助けられる
トス、トスと音が鳴った。とてもか弱い音だった。誰かと思い、顔を上げると先ほど助けた彼が目の前にいたのだ。私は驚いて腰を抜かしかけた。
だがしかし、当然といえば当然なのだ。いつも真面目で純粋な彼が、助けてもらった人に感謝をしないわけがないじゃないか。私は納得して正気を取り戻した。
彼は声帯を震わせ、私に言った。「さっきはありがとうございます、僕を助けてくれて。また何かあったらよろしくお願いします。」私は笑顔で返事をした。彼の純粋さと、何処となく醸し出されるぎこちなさに心がときめいた。私は彼が去っていくのを無意識に目で追っていた。
彼は私に興味があるのだろうか。ふとした疑問が湧いてくる。先ほど話しかけてられたのは私が助け舟を出したからであって、私に興味を持っているとは言いきれない。どうなんだろうか。私はそのことが気になって一点を見つめていた。
チャイムが鳴り、授業が開始した。次の授業は英語だ。私の大の苦手科目だ。建と同じくらい苦手だ。私はこの授業の最初に鳴ったチャイムに拒絶反応を起こしつつも、彼を助けた余韻でなんとか持ちこたえていた。
「I hate you!」 先生がいきなりこんなことを言い出した。教室がざわめき、彼も少し瞼を小刻みに開閉していた。「皆さんを驚かしてしまってすいませんねー。これは第三文型を説明する例文なので、ご勘弁を。」いつも通り、生き生きとした口調で語る先生のテンションと授業の内容についていけない私は、退屈であるとわかりつつも、仕方なく、先生からの享受を受け入れていた。
「ではここで問題です。この「I」Iは主語、そして「hate」は動詞、と来たら「you」の品詞は何?」
私は心の中で当てられるな、当てられるなと祈っていた。しかし、その祈りも儚く、先生が発したのは私の名字だった。
私は声を震わせながら「2つ目の主語です!」と元気に言った。元気に言えば、まわりがアクションを起こしてくれると思ったからだ。しかし、教室内は沈黙に包まれ、自分の虚しさが漂っていた。私は名誉が剥奪された気分だった。さっきは数学の入試問題を解けたのに、、、。英語になると何もできないなんて。
特定の分野だけに固執した私の能力に、まわりも自分も呆れかけていた。先生も心配そうな顔と小馬鹿にした顔を混ぜて皮膚を変形させていた。
沈黙が続く。誰ががこの深刻な状況を打破するのだろうか。私は心配しながら時が過ぎるのを待っていた。
「先生っ、それは目的語だとぉ思います。」掠れたような、鳥のさえずりのような、そんな聞き取りづらい声が教室の空気を突き抜けた。
彼が言ったのだ。だが、その声はあまりにも小さかったため、空気を突き抜けるのを途中でやめ、そのまま下に落下していった。それでも私は嬉しかった。彼が助けてくれたような気がして。彼だけが味方をしてくれたような気がして。
私はクラスのほとんどの人から名誉を失った代わりに、たった一つの貴重な名誉を今、確かに手に入れた。
そんなことを思っているうちに、沈黙はすっかり終わり、教室の緊張が解けていた。彼は私を見てかすかに微笑んだ。だけど、私はそれに気が付かなかった。