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僕と妻との初夜



震える手で寝室の扉を開くとアンリは既にベッドに入っていた。上半身を起こしてシリウスの立つ方に体を向けている。デュベを胸元までたくし上げて体をかくしているが、華奢な白い肩が露わになっている。

アンリはシリウスと目が合うと瞳を潤ませて頬をほんのり紅く染めてニッコリ微笑みかけてきた。

「シリウス様…優しく…お願いします」



「……シリウス様?」

アンリの怪訝な声でシリウスは現実に引き戻された。実際の彼女はソファに腰掛けてシリウスと同じガウンに身を包み、更にはその下にズボンタイプの寝着を着込んでいる。

「あ、あぁ……失礼」

シリウスはわざとらしい咳払いをして、とりあえずアンリの正面にテーブルを挟んだ形で座った。

「急な予定変更で済まない」

「そうですね」

「え…」

アンリの答えが想定していた反応と違ったので、シリウスは間の抜けた声を出してしまった。彼女ならニッコリ微笑んで「構いません」と言ってくれると思いこんでいた。

「その…せっかく夫婦になったのだから、ゆっくり話をしたくて」

しどろもどろにシリウスが話し出すと、アンリはやっと微笑みを浮かべた。

「そうですね!私もそのように思いました。それでですね…」

アンリはテーブルに数枚の書類らしき紙を置いてシリウスの方へすっと差し出した。

「夫婦生活を送るにあたっての決まり事を考えましょう。お互い胸の内を探り合いをしていては疲れるだけです。とりあえず私からの提案を書き出してみました」

アンリの言葉で、妻との甘い初めての夜を過ごす気持ちでいたシリウスは一気に夢から覚めてしまった。

(何が書いてあるんだ?)

先程までとは違った緊張感で恐る恐るシリウスは提案書を手に取った。

「…王家のイベント事には参加する。食事以外の日常生活は基本的にお互い干渉しない。跡継ぎは……養子を迎える…」

「現状の私からの要望は、それだけです。昨日シリウス様が私に要望した内容が反映されていると思うのですが……いかがでしょう?追加事項がありましたら遠慮なくおっしゃってください」

確かに自分がアンリに伝えた事が書かれている。シンプルでシリウスが最初に望んだ通りの内容だ。しかし、彼女に心を開こうとしていたシリウスは、自分がアンリに拒絶されたのだと心が痛んだ。

「1つ…質問がある」

「はい」

「君が僕との子供を望まないのは分かった。でも、自分の子供が欲しいとは思わないのか?」

「……もともと結婚にも興味がなかったので欲しいとも欲しくないとも考えた事がありません。もし、私が子供を絶対に産みたい考えの持ち主でしたら、あなたに昨日言われた言葉に絶望していたでしょう」

アンリの言葉がシリウスに突き刺さる。自分の事だけ優先して相手の気持ちを考えず酷い言葉を発してしまった自分を恥じた。たまたまアンリも同じ考えだったから良かったものの、シリウスと普通の夫婦生活を送りたいと考える女性だったら、彼女の言った通り絶望して自分の境遇を嘆いていた事だろう。

「僕は……馬鹿だな。馬鹿王子だ」

「シリウス様?」

「この内容に意義はないけど、1つだけお願いがある」

「はい」

「君の日常生活に入り込む事はしないから、時々、一緒に出かけたり、話をしたりする事は出来ないだろうか」

アンリは拍子抜けしてしまった。この提案をしても、きっとシリウスは性欲に任せて自分を抱いてしまおうとすると思っていたからだ。実は幼い頃から剣術と体術を習得していたので華奢なシリウスぐらいなら組み敷ける自信があった。なので、強引に迫ってきたら撃退して彼を呆れさせて自分から興味を失わさせる作戦だった。

「もちろん!是非、お出かけもしますし、お話もします」

すっかりしょげてしまったシリウスに心を痛めてしまったアンリは励ますように答えた。彼女の言葉を聞いてシリウスの表情がぱあぁっと明るくなる。

「そ、そうか!ありがとう!」

「……あの、この際言わせてもらいますが」

「え!なに?!」

「シリウス様は、お礼と謝罪を当たり前のようにおっしゃいますよね」

「う……そうかな?」

それが何なのか不安そうにシリウスはアンリの言葉を待つ。

「とても素敵だと思います。申し訳ないのですが、シリウス様は私の中でワガママで傲慢なイメージだったので驚きました」

「……実は、それに関しては幼い頃にギルバートと大喧嘩をしてね。その時に、お礼と謝罪はキチンと言えと彼にこっぴどく叱られたんだ」

バツが悪そうに頭をグシャグシャかきながら告白するシリウスにアンリは吹き出してしまった。

「ここに来たときから感じていましたけど、2人は仲良しですね。私もシェイラとは幼馴染なんです。2人きりだと良く叱られてます」

「ギルバートからは最近、悪意しか感じないがな」

2人の緊迫した空気はスッカリ無くなって会話が弾んだ。しばらくお互いの事を話していたが、ずいぶんと時間が経っていることにシリウスは気付いた。

「ギルバート以外の人と楽しく話せたのが久しぶりで長居してしまった。もう眠いだろ。今日は、このままココで眠ると良い。僕は自分の寝室に戻るから安心して」

「はい。お優しいのですね」

「はは、恥ずかしいからやめてくれ。では、おやすみ」

「おやすみなさい」

シリウスは、心地よい一時を過ごした部屋を後にした。部屋を出て薄暗い廊下を数歩歩いたところで立ち止まって天を仰いで両手で顔を覆う。

「………」



アンリ!た、楽しすぎた!!女性というものは本当は皆あんな感じなのか?今まで会った女性は何だったんだ?!はぁぁぁ、僕の妻は何て可愛いんだぁぁぁぁあ!!



「……話すぎて喉が乾いたな」

一通り心の中で叫ぶとシリウスは水を求めて調理場へ向かった。調理場からは明かりが漏れていた。まだ、誰かいるようだ。

「喉が乾いたので水をもらえないか」

声を掛けながら中に入ると、調理場にいたのはギルバートだった。テーブルで温かい紅茶を飲んでいる。彼は目を丸くしてシリウスの顔を見つめた。

「大人の世界にようこそ、シリウス様」

「何だ、それ?」

「上手にできましたか?」

「…………!」

ギルバートが初夜の事を言っているのだと気づいてシリウスは慌てる。

「ち、ちがっ!今日は、ゆっくり話がしたかっただけで…勘違いするな!」

「?!……左様でございますか」

「お前、勘違いしてるだろう。その憐れんだ目は止めてくれ」

「いえいえ、シリウス様も温かい紅茶を淹れましょうか?お話聞きますよ?」

「……じゃあ、淹れてくれ」

シリウスは椅子に座ると、紅茶を淹れるギルバートの背中に向かって直に寝室での出来事を話し始めた。

「女性とは、皆、あんなに可愛らしいものなのか?」

「……そうですね。ですが、アンリ様は格別ですよ。社交界でも人気者で貴方との結婚は大勢の男達が泣かされてるんですよ」

「そう!アンリは可愛すぎるんだ。まだまだ話し足りなかった。明日、街にでも一緒にでかけようかな」

「………」

ハイテンションのシリウスとは正反対にギルバートは無表情でティーカップを口に運ぶ。

「何だ?何か言いたそうだな」

「基本的には日常生活に干渉しないのでしょう?」

「う……うむ」

「今日は早速アンリ様の1日のスケジュールを変更させてしまったのに、明日も?」

「う……」

「1日ぐらい自由にさせてあげては?」

「確かに……でも」

「食事は一緒に出来るんでしょう?押してばかりでは女性の方は引いてしまいます。しつこい男は嫌われちゃいますよ?」

「そうなのか?!」

「押した後はいったん引いてください。駆け引きというものです。それに、アンリ様は妻なのですから、どこにも逃げませんよ」

「そ、そうだな…うん、お前の言う通りだ。すこし浮かれてしまった」

「分かればよろしい」

ギルバートはふんぞり返って紅茶を一気に飲み干した。



アンリはシリウスが出ていくと直にベッドに横になった。彼のどこか自信なさ気に話す顔が頭から離れない。

「あの、生意気で傲慢なおチビちゃんがね……」

アンリは過去に見たシリウスの姿を思い浮かべて、直に深い眠りについた。

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