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第106話 世界樹に集いて


 【SIDE:闇の戦場】


 最終決戦となる筈の戦場だが。

 上空ではシリアスな空気をぶち壊した戦いが続いている。

 これはその裏。


 Gの迷宮の外の地上世界。


 教皇ホテップことニャンコ=ザ=ホテップは天災から人類を守るフリをし、ついでにGの迷宮の外に漏れる余波から、やはり人類を守るフリをし。

 コソコソコソ。

 実際に人類を守りながらも、別行動を開始していた。


 目的は決まっている。

 全ては宇宙の安寧、恒久的な継続を目指し暗躍。

 ただ使命のために動いている。


『――というわけで、今の内に将来我らの拠点とするためのこの世界に、色々と仕掛けを施したいのでありますが……はてはてはて、どうして、あなたがここにおいでに?』


 いつもの無貌のネコの姿。

 いつもの空気。

 けれど、暗躍する黒幕の顔で――教皇ホテップはいつもの人を食ったような声で指摘していた。


 邪神としての教皇ホテップに瞳無き目線で睨まれたのは、ハイエナ姿の始祖神。

 エエングラ。

 男神としての側面を前面に出したエエングラは、鼻から息を漏らし獣の威嚇。


「――生憎と、オレは他の連中と違っててめえを信用してなかったからな」

『信用してないとはご無体な! わたくし、契約に従ってちゃんと人類を死守し、裏切りもせず、ああやって今も犠牲者がゼロになるように頑張っているではありませんか!』


 よよよよよ! と、倒れ込む仕草をする無貌のネコがいる座標は、ナブニトゥの寝床たる世界樹の根。

 その肉球にはエエングラも見た事のない魔術式、つまりは”世界の法則を好き勝手に書き換える式”が、広がっている。


「なら、てめえのその魔術式を開示して貰ってもいいか?」

『これはただ、時間経過と共に魂の中にわたくしの分霊を埋め込むだけの強化魔術ですが?』

「ちっ、なるほどな。本当に強化魔術に分類されてるなら、裏切り判定にはならねえし。本当に人類を守ってやがるから契約は継続。てめえが契約違反で消滅することもねえってか」


 完全にハイエナの獣神と化しているエエングラが、グルルルルゥ。

 低い唸りを上げながら、前脚に強化魔術を溜め込み始める。

 そんな彼の様子を眺め、教皇ホテップは困りましたといいたげな仕草で肩を竦め。


『あなたたちはこの宇宙の中では脆弱。所詮、主神クラスが女神マグダレーナと芥角虫神の二柱しかいない弱小世界。三獣神はおろか、四星獣にも六柱の女神にも劣るスカベンジャーしかおらぬ世界。いつかは彼らに呑まれ、不利な契約もさせられる可能性がある』


 邪神は言う。


『ですので、わたくしは思うのです。あなた方を外の世界のバケモノたちに負けない存在に進化させてあげようと、慈悲が浮かんだのです。つまりはまあ、あなたがた始祖神全てに”わたくしの本体の卵”を植え付けさせていただこうと。ええ、はい。こうして、契約を守りながらあなたがたの強化を図っているのです。わたくし、なにか間違ったことを致しましたか?』

「キサマ……っ、他の始祖神やつらには、既に卵を植え付けたという事か!?」


 エエングラの声が、険しい獣神のモノに変わっていく。

 その変化にニヤリと微笑み、邪神はいけしゃあしゃあと告げる。


『これはあなた方のためでもあるのですよ』

「どこまでも戯言を! 心からの善意であるからと、契約違反に該当せぬなど詭弁。キサマはやはり心無き邪神。根っこから腐った塵芥、悪神ヴィランなのであろう――!」


 悪神ヴィランとの唸りを楽しむように聞き、無貌のネコはニタニタニタ。


『いやあ! お褒めに与り光栄です。生憎と、これでもわたくしは大邪神でありますので。そういう言葉はウェルカム。歓迎でありますよ』

「この下衆めが――ッ」

『これは酷い、これは辛辣――今、この瞬間にわたくしが暗躍することこそが最善。結果的にこの世界のためなのですよ。ですがあなたがたと我らの精神性は異なる、価値観も異なる。理解しろとは申しません。邪魔をなさるのならそれはそれで対処するだけですので』


 無貌のネコは空気を変え。

 ヒタヒタと、世界樹の下に積もる落葉を踏みしめ進み。


『こちらもあまり時間がないのでそろそろよろしいですか? これでも本当に善意100%。わたくしはこの世界のために、裏切らずにあなたがたを上位存在へと作り替えます。このバケモノばかりの宇宙でも、ある程度の発言権を有した世界に引き上げて見せます』

「善意だと!?」

『ええ、嘘偽りのない善意でありますよ? わたくしはあなた方を裏切りません、ずっと味方であり続けましょう。これはその証明であると思いませんか?』


 ガルルルウゥッゥゥっと。

 エエングラの怒気による唸りが強化されていく。

 それは自己強化の一種だと悟ったようだが、邪神は気にしていない。

 エエングラを雑魚と判断したのだろう。


 事実、始祖神としては相当に弱いエエングラは最弱――。

 始祖神の中でも雑魚と判断されてしまっても仕方がない。


 だがエエングラは怯まず邪神に吠えていた。


「我らに植え付けられた”キサマの本体とやらの卵”が孵化する、それはキサマと同じ分霊になるということではないのか!?」

『邪推はおやめください……わたくしの因子が入り込むだけで、分霊とは違います。ただまあ、あなたがたはわたくしと同質、同程度の思考と力を持つことにはなるでしょう。わたくしは”わたくしを楽しませてくださったこの世界”を気に入りました。ええ、とても気に入りました。だからあなたたちを救済することにしました』


 上位存在からの、文字通り上から目線の提案は続く。


『――さあ、どうか退いてください。ナブニトゥさんは警戒心が強いですからね、この世界樹にわたくしの種を植え付けておかないとチャンスがない。アクタさんの目から逃れるのには、罪悪感による拘束が続く今しかありませんので。この宇宙を維持するために動く、この宇宙の細胞になれるのです。きっと楽しいですよ?』


 邪神は、本気でその言葉を口にしている。

 唸るハイエナに向かい、弱者を見る憐れみの目線を送っている。

 しかしこの瞬間まで、無貌の邪神は気付いていなかった。


 罪悪感に襲われている筈のエエングラが何故、いまこうして動けているのか。

 そもそも何故、別行動をしていたのか。

 それを悟ったのは、エエングラの笑みを見たからだろう。


 答えを悟った様子で、邪神はギリリと無貌のネコの姿で奥歯を噛み締める。

 気配を察したのだ。

 いつもの口調でエエングラは告げる。


「だそうだ、旦那。やっぱりあんたの言う通りだったみてえだな」


 ハイエナ神の影。

 スカベンジャーの気配に包まれていた影が揺れ――。

 世界樹に降り積もる落葉の中から、カサカサカサカサ!


「ふふふ、ふはははははは! 我の読み通りであったな! でかしたぞ! エエングラよ!」

「ったく、こうなることが分かってるなら、とっとと消しちまえば良かったじゃねえか」

「これはこれで利用価値があるのでな! ここで完膚なきまでに敗北を与え、今度はこちらが圧倒的に有利な契約をくれてやるまでの話!」


 もちろん、登場したのは芥角虫神。

 かつて柱の神と呼ばれた、アクタ。

 落葉から湧き出たGが集合し、それは長身痩躯のミミックとなり、にやり!


「待たせたな、教皇ホテップよ!」

『……疑問があります。よろしいでしょうか?』

「まあ、よかろう! 我は寛大であるからな!」


 フードから覗く口元を吊り上げ、ふふんと微笑するアクタを警戒しながら邪神は告げる。

 その声は、黒く歪み始めていた。


『何故、汝は動けている。何故、汝が此処に居る。マグダレーナが放つ罪悪感への重圧は効果を発揮し続けている。ならば汝が動ける道理がない。そして、そのハイエナも』

「簡単な話よ、我はエエングラを許し、もう罪悪感を感じるなと告げた。それでも罪悪感が消えなかったので、本人の了承を得てエエングラの罪悪感の記憶を喰らったのだ!」


 あの魔術は罪悪感がなければ効果を発揮せぬからな!

 と、いつもの空気でふは! っとするアクタの前。

 黒い霧を纏い始めた邪神は告げる。


『真に後悔している者の罪悪感すら奪うことが最大の罰……でありますか』


 無貌のネコは、姿を変貌。

 円錐の頭を持つ、異形なる大邪神へと転身。

 聞く者の背筋をぞっと震わせるほどの、冷たく硬質的な男の声が邪神の中から響きだす。


『償いすらも奪い喰らいつくす――アクタノツノムシガミよ。汝は残酷な男であるな』

「我は世界一の悪役ヴィラン! 当然であろう!」

『しかし、分からぬ。今現在、汝も効果範囲内の筈。どの様に影響下から逃れている。罪悪感を消せぬ汝が、何故動ける。答えを教えて欲しいのだがね』

「単純な話だ――」


 勝ち誇った仕草でアクタは告げる。


「我の義体をあちらに置いたまま、こちらの本体で、こう、息をぐぐっと吸い! 根性で耐えているだけなのだからな――!」

『根性で、か』

「うむ、根性で。である――!」


 邪神は、クククと胴体を揺らし。


『面白い――これだから汝は救いがいがある! だが、あまり我を侮るなよGよ。汝らが我らに騙されていたと偽っていた理由も明白。汝が闇の神より与えられた能力は、模倣猫コピーキャット。契約で縛られた我はこの世界から逃れられん。故に、逃げ場を失った我のスキルを全て奪うつもりであったか――』

「いいや! 享楽主義者ならばまあどうせ何かしでかすであろうと、なんとなく後をつけよと命令しただけぞ!」


 だけぞ! だけぞ! だけぞ!

 と、朗々たる声が世界樹を有する森に広がっている。


『戯言を――策なくして、我の前に現れたと?』

「ふははははは! その通り! 貴様の強さは知っているが、まあなんとかなるであろう!」


 それは希望的観測だった。

 ただのポジティブを堂々と宣言するアクタに、邪神は言葉に詰まり……。


『前から思っていたのだが、汝はもう少しその行き当たりばったりな性格をどうにかするべきだと我は思うぞ』

「考えすぎる事は前世で捨てたのだ!」

『だいたい、上空の戦闘は良いのか? あちらが敗北し、ネコの器にあるヴィヴァルディが消滅したら汝は全てをリセットするのであろう?』


 その全ての範囲は告げていないが。

 邪神は今のアクタならば、文字通り全てをリセットできると計算していた。

 やれるがやらないだけ、危険な力ともいえる。


 アクタが言う。


「敗北、か――」


 ふふふふ、ふはは、ふははははっ!

 見事な三段笑いを見せつけ、アクタは心底からそれを嘲笑い。


「あまり人類と始祖神を舐めるな。あれはあれで我らGよりしぶとい存在。はっきりと言ってしまうと、今の我は前とは違う。本当に彼らが反省せねば、容赦なく見捨てるつもりだ。それは彼らが一番知っている筈。故に! 我に明確な手柄を見せるため、必死に勝利を運んでくるであろう!」


 やはりただの希望的観測だ。

 だが、アクタの発言は自信で満ちていた。

 本当に、マグダレーナとセイウチを相手にし、人類と始祖神たちが勝つと思っているのだろう。


 邪神はあり得ないと感じた。

 勝つ手段などない筈。

 だが、アクタがあちらを放棄し――こうしてこちらで対処している以上、本当になんらかの勝ち筋があるのだろう。


『かつて主神だった故の信頼か。或いは児戯の如き戯言か、まあ構わぬよ』


 考えても浮かばぬ中。

 邪神は姿勢を変えて、樹々の隙間に闇を伸ばす。

 戦闘態勢に入ったのだ。


 対するアクタは、カサササササァァァァァ。

 世界樹という膨大な蟲の巣で、やはり膨大な魔力を浮かべ。

 すぅっと口を開く。


「さて――こうなった以上は汝に限っては本気で戦わせて貰おう。裏切りを禁じられている汝にとっては、不利な状況であろう。そしてここは我の領域。それらも我の計算なのだから卑怯とは言うまい?」

『世界樹……スカベンジャー達の巣』


 ここは天然のパラダイス。

 死肉喰らいにして、蟲使い。闇に潜むGであり、他者の所有物を隠れて盗む、世界で最も繁栄している盗人たるGの神。

 全てが、Gが有利な状況。


『そうか――食えぬ奴よ』


 アクタにとっての楽園だ。


『この地に我を追い込んだ事さえも計算であったことは認めよう。贖罪を求めるエエングラ神を囮にした卑劣さも、主神に相応しき器と認めよう――契約による裏切り行為を封じる枷も合わせるとは、流石はあの男の弟子といったところか』


 あの男の弟子。

 その言葉に、僅かな情景を思い浮かべたようだが、それには触れず。

 アクタが言う。


「さあ、汝の力を全て食わせて貰おう。我はG。塵芥の王。全てのスキル、全ての恩寵、全ての奇跡を喰らい欲する、貪欲なりしスカベンジャーの王なり!」


 言って、アクタはフードを外し。

 光の神が与えた絶世の美貌を晒し、スキルを発動。

 一撃終了を狙うが――。


 邪神は自らの目となる部分を潰し、回避。

 ハーレム王(G)の効果から免れ、樹々の闇に溶けて声を放つ。


『――いいだろう! あまり我を舐めるな、ユダよ! せいぜいが数千年の記憶しか持たぬ存在に負ける道理はない!』


 それは歓喜に満ちた邪神の声だった。

 邪神もまた、この戦いを喜んでいるのだ。


 Gの迷宮の上空では、女神たちの戦い。

 そして地上世界の世界樹では、邪神たちの戦い。

 この世界の運命を決める戦闘が継続する――。


 間違いなく後に逸話魔導書に刻まれる戦いを、観測する者は多数。

 当然、闇の神も光の神も、死の神も、最後の戦いを眺め。

 それぞれに持論を展開していた。


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