18.その頃、母親たちは女子会中
篤志と千夏が強化合宿で家を留守にしている間、篤志の母、猪野敦子と千夏の母、南佳子は猪野家のリビングに集まって、のんびりお茶会をしていた。
「久しぶりにゆっくりできますね、佳子さん」
温かいハーブティーを啜りながら敦子がまったりと話しかけた。
「そうですね~、敦子さん」
微笑みながら佳子もハーブティーに口を付ける。レモンバームの香りが鼻孔を刺激し、爽やかな香りを楽しんでから一口啜る。口の中にも香りが広がって幸せな気持ちになった。
「今頃あの子たちは頑張っている頃かしら」
敦子がクッキーに手を伸ばしながら言うと
「きっと頑張っていますよ~」
と佳子はのんびりとした口調のまま返した。彼女もティーカップを置き、クッキーに手を伸ばした。チョコチップクッキーをサクサクと音をさせながら食べる。いい感じの柔らかさだ。
「篤志も大きくなったわね。もう受験生なんて……」
感慨深げに敦子がつぶやく。佳子も頷いている。
「あの子が行きたいと言っていた北半学園はスポーツで有名だそうだけど、あの子付いて行けるかしら」
敦子が心配そうに言うと
「うちの子は自由が丘学院に行きたいって言っているのよね~。あそこは学費が高いから困ったわ」
佳子も別の意味で心配そうにしている。敦子は篤志と学校が合うかどうかを心配し、佳子はお金の心配をしていた。
「でも佳子さん、旦那さんが社長だから学費は心配ないんじゃないかしら?」
敦子がチョコチップクッキーを食べながら言う。敦子は佳子から聞いた旦那さんとの馴れ初めを思い出していた。佳子は旦那さんの会社の受付嬢だったそうだ。受付嬢は会社の顔のようなものなので、見目麗しい女性が多い。そんな中でも割と普通な顔立ちだった佳子は、優しく温かい雰囲気とおっとりとした性格を持つおかげで男女を問わず人気者だったらしい。また、平凡な顔立ちのおかげで同僚からのやっかみがなくて良かったそうだ。女子の嫉妬は恐ろしいので本当に良かったと思う。背が小柄なのも幸いしたようだ。小動物のようだと可愛がられていたらしい。そんなある日、社長が自社に戻った時に受付にいた佳子を見て一目惚れしたそうだ。社長の猛アタックに押されて佳子は結婚し、会社を寿退社で辞めたそうだ。そんなことを思い返していると佳子が敦子に向かって心配そうな表情のまま言ってきた。
「それでもきちんと貯めておかないと困るじゃない~。3年間でどれくらいお金がかかるかは大体分かっているけれど……」
そう言うと佳子はハーブティーを口に含む。悩ましげな表情が少し和らいだ。いつの時代も子どもの心配は変わらないようだ。敦子と佳子が子ども達の高校への心配をひとしきり喋った後、ハーブティーで一息つく。その後、子ども達が小さかった頃の話で盛り上がり始めた。
「篤志と千夏ちゃんが幼稚園の頃、涼君も一緒に遊んでいたけど、二人はとっても仲が良かったわね」
「ええ、そうね~。千夏が篤志君と結婚すると言い出した時は驚いたわ~」
フフフと柔らかく微笑みながら佳子がハーブティーを一口飲む。
「あれは可愛かったわね。千夏ちゃんが『大きくなったらアッツーのお嫁さんになるの!』なんて言うんだもの。ほんと微笑ましかったわ」
敦子も優しい笑みを浮かべながら佳子に同意する。ハーブティーで喉を潤してから続けた。
「今でも千夏ちゃんは篤志のことを想ってくれているのかしら」
「そうね~。少なくとも嫌いではないと思うわよ~。中学生なんて思春期真っただ中なのに、男女での友情が続いているのだもの~」
「そうよね。中学に上がると男女の友情は壊れることもあるけど、あの子たちは続いているわよね」
「それと涼君も~」
佳子が付け加えた。敦子も頷く。
「幼馴染みって特別よね。良いわね。私が子供の頃は周りには居なかったわ」
「あら~、敦子さんもなのね~。私にも幼馴染みは居なかったわ~。だから自分の子どもには出来たらいいなと思っていたのよね~。そしたら、お隣の猪野さんのお宅と北原さんのお宅に千夏と同い年の子が居るじゃない~。引っ越しの挨拶に行ったときに、それはそれは嬉しかったのよ~」
「奇遇ね佳子さん。私もなのよ。北原さんのお宅がこっちに越して来た時も嬉しかったわ。同い年の男の子が居るのでよく子育て支援センターで会っていたの。それから少しずつ仲良くなってお家にお邪魔し合う中になったわ。鈴子さんは産休と育休が終わると仕事に復帰しちゃったから涼くんは保育園に預けられていたわね」
「そうだったわね~。懐かしいわね~。鈴子さん、今日も仕事なのよね~。残念だわ~。ほんとに忙しい人よね~」
「ええ、本当にね。仕事で帰るのが遅くなる時が多そうだったから涼君が心配だったのよ。だから、鈴子さんに相談して鈴子さんが遅くなる時は涼君は家で待ってもらうことになったのよ。篤志と遊んでもらえるし丁度いいからってことで」
敦子がいたずらっぽく微笑んでいると、佳子も微笑んで言った。
「鈴子さんはそれくらい言わないと遠慮するわよね~」
「ほんとよ。お互い様なんだから遠慮なんてしなくていいのに」
敦子がわざと怒った様に言うと、佳子が笑った。敦子もつられて笑い、話を続けた。
「それでね、篤志が幼稚園に上がるころになると涼君も同じ幼稚園に変えるって言いだしたのよね。フフフ、おかげで篤志は大喜びよ。一緒に幼稚園で遊べるってね」
「仲良く三人で手を繋いで歩いているのは可愛かったわね~。幼稚園の送り迎えはとても楽しかったわよ~」
「あれはほんとに可愛かったわ。でも、面白かったのは、篤志が真ん中で千夏ちゃんと涼君を両手に満足そうにしていたことよ」
敦子は思い出してクックっと喉を鳴らしながら笑った。佳子も思い出したのか声を出して笑っている。
「普通は千夏が真ん中で篤志君と涼君が取り合いをしたりしそうなのにね~。本当に面白かったわね~」
敦子と佳子はひとしきり笑った後、ハーブティーを飲もうとしてティーカップの中身が空なのに気づく。敦子が台所に行って、おかわりを持ってきてそれぞれのカップに注ぐ。ハーブティーで喉を潤して一息ついた。いつの間にか夕食の準備をする時間になっていた。
「佳子さん、今日のお夕食は旦那さん、帰りが遅いのかしら?」
「そうねぇ~。いつも通り遅いのかしら~」
「なら、うちで食べて行かない?」
「ん~。そうしようかしら~。いいの?」
「良いわよ。うちの旦那は残業がなければいつもの時間に帰って来るわ」
「私も主人のお夕食を作ってから、またお邪魔してもいいかしら?」
「ええ、良いわよ」
「それでは、ちょっと帰って来るわね~。何か一品持ってくるわ~」
「ありがとう。楽しみにしてるわ」
「大した物はできないけれど……」
「それじゃあ、また後でね」
敦子は佳子を見送った後、台所へと向かう。佳子も家に帰り、台所へと向かう。其々夕食の準備に取り掛かった。佳子のスマホがに通知が入った。夫からの連絡だった。どうやら今日は早く帰れるようだ。佳子は敦子に夫も一緒に夕食を食べてもいいか確認する。もちろん大丈夫だという返事をもらい、安心して料理に取り掛かった。今日は子どもたちが居ない大人だけの時間が流れる。猪野夫婦と南夫婦の二家族は、猪野家でまったりとした時間を過ごす。猪野家の食卓は穏やかな時間が流れていった。
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