第012話 襲撃のG
アクタが追跡者に気付いたのは、ぽかぽか陽気が心地よい朝。
蘇生の儀式が行われる当日。
通達の兵から、「まさか魔物を雇っていたとはな……ちっ、まあいい。おい女! ヤツに伝えておけ、時間厳守だとな。くれぐれも遅れぬように、貴様らもあのGを見張っておけ!」と伝言を受けたキーリカ嬢が、若干どころかかなりカチーンとしたらしい約束の日。
兄殿下の遺体が移された治療寺院に向かう道中。
近所の奥さまやオバ様から呼び止められ、「今日もアクタちゃんは元気ねえ」と話しかけられ、いつもの黒衣のフード姿で振り返り。
井戸端会議を開始。
豚肉の値段から野菜の値段について語り。
「なるほど――合挽肉だと安くなる上に味の奥深さがでると。御婦人よ、実に慧眼であるな!」
「アクタちゃんも働きすぎには気を付けなさいよ? ちゃんと寝てるのかしら?」
「ふはははは! 我に睡眠など不要!」
「あらやだ、じゃあ夜這いもできないじゃないの。なーんて、もうやーね! 何言わせるのよ! あはははははは!」
「ふはははははは!」
主婦の会話に混ざり。
そのまま人を待たせたまま昼前まで、ふはははは! と会話を楽しみ、そのまま正午に。
「ふぅむ、この世界の文明はあまり発展しておらぬが、胡椒や砂糖、蜜などの香辛料の供給は潤沢なのだな。これはこの世界に既に異世界からの介入があったのか、あるいは創造神と呼ばれる神々が外の知識を持ち込み混流したか……分からぬな」
道すがら焼き串の露店を制覇し、闇の神に命じられているグルメリストを作成。
そのまま周囲の店舗をチェックしようと動き出し、散策。
昼の終わりで一度店を閉め、夜に備える市場街にて転んだ子供の傷を無償で癒し、ふははは!
「童よ! 我の配下になりたくばあと十年は修行に励むがいい! ふは! ふははははは!」
と、無償で回復をしてくれるアクタに周囲の大人が、おお! と感謝し。
アクタもアクタで、ふっとフードの下の美貌から微笑を見せつけ。
ガバっと両腕を上げて王者のポーズ!
「当然であろう、これも王たるモノの務めよ」
「女ばっかりに優しい不審者じゃと聞いておったが。おまえさん、このジジイの腰痛を治してくれたりはせんのか?」
「良かろう、ご老体。ではお体に触るぞ?」
言ってアクタは老人の腰に直接触れて、回復魔術を発動。
「ふむ、ご老体よ。どうやらかつてはそれなりに腕のいい狩人であったのだな」
「ほぅ、よーくわかりなさる。あれですかな? 老いさらばえてもこの筋肉、狩猟の神と呼ばれた頃の名残でもありましたかな」
「ふはははは! まあそのようなものだ!」
コピーキャットを発動しつつも、ふはははは!
「では我はもう行く! 実は人と待ち合わせをしていてな!」
「へえ、お人と」
「ふむ、確か……ん? なんといったか、あれだ。……オスの名前はどうも覚えにくくて困る」
思い出せないとなると大したことではないのだろう。
と、グルメチェックを続行。
更にそのまま正午から昼過ぎにかけ、ランチタイムのレストランを制覇。
三時のおやつの時間までに軽く軽食をと、砂糖や蜜を扱う道具屋に顔を出そうとした……午後三時の手前頃の事だった。
思い出したのはちょうど治療寺院の前。
本来ならば朝からここで落ち合う予定だった空間だった。
「おう、そうであった! 待たせていたのは領主と魔術師であったか!」
朝からの約束だが、そもそもほぼ強制された形で依頼されたアクタは気にしない。
だから
朝から昼過ぎまで待機し腕を組み、指をトントントン。
待ち人の到着を炎天下の中で待機。
今か今かと待っていた領主エンキドゥと、その横で不敵に微笑む魔術師ビルガメスを見てもアクタは、まったく気にしてなどいなかった。
それが女性やご老体相手ならば、また話も変わっていたのだろうが。
グルメレポートの巻物を抱えるアクタはまったく悪びれることなく、ふふーん!
開口一番に告げたのだ。
「ふむ、言いたいことは分かっておるぞ! 待つことに慣れた領主の男と待たされることに慣れた友を嗤いながら見ている魔術師よ! 我の遅刻を憂いておるのであろう!?」
「分かっているのなら……」
頬も硬そうな眉間もヒクつかせる領主エンキドゥの言葉を遮り、アクタは咳払い。
フードの奥の赤い瞳で屋根の上や路地裏の影。
市井に紛れ込んでいる暗殺者たちに意識をやりつつ。
「その前に、貴公の手のモノが我の同僚に無礼を働いたようでな」
「無礼ですと?」
「ふむ、これを見て貰えば自ずと答えも分かるであろう」
言ってアクタは、冒険者ギルドの従業員が証拠作りのために使う時に便利だろうと、アクタが開発した映像記憶のログ宝珠を表示。
冒険者ギルドの事も、アクタのこともバカにしていた通達の兵の姿を映して見せる。
領主エンキドゥは、末端の部下の失態に苦虫を嚙み潰したような顔をしつつも、頭を下げ。
「重ね重ね失礼をした。これもこちらの監督不行き届き。貴殿が機嫌を損ねても仕方ない事と認識しておりますゆえ、どうか、どうか殿下の蘇生の件は……」
「依頼を受けたからには致し方あるまい。ただし! よく聞くのだ人族の領主よ! 我は我自身はともかく周囲を攻撃する輩をあまり好かぬ。今回はただの無礼であったが、それが暴力も伴うとなると話も変わる。次はないと知れ」
冒険者ギルドに圧力をかける貴族や権力者はそれなりにいる。
伝達の兵も、そういった貴族の流れを組んだ男だったとアクタには調べがついていた。
それと、とアクタはフードの視界のままに周囲を見渡し。
「何者かに追尾されておるのだが。これは排除してよいのか?」
魔術師ビルガメスが【索敵】の魔術を発動。
その待ち時間に領主は声を荒らげ。
「追尾だと!?」
「貴公らの護衛であったのなら排除するわけにはいかぬが、そうでないのならこれは明らかに我を狙っている。この世界の人類には我のような美しきオスを付け狙う、そういう習性がないとも言い切れぬ。はて、どうしたものかと気付かないふりをし――”仕方なく”この時間まで贄を漁っておったのだ。つまり! 我の遅刻は悪くないのだ! 理解できたな!?」
魔術師ビルガメスの真偽を判定する眼鏡が、きらり。
「仕方なくという部分だけは嘘ですが、追尾されているというのは本当のようです。索敵にも反応がありますので、敵意を持っている賊かと」
「この気配そのものを隠す術は……教会の犬どもか」
「おそらくは――」
領主と魔術師は目線で会話をし。
領主エンキドゥと魔術師ビルガメスは同時に腕を前に伸ばし、亜空間に腕を突き入れ。
「来たれ、我らが刃と叡智の天秤よ」
それぞれに大剣と天秤を召喚。
大振りの大剣は相当な重さなのだろうが、君主を思わせる姿勢でザン!
大剣を地に突き刺し、柄に手甲の両手を置く領主エンキドゥ。
彼らは既にアクタから世界の滅びについての話を聞いていた。
そして、それを聖騎士トウカに伝えた直後、彼女が破門されたとも耳にしていた。
優秀な聖騎士を破門にしたほどなのだ、ならばその情報を持ってきたアクタが狙われるとも想定していたのだろう。
だが。
アクタはそのまま目線を空にも移し。
「領主よ――少々聞きたいことがあるのだが」
「このような時に、なんであろうか?」
「人類は鳥の魔物を使役し、街を襲撃することも習性だったりするであろうか?」
空を見上げるアクタの目線を追い、魔術師ビルガメスが慌てて空にも【広域索敵】を発動。
「な!?」
「何が見えたのだ、ビルガメス!」
「王都が、魔物の群れに囲まれております……っ」
言葉を聞いた領主エンキドゥが一瞬、言葉を失う中。
アクタが変わらぬ口調で、ふは!
フードの下から、良く通る色を感じさせる美声で告げる。
「ふむ――ふふ、ふははははは! なるほど、ようやく理解したぞ! どうやらその反応からすると、これは異常事態というヤツなのでは!?」
「があぁあああああああああぁぁ! 見ればお判りでしょう! その常識知らずはどうにかならんのですか!」
遂に吠えた領主エンキドゥにアクタは胸を張り、ふふん!
「我はまだ産まれ直したばかりの神なのだ、我は赤子も同然ぞ? 常識に疎くて当然であろう!」
「ビルガメス! 大至急民の避難を」
「それには及ばぬ。この王都は既に我の支配下。王都のすべての民家には我が眷属が配置されているからな。あのような低級な魔物では侵入すらもできぬ。むしろ、下手に外に出た方が危険であろうな」
そう毅然とアクタは言ってみせた。
だが、魔物を索敵で把握している魔術師ビルガメスはひっそりと、濃い唾液を飲み込んでいた。
それはおそらく魔物への認識の差だ。
どうやら人間の間では、あの程度の魔物でも危険。
脅威として判定されるのだろうと判断したアクタは、領主を振り向き。
「助力を願うならば、分かっておるな?」
「契約……でありますか」
「ふむ、我が光の神はコスメとやらに興味があると我をせっついておる。闇の神への供物ばかりを優先するって、それはどーなのよ! と激おこ、なのだそうだ。此度の件が解決次第、情報を集めよ。それが魔物からここを守る契約だ。承諾するかどうかは、好きにせよ」
緊急事態という事もあり、即決で領主は頷き。
契約完了。
アクタは教会の手のモノと同時に、魔物にも意識を向けた。
〇新規習得スキル〇
【弓聖の極意(達人)】
〇効果:弓を極めた者が取得できるスキル。一般層に伝わる体系化された弓術を全て使用可能となる。
●コピー対象:己の名も忘れた老人。




