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第9話 王弟セドリックの視点2

「オリビアッ。……あああああああああああ!」


 石化した彼女の前で泣き崩れ、兄に託したことを後悔した。

 この時ほど自分の弱さと、無力さをあの時ほど呪ったことはない。石化した彼女は本物の石像のように冷たくて、硬い。それでも彼女の香りが微かに感じられた。


 オリビアの「絶対に帰ってくる」と言った言葉を思い出す。死ぬためではなく、生きて戻るために石化を選んだ。それはたぶん、私やダグラス、スカーレットの元に帰るため。

「もしセドリック様たちがいなかったら、オリビアは自分の命を使い切っていただろう」と宮廷治癒士となったローレンスは言葉をかけてくれた。私たちがオリビアの生き方を変えたのだと。


 その後のダグラスは石化魔法が解除されるのは五十年、いや百年以上かかる可能性があるという。厄介なことに他の悪魔が絡んでいると。だからそれまで彼女に相応しい者になろうと決めた。それはダグラスやスカーレットも同じだった。魔物との戦いで腕を磨き、共にオリビアが復活するまで三人で約束をした。


 今度こそ、オリビアと一緒に暮らし幸せにすると──。

 思えばオリビアは強がってばかりで、その癖お人好しでお節介だった。もっとも彼女のお節介があったからこそ、自分たちの家族が壊れずに済んだと言っても過言ではなかった。

 私は彼女に甘えるばかりで、彼女を甘やかすことはもちろん、愛していると求愛にも子供の戯言で片付けられてしまった。聡明で勇猛で誰よりも気高き魂──自分はそんな彼女に惹かれ、百年以上たった今でもその思いは変わらない。

 いや、オリビアを思う気持ちはもっと強くなった。

 沢山傷ついて寂しい思いをさせてしまったけれど、それも今日までだと胸に誓う。


「ん……」


 ついつい昔のことを思い返してしまった。「すうすう」と寝入っているオリビアを前に口元が緩む。

 それから侍女たちを呼んで、オリビアの着替えなどを頼んだ。昨日から会話する時間は短かったが、ようやく会えた喜びを噛み締めることができた。

 着替えが終わった寝巻きのオリビアの姿もとても可愛らしい。そっと頬に手をやると擦り寄る仕草も堪らない。


 キスぐらいは──許されるだろうか。いや寝ている時にするのは紳士的ではないし、何より彼女の反応が見たいので明日までのお預けとしよう。

 竜魔人の感覚では、百年は数カ月のようなものだが、それでもオリビアと会えない日々は苦痛だった。石化した彼女を傍に置き、魔法が解けるまで辛抱強く待った。

 三年前の出来事は「自分が油断していた」の一言に尽きる。だからこそ三度目はない。これ以上、オリビアの心労を増やさぬように全てを終わらせる。


「アドラ」

「ハッ」


 音もなく影に紛れて執事が姿を見せた。外見こそ自分と変わらないが、その年齢は二回り上だ。ここ百年、自分の傍で支えた側近の一人でもあり、剣の師でもある。


「オリビアへの警護の強化。それと侍女長と専属侍女だが──信用できる者か」

「はい。その点は王太后様と相談しておりますので、三年前のような失態は起こらないかと。特にヘレンは昔、オリビアに保護された経歴もありますので裏切ることは無いかと」

「……ああ、そうだったな。幼いころ、私は直接ヘレンとは会っていないからな」

「今回は三年前と違って治療師、食事、傍付きの責任者はオリビア様と縁のある信頼を置けるものにしました」


 この百年でオリビアの屋敷で保護された者や、関係者が何人もいる。中でも権限があるのは宮廷治癒士のローレンス、侍女のヘレン、料理長のジャクソン。

 三年前も同じ編成にしたが、最高責任者や横の連携などまだまだ甘かった。私とアドラが遠征に出ていたのもある。油断していた。オリビアと関りのあるものに身の回りの世話をするように指示を出していたのが、いつの間にかそのリスト表が書き換えられていたのだから。

 本当に私は詰めが甘い。敵があの悪魔だということを失念していたのだから。


「オリビアの誘拐に関わった使用人は全て服毒自殺、侍女数人は失踪。当時は魔物の大量発生でうやむやにしてしまったが、首謀者はある程度絞っている。……オリビアがここに戻った以上、三年前よりも騒がしくなる可能性が高い」

「そのあたりも抜かりなく、王兄姫殿下のお二人の行動は把握しております。……それにしてもつくづく竜魔人族の習性を理解していない愚か者どもです。この際、後宮を解体させるのも良いかもしれません」

「そうだな。私には不要な宮だ。牢獄にでも名称を変えて、二度と表に出られないように閉じ込めた方がいいだろう」


 すでにミア姫殿下は後宮から出て、日中は王族の居住区域でお茶会を毎日楽しんでいると報告が入っている。後宮には男を連れ込めない──という妙なところは律儀に守っているらしい。頭の中お花畑のあの女は常に自分が世界の中心だと信じて疑わない。なにより厄介なのは群がる男たちだ。


 彼女を間近で見てしまえば、目が合えば、声を掛けられれば、簡単に囚われてしまう。竜魔人は、生涯の番に対しての愛の深さゆえ効き目がないのでそこまで被害はなかったのだが、他種族であれば厄災そのものでしかない。すでに既婚者や恋人がいる者たちからの苦情も出ている。中和剤はあるが、依存性が高いため覚醒するのは本人の精神力と個人差があるのだ。


(再びオリビアを消そうとするのなら、いっそ三年前の発生源として殺してしまおうか。……いや、後々のことを考えるとアレが届くまで待つべきか)

「陛下。……ところでエレジア国の処遇はいかがしますか?」


 エレジア国。

 オリビアの報告書を改めて見直して怒りで憤慨しそうだった。これでは百年前のフィデス王国よりも劣悪な環境ではないか。しかも見事な隠蔽の仕方がさらに悪質だった。

 フランの姿は夜が多かったので、昼間の報告はエレジア国から上がって来たものを信用するしかなかった。間者を送ろうともしたが、叔父夫婦役を演じた者たちはグラシェ国(私たち)を警戒して侍女や使用人は人族を雇った。


 契約内容も表面上は守っていたようで衣食住と安全は確保していたが、裏で彼女を使って王族と教会の評価を上げようとしていた。彼女の功績を全て横から搔っ攫っていった人間たちに容赦する必要も義理もない。


「あんな小国、息吹(ブレス)一つで滅ぼせるが──オリビアの溜飲が下がる形の報復の方がいいだろう。まあ、彼女が居なくなったあの国では大変なことになっているだろうから、存分に苦しむといい」

「おっしゃる通りかと。あの国では魔力量が乏しい土地でしたが、オリビア様の内側から溢れる魔力(マナ)によって魔法の疑似覚醒者が一時的に増えましたからね。しかし土台となる魔力を持つ方が居なくなれば当然、魔力(マナ)の枯渇により不作も続くでしょう。なによりオリビア様の回復薬や付与魔法は、その辺の魔術師では逆立ちしても真似できませんし」

(まあ、私が何かしなくても自滅するならそれはそれでいいか。むしろ早々に側室の件に集中すべきだ。その後でエレジア国と、フィデス王国の処遇を考えればいい)


 オリビアは百年前、フィデス王国随一の魔導士だった。高い魔力と技術を持っていたが家族愛に恵まれず、認めてもらおうと努力していた。最後まであの家族がオリビアの功績を認めようとはしなかったが──唯一の救いは祖父母がまともだったことだろうか。あの森の屋敷も祖父母が工面したとか。もっともオリビアをぞんざいに扱い、搾取し続けたあの国にも何らかの報復を考えていたが──そのあたりは恐らくダグラスあたりが動いているだろう。


「オリビアの叔父夫婦と名乗っていた者の行方は?」

「捜索隊が捕えて牢獄におります」

「そうか。間違っても服毒自殺させないように見張っておくように」

「承知しました」

「黒幕を吐かせるためなら死なない程度の拷問は許す」

「はい。尋問官にはそのように伝えておきます」


 そう言うとアドラは部屋から姿を消そうとして、ふと自分に視線を向ける。

 言いにくそうな顔をしつつ、口を開いた。


「陛下」

「ん?」

「まさかとは思いますが、オリビア様と一緒のベッドに潜り込むなんてしませんよね?」

「それはないが、……オリビアと離れたくない」

「陛下。王妃として迎えていない未婚の女性の寝室に一晩泊まるのは……」


 紳士あるまじき行為だと窘める。自分でも重々承知しているのだが、それでも離れることが苦痛でたまらない。羽根をもがれる以上の痛みでどうにかなりそうだ。


「……暫くはオリビアの傍に居たい。三年前のように気づいたら消えるようなことだけは阻止するための策だ」

「では添い寝はしませんね」

「と、当然だ」


 思わず声が上ずってしまい、アドラはため息を漏らした。


「……陛下」

「私はできる限りオリビアの傍にいると決めたのだ。これからはたくさん愛でて、思う存分甘やかせたい」

「あまり構いすぎますと嫌われてしまうかもしれませんので、ほどほどになさって下さい」

「うっ……」

「……妻のルナーも構いすぎていたら怒ってしまって、死ぬほどつらい数日を過ごす羽目になりましたから。陛下にわかりますか? 朝の挨拶はしてくれるのに、食事は別ですよ、別。スキンシップも最低限で抱擁もなし、キスすらしてくれなかったのですから。……あれは地獄です」


 ルナーは執事アドラの妻だ。人魚族で普段はツンツンしているらしいが、デレ期になると甘えるところが可愛らしいようだ。この執事(アドラ)の場合は、そこ意地が悪いので色々と大変だろう。


「……それはお前の言動が原因だろう」

「フフフッ、陛下も結婚すればわかりますよ。そしていかに他の男と接点を絶つか画策するようになります」

(執事としては有能なのだが、妻のことになると途端にポンコツになるな。……私もああなるのだろうか。気を付けよう)


 そこでふと思った。

 種族によってデレ期の頻度が異なるということだ。竜魔人族は殆どが伴侶となる種族に合わせてデレ期が決まる。獣人族であれば三か月から半年に一度、エルフ族であれば年に二度、妖精族や人魚族などは個人差があるが季節限定などもある。普段ツンツンしている種族でも、デレ期では、甘々な態度を伴侶に取るのだ。そのギャップに萌える者は少なくない。


 では人族はいつなのだろう。

 基本的にデレ期の時期になると、伴侶との時間を最優先事項に置こうとする。それによって各家庭で休みの取り方が変わる。魔物が大量発生するなどの非常事態の場合は別だが、我が国の労働時間は人族ほど多忙ではない。それもこれも竜魔人族の寿命の長さゆえだろう。


「人族のデレ期はあるのだろうか。脆弱で出産で命を落としかねないというのなら生涯に一度とかになるのだろうか」

「人族ですか……」


 正直、オリビアがデレ期に入って甘えたら悶絶するかもしれない。あの人に甘えることが苦手な彼女が「離れたくない」なんて言われた日には、自分の心臓が持つか不明だ。もっともこんな妄想を走らせているよりも前に、好きになってもらうところからだが。そんなことを考えていると、アドラは「たしか」と口にしつつ、とんでもないことを言い出した。


「人族の場合は短命でもあるので、デレ期という周期はなく、伴侶がいればいつでもデレ期に至ることができるらしいです」

「は」

「期間を区切るのではなく、毎日とはいやはやなんとも羨ましい」

「おい」


 人族、恐るべし。よく考えれば人族はあっという間に数を増やす。というのはそれだけデレ期の制限がないということだ。脆弱で短命な人族という種族に感嘆した。愛しい伴侶と触れ合う機会が増えるのだ、嬉しいと思うのは当然ともいえる。つまり、オリビアが私を好きになってくれたら、毎日甘えてくれるかもしれない。

 率直に言って最高だ。天国だろうか。

 もっともオリビアのペースが第一なのは変わらない。傍らで「すぅすぅ」と眠っている彼女が愛おしくてたまらない。


「それでは良い夢を。我が主」


 そう言うと今度こそ影に同化して姿を消した。

 静まり返った室内で、オリビアの規則正しい吐息が聞こえてくる。

 弱り切った小動物のような姿を見て庇護欲が急上昇したのは言うまでもない。竜魔人は伴侶となる相手には特別な香りが感じられるのだが、オリビアから漂う香りは傍に居るだけで癒される。相手に拒絶された場合、こういった甘い香りは漂わない──らしい。彼女に嫌われていない。それだけで天にも舞い上がるほど嬉しくてしょうがない。


 百年前の記憶を思い出さなくても、国一番の魔術師としての才覚が出なくても構わないし、昔の彼女に戻ってほしいとは、まったく思ってない。

 今のオリビアが幸せなら、それ以外のことは些末でしかないのだ。


「貴女の幸せの中に私が含まれていたら、これ以上のことは無いのですが」

お読みいただきありがとうございます☆^(o≧∀≦)oニパッ


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