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卒業写真の真実は

 風が吹いた。

 同時に桜の花びらが舞っている。

 いい景色だと思った。


 俺はその風景をカメラで撮った。


 昔は、カメラはファインダーを覗き込みながら、フォーカスを自分で合わせて撮ったと言う。

 更に時代が進むとデジタルカメラが出来上がったが、付いているモニターを用いて撮ったというのだ。

 スマートフォンという機種が出来上がると、今度はそれを使って手軽に撮ることがブームになったらしい。


 しかし、今の時代はそうではない。

 デバイスは色々と進化した。


 自分の使っているカメラだってそうだ。

 カメラは、目に内蔵されている。

 記憶媒体は何処にあるかといえば、クラウドサーバーに保管される。もっとも、クラウドと言われてもそれがある場所はサーバー用のスペースコロニーだ。


 人類が生身の体を捨て機械の体になることが当たり前になって千年以上。俺の身体も個体識別のための脳細胞の一部を除いて全身機械だ。

 特に俺の場合は通っていたゼミが機械工学とサイボーグの推進に関して徹底していたこともあり、膝は跳躍に適した逆関節、腕は二本だが背部に展開可能のサブアームを四本持って、更には頭も巨大な一個のモノアイで構成された形だ。


 自分は結構改造した方だからだいぶ街中で目立つが、中には人間の姿を保ちつつ中身を尋常でないほどカスタマイズした者もいる。

 まったく世の中の見た目も多用だと俺は言いたい。


 そんな多様性が当たり前になった中でも、相変わらず人類はイベントを開き、そのイベントに俺は参加している。

 卒業式、というやつだ。


 桜を見終わってから一時間が経過し、俺は周囲の連中と一緒に、卒業式の席に座っている。

 なんでこのクラウド化が当たり前になった世の中で、一様にリアルに顔を合わせる必要があるのか、まるでわからない。


 他の学校ではクラウドで卒業式を行うのが当たり前なのに、うちの学校はイベントごとは全部リアルで行っていたから不思議でしょうがない。

 そういう妙なことをやるからと興味を持って受験したら受かったから通ったが、この大学四年間で分かったことはまったくなかった。

 そして何の成果もないまま学生の終わり、社会の歯車になることの始まりという大学の卒業式を迎えてしまった。


 卒業式では、入学式と似た校長からの訓示が長々と述べられている。

 右から左へと、校長の話が飛んでいく。校長というものの話はだいたいが同じでしかも長い。もう少し退屈でない話はないものなのかと、子供の時から俺は思っていた。


 既に校長の話が始まって三〇分は経過した。よくそんなに話す話題があるなと感心してしまう。

 周囲はあくびをしているのを隠そうともしない奴や寝ている奴のオンパレードだ。


 校長は古めかしいアルミのような肌に、年齢は爺さんの域に達しているにも関わらずムダに長いヒートパイプがロン毛のようになっている似つかわしくない身体をしている。その不揃いぶりが悪目立ちしているから、個人的には余計に好きになれない。


 もっとも、これを最後に校長の話をきかなくて済むのかと思うと、少し寂しいようなそんな気もするから不思議である。


 だが、もう退屈になってきた。

 だから俺もネットワークにダイブした。


 ネットにダイブすると、俺の姿はアバターと取って代わる。

 俺の場合だと身体こそ変わらないが、顔つきは普通の人間のそれと同じにしてある。

 髪の毛は青、目は緑にして黄色系の肌。色合いに関してはほぼ趣味で決めた。


 ネットワークの中は人で溢れかえっていた。ネットで知り合った奴もいれば、ゼミ仲間もいる。

 これも昔と違って、身一つあればネットワークにアクセスできる。脳の電気信号と機械が直結されているためだ。


「よっす、お前もいたのか、アキラ」


 近くにいたゼミ仲間であるアキラに挨拶した。

 こいつのリアルを見た時は驚いたものだった。見た目こそ人間とほぼ一緒だが、走り幅跳びで助走なしに五十mは飛ぶし、ベンチプレスを片手で持って二百kgを超えるものを持てる程だ。

 つまり中身がえげつないまでに改造された個体、ということになる。


 アキラは徹底してSFアニメが大好きで、大昔にヒットしたこういうサイボーグが活躍する漫画とかアニメに影響を受けてこんな身体にしたそうだ。そしてその影響がネット上のアバターの見た目にも受け継がれ、昔のロボットアニメに出てきそうな巨大ロボットを等身大にしたような姿をしている。


「おーす。で、何? 校長の話が退屈だから来たってわけか」

「まーな。かくいうお前もそうなんだろ?」

「ったりめぇだろ、と言いてぇんだけどさ、妙なもん見つけたぜ」

「あぁ?」


 アキラは一つのファイルを俺に渡した。


「これうちの校長のデータじゃねぇか。お前こんなもんどうすんだよ」

「まぁまぁそう言うな。これ結構面白ぇファイルだぜ」


 アキラは妙にせかしている。

 気になるから、ファイルを開けた。


「マジかよ。っかしいな……?」


 俺はいつの間にか言葉に出ていた。

 ネットの海の中にある校長の姿と、今目の前で喋っている校長の姿が一致していない。


 念のため今リアルで行われている校長の姿を一度海の一角に映す。

 相変わらずバランスが悪いと心底思えるあのアルミ肌だ。


 一方のネットの海の中にあった校長の顔を見る。

 人間のそれだ。しかも若い。

 身体の見た目は特にチューニングされている様子もない。


「アバターか、これ?」

「いや、それがな……」

「ほぅ、私の秘密に気付きましたか」


 ハッとして、後ろを見た。

 バカなと思った。

 今訓示を述べているはずの校長が、自分たちの真後ろにいた。

 それも、今リアルで喋っているはずの姿で。


「アバターじゃない方で来た……!?」

「あえてこの姿で来ました。卒業式をサボるのは感心しませんよ。一度ネットを切ってください。リアルで、見せますよ。ちょっとおもしろいことをね」


 そう言われたら、気になって仕方がなかった。

 ネットワークを切って、卒業式に戻る。


 卒業式では先程までネット上にいた校長が喋っている。


 夢でも見たのか? そう思ってログを検索したが、確かに俺はネットワークにダイブしたことが記録されている。

 だが、会った人物はアキラただ一人しかいない。


 どういうことだ。

 夢、だったのか。


 そう思ったときだった。


「えー、皆さん。この学校、不思議に思ったことがあったでしょう。何故イベントごとが全部クラウドじゃないのか、ということです。これはですね、意外に皆さん思われるかもしれませんが、クラウドっていうのはね、絶対のものじゃないんですよ」


 校長が、淡々と語っている。

 だが、俺は背筋に悪寒が走った気がした。

 まるで、何もかも見透かしている。そんな気配が漂ったからだ。


「先ほどね、私の過去を見ようとこの卒業式の最中にネットにダイブしていた方がいらっしゃいました。でもね、その履歴は私の手で消去させていただきました」


 唖然とした。

 たかが校長に何故そんなことが出来る。


「私はこの学校の校長です。この学校のネットワークに入った者がいればいくらでも探知できます。それがどんな行動を取ったのか、もね。故に履歴から消すことも可能なわけです」


 卒業式がにわかにざわめき始めた。

 この校長は自分たちより遥かに上位のハッカーだ。

 四年間全く分からなかった。

 そんな化け物の中にいたのかと、そう思うとゾっとする。


「でもね、ネットにもぐっていた生徒、いや、ここでは誰とは言いますまいが、あなたの思い出にはどうです? 残っているでしょう?」

「え?」

「ネットやコンピューター管理は絶対ではありません。結局のところ人間の感じたものこそが絶対であり、最終的に残るものです。私もね、本当の姿は」


 そう言うと、校長はパチンと、指を鳴らした。

 校長の姿が、一瞬で変わった。

 あの、ネットの海で見た若々しい姿に。


「これが、私の本当の姿です。そう言われても皆さん信じられないでしょう。しかし、それでいいのです。その驚きだけ持っていればいい。イベントがすべてリアルで行われれば、それぞれに思い出が生まれます。それは共有できる。ネット上だけでは改ざんされてしまえばそれまでですが、リアルでやれば心には残ります。あなたはどのイベントが心に残りましたか? 誰にでも何かあるでしょう。その感情だけは忘れないでください。私が言いたいのは以上です。では、これをもって、校長の話を締めたいと思います。皆さん、ご卒業おめでとうございます」


 そう言うと、校長が一礼して下がった。

 全員が唖然としていた。

 拍手は起こらず、皆呆然としたままだった。


 その後、記念撮影を行うと言われ、他の教師と一緒に、桜の木の下で記念撮影をした。

 その写真には、若々しい姿の校長が中心にいた。

 それだけは覚えている。


 それから数年後、暇つぶしにと、俺はあの時の卒業式の写真を見た。

 校長の姿は、アルミのような肌をした、あの姿だった。


 一方のアキラの写真の校長は、若々しい姿だった。

 またある奴の写真には、校長はまったく写っていなかった。


 どれが、正しい校長なのだろう。

 俺は、社会人になった後、その謎を追いかけるために働いている会社をやめて、フリーのジャーナリストになっていた。


 自分の目になっているレンズを磨く。

 遠くまで、よく見える。


 さて、卒業写真はどれが本物なのだろう。

 それを追いかけようと思った。

 相変わらず、あの日と同じ、桜の花びらが街路を舞っていた。


(了)

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