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第7話 103年という年月

「傍に居たい」と言いながら、どれだけ実行するのだろう。竜魔王代行といはいえ執務など忙しいはずだ。きっとすぐに顔を出さなくなる。

 この人も言葉だけかもしれない。そうどこか投げやりな気持ちになった。


「好きなだけ……どうぞ」

「本当ですか! ちゃんと言質を取りましたからね!」

「あ、はい……」


「私と一緒にいてもすぐに飽きてしまうかもしれませんが……」と嫌味を言おうとしたのに、セドリック様は嬉々として笑顔を浮かべた。あまりにも無垢な笑顔に目が眩みそうになった。


「オリビアと一緒の時間、しかも私が独り占めとは百年、いえ百三年ぶりでしょうか。石化する前も私は貴女の後ろをよく追いかけていたのですよ」


 宝物のように愛おしい思い出を懐かしそうに告げる。けれど私には覚えがない。


(百三年ぶり? もしかして当時の私は魔物討伐に参加していた?)


 錬金術と付与魔法が使えたのだ、魔導士として応援要請があったのかもしれない。

 そういえば以前、聖女エレノア様が百年前に私と同姓同名の魔導士がいたと言っていたけれど──私がシナリオテンカイ(予言)を狂わせた張本人?


「オリビア、どんな形であれ生き残ってくれて嬉しいです」

「…………」


 セドリック様の声は少し掠れていて、私の肩に顔を埋めた。長い髪が頬に触れてくすぐったい。目の前で大切な人が居なくなる恐怖。痛いほどわかる。


「三年前になぜ私とフランだけ石化が解けたのですか?」

「旧友の解除魔法のおかげですよ。石化が解けた頃、私は急な魔物の出現で西の遠征に向かわなければならなかったのです。その間、護衛を増やしていたのですが……使用人数人が貴女を誘拐し、エレジア国に亡命しました。国家間のやり取りで色々粘ったものの、貴女の持つ錬金術と魔法技術がほしいと言われ、三年という期間限定であること、衣食住の保証を条件として呑むしか選択肢がありませんでした」

(サーシャさんの話と同じ。今のところ齟齬(そご)はない)

「あの時、交渉などと暢気なことを言わずに一国を滅ぼしておけば、オリビアが酷い目に合うこともなかった。甘かった自分に腹が立ちます」


 ほろぼ──さらっと恐ろしい単語が出てくる。けれど竜魔王にとって人間の国など簡単に消し飛ばしてしまうだろう。それでも交渉を設けたのは、私がいたから?

 そう思った瞬間、頬が熱くなった。誰かに思われていることがくすぐったくて、嬉しい。


「百年と三年も待ったのですから、離れていた時間を埋めるように傍に居ます。だから大事なものを手放すほど私は愚かではないですよ」

「──ッ」


「じゃあ、どうして会いに来てくれなかったのですか」と口にしかけて言葉を呑み込んだ。そんなに思ってくれるのなら、放っていたのか。唇が震えて、涙で嗚咽が漏れた。


「もし、そうなら……この三年間、会いに来てくださらなかったのですか?」


 少し棘のある言い方をしてしまった。

 それに対してセドリック様は「実は……ですね」と妙に歯切れが悪そうに言葉を続けた。


「竜魔人は常に魔力が高いため、魔力が全くないエレジア国に赴くとそれだけで異常気象はもちろん災害が起こりやすくなり、オリビアがその災害に巻き込まれないため──というのが一つ」

(あ。魔力が高いということは……周囲に与える影響があるということ……。それ以外にも?)

「三年前、オリビアがエレジア国に保護された頃でしょうか。貴女に会いたい思いが強まった結果、フランと魂の同調が出来るようになり、眠っている夜間は完全にフランの体で動き回ることができるようになったのです」

「!」


 フラン。その名前に私は顔を上げた。


「フランの器を通して傍に……いたのですか?」

「ええ。とはいっても夢見心地のようなもので、お恥ずかしい話オリビアと一緒にいることが嬉しくて貴女の環境をよく観察していませんでした。それに関しては本当に申し訳ありませんでした」


 グラシェ国の竜魔王代理であるセドリック様が、ただの人族の私に頭を下げる。ありえないことなのに、彼は誠心誠意謝罪してくれた。本当に彼はフランだったのだろうか。

 フランの行動を思い返す。


「……夜になるとフランがやけに甘えてきたのも、水しか出ないお風呂を温かくしたことや、小腹がすいてしまった時にウサギやらキツネを狩ってきたのは──」

「ああ、懐かしいですね。真冬なのにお湯が使えなくて困っていたことや、眠っている時に寒そうにしていたので炎魔法でお湯を沸かしたり、部屋の温度を上げたりしていましたね」


 フランはオコジョの愛らしい姿だったが上位精霊だと聞いていたので、自分よりも体格の大きなウサギや狐を狩ってくることができたのだと思っていた。水をお湯にする魔法も同じ理屈であまり深く考えていなかった。


「オリビアがいつも、お腹を空かしていたので、ちょうどいい小動物を狩ってきたあと『食事環境が悪いのでは?』とエレジア国に抗議(クレーム)を行い、魔物除けの結界をぶち壊してやりました。王族は面白いぐらい慌ててすぐに改善すると言っていましたっけ」

(一時期、食事が出てこないことがあったけれど、突然食材などが支給されたのはセドリック様が動いたから?)

「離れていましたが夜だけは貴女の傍に居られることで三年の間、堪能していました。私の魂の一部でもあり、貴女の危機に関しては敏感に反応していたと思います。意識が同調してないときは本能的に動いていたでしょう」

(ほ、本能……。たしかに甘えるのも全力だったような)

「しかしオリビアにとってつらい三年を過ごさせてしまい、本当に申し訳ありません」

「いいえ。……三年間つらいことは多かったですが、それでもフランが傍に居てくれて何度も助けてくれたから寂しくはなかったのです」


 そうだ。フランが傍にいてくれたら──。


「オリビア。……今度こそ、貴女に寂しい思いも、ひもじい思いも、つらいこともさせません。だからどうか──」


 何を願うのだろう。

 優しくするから、だから──をしてほしい。

 出会う人全員がそう言って声をかけてくる。それはセドリック様も例外ではないのかもしれない。生唾を吞みながら言葉を待った。


(魔導具の依頼? それとも回復薬のレシピ?)

「これからは自分を大事にしてください」

(え……?)

「栄養のある食事に、上質な睡眠、それと休息。それからたくさん私に甘えてください」

「わ、私に何かしてほしい──とかではなくて、ですか」

「そうですね。オリビアの体調が万全になって、そして嫌じゃないのなら私に抱き付いたり、キスしてくれたり、デートなどしてくださいますか? ああ、食事の時間は一緒にとりたいのは今からでも、あとはオリビアが眠るまで傍にいるのも捨てがたい……」


 ブツブツと本音駄々洩れなのだが私を好きだという思いが前面に出ていて、聞いているこっちが恥ずかしい。そういえば夜になるとフランは難しそうな顔で「きゅう、きゅううう」と懸命に何か訴えている時があった。その時の雰囲気がそっくりだ。

 フランはオコジョの姿をした上位精霊の正体は、セドリック様の魂の一部だった。それなら色々と合点がいく。ただ──その場合、気になることがあった。


「あ、あの……フランが死んだ場合、セドリック様のお身体への影響はあるのですか?」


 思わずセドリック様の胸板に触れつつ、腕から腹部、足元へと視線を向ける。怪我を負ったような様子はない。思っていた以上に筋肉質なことに驚いた。

 というか竜魔王に対して不敬な態度ばかりだが、当の本人はこの上なく幸せそうだ。「オリビアが自分から触れて来るなんて」と口走ったのが聞こえてきた。


「セドリック様?」

「コホン、魂の一部そのものは私のところに戻ってきましたよ。オリビアの傍に居る役割が終わったからだと思っていたのですが──貴女の動揺からして違うようですね」

「私がこの国に向かう途中で、クリストファ殿下の怒りを買ってしまい……フランは殺されました」

「……そう、でしたか。あの男、次会ったら殺しておきますね」

「え、いえ! それはやめてください」


 仮にも王族を殺すと発言しないでほしい。私の反応にセドリック様は真顔でジッと私を見つめた。吸い込まれそうな深い青色の瞳に見惚れてしまう。


「もしかして、あの男を好いているのですか?」

「い、いえ……それはないです」


 それを聞いて目尻が緩む。もしかしてクリストファ殿下に対して嫉妬したのだろうか。「よかったです」とセドリック様は抱きしめる。密着度がさらに増した。こんな風に私を抱きしめてくれる人は今まで誰もいなかった。

 少なくともエレジア国では──。


「形だけとはいえ婚約者などと肩書をつけて……。やっぱり次に会ったら──」

「セドリック様……」

「はい。なんですか?」

「あ、あの……一度で構いません。フランの姿になることは可能ですか」


 この三年、ずっと傍に居てくれた大切な友人であり家族だった。居なくなるとしても、せめてちゃんとお別れをしたい。そうしなければ、いつまでもフランの死を嘆いて立ち止まったまま、動けなくなってしまう。私とずっと一緒にいたオコジョのフランはいなくなってしまったけれど、もしフランがセドリック様でもあったのなら──。

 私のことを本当に思ってくれる──だろうか。

 少しだけ期待の眼差しをセドリック様に向ける。


「オリビア、竜魔人は生物形態の中で頂点に位置する存在です。けれど伴侶に対してはどこまでも甘く、願いを叶えたい生き物なのですよ。それをよく覚えていてください」

「は、はい」


 淡い光に包まれ、その眩さに思わず瞼を閉じた。

 恐る恐る目を開くと、真っ白なオコジョがソファにちょこんと座り込んでいる。小首を傾げつつも愛らしい姿に視界が歪んだ。


「フラン」

「きゅう」


 腕の中でフランを抱きしめる。温かくて毛並みもモフモフして最高だった。


「フラン。ごめんなさい……私を守ろうとして、庇って……」


 私は懺悔した。

 あの時、何が何でもフランの傍に駆け寄るべきだった。

 お別れも、今までの感謝も、なにも言えずに埋葬すらもできなかった。惨たらしい死を招いた元凶は自分だというのに──。フランは何事もなかったかのように私の肩に乗って頬に擦り寄る。そのまま私は涙が枯れるまで泣き続けた。

お読みいただきありがとうございます(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾♡

次回は明日8時過ぎになります。

次回はセドリック様視点ですよーーーーーー(*'▽')


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