20.強化合宿 2日目 休憩そして練習
朝食が終わると練習時間まで休憩がある。朝食に1時間も使わないので休憩時間が長くなった。俺たちは部屋に戻ると、それぞれやりたいことを始めた。颯はいつもの様にスマホでゲームを始める。その横で瞬もスマホを弄っていた。どうやら彼もスマホのゲームを始めたらしい。瞬は何かと颯と張り合おうとするが、得意分野が違うのか颯が提示した勝負では悉く負けていた。それでも懲りずにまた勝負を挑むので、同じことを何度も何度も繰り返している。俺はまたやってるなと思いながら、そちらはそっとしておくことにする。部長はどうしているかと見ていれば、のんびりと本を読んでいた。
「部長、何を読んでいるんだ?」
俺が部長に声をかけると、部長は本から視線をはずしてこちらを見た。
「ん? ああ、これね。スポーツ科学の本だよ」
「うわぁ。何かめっちゃ難しそうな本読んでんな。俺には無理だわ」
「結構面白いよ。体の動かし方や筋肉の鍛え方、効率的な練習方法とか色々載ってるから参考になるんだ。あと、効果的なサプリメントとか」
「俺たちは今成長途中だろ? サプリメントとか取って大丈夫なのか?」
「んー。どうだろうね。ちょっと心配だから今はまだ手を出していないんだよ」
「そうか。良かったぜ。邪魔して悪かったな」
「いいよ別に」
部長はそう言うと本に視線を戻し、続きを読み始めた。部長と話し終わるとすることが無くなった。暫く瞬たちのゲームを見ていたが飽きてきた。段々と退屈になってきたので、部屋を出ることにする。部長にちょっと散歩に行く旨を伝えて部屋を出た。
特に行く当てなどなくその辺をぶらぶらしていた俺だが、談話室に行くことにする。談話室には座り心地の良い椅子が置いてあり、そこで景色を見ながら過ごすのも悪くない。談話室の窓からは施設の花壇が見えて景色が綺麗だった。去年も一昨年も暇になると談話室に来てのんびり寛いでいたので、よく覚えている。バラや鈴蘭、ツツジなどが綺麗に咲き誇っていた。俺はお気に入りの特等席を目指してのんびりと足を運んだ。
談話室に来ると既に先客がいた。誰だろうと思いつつ様子を窺うと、千夏だった。またもや一人である。珍しいことが重なるものだ。俺は昨日のことを思い出し少し焦った。また、千夏を見て動悸が早くなるかと思ったが、俺の心臓は千夏を見ても変化はなかった。俺はホッとして息を吐く。思いの外緊張していたようだ。昨日のことは何だったんだと訝しく思うが、考えてもよく分からない。仕方がないので気にしないことにして、千夏に話しかけることにする。
「よう、ちぃ。珍しく一人だな」
と千夏に声をかけて何事もないかのように隣の椅子に座る。
「ん? ああ、アッツーか。ちょっと一人で考えたくてね」
と千夏がちらりとこちらを確認しつつ答えた。
「へぇー、そうか。此処は花壇の花が綺麗だからな」
俺は視線を花壇の方に向けつつ返した。
「そうね……」
ぼんやりと千夏が相槌を打つ。俺は千夏が『花は関係ないでしょ。まったく、アッツーは適当なんだから』とか言ってくるものと思ったが、別の答えだったので意外に思った。花壇から視線を戻して千夏の方を見遣る。視線は花壇の方にあったが、花を見つめているというよりは、どこも見ていないような感じだった。今日の千夏はらしくない。いつもの元気がないし、ぼんやりしている。よっぽど深刻な考え事なのだろうかと俺は疑問に思ったので、聞いてみることにした。
「なあ、ちぃ。その、大丈夫か?」
「ん? 何が?」
「嫌、何か悩んでて上の空っぽいし……」
「……」
俺がそんな風に千夏に声をかけると、千夏は黙ってしまった。暫くするとはぁっとため息をついて呟いた。
「ほんと、どうしようもないわね……」
「ん? 何のことだ?」
千夏の小さなつぶやきを辛うじて聞き取り聞き返す。
「何でもないわよ。こっちの話」
千夏はそれだけ言うとプイっとあっちの方を向いてしまった。こうなった千夏は梃子でも話さない。仕方がないので別の話題を振る事にした。
「今日のオリエンテーリング楽しみだな」
「練習の後だからちょっときついわね」
「そうだな。まあでも、お昼ご飯のあとちょっと休めば大丈夫だろ」
「皆がみんな、アッツーみたいに直ぐに元気になるとは思わないでよね」
「なにをー。俺は体力バカではないぞ」
とちょっとふざけて言ってみると、千夏が可笑しそうに笑った。少しホッとしたので、つい思ったことが口に出た。
「良かった。ちぃ、少し元気になったみたいだな」
「え?」
千夏が驚いた顔をしてこちらを見た。
「嫌、何か悩んでて元気なさげだったからさ。ちょっと心配になったんだけど、もう大丈夫そうだな」
そう言って俺がニカッと笑うと、千夏は無言になりそっぽを向いた。心なしか耳が赤い気がしたが、きっと気のせいだろう。
「これで思いっきり練習できるな! ちぃ、今日も頑張ろうぜ」
俺が元気よく言うと、千夏はそっぽを向いたまま頷いた。少し待っていると、千夏が咳払いをしてからこちらに向き直った。
「アッツー、オリエンテーリング、気をつけなさいよ。はしゃぎすぎて怪我しないようにね!」
いつもの調子を取り戻して千夏が言ってきた。俺はニヤリと笑いながら答えた。
「おう! もちろん気を付けるぜ。大会まであと少しだからな」
お互いに顔を見合わせて笑う。一頻笑った後、そろそろ部屋に戻ることにして席を立つ。暫く一緒に歩いてそれぞれの部屋に向かった。
「ただいま」
俺が部屋に戻ると、颯たちはまだゲームをしていた。時計を見やると、そろそろ練習の時間が始まる。部長は本を片付けて練習の準備に取り掛かっていた。俺も準備に移り、帽子と水筒を用意する。
「おーい、そろそろ時間だぞ。練習行くぞ」
俺が瞬たちに声をかけると、
「はーい。もうすぐ終わるから先に行ってて」
と颯が返事をした。
「あ、くそ。それずりぃぞ!」
と瞬が悪態をついている。この様子だと直ぐに終わるだろう。俺は颯に言われた通り、先に行くことにした。
「僕も一緒に行くよ。二人ともできるだけ早く来てね。遅刻はしないように」
と俺と瞬たちに向けて部長が言うと、 荷物を持って部屋を出る。俺もそれに続いた。
練習場所に着くと、殆どの部員は既に集まっていた。5分前行動ができていて素晴らしい。特に今年の1年は優秀だと思った。小学校から上がったばかりなのに、既に団体行動におけるルールを身に付けている。俺が1年の時はまだできていなかった気がする。そんなことを考えていると、やっと瞬たちがやって来た。ちょっと時間にギリギリだ。
「おい、5分前行動しろよ。後輩に示しがつかないだろ」
と俺が注意すると
「わりぃわりー」
と大して悪いと思っていない返事を瞬が返してきた。
「大物は遅れて登場するってね」
と颯が茶化して言ってきた。
「まったく、君たちは。ほらもうすぐ始まるから並んで」
とあきれた様に部長が言った。
顧問がやってきて練習が始まる。昨日の練習メニューと殆ど同じだが、少し改善されていた。午後からの練習はないので、それを考慮したメニューになっている。また、オリエンテーリングのことも考慮されているようだった。昨日は午後からの練習で温かかったため、殆どの部員は半袖の体操服に短パン姿だったが、今日は朝の冷え込みもあり、長袖長ズボンのジャージ姿の部員が多い。日が昇り段々と温かくなってきたとはいえ、9時だとまだ空気が冷えていた。俺たちは昨日と同じように全体でストレッチとアップを済ませる。
それから本格的な練習へと移った。昨日の様に颯にペースを乱されないように気を付けながら走る。1年の後輩たちも昨日の教訓を生かいしてペースを考えて走っているようだった。同じコースなので少し体が軽い。ゴールが分かっていると自分のペースも攫み易い。俺は自分が走りたいように走った。今日は颯にペースを乱されずに走れていて、自分が集中できていること自覚する。幸先の良い滑り出しだ。今日の練習は期待できそうだと思いながら練習に打ち込んだ。
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