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羽根のない妖精(1)

木々が生い茂る森の中。葉を押し退けて進むと、着くことができる場所がある。

 それは、妖精の町。

 彼等もまた、人と同じように日々を営んでいる。

 妖精は、人と姿形が似ている。しかし、全体が掌ぐらいの大きさで、背中には透明の羽根が生えていた。

 彼等は花の蜜を食料とし、蜂や蝶と友達だった。

 町から少し離れた場所。綺麗な桃色の花びらの上で、小さな妖精と同じくらいの少女がいた。

 いや、彼女も妖精なのである。羽根がない妖精なのだ。

 一年前、彼女は羽根を失った。とある出来事によって。

 彼女の名はノアーシャ。通称ノアと呼ばれている。

 しかし、彼女は羽根を失ったことで、仲間と一緒に暮らすことはできなくなった。

 彼女の唯一の味方は、彼女の恋人カルーシャ。通称カル。

 しかし、羽根をなくした妖精は、羽根のある妖精に触れることはできない。

 二度と触れることができない二人。

 そして、ノアとカルは一つの言い伝えを聞く。


『人間と愛を誓えば、妖精は人間になれる。』


 その後、妖精の町にやって来たのは一人の人間。


 ノアとカルはどうするのか?

 それはこれからのお話。






 桃色の花びらの上で、今日もノアは空を見上げていた。空は木々の間から光となって顔を覗かせる。


「ノア!」


 薄い水色の髪に藍色の瞳を発見して、カルは彼女の名を呼んだ。

 彼女も紫色の髪と瞳に笑顔を向ける。しかし、すぐにその笑顔は曇った。


「カル。今日も重そうね。」


 ノアはカルの手元に視線を落とし、申し訳なさそうに言う。

 カルの手元には、大きな壺にたっぷり入った蜜が光輝いていた。

 カルは毎日ノアの食事を運んで来ているのだ。ただ、一日一食、自分と同じくらいの量を摂取しなければいけない妖精にとって、その量はかなり重い。

 カルが羽根を休め花びらに着地する。そして、ノアの目の前にしゃがむと彼女に言った。


「どうってことないよ。ノアが死ぬことに比べたらね。」


 妖精は蜜を摂取できなくなると、二日ともたずに死んでしまう。

 羽根を無くしたノアは、自分で蜜を集めることはできない。

 と、すれば。ノアは放っておくと死んでしまうのだ。カルにしてみれば、それは何より辛いことだった。


「……ありがとう。カル。」


 ノアは笑ってみせた。しかし、心はカルに対する申し訳なさと、自分の非力さへの苛立ちがつのっていた。

 そのことは、カルもよくわかっていたから、笑顔で返し、蜜が入った壺を彼女に差し出した。

 ノアはその壺を受け取ろうと手を伸ばす。



バチっ!



「っ……。」


 二人の手が触れた瞬間、小さな音が鳴った。カルが一歩退き、手を押さえる。


「あ、ごめっ……ごめんなさい。」


 目を見開いて、慌てて謝るノア。肩が小刻に揺れて、震えている。


「大丈夫だよ。痺れただけ。火傷はしてないからさ。」


 震えるノアに手を前に出して見せながら、カルは笑顔を作った。

 これが羽根のない妖精に触れられない理由。

 羽根のない妖精に触れられると、痺れた後に焼けただれるという現象が起こってしまうのだ。それは、羽根のない妖精が、羽根の分の力を吸収しようとすることからだと言われている。

 カルの手がなんともないことを知ると、ノアはホッとしたように肩を落とす。

 そんなノアの状態を確認すると、カルは彼女の隣へと腰を降ろした。

 もちろん彼女と触れないくらいの距離を置いて。


「ねぇ、ノア。言い伝え覚えてる?」


 食事を始めたノアを、愛おしそうに眺めながらカルは話題を振った。


「どの言い伝え?」


 しばらく考え、いくつかの言い伝えを思い出しながら、ノアは問う。


「人間のさ。」


「……覚えてる。」


 すぐに出たカルの言葉に、ノアは少し顔を歪めた。

 二人とも内容には一切触れなかった。『人間と愛を誓えば、妖精は人間になれる。』その言葉を言いたくなかったのだ。

 でもカルは考えていた。今のままより、ノアは人間になった方が幸せなのではないか。と。

 今のまま生き続けても、誰にも触れることができない。自分だけでは生きることもままならない。そんな状態でいるよりは……と。

 その反面、彼女が他の誰かを好きになると思うと、怒りとも悲しみともつかないものが沸き上がってくる。カルは知っていた。それが嫉妬から来るモノなのだと。


「実は、町に人間が辿り着いてさ。今、ちょっとした騒ぎになってるんだ。」


 世間話。そう言った感じで軽く話を切り出す。

 人間が妖精の町までやってくるのは珍しいことだった。大概は、妖精の町付近にある迷子の結界で、森を追い出されてしまう。


「そうなの。それは楽しそうね。」


 ノアは町が賑やかになるのを、想像して笑った。

 妖精は、何かあれば祭りをするのが習わしで、珍しい人間が来たなら三日三晩は賑やかだろう。



ガサっ



 和やかな時を過ごしている中に、突如音が邪魔をする。そして、ノアとカルの前にある草が掻き分けられ、視界が広がった。


「おやぁ、本当に居たわな。」


 そこからひょっこりと姿を表したのは、おっとりとした人の顔。にへらと笑みを浮かべ、ノア達を見ている。


「……だれ?」


 ノアが目を見開き口を手で押さる。そして、自分よりはるかに大きい顔に問いかけた。

 しかし彼が答える前に、カルが彼女をかばうように前に出た。

 そして、鋭くにらみつけて威嚇する。


「あんた、町に来た人間だな!?」


「そうや。わいはケンワ。噂に聞く羽根のない妖精見にきたんよ。お前さんは誰や?」


 威嚇を気にする風でもなく、にこにこと屈託のない笑顔を向ける人間。

 笑顔で自己紹介をするケンワに、カルは毒気を抜かれてしまった。

 また、直感的に彼が悪い奴ではないとそう思い、威嚇するのを止める。


「俺はカルーシャ。カルでいい。……あんた、変なやつだな。」


 自己紹介を先にされたため、カルも名を告げる。そして、ため息まじりに一言呟いた。しかし、瞳はケンワを品定するかのごとく動いていた。興味しんしんだと、光る瞳が訴えている。


「あはは、よう言われるんよ。よろしゅうに。さて、羽根のない妖精さんとお話したいんだが、ええかいな?」


 ケンワは、カルに視線をやったまま聞いた。彼が了承しなければ彼女とは話せないと思ったのだろう。

 威嚇は止んだものの、カルがいっこうにノアの前に立ちはだかったままだから。


「質問に答えてくれたらいいよ。」


 カルはそう答えた。

 当事者のノアは、不安そうに彼等を見守るしか方法を知らない。


「ええよ。どんな質問や?」


 承諾を確認すると、カルは真剣な面持ちで……


「あんた、ノアに惚れたりしたいよな?」


 彼はいたって真剣である。ようは、ただ単にノアしか目に入っていないだけだ。


「……そんなことはせんへん。って。」


「その沈黙はなんだよ?」


 疑うように食ってかかるが、ケンワの沈黙は笑うのを堪えてるせいだったりする。

 ケンワが両手で口を押さえながら、何度か首を縦に振った。押さえている手から、プヒーっと空気が漏れた。笑うのを止められなかったようである。


「な、何笑ってやがる!!」


 カルは笑われて、一瞬ぽかんと口を開け驚く。しかし、徐々に顔を赤くし、笑われたことに怒りを露にした。

 ちなみにノアはカルより赤くなり、頭を垂れている。


「すまん……気にせんときー。質問には答えたんや。話させてや。」


 ケンワはどうにか笑いを止め、話を先に進めようとする。

 ここで食ってかかっても話が進まないので、仕方なくカルは横にずれた。

 ノアがおそるおそる目だけをケンワに向ける。彼は先程と同じ、笑った顔を彼女に向けていた。


「ほんまに羽根ないんやね。」


 自分に向けられる好奇の視線に、ノアは目を伏せた。そして、固く口を結んだ。


「……どないして羽根を無くしたんや?」


 ノアの様子に少し戸惑ったケンワだが、疑問が口ついて出た。

 それに対して、ノアとカルの体が大きく跳ねる。それからノアは下を向いたまま動かず、カルは視線を横にずらしていた。

 ケンワもその様子を見、この話題がいかに彼女達にとって、触れて欲しくないモノなのかわかった。


「あー……話しとうないなら別にええ。他の話ししよか。」


 困ったように頭を掻き、しばらく考えた後、ケンワはまた笑顔をノアに向けた。


「うん……!」


 その言葉に顔を上げ、彼の笑顔を見たノアは、柔らかい笑みを浮かべた。

 釣られて笑んだのか、はたまた言葉に暖かみを感じて笑んだのか、カルにはわからなかった。だが、彼女の笑みは羽根を無くす前に見せてくれた笑みとそっくりで、決して無理矢理ではないと感じさせた。それが悔しくて、なぜだかわからない大きな不安が、カルの心を潰す。

 嫌な予感がする。そう頭から警報が鳴り響いて、カルはノアを見ることが出来なかった。


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