言霊燃やし
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
こー坊は「言霊」を知っておるか?
言葉そのものが持っている、神秘的な力とでも言おうかの。よい言葉を口にするなら幸せを呼び、悪い言葉を話せば不幸を招くとされておる。
時や場所や場合によって、口にしてはならない言葉があるのは、こー坊も知っていよう。それが祝いの席であったなら、不幸せを招く門になってしまうかもしれんからな。
他にも、慢心から生意気なことを口走ったがために、てきめんに天罰が下ってしまうという事例もなくはない。かのヤマトタケルノミコトなども、そうじゃな。
口にすることは、なんとも危うさの伴うこと。
そこに真意があろうとなかろうと、確かに空気の震えはおこり、鼓膜がとらえて、脳へと届く。
どれほど心が図太く、流すことができようとも、受信してしまった身体が割いた労力は知らぬ間の疲れとなり、将来の不幸の一因となるやもしれん。
しかし、いくら注意しようとも災いのもととさえ呼ばれる、口をふさぎ続けるのは容易ならざること。ときには放ってやらないと、良からぬことが溜まりすぎるという考え方から、発散の仕方は古くより考えられていたようでの。
じいちゃんの地元にも、ちと変わったものが言い伝えられておる。聞いてみないかの?
言葉は空気の震えによって起こり、脳へ届くと話したな?
じいちゃんたちのご先祖様も、言葉というのが空気中を伝うものであると、薄々感じておったそうなんじゃ。
水の中などで同じようにしゃべろうとしても、がぼがぼ泡が出るばかりで、満足に伝えることはできんしのう。どうやら地上には声を伝えやすくする何かがあると、悟った。
くわえて密閉空間で火を焚く危険性も、ご先祖様は経験済みだったという。
火は空気中にある何かを糧としており、それはまた人の声を伝えたり、意識を保ったりするのに必要なもの。それは外気より取り入れられるものだとな。
それを知った、かんなぎの者がこう伝えたらしい。「火は声をさえぎる。すなわち言霊を燃やすに足る力を帯びている。悪しきものを抱えたならば、これをもって焼き払おう」とな。
地元に伝わる「言霊燃やし」の祭りの、幕開けじゃった。
言霊燃やしは占いによって出た、吉日を選んで行われる。
その日は指定された箇所へ、盛大なかがり火がいくつも用意される。それこそ火の音が、人々のざわめきをかき消してしまうほどにな。
そこに村民たちが集められる。先に話したように、心のうちへ溜め込む「悪しき言霊」を吐き出してもらうために。
指示のもとに催されるこの場においては、いかなる言葉も罪とはならぬ。
愚痴、侮辱、暴言、殺意……それらがどこのだれへの、いつのものであろうとも構わない。
それらを一斉に、炎へ向かって皆が叫ぶのだ。それらを打ち消すための、意味ない言葉を叫ぶ者も、中へ交えたうえでな。
日常にて忌まれるべき言葉たちは、そのことごとくが火中へ放り込まれていく。
声とともに、そこに乗る呪いの気、悪しき霊たちは清浄なる火の中で焦げつくされて消えていくんじゃな。
水に流すが過去ならば、炎に消すのが未来の不幸。
これがどれほどの発散になったかは、はかるのが難しいが、確実に大勢の心を軽くした。
今どきでいう、インターネットの掲示板のように後々まで残る記録ではなく、このとき限りの叫びに過ぎない。
溜まったままなら、どの拍子で漏れていたか分からないそれを吐き出す場として、この言霊燃やしは機能していたのじゃ。
じいちゃんの地元では、はるか昔より数百年前まで行われていたと聞く。
が、ある年になって、この言霊燃やしでアクシデントが起きてしまったんじゃ。
そのときもまた、盛大なかがり火のもとで、人々は罵詈雑言を浴びせていたという。
長い年月は、ここに住まう人々の数をおおいに増やした。火もそれに合わせて、相応の数が用意された。
四方八方を囲う炎の熱は、立つ者の顔さえ火照らせ、うぶ毛さえ焦がす勢いを見せる。
それだけでも、見慣れていない者には十分異様な光景だったろうに、その日の叫びがいよいよ佳境に入ろうといったところで。
高々と吐き出された火のてっぺんのひとつに、ひらりと飛び込む物体があった。
木の葉にも見えた、札にも見えた。あるいはふんどしか、いったんもめんか。
正体をはっきりとらえられたものはいない。じゃが、そいつが飛び込んだ火がにわかに高さを増し、周囲へわんさか火の粉を散らし始めたのは、その直後のことじゃった。
火と火の間隔はかなり狭い。隣の火へと火の粉が入るのは難しくなく、粉を呑み込んだ火もまた同じように勢いづいて、山を思わすそそり立ちを始めてしまう。
こうなれば、人にできるのは逃げることだけ。
動き出しの早さが幸いして、背を伸ばす火へ完全に囲まれる前に、皆はその場から避難することができた。
火に火を重ねて炎となる。
それの何倍もを重ねたならば、火はそれぞれに手を組み、肩を組み、壁となって山となって、天へも届かんばかりの光の柱と相成った。
いまの時間は日暮れを迎えたあたり。
暗くも、雲がない空がにわかに光り輝くや、皆の耳をつんざくような大音声が耳を打つ。
雷のとどろきのたぐいではなかった。
なにせ、これを耳にしたものは他の音をまともに聞き取ることができなくなってしまうほどじゃった、というからのう。それも月をまたぐほどの長い間じゃ。
溜まりに溜まった、皆の呪詛。その焼かれた煙を受けいれ続けた天もまた、その仕事に対し呪いの言葉を吐きたくなり、こうして叫んだのかもしれんと、噂されたそうじゃな。




