気になる
見るからに力尽きた顔だ。私の席から対角線に沿って進んだところに彼の姿はあった。人生に疲れたような、自分を否定されたようなそんな顔をしていた。
私は彼がどんな人生を歩んでいるのかは全く知らない。検討もつかない。しかし、彼の顔を見るからにいい人生を歩んでいるとは思えない。彼の表情と私の勝手な思い込みが連動している。
そう考えてるうちに彼の前に一人の男がやって来た。そいつの名前は建。なぜ私がそいつと言ってるのかというと単純に嫌いだからだ。気に食わないからだ。そいつは彼のたった一人の友だちで、なぜ彼がこんなやつと友達なのかよくわからない。経緯が知りたい。私は途端に彼の人生の道のりよりそのことが気になりだした。
建は彼に言う。「お前って本当に小心者だよな。少し誰かに話しかけてみたらどうだ。」彼は抵抗することもなく、首を縦に動かした。その行動がイエスを意味するのか、その場に合わせた振る舞いなのかはっきりと答えが出せる。私は彼の見え見えの行動に微笑した。
彼は同情が上手だ。相手に嫌われないためにひたすら首をふる。たとえ自分に不利な要件であっても。私は彼のその行動を少し可哀想に思う。首を縦に振るように設計されたロボットみたいだ。建博士はロボットを思い通りに操ることができる。彼は博士に人生を決められることになる。建は彼に乗り移ってもう一人の建を形成してゆく。自分に忠実で素直な召使をつくる。
そんな企みがあるのだと思うと建への怒りと彼をどうにもしてあげられない歯がゆさが同時に増幅してゆく。それであっても私はなかなか彼に話しかけられない。なんというか、何を考えてるのかわからないし、建がいるから、、、。ためらってる私も博士の助手みたいなものか。ため息をつく。
もうすぐ休み時間が終わる。彼は急いで机から消しゴム、シャーペン、定規、教科書等を出し、次の授業に備えていた。チャイムがなると号令がかかった。彼は立ち上がって教卓に向けて深々とお辞儀した。彼の謙虚さに好意を感じるとともに彼のことを思っている私自身に少し動揺した。
この時間は私の得意な数学だ。プリントが配られて黙々と解く私。まわりに手が止まってる人や悩ましい表情をしている人を見ると少し優越感に浸ることができる。すべての問を解答し終えた私は黒板を見ていつも通り、ペンを円状に走らせようとしていた。しかし、私が紙面に走らせたのは時計の長針と短針のようなマークであった。
いつもより正答率が悪い。いつもの私じゃないことを飲み込み、原因を探る。、、、彼か。私は彼のことで頭がいっぱいで問題が手につかなかったと結論を出す。いつの間にか私の脳内は彼のことで満たされていた。