16.強化合宿 1日目 ナイトハイク
「終わったー。飯だ飯ー。お腹減ったぜ。晩飯もバイキングだよな?」
瞬が食堂に向かって歩く俺たちに言ってきた。
「去年もそうだったから今年も同じだと思うよ」
そう答えたのは部長だ。
「やったー。今日の晩飯何かな?」
瞬は鼻歌でも歌いそうな勢いでご機嫌になった。足取りも軽い。
「メニューは知らないけど、バイキングなんだから選び放題でしょ。僕も楽しみだけどね」
そう言って笑うのは颯だ。俺のお腹が空腹を訴えて鳴る。早くお腹いっぱいにご飯を食べたい。今日は丼ものにしようかな、等と考えていたら食堂についた。
「お、牛丼がある!」
俺は嬉しくなって真っ先に丼ものコーナーに並んだ。部長たちはそれぞれ自分が食べたいものを取りに行っている。おかずを取ったら席につく。早く食べたくてうずうずしたが、部員全員が揃うまで待つ。やっと揃って部長が’いただきます’の号令をかけてから食べ始めた。皆空腹だったのだろう。最初は無言で食事をしていた。だいぶお腹にご飯が貯まってきた頃、俺がみんなに話題を振った。
「そういや、今日の夜はナイトハイクだったよな?」
「そうだよ。たぶん今年も交流が目的だから、女子と一緒の班じゃないかな?」
部長がそう答えると
「やったー。今年は誰と班が一緒かな?」
瞬が嬉しそうにしていると、颯が横から茶々を入れた。
「瞬は小さいから女子と並んでも分からなくなるんじゃないかな? 夜だし暗いから余計に」
瞬がムッとして嫌そうな顔をする。しかし、食べるスピードは落ちていなかった。口の中にある食べ
物を飲み込んでから、瞬が話し始める。
「颯はいいよな、平均身長より高いから。俺だって、高校に行ったら身長伸びるんだから。見てろよ、今に追い抜かしてやるからな。それに、暗くて危ないのは颯の方だぞ」
颯が訝しげにしていると瞬が続けた。
「だって、ナイトハイクの山道は灯りがないからな。頭上の木の枝に気をつけろよ」
瞬がやり返してやったぜっという顔をしていると、颯が可笑しそうに笑って言った。
「態々忠告ありがとう。気を付けるよ」
そんな瞬と颯のやり取りを余所に、俺はナイトハイクの班がどうなるのか考えていた。今日は全然話せなかったので、できれば千夏と一緒の班がいいなと思っていた。夕食をお腹一杯食べて宿泊部屋で少し休憩する。練習でヘロヘロになった体力が食事と休憩のおかげでだいぶ回復した。ナイトハイクの前に虫除けスプレーをかけてから懐中電灯を持って集合場所へ向かった。
「集合!」
部長の号令に全員が集まる。顧問からナイトハイクの説明と注意事項を聞き、班分けに移った。今日の班分けはくじ引きで決まる。女子部員と男子部員は其々別々にくじを引いた。全体で4班になり、3年と2年は男女4人づつなのでバラバラになる。1年だけは男女5人づつなので二班だけ一年が3人いる組ができる。1班7名、2班7名、3班6名、4班6名という感じだ。俺が引いたくじには''1''と書かれていた。
「全員引いたか? それでは、班ごとに集まってくれ。左から1班だ」
顧問の指示に従って動く。ラッキーなことに千夏と同じ班だった。
「ちぃ、同じ班だな。よろしくな」
俺が嬉しそうに言うと、
「また、アッツーのお守り? 仕方ないわね」
と千夏がいたずらっぽく言ってきた。
「おいおい。そりゃないぜ」
「冗談よ。冗談」
千夏が笑いながら言う。つられて俺も笑った。
1班から順番にナイトハイクに行くことになった。俺と千夏が後輩たちを引率する形で出発した。先頭が俺と千夏、間が1年3人、殿が2年2人だ。夜のハイキングコースは短めのコースで、安全のために道幅は広めである。街頭などの明かりはないが、夜空の星がきれいに輝いていた。月明かりもあり、多少は視界を確保できる。懐中電灯で足元を照らしながら進んでいった。
「みんな大丈夫か? 暗いから足元に気をつけて歩けよ。落ち葉で木の根っことか隠れてたら、引っかかってこけるからな」
俺が後ろを気にしながら皆に声をかけると
「アッツーこそ、ちゃんと前見て歩きなさいよ。ほらそこ、ちょっと凹んでるわよ」
と横で千夏が俺に言ってきた。俺が足を出そうとした所の地面に凹みができていて、それを指摘してきていた。危ない危ない。ここで足をくじいたりして怪我をしたら大会に響く。俺は凹みを避けて進んだ。
「ちぃ、ありがとな。こんなことで怪我したら目も当てられないところだったぜ」
俺が千夏にお礼を言うと、千夏はどうと言うことはないという顔をしていた。それから、皆にも怪我に気を付けるように言ってから、千夏と会話を続けた。
「ちぃ。今日の練習ハードだったな。俺はヘロヘロになったぜ。そっちはどう?」
「私たちの方も厳しかったわよ。ハードルはただ走ればいいってわけじゃないから、色んなところの筋肉を使うのよ。おかげで全身筋肉痛になりそうよ」
「へぇー。ちぃも大変そうだな。俺たちのところも似たようなもんかな。短距離は全力で一気に走ればいいけど、中距離はそうはいかない。自分の体力を考えて一番速い速度で走りつづける必要がある。でも、ペース配分を考えて走るのって難しいからな。何度も繰り返して自分が一番速く走れるペースを見つけないといけないから」
「中距離は大変ね。考えながら走るとか、アッツーにできるの?」
千夏がちょっとからかいの含む言い方をしてくる。暗くて表情は見えないが、多分澄ました笑顔をしているのだろう。
「できない」
俺が何の衒いもなく千夏に返すと、
「え?」
と千夏が驚いていた。
「だから、体に覚え込ませる」
ニヤッと笑って俺が言うと、千夏はフフっと笑った。
「そうよね。アッツーは感覚派だったわ。フフフ」
千夏はまだ可笑しそうにしていた。
「そうだよ。だから、自分の全力がどれくらい持つのかとか、ペースが落ちるのがいつかとか、練習で何度も走って確認する。んで、大体掴んだら感覚を忘れないうちに走りまくる!」
「アッツーらしいわね。流石、猪が苗字名だけあるわ」
「ん? 猪関係なくね?」
「あるわよ。アッツーは猪突猛進だから。ほんと真っすぐね」
千夏の声が柔らかい。どうやらバカにして言った訳では無い様だ。
「嫌、名前に猪があるからって、皆がみんな、猪突猛進ではないと思うぞ」
「それはそうよ。ただ、アッツーにピッタリだってだけの話よ」
「成程」
俺は一理あると思い、それ以上深く追及するのを辞めた。
「アッツー、星空が綺麗よ」
千夏が急にそんなことを言いだした。俺は視線を空に移す。ハイキングコースのちょっと開けた場所に来ていて、丁度星空が木々の間から見えていた。
「ほんとだ。綺麗だな」
俺たちは静かに星空を見上げた。後輩たちも静かに見上げている。暫く星空を堪能した後、俺たちはハイキングコースを歩きだした。1年の後輩たちは2年の先輩たちと話していた。どの種目をやってみたいとか、種目別の練習に早く加わりたいとか、最初は陸上部の話をしていたようだ。だいぶ打ち解けた今は、趣味の話で盛り上がっている。どうやら目的の交流は果たせたようだ。俺たちを除くが......。千夏と俺が仲良くずっと話していたので、遠慮されたようだ。まあ、俺たち3年は春体で引退する人が多いので、1年と関わる時間が少ない。だから構わないかと思った。無事に怪我無くハイキングコースを回り、顧問のもとに戻ってきた。他の班が戻ってくるまで、千夏と話しながら時間を潰した。
「流石に疲れたわね」
千夏があくびをしながら言う。俺もつられてあくびが出た。
「だな。早く風呂に入って寝たいぜ。今年も泥のように寝る自信がある」
俺がそんな風に言うと千夏が笑った。
「確かに練習の疲れで布団に入ると直ぐに眠れそうね」
「だろ。しかも、就寝時間後に起きていたら罰則があるから、俺はすぐに寝るぞ。オリエンテーリングとバーベキュー、キャンプファイヤーとかがなくなるのは嫌だからな」
「そうね。私も嫌だわ」
「だよな。今日はさっさと寝ようぜ」
「それは良いんだけどアッツー。あなたちゃんと起きれるの?」
千夏がじろりと俺の方を見やる。
「大丈夫、大丈夫。自分で起きれるって。それに起きれなかったら、部長か瞬か起こしてくれるだろ」
「それもそうね」
千夏は納得したようだった。俺たちが雑談している内に全ての班が帰ってきたようだ。顧問から就寝時間を言い渡され俺たちは解散となった。
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