第108話 そして歴史は連鎖する―前編―
【SIDE:カイーナ=カタランテ姫】
天変地異が発生するGの迷宮。
契約には従い、教皇ホテップの端末が自動で人類を守る中。
罪への自覚。
罪への自責によって戒められている戦場にて。
空では神々の戦いが継続中。
鯉頭の女神に乗るネコ女神ヴィヴァルディが――猫の器の力を用い。
朗々と宣言!
「主よ! 我が師ラボニよ! 目の前の不敬な輩共に、天の裁きを!」
主と呼ばれる師の力を借り、ニヒィ!
モフ毛をぶわぶわに膨らませ、春風のような声と共に神の奇跡を発動。
アプカルルの頭の上で、ドヤ顔を決めていた。
だが、神々同士の戦いだ。
砦から彼らを見上げる人類には、その戦場のどちらが優勢か分からない。
人類と神とではそれほどの差があるのだ。
そんな中。
砦で懸命に動き、状態回復の魔術と道具を行使していたのは一人の姫。
既に罪悪感からは卒業しているカイーナ=カタランテ姫である。
罪悪感を覚えていない彼女と、その他若い数名は動けているが。
現状としては、戦力には程遠い。
そもそも人類の役割はその数を活かした強化。
主戦力となる始祖神に祈りや強化魔術を注ぎ込み、神を強化する補助担当である。
祈り、つまりは心が神の力になる事は既に、異世界で証明されているとの事。
なので、少しでも動けるものを増やし、神を強化する必要がある。
故に、姫はさまざまなアイテムを投擲! 使用! 展開!
罪悪感に苛まれ動けぬ人類の回復を優先し、試行錯誤の真っ最中。
だが戦場も気になる姫は天を見上げる。
復讐とセイウチの神々との攻防を眺め――だあああああ!
戦場には似合わぬコミカルな叫びをあげていたのだ。
「まずい、まずいまずい――! ヴィヴァルディ神が負けたら終わりだっていうのにっ。あぁぁぁぁ! こっちは全然動けないままだし」
そう――実際、ヴィヴァルディ神が落ちたら負けなのに、こちらでまともに戦えているのは、アプカルル神とヴィヴァルディ神だけ。
「もう! あなた英雄なんでしょ!? もうちょっとしっかりしなさいよ!」
声をかけるのはかつて主神を貫いた聖槍の持ち主、英雄ラングルス。
金の髪を輝かせる英雄の自責は相当なのだろう。
膝をつく彼は立ち上がろうと、歯を食いしばるも――本当に上からの圧力に負け、再び膝をついてしまう。
「すまぬ……っ、だが、この魔術は罪人たる我らには特効。もはや、打つ手が」
「あたしは動けてるわよ!」
「なぜだ、なぜ原罪を抱えている筈のそなたが動ける」
姫はまだ未成年。
年相応の、けれど美しく育つだろう顔に青臭さとは違う怪訝を浮かべ。
「原罪ぃ? あのねえ! たしかに、あたしたちはかつて主神だったアクタさんを裏切った始祖神や、その始祖神に従い主神を蔑ろにした人類の子供。けど、考えて見なさいよ!」
「何をだ」
「アクタさんを見たなら分かるでしょう? あの人はたしかに過去の悲劇を忘れないでしょうね。当事者だから当然よ。けどね、あのテキトーな性格の人が、実際にやらかした本人はともかく、その子孫たちにグチグチ、おまえらはあの時に罪を犯した人類のこどもだー! 生まれた時から罪もつ子だー! 一生、償えー! って言うと思う?」
そ、それは……と英雄ラングルスは顔を顰めるが。
「それでもわたしは違う。わたしはこの手で神を貫き、殺してしまった。そなたらとは、違うのだ」
「いやいやいや……あなた、アクタさんに直接許されてるじゃない」
ジト目で事実のみを告げる姫だが。
深くを考えるように瞳を閉じて、英雄は息に言葉を乗せる。
「……あの方がお優しいからであろう」
「ふーん、じゃあその優しい方のために、罪悪感を捨てて立ち上がろうって思わないんだ?」
腕を組んで、更にジト目の姫。
まだ少女と呼べる歳の彼女が動いているのに、英雄が動いていないのは事実。
武勇に長けた英雄の姿には見えない。
「本人は許しているのに、あなたは自分の信念に従って、ウダウダウダウダ! いつまでもカエルみたいに潰れてるつもりなの? それって、どうかとあたしは思うけど。どうなの?」
そのまま姫は重圧を受ける始祖神たちにも言葉を向け。
ああ、もう!
と、ブチ切れた様子で仁王立ちになり。
「そんなの! 贖罪でも何でもないじゃない! あたしにはただ逃げているだけにしか見えない! 自分が悪い自分が悪いって、殻に閉じこもったままなの!? それでも始祖神なの!? あたしたちの創造主なの!? 罪悪感があるならばこそ、立ち上がりなさいよ!」
「口で言うのは容易いが……っ」
「いやいや。まあ……直接的に柱の神を殺しちゃってるあなたは仕方ないにしてもよ? 言いたかないけど、人類も人類よ! 過去の神様やご先祖様がやらかしてたってだけで、うじうじうじうじ! 半分も動けてないじゃない! あたしとか、あたしよりちょっと年上の世代にも動けない人がいるって、どういうことよ!」
露悪的な姫に何らかの考えがあると見たのか。
ナブニトゥも重圧に潰されながらも、考え。
『――姫よ、何が言いたい』
「簡単な話よ。実際、あたしは動けてるし……たぶんこの魔術、本当に心の持ち方次第でどうにでもなるのよ」
『……おそらくは、その通りだとは僕も思うが』
「思うなら動きなさいって話になるの! そりゃあ反省も必要でしょうけど、反省のせいで今が潰れたら意味がないじゃない! 割り切って、心を切り替えて見なさいよ!」
姫の説教は、風に乗って戦場全体に広がっている。
そこに活路が見えたのか。
海獣たるセイウチが、姫に向かい氷柱を発動。
『黙らんか、小娘よ! こやつらはこのまま、米つきバッタのようにヘコヘコと倒れていれば良いのだ!』
「させないわよ――!」
氷柱をカツオブシで作った謎ブーメランで弾き、上空からヴィヴァルディが告げる。
「カイーナ姫! 早くそこのバカたちを説得して! こっちもそこまで長くは保てないわ! ていうか、あんたたち! 特に始祖神! こんな時に役に立たないで、本当にどうするのよ! 復讐の方のわたしの言葉じゃないけど、わたしだってブチきれるわよ!?」
「だから言ったでしょう、わたし! こいつらなんて、そのまま潰れておしまいなさい――と!」
「うるさいわね! わたしのくせに、なんか化粧が濃いのよ! 品なし、胸なし、偽物!」
「なんですって――!」
再び応戦するアプカルルとヴィヴァルディ。
小癪なと、大洪水の流れに乗りヴィヴァルディを潰すべく空を泳ぐセイウチ。
その攻防を見上げ動いたのは、森人たちの神ナブニトゥ。
『ヴィヴァルディ、ああ、そうだねヴィヴァルディ。そして、その通りだカイーナ=カタランテ姫』
ナブニトゥは重圧に逆らうように、羽毛を膨らませ。
何か変化があったのか。
罪悪感に潰されていた筈の身を持ちあげ――。
『確かに――僕らを罪人と判定したとしてもだ。少なくとも僕のマスターは当時の人類、その子孫たちにまで罪を背負わせるような方じゃない。その証拠に、英雄ラングルスの末裔、母方からその血筋を受け継ぐ、罪人とされた男の子孫。カイーナ=カタランテ姫はこうして今も動いて、尽力している』
「そう! あたしもこうして尽力して――」
ん?
と、姫が動きを止める。
なにか違和感があったのだろう。
姫は立ち上がろうとするナブニトゥに目をやり。
しばし……考え。
ようやく言葉の意味が届いたのか、口をあんぐりと開け。
「え!? はぁああぁぁぁぁぁ!? ちょ、ちょっと嘘でしょ! あたし、この英雄の子孫なの!?」
思いもよらぬ言葉に、姫は素っ頓狂な叫びをあげていた。
戦場の目線が、姫とナブニトゥ――そして英雄ラングルスに集中する。