12.強化合宿
5月のゴールデンウイークは毎年陸上部の強化合宿がある。今年も俺は千夏と参加していた。新入生たちは基礎体力の向上のためで、2,3年生は大会前の大切な調整を行うことが目的だ。なので、練習メニューはもちろん別々だ。ただし、部員の交流も含んでいるので楽しい活動も用意されている。だからか、陸上部は結構人気の部活だった。今年の新入生も結構入った。仮入部から本入部の期間を経て、一人も脱落しなかったのはすごい。今年の一年はやる気満々の様だ。
ピロリン、ピロリン。ベッドの上のスマホが鳴って、俺の思考は現実へとシフトした。俺は短パンとTシャツ姿でベッドに寝転がっていた。横のスマホを確認すると、部活の連絡が顧問から全員に回ってきた。一昔前は連絡網というものがあり、各家庭に電話して要件を伝えていたらしい。しかし、現在は各学校に公式アプリがあり、そこで簡単にグループを組んで連絡ができるようになっていた。なので、3年1組グループや陸上部グループ、委員会グループ等、沢山のグループができていた。そのアプリを使って、強化合宿の詳細が回ってきた。
『GW、陸上部強化合宿について
期間:5月3日(水)~5日(金)
集合時間:5月3日(水) 朝8時
集合場所:学校のグラウンド
移動手段:貸切バス
解散時間:5月5日(金) 午後6時
解散場所:学校のグラウンド
合宿場所:青少年自然の家
参加費:5,000円(保険料含む)
参加資格:ご両親のどちらかから参加許可の書類にサインをもらうこと
その他:活動内容や持ち物等は後日しおりを配布するので確認すること
以上 顧問より
4/22 14:05』
俺は内容を確認すると直ぐに窓を開けて千夏を呼んだ。
「おーい、ちぃ居る?」
窓から涼しい風が部屋に入ってくる。4月の終わりの風は少し温かみを帯びていた。庭の草花も青々としていて元気がいい。柔らかい日差しが心地良かった。千夏が窓を開けてこちらを見た。
「何、アッツー。さっきの連絡のこと?」
やはり千夏は察しが良い。俺は頷くと、話を続けた。
「そうそれ。ちょっとうちに来て話さないか? 一緒に準備しようぜ」
「いいけど。準備するのは気が早いわよ。まだ一週間くらいあるし……」
「いいのいいの。俺がちぃと話したいの」
「もぉ~、しょうがないわね。分かったわ。すぐに行くからちょっと待ってて」
千夏は満更でもなさそうな顔をしながら窓を閉めた。バタバタと準備する音が聞こえてくる。俺は窓を開けたまま1階に下りて母さんに千夏が遊びに来ることを伝えた。
「まあ、千夏ちゃんが遊びに来るのね。後でお菓子とジュースを持っていくわ。何がいいかしらね」
母さんは読んでいた雑誌をリビングの机の上に置き、片付け始めた。そして嬉しそうに台所へと行き、戸棚のお菓子を色々と出していた。
「俺はポテチとコーラで」
「分かったわ。千夏ちゃんはチョコレートでいいかしらね」
「母さんに任せるわ。あ、そうそう。さっき陸部の顧問から合宿の連絡があった」
「ああ、それでね」
母さんは納得したという顔で頷いている。
「後でお母さんにも教えてね。毎年のことだけど、何か変更があるかもしれないから」
「わかった。けど母さん。学校のアプリを開いてお知らせ見ればわかると思う。そろそろそっちにも顧問がアップしていると思うしな。後、参加許可の書類もダウンロードできると思うからよろしく」
「そうね。確認しておくわ」
ピンポーン。玄関のチャイムが鳴った。千夏が来たようだ。
「はーい。開いてるから入って!」
俺は玄関に向かいながら叫んだ。
ガラガラガラ。
千夏が引き戸を開けて入ってきた。長袖のシンプルなワンピースを着ていた。スカートの下の方は水色で少しグラデーションになっている。千夏は青や水色なとの青系統の色がよく似合っていた。肩掛けカバンを左肩から斜めがけしていた。
「お邪魔します。これ母から」
千夏はケーキの箱をこっちに渡してきた。
「どうぞ。いつもありがとな。母さーん、ちぃがケーキ持ってきてくれた」
「いらっしゃい。いつもありがとうね。あら、商店街の洋菓子屋さんのケーキじゃない。嬉しいわ。後でジュースと一緒に持っていくわね」
「はい。おばさん。ありがとうございます」
ぺこりと千夏が頭を下げた。肩まである髪がさらさらと前へ落ちた。今日は髪をくくっていない。
「あれ、ちぃ。今日は髪、くくってないんだな」
「髪をくくるのは部活の時だけよ。走るときに邪魔になるから」
「成程な。女子は大変だな。俺は髪が短いから全然関係ないけどな」
俺は自分の短髪に手をやりながら階段を上がる。その後ろから千夏もついて来ていた。俺の部屋へと案内をして千夏に適当に座るように促した。千夏はベッドを背もたれ代わりにして床に座る。俺も千夏の向かい側に胡坐をかいて座った。
「アッツーの部屋に来るの、久しぶりね。相変わらず物が少ないわね」
千夏は俺の部屋を見まわしている。
「まあな。あ、机を出すの忘れてたわ」
俺は部屋の隅に置いていた折り畳み式の机を千夏の前に持ってきた。さっと組み立てて再び千夏の向かい側に座った。
「それで、いつもの強化合宿だけど、何を話すのかしら?」
「そうそう。今年もきっと交流会があるだろ? 何をするのかなって話だ」
「そうね。私たちが一年の時と二年の時、楽しい活動の内容が変わっていたものね」
「だろ! 何やるかな。自然の家だから山も川もあるし、アスレチックもあるからな。遊び放題だぜ」
コンコン。ガチャ。俺が盛り上がって話し始めたところに、母さんがおやつとジュースを持って入ってきた。
「ふふふ。楽しそうね。千夏ちゃんが持ってきてくれたケーキとジュース、ここに置いておくわね。ゆっくりして行ってね。それじゃあ、私はリビングにいるから」
「母さん、ありがとう。ちぃはどっちのジュースにする?」
母さんは俺の部屋からお盆を持って出ていった。俺が自分のコップにコーラを注ぎながら聞くと
「わたしはリンゴジュースで。アッツー、ポテチ開けるわよ」
と千夏と言いつつポテトチップスの袋をパーティー開けした。ケーキは苺のショートケーキだった。俺たちは食べたり飲んだりしながら合宿の話で盛り上がった。一年の時は、練習について行くのがやっとで、かなりきつかったこと。そして、練習が終わって就寝時間になると爆睡していたこと。交流会で先輩たちと仲良くなったこと。二年の時は、大分余裕が出て点呼の後に抜け出して、怒られている奴がいたこと。就寝時間後にまだ起きて恋バナをして怒られていた女子たちがいたこと。交流会が盛り上がりすぎて羽目を外した奴が、女子から冷たい目で見られていたこと等、色々話していたらあっと言う間に時間が過ぎて行った。
コンコン。ガチャ。母さんが入ってきた。
「千夏ちゃん、お夕食なんだけど、うちで食べていかないかしら?」
「あ、もうそんな時間なんだ。いえ、大丈夫です。今日は帰ります。母が何か作ってくれていると思うので」
「あら、残念ね。今日はデミグラスソースのオムライスなのよ」
一瞬、千夏の瞳に迷いが生じた。母さんはそれを見逃さない。
「しかもフワフワのトロトロよ」
ふふふっと微笑みながら母さんが続けた。千夏は悩み始めている。結局、母さんの美味しい料理の’’お誘い’’に負け、食べて帰ることになった。しかも、母さんは千夏のお母さんも誘っていた。母さんと千夏のお母さんはとても仲がいい。俺たちが小さい頃は、よくお互いの家に来て一緒に子供の面倒を見ながら話をしていたのだ。千夏のお父さんは会社の社長で忙しく、帰りが遅いので今日の夕食は別らしい。俺の父さんの方は、今日は早く帰れて一緒に夕食をとった。久しぶりに大人数で食卓を囲む、賑やかな夕食となったのだった。
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