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残念なお知らせ、僕の勘違いでした

 


 馬車の扉が開くと、アンリは、シリウスの膝から降りて自分の足で馬車を降りた。

「大丈夫かい?」

 シリウスが声をかけるとアンリは頬を赤らめて頭を下げた。

「お恥ずかしい姿を見せてしまい申し訳ありません。ご迷惑をお掛けしました…」

「いや、迷惑など…」

「今日は声を掛けてくださってありがとうございました。とても楽しかったです。少し部屋で休ま

 せて頂きますね」

 そう言うとアンリはシェイラと共にイソイソと自室に向かってしまった。

(……アンリ)

 妻の背中を見送ると、シリウスも自室にもどることにした。

「ギルバート、部屋まで水を持ってきてくれないか」

「かしこまりました」

 シリウスは無表情で部屋まで歩いた。淡々と扉を開けて中に入り、ベッドにダイブして枕をギュッと抱きしめる。

(はぁぁぁぁ!何なんだ!この胸を締め付けるような切ない気持ちはっ)

 口元がニヤけるのを抑えきれず回想にふけりだした。

(キスって何味なのだろう。今夜は彼女と同じベッドで眠れるだろうか…いや、今日は気分が優れないかもしれないな。後で確認しよう)

 シリウスの頭はアンリの事でいっぱいだ。1人悶えているとギルバートがやってきた。

「お水をお持ちしました。おや、もう眠られるのですか?」

「ちょっと横になってただけだ」

 ギルバートは水差しを傾けてコップに水を満たすとシリウスに差し出した。

「それで?」

「ん?」

 ギルバートの言葉の意味が理解出来ず、シリウスは一瞬戸惑ったが直に顔を赤らめて慌てふためいた。

「いや、彼女の体調の事もあるし、後で様子を見に行ってから決めようかと」

「……?」

 今度はギルバートが戸惑った表情を浮べる。

「何を決めるんですか?」

「え?……あ、いや、なんの話だ?」

「アンリ様が使う予定の別棟の話ですよ。来客があると出発前におっしゃってたでしょう?」

「!あっ、あー!それね」

 アンリとの初夜の日程を聞かれたと勘違いしていたシリウスは大袈裟なリアクションで取り繕った。

 シリウスはアンリの別棟への引っ越しを先延ばしにするために嘘をついた事をギルバートに説明した。

「……はぁぁ」

「そうだな。ため息をつかれても仕方ないと自分でも思うよ。だが、しかし!」

 頭を抱えるギルバートにシリウスは妙なハイテンションでドヤ顔を向けてきた。

「そんな嘘をつかなくても、アンリの引っ越しはなくなるだろう」

「はあ…何故です?」

「それは、お前…あー…どうやらアンリは僕を夫として認めてくれているようだ」

「そりゃそうでしょう。それを踏まえての別居でしょうが」

「いや、建前の話ではなくだな、その、どうやら僕の事を異性として意識してくれているようなんだ」

「はあ…まあ、それなら客人の件は特に何も対策する必要はないんですね?」

「うむ」

「では、失礼しますね」

 ニッコリ微笑んでギルバートは部屋を後にした。夕食の準備に向かう廊下で主の能天気な笑顔を思い浮かべる。

「……本当、バカな人だな」




「え?アンリは夕食を食べていないのか?」

 廊下で偶然出会ったシェイラからの報告に、シリウスは驚いた。

「帰ってからベッドで横になっていたのですが、時間が経つにつれて気分が悪くなったようです。意識などはハッキリしているので、ただの二日酔いです」

「そうなのか…僕に出来ることはあるだろうか?」

 シリウスの言葉にシェイラは驚いていた。

「今は眠られているので、そっとしておくのが1番でしょう。シリウス様のお気遣いはアンリ様に伝えておきます」

「そうか…何かあったら何時でも構わないから知らせてくれ」

「かしこまりました」

 シリウスは肩を落として自室に戻った。

(アンリ…今日はお預けか……はっ!僕は何を考えている!彼女が苦しんでいると言うのに!やっぱり僕はギルバートが言うようにバカだ!うぉぉぉぉっ!鎮まれぇぇぇ!下衆な欲望ぉぉぉぉぉ!!)




 翌朝、シリウスが仕事に向かう準備の最中にふと窓の外に目をやると庭にアンリの姿を見つけた。急いで庭に出てシリウスはアンリを呼び止めた。

「おはよう!アンリ!気分はどうだ?」

「おはようございます。昨日ゆっくりさせて頂きましたので大丈夫です」

 いつもの優しい微笑みでアンリはシリウスを迎えてくれた。

「昨日は、本当に申し訳ありませんでした。とんだ失態をお見せしてお恥ずかしい限りです」

「恥ずかしがる事など何も無い。君の気持ちを聞けて良かったぐらいだ」

「……気持ち」

 モジモジと話すシリウスの言葉にアンリは戸惑いの表情を浮かべた。

「あの…私、シリウス様に何かお話したのでしょうか。実を申しますと…」

「うん」

「ワインを頂いてしばらくしてからの記憶が無くてですね」

「うん?」

「気づいたら部屋のベッドで眠っておりまして…」

「………」

 シリウスは表情を見られまいと眉間を押さえてうつむいて、そのポーズのままアンリに話しかけた。

「つまり、帰りの馬車での記憶が無い…と?」

「はい」

「一欠片も?」

「……うーん、シリウス様に運んで頂いたような記憶はあります。それ以外が……あやふやでして」

 アンリは心底申し訳なさそうにしている。昨日の馬車での出来事で彼女との距離が縮みまくったと感じていたのに、今日の彼女の態度からして元の距離に戻ってしまっている。

「大丈夫だ。何も粗相は無かったよ。元気になったのなら良いんだ。では、そろそろ仕事に行くよ」

「あ、心配頂いていたとシェイラから聞きました。お心遣いありがとうございました。行ってらっしゃいませ」

 アンリのお見送りにシリウスはクールな笑みで応えると踵をかえした。足早に屋敷の入口に戻るとギルバートが控えているのが見えたので走り寄った。

「ギルバートぉぉぉぉ!」

「朝から何なんだ」

 うんざりした顔でギルバートはシリウスを迎えた。

「別棟の来客の件だがな!」

「……」

「デウスに連絡をとって別棟にしばらく滞在出来るよう手配してくれないかっ」

 息を切らして話す主を冷めた目で眺めていたギルバートは、突然わざとらしく目を見開いて口元を手で覆いながら驚いた仕草で応戦した。

「はっ!もしや昨日おっしゃっていた異性うんぬんの話は……シリウス様の勘違いでらしたんですね?!」

「ち、違っ……!いや、ん゙ん゙っっ!何の話をしているのか分からんが、とにかく手配してくれ」

 シリウスは吐き捨てるように言うと逃げるように出勤用の馬車の方にそそくさと歩いて行ってしまった。そんな主人の後ろ姿をギルバートはいつもの呆れ顔で見送った。



「あら、ギルバート。それは?」

「別棟に滞在されるお客様のお荷物です。定期的に滞在される方なので必要な道具を屋敷で預かってるんです」

「その方は画家なの?」

 アンリは、ギルバートが肩に担いでいるイーゼルに視線を送った。

「ええ、普段は城下町のアトリエにいるのですが、時々、ここに来てシリウス様が依頼する絵を描いてもらっています」

「まあ、どんな作品が出来上がるのか楽しみだわ」

 アクセサリーのデザインを手掛けるアンリにとって、ジャンルは違えど同じアーティストと言う共通点から心から関心を示している様子だ。

「名前はデウス様です。お優しい方ですが…人によって好き嫌いが分かれますね」

「なぜ?」

「会えば分かります。今夜、到着予定ですので会ってからのお楽しみにしてください」

 意味ありげな笑みを浮かべてギルバートは運搬作業に戻って行った。




 夕刻。シリウスが帰って来ると、ギルバートは彼に耳打ちをした。

「もう来るのか?!早くないか?!」

「今朝、遣いの者を送ったところ、すぐに来たいと返事がありまして」

「そうか、まあ、良かった」

 ホッとした様子でシリウスは外出着からラフな普段着に着替えるために部屋に向かった。

「おかえりなさいませ」

「た、ただいま」

 心の準備のないままに廊下でアンリに出くわしてしまいシリウスはどもってしまった。そんな自分の気持ちを隠すように咳払いをして一旦落ち着く。

「もうすぐ、客人が到着するのだが…君に紹介しても良いだろうか」

 お互いに干渉し合わないと提案した身としては非常に言いづらかったが、シリウスは思い切って聞いてみた。

「よろしいのですか?是非!ご紹介頂きたいです」

 シリウスの心配をよそにアンリはとびきりの笑顔で応えてくれた。

 その時、屋敷の入口方向から何やら騒がしい声が聞こえだした。

「……どうやら着いたようだな。アンリ、1度部屋に戻るかい?」

「いえ、私も一緒にお迎えさせて頂きます」

 そうして2人は肩を並べて歩き出しエントランスへと繋がる階段を降りようとした。

「シリウス!久しぶりだな!」

 下から大声で彼の名を呼んだ男、デウスはギルバートに上着を預けているところだった。

「ああ、そうだな。それにしてもヒゲぐらい剃ってきたらどうだ」

「ここに来れば王室御用達の高級カミソリを使えるのに、家にある切れ味の悪い物でわざわざ剃るなんて馬鹿げてるだろう?」

 呆れながらも親しげにデウスに声を掛けるシリウスの後ろでアンリは戸惑いを隠しきれないでいた。

 デウスと言う男は、無精ヒゲを生やし髪も艶が無く伸び放題だったが、その瞳の色はシリウスと同じ吸い込まれそうな深い黒紫。髪も彼と同じ銀髪だった。そして何よりアンリを戸惑わせたのは、デウスの顔が夫のシリウスと瓜二つだと言う事だった。





 





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