第120話 エピローグ
とある世界のとある宇宙。
空に広がる混沌の海には、さまざまな神々が浮かんでいた。
それは光と闇と死。
天照の如き日照を司る光の神。
宇宙のように膨らんだ憎悪を抱え続ける闇の神。
そして、実力で冥界を支配した死の神。
彼ら三神の悪戯と慈悲から始まった騒動も、ひとまずの終わりを迎えた。
そして彼らと共に浮かぶのは、壊れる筈だった世界のかつての主神。
魔術発祥の根源の地にて、人類からの呪いを受け”嫌われ者”へとその身を窶した者。
芥角虫神、アクタ。
フードでその素顔を隠した蟲神は、心からの感謝を示すように頭を下げる。
その口から流れる声にはあの世界に戻してくれた、神への恩が滲んでいる。
「お久しぶりでございます、我が命を拾ってくださった神々よ」
礼を尽くすアクタの足元のネコ。
猫の器にその魂を収めている春風の女神ヴィヴァルディは、三神を眺め。
「へえ、本当に楽園にいたレイヴァン神に大いなる光じゃない。あなたが言っていた話も本当だったのね」
「……おい、きさま、我の話を信じておらんかったのか?」
「あははははは! だって、楽園は崩壊してたしレイヴァン神は謀殺されちゃってたし、まさか殺された後で冥界を乗っ取って神になって存続し続けたなんて思わないじゃない! あなたたちも久しぶりね、まあほとんど面識はなかったけれど!」
ネコの陽気さに、死の神レイヴァンが皇帝姿のままに眉を下げ。
『ったく、まさか、スカベンジャー達を集めていたあの心優しい女神さまが、こんな……その、なんだ。愉快な女神だったとはな』
「あら? わたしだって、まさかあの方のお兄さんがこんなジゴロみたいな男神とは思っていなかったわよ?」
『ジゴロだぁ?』
聞き慣れぬ言葉に、ん?
眉間に皺を刻む死の神に、闇の神がニャハハハハハ!
『まあ今の彼女はあの世界の言語で会話をしている。魔術翻訳に齟齬があるのかもしれないけど……今のジゴロのニュアンスはよーするに、女にたかるヒモとか、男妾とか、そーいうアウトローな色男って意味かな』
『はは、色男なら違いねえな』
『あんた……それ、たぶん誉め言葉じゃないわよ?』
死と闇と光の神が、それぞれに軽い空気を出す中。
この件に大きくかかわった闇の神。
大魔帝ケトスが、こほんと口に当てた肉球で咳払い。
『まずはおめでとう、アクタくんそしてヴィヴァルディ神よ。これで君達の世界の存続は確定した。君達の旅路、君達の物語もひとまずは区切りになったというわけだ』
言って。大魔帝ケトスは猫の手を伸ばし。
その肉球の上に、闇の霧を生み出しポン!
『これが君の物語を記した逸話魔導書【芥角虫神の福音書】さ。君の前世や、Gとしてあの世界に顕現した君の半生を綴った魔導書でもある。君の魔術が扱える書だ、受け取り給え』
「闇の神よ、これを我に授けてなにをしろと?」
『特に何もないさ。ただ、私は私の師匠に言われ君を支えたに過ぎない』
大魔帝ケトスの師とは、かつて救世主と呼ばれた存在。
ユダとマグダラのマリアの師と同一人物。
救世主である事を維持しながらも、魔王として楽園を滅ぼした男。
逸話魔導書を受け取ったアクタは、頭を下げ。
「あの方はどうなされているのですか」
『君に蓋をされて落ち込んではいたけれどね、けれどあの魔王様は君が知る救世主そのものじゃない。あの方は私の魔王様だ』
「というと」
問いかけるアクタに、目線だけをわずかに逸らした大魔帝ケトスは頬を掻き。
『いやあなんていうか……この宇宙は色々と複雑でね。君がいう所の直接の師匠は既に多くの欠片に別たれ、無数に存在している。そうだね……魔王様としての意識が明確に残っている欠片を代表すると、三毛猫姿で地球に生きる魔王様と、新たな宇宙の創造神となり、六柱もの最高神クラスの女神を従える賢者王がいる。いつか君に会いたいそうだけれど、どうする?』
アポを取っても構わないよ、と。
大魔帝ケトスのコミカルな口から漏れる言葉は、真剣そのものだった。
色々ってほとんどあんた絡みじゃない……と、光の神がジト目で魔猫王に突っ込む中。
アクタは静かにフードを揺らし。
「いつか、機会があれば巡り会う時もありましょう」
『分かった、彼らにはそう伝えておく』
さて――と、一息。
滅ぶはずだった、あの世界の存続についての話は終わり。
そうなると次に話題になるのは、現実的な問題。
光の神が女神の口調で告げる。
『此度の件で発生した外なる神、教皇ホテップに海獣に身を窶した大神についてですが』
「我らの世界にいる限りは、責任をもって管理しましょう。光の神よ」
『分かりました。もし、手に負えないとなればすぐに連絡を』
「御意に――」
やりとりする光の神とアクタに目をやり、ヴィヴァルディは、ふーん?
「あんた、なんで同じ女神でもわたしとこの人で態度が違うの?」
「……実際、この御方が力を貸して下さらなければ我らの世界は滅んでいた。対する汝は、どちらかといえば世界を滅ぼす側であっただろうに……」
「はぁぁぁ!? まるでわたしが悪いみたいじゃない!」
「そうは言うが、闇の神が汝を猫の器に封じ――復讐心のみを濾過せねば汝が暴れておったのだぞ?」
事実のみを告げても、ネコのヴィヴァルディはへこたれない。
「そもそも! 楽園にいた時からのあんたが、始祖神たちに甘すぎたのが原因じゃない!」
「昔の事を持ち出したらキリがないと分からぬのか、たわけ!」
「たわけはあんたでしょう!」
Gとネコが睨みあう中。
死の神が言う。
『おめえらなあ、痴話げんかなら他所でやれ……』
「師よ、これは失礼――後でこれには言い聞かせておきますので」
『おまえさんの師ってわけでもねえんだがなあ』
「ふは、ふはははは! 何を言われます! あなたの悪食を見習い、我はGとして大成したのでありますよ!」
Gに悪食で”師”呼ばわりされても、と反応に困る顔をする死の神であるが。
彼は顔を引き締め、冥界の管理者たる皇帝の顔で告げる。
『ところで、復讐の魔性マグダレーナの事でお前さんに伝えないとならねえ事がある』
空気が変わっていた。
光の神も闇の神も、僅かに顔を固くしている。
アクタは言う。
「彼女はヴィヴァルディの復讐心より発生した神性。落ち着いた今となっては、その復讐心の減少と共にその身も、存在も徐々に消えて行く。でありますかな?」
『そうか、既に分かっていたのか。なら、今更何も言うまい。こちらからは以上だ』
死の神が瞳を閉じ。
『我が弟の前世により狂わされた犠牲者よ、此度の働き誠に大義であった。そして、多くの命と魂に代わり感謝を』
『君の働きを私も評価している、何かあったらこの大魔帝ケトスを頼るといい』
『塵芥とされた者を導き救った、貴方の慈悲をわたくしはいつまでも讃えます。其の道、其の明日を日照で照らしましょう――』
三神が告げた。
それだけでアクタとヴィヴァルディの周囲の空間が歪み。
元の世界、アクタたちの世界に帰還されていた。
◇
元の世界では、祭りの準備が進んでいる。
カイーナ=カタランテ姫やナブニトゥ。
けれど、復讐心を捨てた復讐の女神マグダレーナがそこにはいなかった。
緑地化の魔術で荒野から草原に変わった地。
ヴィヴァルディが言う。
「さっきの話。どういうこと?」
「あの三神が我らの未来を祝福してくれたのであろう」
「そうじゃないわよ! マグダレーナのことよ!」
アクタを見上げ唸るヴィヴァルディの瞳は笑っていない。
アクタが言う。
「……神々の言う通りだ。マグダレーナは汝から抽出された復讐心、完全にその心を捨てた今となればその存在は、消える」
「待ちなさいよ! そんなの聞いてないわよ!」
「考えてみればわかる事だろう」
「だって、じゃあなんであいつはあんなに笑ってたのよ! あいつはわたしたちを笑顔で見送ってたのよ! それに、なんであんたは、さっき、あいつらに頼まなかったのよ!」
ヴィヴァルディは激怒していた。
憤怒していた。
マグダレーナが消えてしまう、そのことよりそれを知っていて対処しないアクタに怒っていた。
「あの者が言ったのだ、いつかまた……消える前に暴走して世界を壊したくないとな。汝とて、あやつと同じ思考回路を持った存在。その慈悲と心を理解できるだろう?」
「でも……っ」
「我とて悩んだのだ!」
珍しく声を張り上げたアクタが言う。
「なれど、魔性の暴走の力は何人たりとも止められん。あの方ですら、楽園を滅ぼしてしまったのだぞ? そしてあの方はおそらく、殺されても仕方がない者たちを殺してしまったことにすら、自責の念を感じた筈。それと同じことを、マグダレーナにさせるわけにはいくまい」
「そう、だからあの子は……もう一人のわたしは消えると分かっていて、黙って消えたの?」
アクタが頷いた。
次の瞬間。
ヴィヴァルディはアクタの顎に猫アッパーを決めていた。
いままで通っていなかったダメージが通っている。
それほどに、ヴィヴァルディは怒っていたのだ。
「な、何をする!」
「早く追いかけなさい! わたしには分かるわ。だって、あの子はわたしなんだから、それでもあんたに引き留めて欲しいと思ってる、すっごい面倒な女に違いないんだから!」
「だが、魔性としての暴走に怯え生きるよりも、この場で――」
「バカねえ! あんたがわたしとあの子の面倒を一生見ればいいでしょう!」
言って、はぁ……と息を吐き。
「ったく、アクタ。本当にあんたってダメね、乙女心が何もわかってない」
「しかし」
「しかしじゃない! あんたの性格だと、ここで彼女の消滅をさせたら一生後悔するでしょ。はやく首根っこを捕まえてきなさいって言ってるの!」
アクタが言う。
「もし、汝ならば」
「なによ」
「将来、自分が再び宇宙に危機を齎す存在になると知っていても、それでもなお――我に引き留めて欲しいと、そう思うか?」
ヴィヴァルディは言う。
「当たり前でしょうが、ってか、来るのが遅いってぶっ飛ばしてるわよ? ほら、いいから行きなさい。どうせ連れ戻すんでしょうから、早く!」
「そうか――」
アクタは息を吸い。
「よもや、汝のような愚者に諭されるとはな――」
「あんた、後で覚えときなさいよ」
告げたヴィヴァルディは、アクタに神の祝福を授ける。
それは韋駄天の如く駆けるための、速度強化の祈り。
アクタは翅を広げ、復讐を捨て消滅しかける女神の許へ向かった。
▽
▽
▽
そこは昏くて冷たい場所。
冥界とも違う、転生への旅立ちとも違う。
存在自体が消える空間。
真っ暗の空に、何もない水平線。
足元は全て泉。
そこには美しい顔立ちの女神が、独り。
音のない泉を、裸足の女神が歩きだす。
そして。
跪き、天への祈りを捧げていた。
祈りに反応し、一つの光が女神を照らす。
救世主だろう。
「主にして、我が師よ。どうか――我が罪をお許しください」
師たる光は彼女に転生を勧めたが。
彼女は師の言葉に頭を振り。
「やりたい放題、やっちゃったんですもの――過去を清算したとはいえ、これから先の事を考えると、ね。それに魔性であるわたしは消えられる時に、消えた方が良いのよ。それは、楽園を滅ぼした貴方が一番分かっているのでしょう?」
泉に反射する光が、遠ざかっていく。
女神の本気の願いを知ったのだろう。
救いを拒否した彼女の意思を尊重したのだ。
「ありがとう――ラボニ」
祈りを捧げる女神、マグダレーナの姿が次第に薄くなっていく。
泉に反射するその姿も、徐々に消えだしていた。
転生もせずこのまま、復讐心の消失と共にマグダレーナとしての神性は、消えるのだ。
けれど後悔はない。
「最後に彼と一緒に楽しく暴れたんですから、これでいいのよ。もう、これで」
笑顔がそこにあった。
復讐の神としてのマグダレーナはやり切ったのだ。
あの世界を再び愛したからこそ。
人類と始祖神を、再び愛したからこそ。
「さようなら――わたしが愛した全ての命たち」
泉に反射するマグダレーナの魂が、小さくなり。
まるで蛍のような輝きを放ち。
そして。
消えた。
だが。
粉々になり、消滅する筈だった蛍の輝きを集めるGがそこに一匹。
Gは全ての蛍火を集めると、ふは!
光を捏ねて、捏ねて、捏ねて。
まるでかつて神が人類を土から生み出したように、光は女神の形となって再臨し。
じぃぃぃぃぃぃぃ。
ジト目で告げる。
「……なにやってるの、あなた」
「なにとは辛辣であるな! ふははははは! 迎えに来てやったのだ、感謝せよマグダレーナ! 我が所有物よ!」
Gはふはははははっと手を上げて、更にふは!
土のような光から再臨したマグダレーナは言う。
「魔性の暴走は危険。だからわたしはこのまま消える、そういう話だったでしょう」
「気が変わったのだ」
「気が変わったって、あのねえ」
文句を言おうと口を開いた女神の唇が止まる。
どう見てもアクタと想われるGが、ぜぇぜぇ……足を畳み始め、死ぬ直前のGのような反応をしだしたのである。
「ちょっと、どうしたのよ!」
「なに、気にするな! ただここに来ること、そして汝から魔性の成分を抜き再構築したことで力を使いすぎた。このままだと帰還もできぬ。よーするにだ、女神よ、なんとかせよ! 我を助けよ!」
「ああ、もう! 何も考えずに来て、何も考えずにそんな奇跡を行使したの!?」
「ふははははは、仕方なかろう!」
ひょろひょろと細くなった蟲の肢を動かし、ふは!
「我は強欲にして悪食、塵芥すら美味しくいただく芥角虫神ぞ! 考えてみれば、一度手に入れた汝を手放すのは確かに、我の流儀に反する。なんとしてでも、この空間から我を救い、無事に帰還して見せよ!」
「嘘でしょ……!? あなたまさか、本当に何も準備せずに神さえ消滅するこの空間に来ちゃったわけ?」
「いかにも!」
ああ、もう!
と、もう一度叫んだマグダレーナは、急ぎ泉に浮かぶアクタを回収。
再構築された女神の身体に包み込み、天を見上げる。
師の姿を探したのだが――光はない。
代わりにそこに見えたのは、猫の手。
「アクター! そろそろ回収できたかしらー! あの女に会場設営を手伝わせるって姫と約束しちゃったの―! 早く上がってきて欲しいんですけどー!」
「ヴィヴァルディ!? あなたねえ!」
「あ、マグダレーナ! やっぱりアクタに言われてやめたのね! いやあ、そうだろうと思ったわー! ねえ! 早く戻ってきて欲しいんですけどー! 手伝って欲しいんですけどー!」
バカネコな自分に辟易しつつ。
女神は弱ったアクタを抱きながら。
「あなたがいきなり送り込んだせいで、アクタ、死にそうなのよ!」
「大丈夫大丈夫、そいつ死んでもすぐ蘇れるスキルを持ってるらしいから! そうやって弱ったフリをして、あなたをこっちに連れ戻すつもりなのよー!」
ネタ晴らしをされて、アクタはGの姿のまま。
「あのバカ女神め……」
「あなたも人が悪いわ、本気で心配したわよ」
「ふはははははは! だが! 我が弱っているのも確か、実はこの空間が冷たすぎて、凍えて動けぬのも事実! 自慢ではないが! もはや触角さえ動かせぬぞ!」
「そんな嘘を言われても……って、あら、本当に冷たいし魂が抜けかけてるわね」
アクタのステータス情報に、【瀕死のG】と表示され。
「あの、もしかして。本当にピンチだったりする?」
「ふははは、ふは……ま、まりょく回復に、スイーツを所望する……なるべく、急がんと、ほんきでまずいかもしれぬ」
だんだんと、更に足を畳み始めているアクタ。
それは蟲の死の直前の姿そのもの。
女神の再構築に、本当に力を使いすぎたのだと分かり――ガバ!
慌ててマグダレーナは、小さくなったGを胸に抱えて。
「ちょっと! そっちからも光を出してこっちを回収して頂戴!」
「え? なに、そのマジな声……緊急事態?」
「急がないと、アクタの魂が合法的に死の神に回収されるわ――元楽園の神々にとっても、アクタは貴重過ぎる戦力。絶対に手放さないでしょうし、大魔帝ケトスに捕まってもアウト。二度と取り戻せなくなるわよ!」
「やっば!」
ヴィヴァルディが雲を切る要領で爪を立て、てい!
切り裂いた昏い空間に光を灯し。
ネコの尻尾を伸ばし、釣り糸の要領で、くわ!
「引き上げるから早く掴んで!」
「ふはは……バカな女神め、Gを釣るとは見事なり」
「あぁぁぁぁああぁ! ガチで意識が混濁してるじゃない! ちょっとナブニトゥ! 急いで今作ってるケーキとかプリンとか、全部もってきて! アクタが大変なの!」
人類も始祖神も、なんだなんだと集合しだし。
かつて荒れた世界は今も大混乱。
けれど、険悪なムードはない。
ケーキにダイヴしたアクタはすぐに魔力を完全回復させるが。
至高のスイーツは作り直し。
儀式に間に合わせるために、アクタも女神も参加しスイーツを作ることになるのだが――。
それはまた、別の物語。
別の逸話魔導書に刻まれる。
別の冒険譚なのである。
ハーレム王(G)~ふはははは!産卵せよ人類、世界を救って欲しくばな!~
<完結>
▼以上を持ちまして、本作は完結となりました。
最後までお読みいただきありがとうございます!
Gであるアクタさんの冒険にお付き合いして頂けたのなら、とても嬉しいです!
▽お知らせ。これからの更新予定ですが、
①来月11月2日(土曜日)に殺戮の魔猫、短編更新。
②同日の昼過ぎ頃に、新作の連載開始を予定しております。
(多少前後するかもしれません)
③また、三日後の18日(金曜日)午後に
本作を含めたシリーズの雑感の投稿を、活動報告にて予定しております。
もしよろしければチェックしていただければ幸いです。
それでは、ここまでお読みいただきありがとうございました!