カウントダウン
今年の夏、運送会社に勤める父が倒れた。過労が原因だった。勤め先によると荷積みの最中に突然意識を失ったという。
搬送先はS病院。県下で最も信頼を集める総合病院だ。S病院と私の家族は縁が深い。私が生まれたのもS病院。五年前、母が持病で息を引き取ったのもS病院だった。会社を早引きした私は、複雑な気持ちでタクシーに乗り、病院に向かった。
主治医の説明を受けて、病室に入った。父は個室の病室をあてがわれていた。
「親父……」
擦れた声で言うと、私は父のベッドに寄り添った。父は眉間に皺を寄せて懇々と眠り続けていた。
二日目の昼、眼を醒ました父と対面した。心配する私をよそに父は言った。
「隆一、来てそうそうにすまんな。あのな、コンビニで饅頭かって来てくれないか」
父の腕には点滴が繋がれている。
「は? 入院中じゃないか、菓子は駄目なんじゃないの?」
「ここの食事、ろくなもんが出ないからさ」
「だからって、勝手にはあげられないよ」
「いいじゃねえかよ!」
私は驚いた。仕事はここまで人を変えるのかと恐ろしくなった。
「おい! 俺の言うことが聞けないのかゴルア!」
気が動転したのと、病院の食事に同情してしまったこともあり、併設のコンビニで饅頭を三つ買った。食べると打って変わって、いつもの柔和な父に戻った。
そういうことが三日続いた。
入院五日目に、病院から呼び出しを受けた。備え付けの花瓶から菓子の包み紙が見つかった、と。包み紙は五十四枚。主治医からはこっぴどく叱られた。私は、父にあげたのはせいぜい十個でゴミは持ち帰ったと説明した。主治医は父からも話を聞いたが、父は「だったら食事を改善しろ」と怒鳴った。即日退院が決まり、当面私が引き取ることになった。
三半規管に後遺症が残った父は一人での歩行が困難になった。職場復帰は当然叶わなかった。
そして、部屋のあちこちから、饅頭の包み紙がまとまって出てくるようになった。ベッドの下、枕カバーの中、トイレのタンクの中……。それも、一様に数が減っていく。
父に聞いても、
「母さんが言ってた通りだ。あそこの食事は囚人並みだが、夜中にこっそり饅頭配ってくれる人がいるって話、本当だったわ」
と遠い眼をするようになった。
つい先日、父の部屋のティッシュ箱の中から、饅頭の包み紙が見つかった。数えると、十を切っていた。
今、私は暇を見つけては仏壇の母の遺影に向かって手を合わせる。
どうか、父をお守りください、と。
竹書房マンスリーコンテスト2020年9月のお題「病院に纏わる怖い話」のために投稿した作品。
今読み返してみると、“創った感”と“酔ってる感じ”がして、ちょっとお恥ずかしい作品ですね...!
とは言え、これはこれで、当時は一生懸命書いた記憶がある作品です。