第112話 決着―二人の女神―
【SIDE:春風の女神と復讐の女神】
荒ぶる空の下。
蛍の光にも似た大きな輝きが、空に向かって上がっている。
その光こそが想いの力。
幻想的な輝きだった。
その力を辿ると見えてくるのは、Gの迷宮の砦の上でヴィヴァルディの勝利を願う人類達――。
カイーナ=カタランテ姫を中心に、神への祈りが捧げられているのだ。
神の力は信仰によっても左右される。
今、この世界では始祖神の干渉に制限はなく、当然、女神ヴィヴァルディも全ての干渉ができるほどの信仰を得ていた。
当時、痩せた猫の器だった身も、今は肥え――モフモフになっている。
ヴィヴァルディは風を受け、太陽を受け。
天変地異の中にあっても明日を眺め――。
「感じるわ、みんなの心が一つになっている――ねえ、マグダレーナ。聞いて頂戴」
宙に浮かせた二冊の魔導書を前に蹲る女神マグダレーナ。
魔性として暴走する彼女の周囲には、赤光ともいえる紅蓮の魔力が龍の如く荒れ狂っている。
顔を覆う復讐の女神は、噛んでいた唇を開く――。
吐き捨てるように言葉が溢れ出したのだろう。
「聞きたくないっ、何も、なにもっ。もうなにもかもが嫌なのよ!」
「それでも聞いて!」
「何を聞けと言うの! どうせあなたたちはここで死ぬ! 冥界神の許へと届かぬ程に、粉々に、凄惨に! 魂を砕き、焼き尽くし、輪廻の輪になんて返さない! それがわたしの復讐。わたしという存在の本懐よ!」
叫びには魔力がこもっている。
破壊力のこもった魔力だ。
だが、すかさずナブニトゥが石のハープを操作し、音波を用い破壊を妨害。
他の始祖神もマグダレーナの暴走を防ぐべく、各々で結界を展開。
それらの異なる魔術は連携が取れていた。
多重魔術となって、女神の魔力を包囲しているのだ。
マグダレーナにはそれも気に入らないのだろう。
「どうして! どうして! あの時にそうやって協力してくれなかったの!」
マグダレーナの空間には天変地異が――。
ヴィヴァルディの空間には春の暖かさが――。
それぞれ互いの心象を表すように広がっている。
魔力による影響だろう。
春風を受けるヴィヴァルディは、ゆったりと口を開く。
「わたしには分かるわ、マグダレーナ」
「あなたみたいな、わたしという負の感情が抜けたあなた如きに何が分かると言うの!」
「分かるのよ――だって、わたしはあなた。あなたはわたし。あなたという爆発的な感情が消えても、わたしの中には記憶がある、記録もある。だから、始祖神たちがわたしたちを見捨てたのが許せない。その感情が……分かるの」
ヴィヴァルディは【女神への祈りと詠唱】を発動。
それは周囲の祈りを自らの詠唱に変える、主神のスキル。
マグダレーナの唇だけが動く。
「どうして……あなたが主神のスキルを使えるの」
「あなたが主神になったのなら、同じ存在のわたしも主神に登録されているということでしょうね。それが主神のシステムを使っている世界の性質。主神となる苗木から世界を管理する、そんな創世の魔術体系のせいじゃないかしら」
魔術を詠唱しながら、そのまま猫の口で会話を継続しヴィヴァルディは言う。
「ねえマグダレーナ。わたしね、分かるのよ。あなたが宇宙を破壊したい衝動が、あなたがあの人……我が師。救世主となってしまったあの人を恨む感情が。どうしてですか、師よ。あなたなら彼がこれからどれほど苦しむか、分かっていたでしょうにって。あなたはどうしても、それが許せない。色々なものが許せない、本音のわたしなのね」
「だったら、邪魔しないで頂戴!」
「邪魔するわよ」
ヴィヴァルディは言う。
「だって! これはわたし個人が、師、あの人に言ってやりたいことがあるだけ! この世界もこの宇宙も関係ないわ。そりゃあまあ、管理者気取りのくせにコロコロ揺らぐこっちのセイウチや、あっちで頑張っている無貌のネコには言いたいことがあるけれど、でも……!」
春風のような温かさで、太陽を吸った獣毛を風で靡かせ。
キラキラと輝く空間の中で告げたのだ。
「少なくともカイーナちゃんをはじめとした、新しく生まれてきた命たちには罪がない。たとえ彼らの先祖が罪を犯したとしても、彼らを消してしまう事だけは絶対に間違っている! わたしはそう思っている!」
「嘘よ! わたしは憎いわ!」
「それはよくあるやつあたりよ!」
よくあるやつあたり。
そう言われて、マグダレーナは顔を上げる。
「やつあたり、ですって?」
「そうよ――心ある者なら誰だってする、他責主義ってやつよ。どうも心があるとダメね、誰かのせいにしたくなっちゃうのよ。ネコの器に入ってよく分かったわ。だってわたし、ネコになってからはパンをうっかり落としちゃっても、アクタのせいにするもの」
「ふざけないで!」
ナブニトゥが言う。
「……僕も、その結論はどーかと思うけれど」
「そう? でも結局は同じことよ。マグダレーナ、もう一人のわたし。あなたはきっと……わたしと同じ。わたしがパンを落とした失敗をアクタのせいにし続けるように、あなたも誰かの失敗を、今の人類のせいにし続けているんじゃない?」
諭すような声だった。
だからこそ、神経を逆なでされたのだろう。
かなり歪んだ理論なので、当然マグダレーナは額に青筋を浮かべ。
「――頭がどうにかしてるんじゃないの!?」
叫びに対し、ヴィヴァルディは僅かに息を吸い。
魔力を溜め――。
「はぁぁぁぁ!? 世界をぶっ潰そうとしてるあんたに言われたくないんですけど! だいたい、はじめは無貌のネコで、今度はセイウチ!? あんたが連れてきてる連中ってもうちょっとどうにかならないの!? バカみたいなやつらしかいないじゃない!」
「わたしが一番気にしている事を、ぬけぬけと――!」
天変地異が氾濫する空間にて、バサバサバサ。
魔力をドレスのように纏い立ち上がった復讐の女神マグダレーナは、肩を揺らし。
春風の中にいる自分自身を睨む。
二冊の逸話魔導書に赤い魔力を通して告げた。
「もういい! まずは一番嫌いなあなたを、破壊してあげるわ! ヴィヴァルディ!」
「かかったわね!」
手を翳し、ヴィヴァルディを攻撃対象にした。
その途端。
ヴィヴァルディはスキルを発動。
「アクタ直伝! 【Gの窃盗術】発動よ!」
Gの窃盗術とは、スカベンジャーのみが使える窃盗スキル。
本来ならば、窃盗など不得手――春風を司る女神である筈のヴィヴァルディには使えないスキルだ。
けれど今のヴィヴァルディは猫に馴染んでいる。
そして猫もまた、スカベンジャーとしての一面もある存在。
故に、効果は問題なく発揮される。
マグダレーナは自らの手の先を見た。
魔導書が一冊、盗まれている。
盗まれたのはセイウチの書ではなく、三獣神【ホワイトハウルの逸話魔導書】。
そして。
ヴィヴァルディは魔導書を装備し、魔術を解き放った。
聖光が――。
天変地異の空間を切り裂き。
「おとなしくなさい! これで――終わりよ!」
そして。
白銀の神狼のシルエットが、遠吠えを上げる。
裁きを下す天秤が傾き。
「【汝らの罪に裁きの慟哭を】」
使った魔術はマグダレーナと同じ。
相手の罪悪感に比例し、効果を増す拘束の裁定魔術。
それこそが、彼女の弱点。
彼女がその術を受けた時。
勝敗は決した。
「そんなっ、あ、あぁあああああああああぁぁぁぁ!」
審判を下す狼の遠吠えを受けた女神は、頭を抱え絶叫する。
マグダレーナの身は、完全に拘束され。
その暴走する魔力も押さえつけられる。
そう。
この戦場で一番罪悪感を抱えていたのは、彼女。
復讐の女神マグダレーナなのだから。
マグダレーナは敗北を悟った。
だからだろうか。
走馬灯に似た情景が、彼女の中を巡り始めていた。
彼女は――最期の感情に想いを馳せる。