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第115話 水面下の駆け引き


 聖戦の初手を掴んだのは、人類側。

 問答無用で解き放った女神ヴィヴァルディの裁定魔術だった。

 人類からの信仰の力を上乗せし。


 猫の姿で大ジャンプ!

 魔導書を掲げ、カカカ――ッ!

 開いた猫の口から、女神の朗々とした声が響きだす。


「反省なさい! 【汝らの罪に(ジャッジメント)裁きの慟哭を(・ハウリング)】」


 ほぼ同時に、ナブニトゥの”石のハープ”による支援スキルが発動される。


「さあ立ち上がりたまえ人類よ――マスターはおそらく、本気で僕たち全員をGにする。死ぬわけではないし、過去にはGになって生き続けている人類もいるからね」


 ”神狼の遠吠え”と音楽神にも近い”神鳥の音色”が響く戦場の完成である。

 もう既に戦闘は始まっている。

 だからこそだろう。

 判断力も対応力も早く策を巡らせたのは、カイーナ=カタランテ姫。


「ちょっと、神様サイドだけで盛り上がらないで欲しいんですけど!? これってどこが着地点なのよ――!」


 彼女が取った行動は、遅延。

 戦闘開始を遅らせ、まずこの戦いの妥協点や終着点を確認したのだ。

 アプカルル神の到着を待つ必要があったのもあるが、なによりも姫には打算があった。


 人類達からの視線を受ける中、姫は怯まず代表して言葉を続ける。


「まさかアクタさんを殺したり、封印したりするわけにもいかないし。そっちだって、こっちを殺すつもりはまったくないんでしょう!? どうすれば勝ちとか負けとか、はっきりさせないと泥仕合になりかねないわよ!」

「ふははははは! ならばどちらも互いの戦力、つまりは戦闘員全員を戦闘不能、或いは拘束したら勝利とする! ただし、意図的に人類を死亡させた方は負け。神に関しては蘇生もできぬ状況まで追い込むのは禁止、これでどうだ姫よ!」


 条件を明確にし、魔術による契約書を緊急作成。

 その間にも姫の策を読んだ人類側はひそかに動き。

 強化強化強化!


 ヴィヴァルディの裁定の魔術の深度を高め、ナブニトゥによる強化を重ね続け――。

 状況を有利にしていく。

 その中で声を張り上げ、自分に意識を集中させ姫は言う。


「こっちはGの迷宮内にいる全人類、あなたを除く全始祖神、それと……この……セイウチさん? でいいってことね!?」

「うむ! そして汝らが勝った場合はケジメをつけたとして、今後一切、過去を蒸し返さぬ! 我らが勝った場合は、汝らは初代Gとなり、十三代目のGが誕生するまでGであり続ける祝福をかけられる! 良いな!?」


 契約を遵守させる効果のある”魔導契約書”が作成されていく。

 おそらく神との契約を交わした証として、歴史に残る書物となるだろう。

 作成される契約書に目をやりながら、動いたのは迷う英雄。


 聖槍を握る英雄ラングルスがアクタ達を見上げ。


「神よ! わ、わたしに今一度あなたを討てと……っ」

「遠慮せずとも今度の我は死なぬ! 安心して、ぐさっとしても構わぬぞ!」


 いつもの調子でふはははは!

 その、ふはははは! に被せる勢いで姫は大声を上げ。


「あのねえ! こっちの人はトラウマもあるんですからっ、もうちょっと言葉を選んでいただきたいのですけど!?」


 微妙に敬語になっていることで、本当に抗議していると察したようで。

 ふむと、アクタは黙り込み。

 その隙にもう一度姫が息を吸う。


 神に物申す若者である。

 当然、ご先祖様だと知っていながらも、矛先は英雄ラングルスにも向き。


「ラングルスさん、あなたも覚悟を決めなさいよ! アクタさんもさっき言っていたけど、これはケジメ! つまりは契約の儀式なのよ」


 英雄の鼻梁に怪訝の色が走る。


「儀式……であるか」

「ええ、そうよ!」


 姫は話の主導権を握りながら――ビシっと指を立て。


「もう起こってしまった過ちは消せないわ、でも、いつまでも子孫たちが縛られているのも健全じゃない。逆に関係ないからって、過去を見なかったことにしてもダメでしょうね。だからって今まで遭った裏切りを”なあなあ”にしていたら、神々にも人類にもわだかまりが残る。それこそ永遠にね。だからこそ、ここで清算するべきだとあたしも思うわ。たぶんアクタさんも同じ思いの筈」


 本当にそーかしら……と、ヴィヴァルディとマグダレーナが同じジト目をする中。

 人類の最先端を歩み続ける姫は、明日を信じる瞳を輝かせ。

 告げる。


「これは、あたしたちが胸を張って生きていけるための儀式。結果はどうなっても、人類は存続するし、世界も明日へ向かって走り出せるわ」


 たとえGになっても、約束の世代になれば元の姿に戻る。

 そう告げて。

 人類を振り返った姫はそのまま話を続ける。


「つまり――アクタさんは今後の事を、ここではっきりと決めておきたいのよ。それがケジメで、過去の清算。これは必要な戦いなのよ。神々のためにも、人類のためにもね! ねえ、そうでしょう!」


 姫の呼びかけに、しばし考え頷き。

 言語化すると確かにその通りだと、相乗りする形でアクタが言う。


「いかにも! その通りだ!」


 ヴィヴァルディとマグダレーナは、ああ、これ……。

 やっぱり話に乗っただけね……と、やはり同じしぐさで肩を落としている。

 こっそりと人類が強化の重ね掛けをする中、限界まで時間を引き延ばすように姫は考え。


「えーと、それで確認したいことがもう一つあるんですけど――」

「ふは! 強化の時間ぐらいは待つ、どれだけ時間をかけても構わぬぞ」

「って、バレてるのね……まあお言葉に甘えるっていうか、本当に疑問なんだけど――」


 姫はしれっと味方サイドにいる海獣に目をやり。

 そのぶにょっと肉厚なセイウチボディに困惑しながら言う。


「このセイウチさんもそうだけど、教皇ホテップってのも正直よく分からない。いや、存在自体や説明も受けたけど、やっぱり意味が分からない」


 セイウチは、ふむと頷き。


『そもそも我らと汝らでは棲んでいる”次元”が違うのでな』

「そう、だから本当に宇宙の外って言われても――分からないのよ」


 正気を保ちながらも姫は言う。


「本来ならあたしたち人間が観測できない程の上位存在……セイウチさんに聞きたいんですけど、あなたと教皇って同郷なんでしょう」

『いかにも!』

「だったらあなたで相手側にいる教皇ホテップを押さえる事は、できる?」

『容易き事よ! 始祖神の血筋を持ち、神殺しの英雄の血を引く人類の娘よ! もし我が役に立った暁には――分かっておるな?』


 言質を取ろうとするセイウチに一瞬、頬に青筋を浮かべつつも姫は言う。


「ヴィヴァルディ神! もしこいつが役に立ったら」

「分かってる! とりあえず生意気アクタの横っ面に一発猫パンチを入れられるなら、なんだっていいわ!」

「言質を取ったわ! さすがに全人類に聞こえているこの場の約束を反故ほごにはしないでしょう、セイウチさん、あなたもそれで構わないわね! って、あぁああああああああぁぁぁ! もう動いているし……! ちょっと! アプカルル神がまだ帰って来てないんですけど!?」


 声を無視し突進を開始しようとしている、セイウチがフンフン!

 鼻息を荒くし。


『知らぬわ! 言質さえとればこっちのモノよ! 覚悟するがいい、ナイラトホテプ! この裏切り者が!』

『あのぅ、先に裏切ったのはそちらでは……』


 外なる神同士が、臨戦態勢。


「潮時、か……もう! 本当に神様って嫌い! みんな勝手すぎるんですもの!」


 いつまでも強化をしているわけにもいかないのは確か。

 タイミング的には悪く無い筈。

 そう覚悟を決めた姫は主神の資格を有している二人の女神、ヴィヴァルディとマグダレーナを見上げ。


「始めるわよ――!」


 姫が告げた瞬間。

 外なる神々は一瞬で動いていた。


 異質な存在には、同じ異質な存在をぶつけるしかない――。

 教皇ホテップとセイウチは人類には分からぬ、そして届かぬ次元で戦闘を開始。

 文字通り、別の次元で様々な攻防を繰り広げているのだろう。


 不可視の状態となっている彼らは、ザンザンザゴゴゴ!

 衝撃波の余波のみを現実空間に発生させ。

 更に、ギギギギイィィィイイイイイイイイイィィィ!


『ガーッハッハッハハハ! 我は知っておるぞ、ナイラトホテプよ! 策略と謀略、欺瞞と疑心ばかりの汝は直接的な破壊力に、弱い!』

『……いやはや――魔術ある宇宙に変えるべく、多くの人生、多くの物語を捻じ曲げ暗躍していたあなたにだけは、言われたくないのですがねえ』


 異質な神々の対決の横にいるのは、残りの二柱。

 罪悪感に比例して行動制限が課される裁定魔術を受けるアクタと、復讐の女神マグダレーナ。

 だが、アクタは行動制限を受けながらも、ふは!


「さあ人類よ! 始祖神よ、我に挑んでみよ!」


 両手を広げて悪役ムーヴをするアクタを睨み、ネコのヴィヴァルディも牙を剥き。


「って! あんた、なんで前より動けてるのよ! それに、マグダレーナ! あんたも、なにしれっとアクタの後ろに隠れて、効果範囲から逃げてるわけ!?」


 ヴィヴァルディの指摘に、ふふ。

 マグダレーナは物憂げとは違うが感傷の混じった苦笑を作り。


「どうやら、彼が守ってくれているみたいね。わたしには殆ど効果がないわ」


 実際、前回は罪悪感に圧し潰されていた筈の彼らは無事。

 多少の制限は受けているようだが、平然と動いている。


「アクタ! あんたどーいうつもりよ!」

「ふははははは! どうもこうもあるまい! 我は汝も、そして汝からかたれたあの日の憎悪も悲しみも、全てを許容し受け入れると決めたのだ。どちらも我の所有物、それを守るのは至極当然であろう!」

「それくらいにしてあげなさいな――彼女、あなたと一緒にいるわたしに嫉妬してるのよ」


 わたし自身だから分かるわ、とアクタの傍で悪女の笑み。

 事実だったのだろう。

 プスーっと頬を膨らませたヴィヴァルディは、頭に血を上らせカカカカ!


「はぁあああああああぁぁぁ! やったろうじゃないの! あんたたちの頬に、ネコパンチとキックを決めてやるんだから!」


 ぐぬぬぬぬぬ! と毛を逆立て。

 バササササササ!

 逸話魔導書のページを魔力で捲り、ホワイトハウルの力を引き出し。


「短期決戦で決めてやるわ! 裁きを下す狼よ! 森林に潜みし、楽園の審判者よ!」


 更に魔術詠唱を重ねる中。

 マグダレーナが言う。


「わたしが彼女を押さえるわ。あなたは始祖神と人類をお願い」

「ふむ、任されよう!」


 上機嫌なアクタは、じろり!

 音色によって強化を重ねるナブニトゥに目をやる。


「では、行くぞ! ナブニトゥよ! 始祖神よ! 人類を支えてみせよ!」


 ナブニトゥは、目で頷き。


「同胞よ、人類よ――聞こえているね?」

「ええ、聞こえているわ!」

「僕らにはマスターが襲ってくる。罪悪感で大幅に弱体化されているとはいえ、僕らよりも遥かに強いようだ。こちらはかつてマスターにとどめを刺した聖槍と、その持ち主――英雄ラングルス単騎を強化しぶつける。併せてくれたまえ」


 始祖神からの強化を受けている人類達が、効果が倍増された支援スキルや強化魔術でさらにラングルスを強化。

 全ての強化を英雄一人に注ぎ込む。

 人類が群れとなった時に使える集団戦術。


 これこそが人類という種の強み。


 女神と女神が。

 外なる神と外なる神が。

 そして残るアクタと、始祖神と人類達が――。


 それぞれにぶつかり合う。


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