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第118話 終戦契約


 天変地異も終わり、平和な空間。

 聖戦が行われていたGの迷宮には、静けさが広がっている。

 誰も、何もできないのだ。


 けれど、戦いは終わっていない。


 突如現れた黒衣の神父。

 闇の神を名乗る大魔帝ケトスが齎した、一時の平穏である。

 彼は慇懃無礼かつ飄々とした様子で、周囲を見渡し――ポン!


 コミカルに煙を発生させ、くるりんぱ!

 太々しい黒猫の姿に変身する。

 黒猫の口から落ち着いた声が流れ出す。


『というわけで、魔王様に言われてこの戦いを終わらせに来たってわけさ! さあ、人類よ! 神々よ! 我に対価を捧げよ!』


 急に陽気でなまいきそうな猫モードになるが。

 アクタが注目を集めるように咳ばらいをし。


「闇の神よ、その、申し訳ないのだがもう少し魔力を……」

『おや、失礼』


 言われて気付いたような顔をして、慌てて魔力を抑えた黒猫は。

 じいぃぃぃぃぃぃ。

 外なる神とマグダレーナに目線をやり。


『にゃははははは! ごめんごめん、ちょっと殺戮の魔力を放ち過ぎていたね! いやあ、そっちのセイウチも警戒しないといけないし、そっちのマグダレーナさんが魔王様を殺す的な発言をしてたもんで、こっちも警戒しちゃっててね』

『ふん……、なぁぁぁぁにを言うか! 警戒などせんでも、本体の我ならばいざしらず、分霊の我ならば指先ひとつで消滅できるであろうに!』


 返したのは、いつにもまして声を尖らせるセイウチ。

 その表情には明らかな緊張とシリアスが広がっている。

 セイウチはそのままこの世界の民に目線をやり。


『警告する義理はないが告げてやろう。こやつと敵対しようなどとは思うな、紛れもなく宇宙最強の存在。我らが分断された最大の理由でもあるのだからな』


 大魔帝ケトスはやはり、にゃはははは!


『物騒な物言いだね。方針や思考の違いで、君達が勝手に仲間割れしているだけだろう?』

『我を消しに来たか』

『そうしようかとも思ったけれど、なんだか随分と愉快な姿と性格になっているようだからね。今の君ならそのままにしておいた方が、面白そうだし気が変わったよ。悪さをしないのならば、私からは何もしないさ。まあ、私の部下を襲うのならば、私は私の義務として君を消すとは思うけれどね』


 消すと言った、その瞬間の殺意だけで人類の多くは倒れ込んでいた。

 殺意も悪意もない言葉だが、ただ言葉だけで精神に影響を受けたのだろう。

 おや、失礼――と大魔帝ケトスは詫びと共に指を鳴らし、聖なる輝き……超広範囲の回復魔術で崩れた人類を完全回復。

 そのままマグダレーナを振り返り。


『さてマグダレーナさん。君に確認なんだけど、もうその気はないんだろう?』

「その気っていうのは。あの方……あなた達が魔王と仰ぐ我が師、ラボニ……彼の事? それとも、復讐の事?」

『両方さ』


 問われたマグダレーナは頷き。


「アクタ……彼がわたしの余興に付き合ってくれた。彼がわたしをわたしのままに引き上げてくれた。それ以上を望んだら、さすがに我儘ですもの。それに……あなた、諦めてなかったらこの場でわたしを何事もなかったかのように消すつもりでしょう?」

『この場じゃなくて後日かなあ。まあ、もしやるのならだけどさ』


 状況次第では、この魔猫の敵意と殺意が恩人を襲う。

 そう気付いたナブニトゥが石のハープを構えるが。


『神鳥フレスベルグまで進化したスカベンジャー、ナブニトゥくんだよね。そう警戒しないで欲しいんだけどなあ……うちのニワトリさんから、君をスカウトしてきてくれって依頼されてるし』


 突然の勧誘にナブニトゥは、眉を顰め。


「ニワトリ……? いったい何の話だい大魔帝ケトス。猫と宇宙と闇の王よ」

『おや! 詩的なたとえだね、うんうん! そういうのは嫌いじゃないよ! まあ、なんていうかうちにも鶏の神、ようするに神鳥がいてね。同じ鳥類で頭も回る君を勧誘したいらしいのさ。神鶏ロックウェル卿っていうんだけど、知らないかい?』


 その名を耳にし、既に宇宙にGをばら撒き情報を集め終わっているアクタが言う。


「三獣神が一柱。未来全てを見通し、宇宙が壊れぬように世界を誘導し続ける、鳥類の王にして、全ての鱗持つ者の神……ふむ、ふははははは! ナブニトゥよ! かの王に気に入られるとは良かったではないか!」

「マスター……それほどの大物に目を付けられるのは、あまり良くはないと思うけれどね」


 ジト目のナブニトゥに先に目をやり、次に大魔帝ケトスに堂々と目線をやったヴィヴァルディが言う。


「ねえねえ、魔猫の人。なんでナブニトゥが勧誘されてるのよ」

『アクタくんがいるこの世界は強くなりすぎた……まあ、ようするに、監視の目が欲しいらしいんだよ』

「いや、だから。なんでそれがナブニトゥなのかしらって話よ」


 大魔帝ケトスは言う。


『卿はこの世界の流れを最初から最後まで、それこそ分岐する全ての未来まで観測していたらしい。んで、言葉を選ばずに言うなら、この世界の中の神々で一番まともだからって理由だそうだよ』

「一番まとも? このわたしがいるのに?」

『というか、君。アクタくんに続いて、君も何かやらかすだろうっていう重要監視対象だよ……』


 そのまま大魔帝ケトスは周囲にも目をやり。


『この世界は本来滅ぶはずだった世界。けれど、心優しく麗しい私と、その他二名が干渉したこと。そして君たち自身の努力と働きで、この世界の存続は観測された。ここまでは分かるだろう?』

「あなたたちがやらかしたって事は知ってるわ」


 相手が相手でも空気を変えず、いつもの春風……図々しい女神のヴィヴァルディに、はぁ……。

 このままヴィヴァルディに話させるのは危険と判断したのだろう。

 漏らした溜息に言葉を乗せたアクタが言う。


「闇の神よ、未来を見通す神鳥の観測にて、この世界の存続が確認されたと言うのならば」

『ああ、この世界は残り続けるだろうね。おめでとう、よく頑張ったね』


 始祖神と人類達が安堵の表情を浮かべる中。

 大魔帝ケトスが、ネコの姿のままに器用に肩を竦めて見せ。


『でもねえ、君達の世界の祟り神。ようするに芥角虫神のアクタくんは、強くなりすぎた。さすがに存続が決まった世界を潰す気にはならないけど、その強すぎるってのが問題になっててねえ……』

「なるほど、やっぱりアクタのせいなのね」


 ヴィヴァルディのジト目を無視し、アクタは問いかける。


「闇の神にお聞きしたい」

『なんだいアクタくん』

「我はたしかにこの世界の存続のため、始祖神や人類のために強くあろうと細工はした。なれど、なぜここまで強くなっているのか我自身も分からぬのです。何か心当たりがおありなら、今日のスイーツを代価に教えていただきたい」


 スイーツ!

 その甘美なる言葉に負けたのか――大魔帝ケトスはぶわぶわっと猫毛を膨らませ、何でも聞いてくれたまえ! 何でも教えよう!

 と、前のめりになり。


『まず君がここのほぼ全員から信仰されてる点。ここの説明は省いてもいいよね? 神が信仰されることで強くなる宇宙のシステムを最初から説明はできないし』

「はい」

『君が強くなりすぎた原因は、うちの魔王様と、そして宇宙に撒いた君の分霊のせいさ。君……宇宙に自分の眷属を放ちまくり、増殖させまくり、全宇宙からの知識と経験……つまりは経験値を吸い続けているだろう?』


 頷くアクタに、あんた……そんなことしてるの?

 と、ヴィヴァルディが若干どん引きする中。


『それだけでもトップクラスの祟り神。大邪神になれてたんだけど……更にそのGたちに、魔王様が祝福を与えていてね』

「あの方が……」

『まあほら、かつて君を犠牲に救世主伝説、つまりは力となる逸話ができあがった。それが負い目らしくてさ、君の分霊ってことで君のGを見つけると食事に誘ったり、友人だっていろんな人に紹介したりして……その全部の祝福や逸話が、本体である君にまで影響を与えているのさ』


 頬を掻きながらアクタが言う。


「つまりは、あの方のせい……であるか。まったく、昔から変わらぬのだなあの御方は」

『まあ、それが魔王様の罪滅ぼし。素直に感謝をしてあげてほしい、そうでないと私もついうっかり気が変わって、この世界を滅ぼしてしまうかもしれない』


 冗談のようで本気なのだろう。

 外なる神の二柱が、ビクっとその身を揺らす中。

 大魔帝ケトスは復讐の女神マグダレーナに目線を戻し。


『それで、さっきの魔王様をもう狙わないってことを正式に魔導契約書にしたいんだけど、構わないかな? 契約が完了次第、アクタくんにダメージを与え拘束し戦闘不能に、ついでに残りの君たちも拘束して人類の勝利を確定させてあげるけど。どうかな?』

「わたしは構わないわよ。他の人が良いならだけれど……まあ、反対の人もいないでしょうね」

『決まりだね』


 平然と、世間話のように会話をしていたが、先ほどまでは一触即発。

 実際、魔王と呼ばれるようになった救世主をそのまま恨んでいるのならば、この場で彼女は消されていた可能性が高い。

 そう判断したアクタは、事なきを得た状態に安堵を覚えつつ。


 大魔帝ケトスが用意した魔導契約書を確認。


 何故か、五十年後のザザ帝国にて行われるスイーツ献上の儀の項目があり。

 大魔帝ケトスこと闇の神を同席させる事。

 と、さりげなく契約が足されている”ペンギン印の魔導契約書”に署名と捺印。


 大魔帝ケトスの圧倒的な火力により、やっとダメージが通るようになったアクタを倒し。

 一件落着。


 過去を蒸し返さない、けじめのための儀式。

 神々と人類の聖戦はこれにて終戦となったのである。


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詐欺師の魔導契約書……何かやらかしの香りがする
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