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ペットが擬人化する世界の危険な愛情  作者: 釧路太郎
佐倉光紀の物語

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新生活

 俺と千代子の結婚式は身内だけで写真を撮って終わった。千代子のために結婚式も披露宴も盛大に執り行うつもりでそれなりに準備もしていたのだが、千代子がそんな事よりも家を建てる時の頭金に取っておこうと言ってこの形になったのだ。

 新婚旅行も近場の温泉に二泊しただけで満足したようなのだが、これでは俺が全く甲斐性のない男だと言われているようにも思えてしまった。

「新婚旅行くらい豪華にしても良かったんだけど、千代子は大丈夫だった?」

「全然大丈夫。光紀と一緒にいられればそれでいいしね。それに、今はジュエルちゃんも一緒だし、幸せも結婚する前の三倍だね」

 ジュエルは長年一緒に暮らしてきた俺よりも千代子に懐いていた。それはそれでいい事ではあるのだが、何となく俺の心の中にモヤモヤしたものが生まれてきているのだ。ただ、そのモヤモヤもひとたびジュエルに触れるとどこかに消えてしまうという何とも言えないものであった。


「光紀はさ、お兄さんとうまく行ってるの?」

「突然どうしたの?」

「何となく思っただけなんだけど、光紀とお兄さんってあんまり似てないような気がするのよね。それだけなんだけどさ」

「まあ、兄弟だからってそっくりになるわけではないからな。兄貴は家の中の仕事で俺は外を歩き回る仕事だからな。その違いもあるのかもしれないよ」

「そういう事じゃないんだけどな。でも、光紀もお兄さんも二人とも優しいって事には変わりないよね。光紀は私に優しいし、お兄さんは家族に優しいんだもんね」

 寝る時以外は俺達の側から離れないジュエルを優しく撫でている千代子も俺達に優しくしてくれるのを俺は知っている。でも、間違ったことをした時はちゃんと叱ってくれる真っすぐな心を持っている女性だという事も知っているのだ。

「もしもだけどさ、このまま一緒に暮らしていてジュエルちゃんが人間になったとしても、光紀はお兄さんたちの事を嫌いになったりしないよね?」

「それは無い。と言いたいけどさ、今まで家族で暮らしていてジュエルが人間にならなかったのに、千代子と三人で暮らすようになってから人間になったとしたら考えるところはあるよね。兄さんも母さんもジュエルの事は大切な家族として接してきてくれていたんだって知ってるけどさ、心のどこかではそう思ってなかったんじゃないかって思ってしまうかもな。そんなことは無いと思うけどさ」

「変な事聞いてごめんね。でも、ジュエルちゃんも人間になれたら光紀と楽しく遊べるんじゃないかなって思うんだよね」

「そうかもしれないけどさ、今からジュエルが人間になったとしてももうお爺ちゃんだからな。外で元気に遊ぶってのは難しいかもしれないよ」

「それでも、今以上に言いたいことが言えるような関係にはなるんだし、気持ちもたくさん伝えられるようになると思うんだ。私も小さい時に飼ってた猫が人間になったことがあったんだけど、その時の楽しい気持ちや嬉しい気持ちを光紀にも味わってもらいたいなって思っちゃった。ごめんね」

「謝らなくてもいいのに。それにさ、ジュエルだって人間になるのが一番幸せとは限らないからさ。その家族にとっては幸せな事かもしれないけど、他の人達から見たら変な風に感じるところだってあるわけだし。色々と大変なこともあるだろうからね」

「それはそうかもしれないけどさ、やっぱり大切にしてきた家族だからジュエルちゃんが人間になった後は良いことの方が多いんじゃないかなって思うよ」


 三人で暮らすようになって二年ほど経った夏のある日、俺達に子供が出来た事の報告をしに行くと兄貴は自分の事のように喜んでくれた。その事を母さんに伝えても何かわかっていないような感じだったのだけれど、俺と兄貴が嬉しそうにしているのを見ていた母さんは何か良いことがあったという事は感じ取っているみたいで、昔みたいに俺に笑顔を向けてくれていた。

 母さんに痴呆の症状が出てきたと兄貴から聞かされたのは最近になってからなのだが、何度もここに来ていたのにそれに気付いていなかった俺は嬉しい報告をしに来たはずなのに悲しい気持ちになってしまっていた。

 それでも、兄貴は俺を責める事はしなかったし、母さんも以前より俺に関心を向けてくれるようになっていた。俺の事を忘れているのか母さんは何度も俺に名前を聞いてきているのだけれど、俺が名前を教えるたびに嬉しそうに微笑んでくれるようになったのは寂しい気持ちよりも嬉しい気持ちがあるように思えていた。今まで俺に向けられていなかった愛情が痴呆症状が出て俺の事を忘れている時になって向けられている事に対して、なんだかとってもやりきれない思いを感じていたのだった。

 母さんはジュエルの事も忘れてしまっていたようなのだが、実家に連れてきたジュエルは昔のように母さんのそばを離れようとはせず、そんなジュエルがそばにいるのを母さんも嬉しそうにしているのである。

「なあ、母さんってこれからどうなるんだ?」

「どうなるって聞かれてもな。こればっかりは誰にもわからないからな。お前は自分の家族がいるんだし、そんなにこっちの事は気に掛けなくても大丈夫だぞ。千代子さんもこれから大変な時期になると思うし、母さんの事なら心配しなくていいからな」

「そうは言うけどさ、俺だって家族なんだぜ。出来ることは何でもやるからさ」

「その言葉だけで大丈夫だよ。今までと何も変わることは無いし、何だったらこれからもっと楽になるしな」

「もっと楽になるってなんだよ。施設に入れるあてでも出来たのか?」

「まあ、そういうところだ。母さんがちゃんとしている間にお前のところの子供が生まれたら一番いいんだけどな」

 ジュエルと一緒に幸せそうに過ごしている母さんを見ているとジュエルと一緒に帰るのはよくない事のようにも思えてきた。だからと言ってここにジュエルを置いて行っても兄貴に負担がかかるだけだという事も知っている。

 千代子にも相談してジュエルを連れてちょくちょく遊びに来ようかな。そうすれば母さんも俺の事を思い出してくれるかもしれないしな。兄貴もジュエルと一緒にいる母さんを見るのが嬉しいみたいだし、みんな幸せになれることだよな。

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