


 けれど、女神わたしは違った。


「それでも私はこの子達を見捨てたりはしないわ!」

「ならば――仕方あるまいか」


 口調を変え。

 ナブニトゥは冷たい瞳で女神ヴィヴァルディを睨み。


「残念だよ、ヴィヴァルディ」

「なにをするつもりよ! 半裸の変態に襲われてるって叫ぶわよ!」

「もはやお前の声に耳を傾ける者など誰もいない。おまえを世界樹とし、おまえという樹と共に世界の終わりを眺めようぞ」


 男神ナブニトゥが石のハープを鳴らし、世界の法則を歪め。

 世界樹に巣を作る【大怪鳥フレスベルグ】を模した魔物を、召喚。

 

 元より強き神ではない女神は、どう足掻いても勝てない。

 それでも。

 女神わたしは【細身の突剣】を召喚し、もはや敵地ともいえるナブニトゥの【神の瞳】からの脱出経路を計算する。


「さらばだ、ヴィヴァルディ。心だけは綺麗だった無能な同胞よ」

「うるさいわね! 勝手に別れを告げてんじゃないわよ! この変態! 前から言おうと思ってたんだけど、あんた! 服着なさいよ、服! レディの前で失礼でしょうが!」


 そんな捨て台詞を残し、逃走。

 ただの全力ダッシュで神の瞳から脱出しようとする女神の背を、ナブニトゥが指差し。


「フレスベルグ、彼女を樹に」

「うぉぉおおおぉぉぉぉぉおおお!」

「全力疾走で漏らした間抜けな声が最後の言葉とは――お前らしいよ、ヴィヴァルディ」


 ナブニトゥは瞳を閉じ。

 樹に変えようと飛翔するフレスベルグの断末魔に近い叫びを……。


「なに!? フレスベルグ、どうした!?」

「え!? ちょっとなに!?」


 混乱する女神と男神の瞳には、けたたましい程の【自己鼓舞】を上げる、アンズーの群れが見えていた。

 何があった。

 分からぬ神々の目の前で、ふは! ふははは! っと、自己愛に満ちた哄笑が響き渡る。


「多少大きなだけの愛らしい鳥を魔物と使役し、給料も払わず使っていたとされる詐欺師の巣はここであるか!」


 何故か寝返っているアンズーの群れの中。

 一際大きなリーダー怪鳥の背に乗り、ふはははははは!

 神の瞳の結界を破り、突如として出現したのは黒衣とフードの男。


 この世界に入り込んできた異物アクタ。

 さしものナブニトゥも狼狽し、石のハープを落としながらも叫びをあげていた。


「何故貴様がここに! それに、何故アンズーが貴様に従っている!」

「ほう! 分からぬのか! 何か知らぬが我を襲った半裸の変態よ!」

「怪鳥の背で偉そうに腕を組んでいる怪人のお前が、それを言うか!」


 ナブニトゥは相手のペースに巻き込まれつつも、はっと正気を取り戻し。

 慌てて石のハープを再装備、怪鳥を操る音色を奏でる。

 が――。


「な――!? 何故コントロールを奪えぬ!?」

「ふん! 何故だと? 決まっておろう! 既に彼らは我が臣下! 目と目を合わせ真摯に会話をしたら、我の人徳に従い我の王国にくだった。それだけの話よ!」

「【美貌の恩寵(神)】に【ハーレム王(G)】だと? くそっ、効果の分からぬ異界のスキルか……!」


 女神ヴィヴァルディは助けられたことに感謝し。


「やっちゃいなさいアクタ!」


 と、勝ち誇った様子で胸を張るが。

 アクタはふむ、と女神を一瞥し。


「我が盟友アンズーよ! 共に怪しきこやつらを縛り上げるぞ!」

「え!? ちょっと! あたしあなたの味方なんですけど!?」

「我はキサマなぞ知らぬ、名を名乗れ」

「私よ私、女神ヴィヴァルディよ!」


 と名乗ったのは良いが、女神はアクタを一方的に知っているだけ。

 それに、女神の名を聞きアクタは露骨に空気を変え。


「女神ヴィヴァルディだと!? まずはあの女神から捕らえるぞ!」

「だぁああああああぁあ! なんでよ!」

「キサマの信徒が我に暗殺者を向けたことは明白。言い逃れなどできぬと知れ!」


 あぁあああああああああぁぁぁ!

 そういえばそうだった! と、女神わたしは頭を抱えたが。

 既に怪鳥もGも神々を捕縛するべく、行動を開始していた。


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