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第8話 王弟セドリックの視点1

 泣きはらして眠った愛しい人を寝室まで運び、そっとベッドに寝かせた。あどけない顔の彼女は記憶の頃よりも幼く見える。少なくとも彼女が石化した時は十六歳で、現在は十九歳と大人の女性なのだが三年という時間は、彼女を孤独にさせて心も体も弱々しくさせてしまった。


 百年前の彼女は自信に満ち溢れていたが今の彼女と同じように家族愛、いや愛情に飢えていた。幼いころから病弱な妹がいたオリビアは長女としての責務を求められ、甘えることもできなかったと報告にはあった。

 でなければあんな国境近くの森に一人で住んではいなかっただろう。フィデス王国最強の魔導士。その称号で得たのは森の別邸と魔物対策の防波堤という酷い役回りだった。


 ***


 百年前のフィデス王国国境近くの森。

 若草色の瑞々しい葉を付けた木々が広がる森の中で、レンガ造りの別邸が一軒。壁には蔦が広がっているもののこまめに掃除はしているのか小綺麗だ。一人で住むには広い別邸だったが、部屋の中は研究室や書庫が大半で空き部屋はそれなり多かった。

 そこで拾われたのが私だった。兄の政務に着いていきたくて、こっそりと付いて来たのだが、途中で魔物に遭遇して森に落下。動けなかったところをオリビアが助けてくれた。


 私以外にも傷を負った種族が暮らしていた。

 悪魔族に、天使族と事情も様々のようだった。その殆どは故郷から逃げ出した者、追放された者と訳ありのようだ。当時の私は青い幼い竜の姿で全長は四十センチ前後だった。

 蝙蝠の翼や背中に傷を負った私をオリビアは何日も看病してくれて、傍に居てくれた。オリビアからは、いつもいい匂いがして、傍に居ると安心できて離れたくない気持ちが日に日に強くなる。


「魔物にやられてしまったのね。大丈夫、この森は強い結界を張っているから怖いのは、やってこないわ」

「…………ッ」


 声を出そうとしたが、うまく言葉が出てこない。身振り手振りで反応すると、オリビアはすぐに分かってくれた。意思疎通が出来たことが嬉しくて、大人しくベッドで寝ているように言われたけれど、オリビアの後ろを着いて回った。


「もう。君は怪我をしているのだから大人しくして、ね」

(オリビアがいないとやだやだやだやだ)


 傍に居て欲しいとアピールして、構って欲しくて動き回っていた。聞き分けがなかったのはよくないが、それでもオリビアの傍に居ないと、不安で心臓が押しつぶされそうだった。そんなこともあって個室からオリビアの部屋に移動してくれた。仕事場兼自室で結構広い。それにオリビアの匂いに包まれていて安心できた。

 好き。

 ずっと一緒にいるのはオリビアがいい。


「ねえ、お名前はあるの?」

「セドリックって名前あるけど、オリビアがくれるの?」と小首を傾げる。

「じゃあ、私が付けてもいい?」

「もちろん」と尻尾を振ってこたえると、彼女は嬉しそうに頭を撫でてくれた。好きだ。

「んー、フランはどう? フィデス王国で『勇気ある者』という意味よ」

「!」


 嬉しかった。胸がギュッとしてこの気持ちが言葉に出せないことがもどかしかった。


(竜のままだと抱き付くことは出来るけれど、抱きしめ返せない。爪も危ないし、翼が怪我しているから上手く歩けない。オリビアと同じになれば──)


 白くて優しい手、マシュマロみたいに柔らかい体、ぎゅっとしたら温かい体。オリビアを抱きしめたい。その思いの強さが竜から人の姿へと変えた。


「お、り、び、あ」

「まあ、あなたは人の姿になれるのね。それに喋れるようにもなって」

「ギューして」

「ふふっ、甘えん坊なのは変わらないのね」

「お、り、びあ」


 オリビアは人の姿になった私をそっと抱きしめてくれた。人の姿で抱きしめられて本能的に彼女が自分の生涯の番だと直感した。これはあとから知ったことだが、竜魔人族は番となる相手と出会った時に人の姿へとなる。

 もっともこの時の私は、人の子で言えば五、六歳ほどの子供の姿でオリビアよりもずっと幼かった。それでも本能で番と出会った時に、何をするのかはちゃんと理解していた。

 他の雄に奪われないように、証を刻むのだ。それが甘噛みをしたところに求婚印を残す。彼女の首元に甘嚙みしていると、くすぐったそうに笑っていた。

 そこで自分の気持ちを告白していない──紳士じゃないと気づき、生まれて初めてプロポーズをする。


「オ、リ、ビ、ア、すき、けっこ、ん、して」

「!」


 なんとも酷い告白だった。贈り物はおろか花束の一つもなく、彼女にどれだけ惚れているかとかいろいろな段階をすっ飛ばして告げたのだから。オリビアは驚いていたが、嬉しそうに頬を赤らめて「ありがとう。私もフランが大好きよ」と承諾を得た──と当時の自分はそう思っていた。

 もっともオリビアは、こんな子供に告白されて本気ではなかったのだろう。彼女は優しいから、子ども特有の気の迷い程度に受け取っていたはずだ。幼い私は番になることを受け入れてくれたと思って無邪気に喜んだ。


 それから怪我が完治するまで私とオリビア、そして数人の他種族となんやかんやあったけれど、楽しく暮らしていた。私とは別にこの別邸に住み着いていたのは悪魔族のダグラスと、天使族のスカーレットだった。歳は私とニ、三歳しか違わず、二人はオリビアのことを母親か姉のように慕っていた。どちらも訳あって彷徨っていたところをオリビアに救われた。

 二人にとってもオリビアは命の恩人で、本当の家族のような存在だったのだろう。だからこそダグラスやスカーレットに対して恋敵という認識はなかった。

 秋になると森が赤と黄と色を変えた。マナが濃いからか作物は豊富で様々な果実が収穫できた。


「オリビア。畑のしゅうかく、手伝う」

「リヴィ。オレも手伝う」

「アタシも!」


 ダグラスは三歳前後で最近は階段も普通に上がり降りができる。悪魔族の特徴と言えば鹿のような枝角に蝙蝠の羽根、黒髪に金色の瞳だ。

 逆にスカーレットは真っ赤な長い髪に、真っ白な羽根、頭に王冠に似た環がある。彼女は三人の中では一番の年長者で八歳。

 対して私は青空のような髪に、捻じれた角、蝙蝠の羽根にトカゲの尻尾とダグラスと似通っている部分はある。三人ともオリビアが大好きなところは一緒だった。二人はオリビアのことを愛称である「リヴィ」と呼んでいたが、私は「オリビア」で通した。単に彼女の名前を独占している気がしてそう呼んでいた。


「じゃあ、今日はサツマイモを収穫するから、スカーレットとフランは蔦を引いて、ダグラスはサツマイモを籠の中に入れてくれるかな」

「任せて!」

「わかった」

「オレ、がんばる」


 一事が万事こんな感じでオリビアの手伝いをする。思えばこの時の私はオリビアが一人で森の別邸に住んでいるのか彼女の家族関係について何も知らなかった。


「オリビア。元気にしていたか?」

「まあ、ローレンス。ちょうどいい時期に来てくれたわ」


 当時人間の国で治癒の研究と商売をしていたローレンスだった。竜魔人であるというのは一部の人間しか知らないらしく、オリビアとは薬草や治癒魔法の研究の協力者だったらしい。

 そのときローレンスに会った私は、オリビアが取られるのではないかと内心ハラハラした。

 リビングで向かい合わせに座るローレンスを警戒して、オリビアの膝の上に抱っこしてもらっても安心できなかった。


「ほしいものリストを見たけれど、また君の分の服や靴が入ってないだろう」

「私の分は大丈夫よ。でも子供たちはまだ小さいし、汚したりもするでしょう」

「それでも人族は他種族に比べて脆弱なのだから、頑張り過ぎも我慢もよくない。だからオリビアの傍を離れないこの子は、いつも心配しているのだろう」

「そう。……フランは私のことを思ってくれるのね」

「うん。オリビア、無理し過ぎ」

「ほら、その子の言う通りだ。……まったく、少し目を離している間に奪われてしまうとはな」

「ローレンス?」

「いや、なんでもない。……祝福するよ、オリビア」

「ありがとう?」


 ローレンスは、オリビアが作った回復薬や治癒魔法の研究結果レポートを通常の倍近くの金を出して、食料や備蓄品、洋服や日用品などを送っていた。

 おそらくローレンスはオリビアのことを好いていたのだろう。竜魔人にも個人差があり、伴侶を選ぶ際、大人になると直感よりも周囲の環境や立場によって判断が鈍ることがある。一度伴侶と決めたら生涯思いは変わらない。ローレンスには悪いが、オリビアは渡さない。「ぐるる」と喉を鳴らしながらオリビアに擦り寄る。


 今思えば本当に大人気ないというか、必死だったのだと思う。オリビアから見ればただの甘えん坊だと思われていただろう。だが察しのいいローレンスは気づいたのだろう。私に柔らかく微笑み、「貴方が彼女を守るのならきっと幸せでしょう」と呟いたのだから。


「そういえばヘレンはグラシェ国で侍女に推薦、ジャクソンは料理の腕を見込まれて料理人──と上手くやっているようだ。これは預かっていた手紙」

「ありがとう。……そう、ヘレンは気遣いができるいい子だし、ジャクソンは器用だからきっと料理も繊細で相手を気遣える素敵な料理人になるわ」


 この森は空間の歪みが酷く、魔物以外にも捨てられた子供が迷い込む森らしい。フィデス王国の中でも危険ともいえる場所に住み続けられたのは、オリビアの魔法結界によるものだ。本当にオリビアは魔導士として有能で、一つの分野ではなく様々な魔法への知識が深かった。

 ローレンスは当時、オリビアにいる子供たちの心と体の傷が癒えたのち、身の振り方などの人材斡旋に協力をしていたらしい。


 グラシェ国でもオリビアの功績などは耳に入るらしく、逆に自国であるフィデス王国ではオリビアの功績は誰かが奪い利用しているようだった。オリビア自身、地位や名声に興味はないようだったが、実家から認めてもらいたい──という気持ちはあったようだ。

 それも私やダグラス、スカーレットが傍に居て一緒に暮らしていくうちに実家への思いも薄らいで──私たちのことを第一に考えるようになった。

 実家連中は何もしないで甘い汁だけ奪いとるが、私たちは違う。心からオリビアが大好きだったし、傍にいて笑ってほしいと願った。それはいつもオリビアを取り合って喧嘩をするスカーレットとダグラスと私の三人の中での唯一の共通点だった。

 オリビアが「愛している」と口にすれば「あいしてる」とか「好き」って気持ちをたくさん答えた。そうすると彼女が喜ぶから。

 たくさん喜んで笑ってほしい。一緒に幸せになりたい。


 穏やかで、平和だった一年。

 竜魔人族、天使族、悪魔族においても一年という時間は砂時計のように一瞬のように短い。それでも心から幸せだったと断言できた。魔物の侵攻が激化し、フィデス王からオリビアに出兵の書状が届くまでは──。

 魔物との戦争に対して思いのほか国内で出兵を拒む者が多かった。特に王侯貴族などは戦果を挙げることよりも、いかに楽をして功績を立てるか、地位や名誉を得るかばかり考えていたのだ。吐き気を催す屑っぷりだ。


「オリビアが、行かないとダメなの?」

「ごめんね、フラン。私がこの国で一番の魔導士だから──駄目ね」

「他人なんかいいだろう。今までリヴィを馬車馬みたいにこき使ってきたんだ。無視していい」

「そうよ。リヴィは私たちとずうっと一緒にいるの!」

「ダグラス、スカーレットまで難しい言葉を使うようになったのね」

「感動しているばあいじゃない!」

「ほんとそうよ!」

(オリビア……。行っちゃやだ……)


 オリビアは国一番の魔導士だからと、戦争の最前線に赴くように指示を受けた。彼女に拒否権はない。だから私たちに「絶対に帰ってくるから」と残して別邸を出た。

 革のトランクケース一つと黒の外套を羽織って。オリビアが出て行ってから一週間ぐらいで我慢の限界が来てしまった。


 私たちは相談してオリビアの元に向かおうと準備を進めていた矢先、グラシェ国の護衛騎士たちが別邸に姿を見せた。そこには兄ディートハルト──竜魔王と王妃の姿もあった。

 ずっと行方を捜していたところ、オリビアという魔導士から本国に連絡を入れてくれたのだと知る。恐らく戦争になればここも危ないと思ったのだろう。自分が一番危険な場所に居るというのに、私たちの心配をするオリビアの傍に行きたくてたまらなかった。別邸で療養していた他種族たちは兄の庇護下に入り、兄は私の番がオリビアだと気づいていたようで、フィデス王国に援軍を頼み、自分も戦いに参加すると話してくれた。

 自分も戦場に行きたかったが、それは許されず──それならと自分の魂の一部で眷族を作り、オリビアに送って欲しいと頼んだ。オコジョの姿をしたそれを「フラン」として兄に託した。


(今度帰ってきたら、オリビアをグラシェ国に迎えよう。私の番として本当の家族になってほしい)


 幼過ぎる私は必ずオリビアが帰ってくると信じて疑わなかった。

 いつも約束を守ってくれた──誰よりも優しくて、愛しい人。

 けれど私の元に戻ってきたのは石化した兄と王妃、そして──オリビアだった。魂の一部であるフランもまたオリビアの肩の上で石化しており、自分の元に戻すことはかなわなかった。

お読みいただきありがとうございます(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾♡

次回は夕方19時過ぎ?になります。



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