第114話 ラグナロク(G)
【SIDE:芥角虫神】
復讐の女神マグダレーナを連れ帰還したG。
芥角虫神は、この世界に存在する生きとし生ける者、すべてに向かい。
こう宣言した。
「ふはははは! 産卵せよ人類、世界を救って欲しくばな――!」
と。
バサバサバサと、素顔を隠すフードを風で揺らすアクタがGの迷宮の上空にて。
ふふん!
横に連れている復讐の女神マグダレーナに目線をやり。
「これは……ふむ、聞こえていなかったのであるな?」
「いや……なにがなんだか分からないだけだと思うのだけれど?」
「そうか、ふふふ、ふは、ふははははは!」
ビシッ――と悪役のように上空にて手を翳し、アクタは再び宣言する。
「産卵せよ、人類! 世界を救って欲しくばな!」
誇らしげに、そして高らかに宣言するアクタを見上げたのは、女神ヴィヴァルディ。
猫の器にある彼女は、はぁぁあぁあぁ!?
ネコ毛を威嚇の構えで逆立て――。
「ちょっとアクタ! いったいどういうことよ!」
「どういうとは?」
「罪悪感に潰されてそいつは消滅した筈でしょうが! なんかいきなり消えたと思ったら、なんであなたがそいつを連れてるのよ! ていうか、産卵せよってなに!?」
他の始祖神も人類もアクタの行動が分からないのだろう。
かなり混乱しているようだが……。
その辺りは一切気にせず、そして構わずアクタは、ふふーん!
「なに、復讐の女神マグダレーナ。彼女の言葉にも一理あったのでな! さりとて、汝等を滅ぼすことも宇宙を壊す事にも賛同できぬ! 故に、我はこう思ったのだ!」
アクタは天を仰ぐように顔を上げ。
けれど目線は下に。
黒い美貌を僅かに覗かせ、ニヤリ。
「罰として世界を滅ぼす代わりに、生きとし生ける者をGに変える――!」
「は!?」
「”汝らを初代”とし”十三代先の子孫”まで、Gであり続ける祝福をかけようと誓ったのである! 人類も始祖神も等しくGの仲間入りだ、喜ばしい事であろう!」
ふははははは!
ふははははは!
と、しれっと悍ましい計画を告げるアクタに当然、ヴィヴァルディは頬をヒクつかせ。
「バッカじゃないの!? なんでわたしの子達をGにしないといけないのよ!」
「安心せよ、そなたもGにするので寂しくはあるまい」
「あ、なるほど……それなら」
ネコの頭脳で考えるヴィヴァルディは、ん? と髯を揺らし。
「いいわけないでしょうが! あんた! わたしは女神よ女神。春風の女神がゴキブリであって良い筈ないでしょう!」
「――なにをいう、野に生きるGは春になれば顔を出すであろう? ならばGも春の仲間。汝の領分であろう?」
「あいつらが出るのは夏でしょうが! って、そんな事を言ってるんじゃないわ!」
ヴィヴァルディはアクタの真意を探るように、ネコの瞳に魔力を走らせ。
「ふざけてないでとっとと降りてきなさい! あんたがわたしから抜け出た負の感情に同情とか、共感したってことはなんとなく分かるわ? だって、そいつはわたしなんですもの。あまりの美しさに心を奪われ、甘い蜜に誘われた蟲みたいになるのも納得できる」
「……相変わらず、自己評価の高い奴であるな」
「けどね! あんたは既にザザ帝国と契約をしている。五十年後にスイーツを献上させ、その判定次第で彼らをこのGの迷宮に招くことになっているでしょう!? 忘れたとは言わせないわよ!」
勝ち誇るヴィヴァルディは、モフ毛を膨らませ猫の鼻孔から、ふふん!
アクタに似た、勝利の鼻息を漏らすが。
アクタは言う。
「Gのまま我に献上すればよいのでは?」
「よいわけないでしょう!」
「だいたいだ、Gの世代交代は早い。五十年もかからず十三代の世代交代となろう。ならば何も問題ないではないか」
「そもそもGになるって事自体が嫌なの! 普通に考えて、とんでもない罰……」
抗議するヴィヴァルディの言葉が途切れたのは、気付いたからだろう。
その罰を受けている者が、今、目の前にいると。
だから途中で何も言えなくなった。
様子を見ていたナブニトゥが言う。
「マスター、僕はどちらにつけばいい」
「ちょっと! ナブニトゥ!?」
「本当に申し訳ないが、少し黙っていてくれヴィヴァルディ。これはケジメの問題でもある。僕は、マスターが味方をしろと言えば味方をするし、人類を守れと言えば守る。僕にとってはそれが理であり、正しき行動だからね」
それがナブニトゥなりの誠意であり、かつて柱の神を裏切った自分への戒めなのだろう。
だが、アクタは言う。
「汝はそちらにつき、人類を支えよ――」
「承知した。けれど、本当にいいのかいマスター。こちらにはマスターに特効……つまり弱点となる三獣神ホワイトハウルの逸話魔導書がある。たとえマスターといえど、そしてそちらのマグダレーナが協力したとしても、同じ。彼女にもあの書が刺さる。僕ら相手にまともに戦えるとは思えない」
そうよそうよ!
と、ヴィヴァルディが神狼の描かれた魔導書を抱え、ドヤ顔をする中。
アクタは言う。
「むしろ、それくらいのハンデがなければ相手にならないのでな」
「意図が読めないよ、マスター。マスターの強さは知っている、それでも罪悪感で戒められた状態で、僕ら全員を相手にできるとは――……っ、なるほど。そういうことか」
「え? ちょっとなによ!」
「マズいぞ、ヴィヴァルディ。急いで人類全てに協力を仰ぐんだ、おそらく、罪悪感による拘束だけではどうしようもなくなる」
ナブニトゥのクチバシの付け根に、つぅっと汗が浮かぶ。
猛禽の直感で、潜んでいたソレに気付いたようだ。
なぜアクタがナブニトゥに”人類側につけ”と命じたのか、その理由も理解したのだろう。
「マスターが勝ったという事は、当然、こうなるという事なのだろうね」
声が。
響く。
『ええ、はいはい。申し訳ないのですが、もう宇宙が壊れない事が確定していますし、なによりわたくし。既にハーレム王(G)を喰らってしまいまして、アクタさんの素顔を直視させられてしまっては、はいこの通り。この端末では逆らえないのですよ』
そう。
上空には、復讐の女神マグダレーナとアクタに並んで、もう一柱……。
ギギギギギギギギィィィィィ!
空間を切り裂きやってきたのは、外なる神。
『というわけで、はい。わたくし教皇ホテップはアクタ殿の味方という事で、人類の皆さまも始祖神の皆さまも――ご覚悟を』
其れは――好き放題。
やりたい放題やっている猫。
教皇ホテップである。
アクタが言う。
「教皇ホテップよ、卵の準備はできておるな?」
『ええ、ええ、間違いなく。そもそもわたくしの本体用の卵を植え付けておりましたので、それをちょっと弄れば、問題なくG化が成功するかと』
「なるほどね……どうやってすべての命をGにするのかと思ったのだけれど……彼の力を使うのね」
マグダレーナの言葉に、ふは!
「既に植え付けられた卵を、そのまま放置しておくわけにもいかぬからな! それを取り除くついででもあるのだ! これを現在の地球では省エネと言うのであろう?」
「……知らないわよ」
『省エネ……とはちょっと違う気もしますが。まああなたがイイのでしたら、それでわたくしは構いませんよ』
女神とGと大邪神が、まるでラスボスのように並ぶ中。
彼らに負けぬほどの魔力を持つ存在が、髯をふぁさぁぁぁっと揺らし。
その大きな口を開く。
『な! ナイラトホテプよ! キサマ、そちらにつくというのか!』
アクタもマグダレーナも。
そして教皇ホテップもジト目になり、それを見る。
セイウチである。
『あのぅ……セイウチソースさん? あなたにだけは言われたくないのですが……なにをしれっと、初めから人類側の味方です。みたいな顔で、そちらに並んでいるのです?』
『だーっはっはっは! 宇宙が壊せぬのなら、こやつらと慣れ合った方が今後のためであろうからな! 全ては我の完璧な打算! こちらに味方をした方が生存率も高まろうぞ!』
ぬわははははは!
と、豪快に笑うセイウチは女神ヴィヴァルディに、目線を送り。
『人類をGにするなど許せぬな?』
「あんたねえ……プライドとかないの?」
『笑止! ペンギン畜生にあっと言わせるまでは、そのようなプライドなど、要らぬ!』
なにやら分からぬ闘志を燃やすセイウチは放置し。
ヴィヴァルディは空を見上げる。
「あんたがその気なら、こっちだってやってやろうじゃないの!」
「安心せよ! Gは年に三回ほど産卵する! 長く見積もっても、たかだか五年もすれば十三代目だ! 産卵するだけで世界が救われるのだから、問題なかろう!」
「問題しかないって言ってるでしょうが!」
言って、ヴィヴァルディは魔導書を掲げ。
ゴゴゴゴゴゴ!
アクタの最後のやらかしに対処するべく、詠唱を開始した。