第6話 王城での生活
(宿泊代、治療費、入浴にエステマッサージ、ドレス代、メイク代だけで一年分の働いた賃金が吹っ飛びそう……)
現在、鏡に映る自分の姿は、どこに出しても申し分ないご令嬢に見える。詐欺ともいえるほどのメイク技術に脱帽した。花柄のワンピースに髪まで綺麗に結ってくれたのだ。身に着ける耳飾りやネックレスはもはや値段など考えないようにしている。
昨日は胃の消化にいいものとして、ジンジャーと野菜のコンソメスープ、デザートはゼリー系など固形物を避けてくれたようだ。スープの中に虫の死骸もないし、スプーンやフォークを隠されることなどもなく久しぶりにお腹いっぱい美味しいものを食べた。
食後に話をする予定だったのだがセドリック様が部屋に訪れる前に、私はそのまま眠ってしまった──らしい。元々寝不足だったのもあるだろう。
眠っている私をセドリック様が寝室まで運んでくれたそうだ。しかもそれからしばらくは傍についていてくれたとか。
それをサーシャさんから聞いて、羞恥心で死にそうになった。
(ああ、でも、ふかふかで石鹸のいい香りのするベッドでの睡眠は最高だった……)
翌日も昼前に起床し、ヘレンさんとサーシャさんが着替えを手伝ってくれた。着替えが終わった後で、ローレンス様は私の足に新しい包帯を巻いて──至れり尽くせりだ。
諸々が終わってカウチソファに腰を下ろした瞬間、あまりの柔らかさに驚いた。自分の部屋の硬いソファとは全く違う。
(あー、これは人をダメにしてしまう椅子だわ。昨日のアワアワお風呂もすごかった。気付いたら寝てしまって、セドリック様と話が出来なかったのは申し訳ないけれど)
「オリビア。食事の準備ができたそうですが──」
ひょっこりと姿を見せたセドリック様の姿に背筋を伸ばした。部屋を訪れた陛下は私の姿を見て固まっている。そこで自分が座っていることが不敬だと思い、慌てて立ち上がろうとして失敗した。崩れ落ちる私をセドリック様は素早く抱きかかえた。
「も、申し訳ありません!」
「いえいえ。役得です」
かなりご満悦だ。私に触れる口実が出来たとばかりに、傍にあるソファに私を抱えたまま腰を下ろした。距離感的に絶対に可笑しいのだけれど、壁に佇んでいる衛兵たちは微笑ましい視線を向けるだけだ。王族としてかなりマナー違反なきがするけれど、グラシェ国は違うのだろうか。
「セドリック様、申し訳ございません。その──」
「オリビア、とてもよく似合っています。すごく可愛らしい。ああ、このまま神殿で式を挙げてもいいぐらいです」
「え、ええ!?」
「あ。もしかしてまだ私を子ども扱いなさいますか? 貴女が目覚めるのを待っている間にそれなりに成長したとは自負しているのですが」
「子ども扱いは……していません」
「よかった」
どうみても成人した男性にしか見えない。けれどセドリック様の言葉尻からこの方は、百年前から私との時間が止まっているようだ。百年前に私は幼いセドリック様と出会った。何があったのか思い出せないままだけれど。
「オリビアは竜魔人の求愛について覚えていますか?」
「すみません……」
「謝らないでください。竜魔人は生涯の伴侶を見つけると、自分の匂いが染みつくまで離さない習性があるのです。けれどそれが難しい場合、神殿で契約を結ぶことで繋がりを濃くします」
セドリック様の話では匂い付けや契約を結ぶ──結婚することによって私の安全を確固たるものにしたいらしい。それも私が人族だからだ。多種多様な種族が居る中で、最弱の人族を守るためには陛下の庇護下にあるだけでは足りないという。
それ以外にも何か急ぐ理由があるのかもしれない。たとえば政治的な理由が背景にある──など、立場を持っているのなら王族の義務が発生するのも当然だ。
エレジア国で私がクリストファ殿下や聖女エレノアの評価を上げるための駒として使われたように、ここでも同じ扱いを受ける可能性だってある。甘い囁きと都合のいい言葉を並べて信じ込ませる手口はどこも同じなのだろう。それでももしかしたら──セドリック様は違うかもしれない。言葉一つ一つに温かみがあり、私を気遣ってくれているのがわかる。だからこそ早めに確認してしまおう。
淡い期待をもたないように。幻想はすぐに砕けてしまえばいい。
「あ、あの……セドリック様に、このようなことを尋ねるのは……不敬かもしれないのですが──」
「なんでも言ってください。貴女に遠慮されると悲しくて泣いてしまいそうです」
グッと拳を握りしめ、口を何度か開閉しつつ言葉を紡ぎ出す。
「私は……生贄として召し上げられた……のではないですか?」
空気が凍りつき、明らかに部屋の温度が下がった。
セドリック様はニコニコと笑顔でいたが、その双眸は一瞬で鋭くなった。
「エレジア国では、そう言われてきたのですか?」
「は、はい……。叔父夫婦、クリストファ殿下、聖女エレノアの三人から聞いた話がどれも一致しないのです。その上、昨日サーシャさんから少し事情を伺って……まだ状況が整理できていないというか。何が本当で……嘘なのか、今の状況が夢なのかと思ってしまうほど混乱しているのです」
セドリック様は私を優しく抱きしめ、温もりを実感させようと密着してくる。
ドキリとしたけれど、不思議と嫌な感じはなかった。私が拒絶しなかったのを感じ取ったのかセドリック様は目を細めた。雰囲気も少し柔らかくなった。
「私は昔、兄──竜魔王の後を追ってフィデス王国に訪れたことがあります。今思えば無意識に番となる貴女を探していたのかもしれません。魔物の襲撃で怪我をした私を助けてくれたのがオリビア、貴女なのです」
「わたし……?」
「そして今も昔も貴女に惚れこんで求愛し続けているのです。オリビア、愛しています」
「あ、え……」
この流れで告白されるとは思わなかったので、思考が停止した。頭が真っ白になって、返答に迷う私にセドリック様は言葉を続けた。
「少しずつで構いません、今の私を見て好きになって頂けないでしょうか」
「──っ」
「そしてこれは先走っていると思うかもしれませんが、いつか私の番になってほしい。私は本気です。あ、でももし王妃とか堅苦しい肩書が嫌なら、さっさと兄の石化を解いて竜魔王代理役を返上しますので」
「え、な」
そういえばクリストファ殿下も私を保護した時に似たような言葉を言っていた気がする。セドリック様も同じになるかは正直わからない。そうじゃないと思っている反面、また裏切られるかもしれないという恐怖が襲う。
最初は「好きになってほしい」と言いながらも、最終的に番──王妃の座を望まれている。後ろ盾もなにもない脆弱な私に断る選択肢などない。それを考えてなのかセドリック様は自らの立場を捨ててもいいとすら言い出した。
何もわからないまま三年もの間、騙され搾取され利用され続けた愚かで惨めな思いは──もうしたくない。優しくされるのも、愛されるのも今は何か裏があるのではと勘繰ってしまう。いつから自分は底意地が悪くなったのだろう。きっとフランが居なくなったことで、私の大事ななにかが壊れてしまった気がした。
(黙っているのはまずい。……でも、なんて答えればいいの?)
「やはり性急過ぎたでしょうか」
「あ、えっと……」
「オリビアが好きなあまり貴女の気持ちを無視して求婚するなど……格好悪いですよね」
竜魔人の王である彼なら無理やりに従わせることだってできるのに、懇願する姿は強引ではあるものの私の気持ちを聞こうとしている。
「あの。……どうしてそこまで私をお求めになるのですか? 私が──グラシェ国にとって何か役に立つ存在だからでしょうか」
「そのような理由で庇護下に入れる場合はあっても、求愛はしません。竜魔人を基本的に愛するのはただ一人ですから」
「基本的に?」
「私の兄は特殊な事情で側室を設けていましたので、例外があるのは事実です。ですが兄も心から愛したのは一人。私が一緒にいたのも、愛するのもオリビアだけ。側室なんかいりません! 出来るのなら後宮も今すぐ伊吹で吹き飛ばしたいほど、嫌悪感を抱いております」
「セドリック様……」
「はい、なんですか。オリビア」
ググっと距離が近い。鼻先が触れ合うほどの距離だ。キスされそうになるかと身構えていたが、セドリック様は私を安心させようと頬に手を当てる。なんだかそれが恥ずかしいやら、温かいやら人肌が恋しかったのか涙が零れ落ちていく。
思い出せないけれど、伝わってくる温もりが心地よくて振りほどけなかった。それに悔しいが嫌な感じがしないのだ。温かいし……心地いい。
「な……なんでもない……です」
「オリビアは温かくて一緒にいるとホッとしますね」
「!」
「一度目は百年前、二度目は三年前に貴女が忽然といなくなってしまったのですから、三度目は何があっても傍にいたいのです。できるだけ傍に居てもいいですか?」
「それは……」
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次回は夜に更新予定です!
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