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105/120

第105話 条件範囲 ~だってわたしは〇だから!~


 【SIDE:空の戦場】


 罪悪感を感じている者を制圧する魔術。

 そして、神罰を再現する魔術がGの迷宮内を襲っている。


 天変地異が起こる中。


 海獣は好機と見たのか。

 復讐の女神マグダレーナから離れ、その巨体で突進!

 アクタたちが項垂れる要塞へと一直線に跳ねる。


『グワハハハハハ! 愉快愉快! なれどだ、ええーい! どかんか鯉女よ! 我はこのまま進軍し、我に敗北という屈辱を与えたこの宇宙を滅ぼす力を手に入れるのだ!』


 だが当然、妨害は入る。

 アプカルルは素早く突進に割り込み、ぼよん!

 鯉の頭の弾力で突進を受け止め、微笑。


『ふぅぅぅむ、まぁぁぁたキサマか!』

「うふふふふ、うふふふふ。そうはいかないのよ? ダメなのよ? だってアプカルルはルトス王が大好きなの、この世界が大好きなの!」

『このような醜いばかりの世界のなーにが良いと言うのだ!』


 海獣自身も神罰に該当する雷を発生させ。


『滅びよ!』

「ピリピリするけれど、それで終わりなのかしら?」

『ふぅぅぅぬ! マグダレーナよ! どーにかせよ!』


 言葉を受けた復讐の女神は、セイウチが描かれた魔導書を傾け。

 ゴゴゴゴゴゴゴォオォォォォッ!

 空を押し流す大洪水を発生させ、セイウチごと巻き込み宣言する。


「洪水で押し流すわ。あなたは踏ん張りなさい!」


 あららら! あららら!

 空を駆ける大洪水に流されるアプカルルを眺め、にひぃ!

 セイウチは器用に腕を組んで、大笑い。


『だーっはっはっは! 最強の属性といっても所詮はこの世界の中に留まる器! 宇宙規模の我には勝てぬようだな!』

「……あなたは何もしてないでしょう」

『ふむ! 我を讃えるとはさすがはマグダレーナ! それでこそ我が片腕よ!』

「ちょっと勝手に片腕にしないで欲しいのだけれど……っ、それよりも相手は鯉よ。おそらく戻ってくるから氷の魔術で押し返しなさい。寒い日に水中に潜る彼女は、氷に弱いわ」


 指摘されたセイウチが目を細め。

 じぃぃぃぃぃぃ。

 彼の瞳に、滝登りを繰り返し、大洪水を上がってくるアプカルルの姿が映る。


 さすがに、”神罰の大洪水”を逆流してくるのは想定外なのだろう。

 セイウチが、牙を剥き出しにしたまま考えこみ。


『しかし……文明すら押し流す神罰を遡るなど、器用な奴であるな』

「感心してる場合じゃないでしょ! ――アレさえどうにかすればこのまま押し切れるわ、早くなさい!」

『おう、そうであった! ところで無貌はどうしておる!?』


 早くやりなさいとイライラするマグダレーナであるが、それでもぐっと堪え。


「彼ならわたしの天災の対処で動けないでいる。たぶん、信用されていない彼は”この場にいる人類の守りを優先させる”……そういう契約を先にさせられていたのでしょうね。それが仇になったんじゃないかしら」


 実際、ぶつくさ言いながらも教皇ホテップは、神罰のことごとくを防ぎ。

 ぜぇぜぇ!

 契約するんじゃなかった、契約するんじゃなかったと大急ぎで動いている。


『ならば――!』


 セイウチは大洪水に向かい、ふぅっと氷結吐息。

 魔力によって生み出された氷の柱を、”流しそうめん”のように流し込み。

 どっこいせどっこいせ! と、氷柱連続攻撃。


『ドワーッハッハッハ! 我が氷柱に貫かれ死ぬがいい! 鯉の洗いにし、ワサビ醤油で美味しくいただいてくれるわ!』

「あららら、あらららら……っ、進めないわ。ねえ! ヴィヴァルディ! アプカルルの後ろにいるのでしょう? どうにかして貰えないかしらー!」


 一瞬。

 敵味方問わず、空気が完全に固まっていた。

 それもその筈だ。


 この戦いはヴィヴァルディが落とされたらアウト。

 アクタは躊躇せず、ルトス王の能力を用いかなり前の時間軸にリセットするだろう。


 復讐の女神マグダレーナとセイウチとしては、今回はほぼ詰んでいる。

 どう足掻いても闇の神には勝てないからだ。

 絶対に戻ってこられない筈の、宇宙の果てに飛ばされた”無貌のネコ”を回収するほどの能力がある事から、明らか。


 故に、ルトス王のリセット能力をアクタに使わせる必要がある。


 無事にリセットができたら、まだ勝機がある。

 闇の神たちと完全に敵対する前に時間を戻し、時空の力を持つセイウチが記憶を引き継いだまま暗躍。

 外からの介入を防ぐルートに辿り着き、その後で復讐の女神をサルベージし合流。

 外からの干渉を逃れたままに、宇宙を破壊する計画を立てている。


 なので、ヴィヴァルディの抹消は必須。

 逆に言えばヴィヴァルディさえ守れば、アクタたちは問題ないのだが。

 アプカルルは、アプカルル――思わずどころか、なんの悪気もなく、状況を打開しようとしていた猫のヴィヴァルディの場所をバラしてしまった。


 当然、ヴィヴァルディは毛を逆立て。

 指摘された通り、アプカルルの後ろからニョコっと顔を出し。

 ぐぬぬぬぬぬぬ!


「あぁああああああああぁぁ! アプカルル、あんたねえ!」

「なーに、ヴィヴァルディ?」

「なーに、じゃないわよ! わたしがせっかくこっそりとあのバカ女神から魔導書を取り上げようとしていたのに、バラしちゃってどうするのよ!」


 アプカルルは首を傾け。

 罪悪感を微塵も感じさせない顔で、うふふふふふ。


「まあ! そうだったわね、ごめんなさいね?」

「……ねえちょっと待って」

「あららららら? なにかしら?」


 こんな事態にもかかわらず、ヴィヴァルディはアプカルルの頭上で考えこみ。

 名推理をするわ! とばかりの顔で尻尾を揺らし。


「わたし、思ったのだけれどね? 今この空間って、罪悪感がある人は動けない状態になってるわけでしょう?」

「そうね? そうなのね? アプカルルには分からないけれど。どうやらそうみたい?」

「ってことは、あんた! ごめんなさいって言っておきながら、普通に動けてるって事は! 罪悪感なんてまったく感じてないじゃない!」


 この場面であげる素っ頓狂な猫の怒声に、地上のアクタが、ぐぬぬぬぬぬ!

 がぁぁぁぁぁ、この馬鹿ネコがっ……と、いつもの怒声を上げかけるが、罪悪感に潰され沈黙。

 図らずも、罪悪感による拘束と封印が続いていることを証明してしまう。


 目を点にしているセイウチの前。

 能天気なアプカルルが言う。


「そうかしら、そうなのね? じゃあ今から動けないふりをした方が良いのかしら?」

「それはそれ、これはこれよ!」


 ビシっと女神マグダレーナを指差し、邪悪な猫の顔でヴィヴァルディが告げる。


「罪悪感がないなら都合がいいわ! 氷柱の方はこのわたしが特別になんとかしてあげるから、このままわたしをあのバカな女神の所に送り届けなさい! どっちが本当の女神か、はっきりさせてやるんだから!」

「いいわ、いいわ! 任せて頂戴、ヴィヴァルディ!」

「うおぉぉおおおおおおぉぉぉ!」


 猫のヴィヴァルディは氷柱をネコ爪による連続引っ掻き。

 つまりは単純な物理攻撃で破壊。

 大洪水を逆流し、ネコを頭に乗せた鯉の滝登り!


「ちょっと! 反撃しなさい!」

『は! そうであった! あまりにも馬鹿な存在を見て、思わず頭が固まってしまってな!』


 ヴィヴァルディはすかさず会話に割り込み。

 相手を挑発する【罵詈雑言(猫)】を発動!


「あんただって十分馬鹿じゃない! ペンギンに負けて勘違いしてセイウチに転身するって、控えめに言ってどうかしてるわよ!」

『言わせておけばっ、女神の出涸でがらしめが! だいたい! キサマとてなぁぁぁぁぜこの場で動けておる! 罪悪感はないのか!』


 セイウチの反論に、ヴィヴァルディはふふーん!


「バカねえ! 今のわたしは猫! 宇宙で最も愛されるべき種族たるネコ様が、罪悪感なんて感じるはずないでしょう! ネコになったわたしは何をしても許される、罪悪感なんて他の人に押しつければいい! だから君は好きなようにやりたまえって、この器の創造主が言っていたわ!」


 全てが許される、だって猫なんだもの!

 と。

 女神ヴィヴァルディの宣言は、全宇宙に広がるほどの魔力を放っていた。


 この猫の器の創造主とは闇の神。

 例の宇宙の果てにまで転移できるほどの黒猫。

 実際、ここまで計算して猫の器を用意したのだろうと読んだ、復讐の女神マグダレーナであるが。


 言わずにはいられなかったのだろう。

 二冊の魔導書を維持しながらも、その口からは紛れもない本音が漏れていた。


「ああ、もう! これって真面目に宇宙の危機なのでしょう? そんな戦場に、なんでわたし以外全員バカしかいないのよ!」


 復讐の女神マグダレーナの正論に、うんうん。

 実にバカしかおらぬな、と。

 地上のアクタは頷いているが、上空には届かない。


 その間にも、バシャンバシャン!

 ヴィヴァルディを乗せたアプカルルは、全速力で進軍していた。


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