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第4話 歓待による困惑

 ローレンス様が手を当てると、淡い緑色の光が全身を包み込む。体が温かく、足の痛みが和らいだ。


(もう痛くないなんて……。治癒魔法のレベルが違い過ぎる)

「足首と、背骨、肋骨に少々ヒビが見られます。その他複数に打ち身がありますね。打ち身と肋骨は今日中に癒しますが、足に関しては負荷が強いので少しずつ治していく形でもよろしいですか」

「あ、あの……一気に治せないのは、私に何か問題があるのでしょうか?」

「率直に申し上げて人族の身体は貧弱ですので、魔力量の高い魔法を行うと肉体が持たないと思います」

「……貧弱ですみません」


 なんだか本当に悲しくなった。

 よく考えれば、竜魔人や、獣人族、エルフ族のみな、寿命も長いし、肉体の強度も異なる。


「そもそもオリビア様は栄養失調と寝不足ですからね、まずはそちらの改善が必要かと。陛下の大切な御方ですから、私たちも出来る限りのことをさせて頂きます」

(陛下の大切な人……)


 胸に軋むような痛みが走った。

 本当に生贄ではない──?

 それとも弱っていては生贄として役に立たないからだろうか。人の好意が怖い。


 この待遇はセドリック様の恩恵ありきで成立している。クリストファ殿下の時も、最初は私を安心させるためか紳士的だった。


 ローレンス様が親切なのも「セドリック様にとっての大切な客人」だからだ。それがずっと続く保証など、どこにもない。何らかの不興を買ってここを追い出される──それよりは完治したのち、生贄として殺される可能性の方が信憑性は高い。

 そう考えたからこそ、私は尋ねずにはいられなかった。


「あ、あのローレンス様……一つ聞いても」

「なにか心配事でも?」

「その……治療代の総額はいかほどになりますでしょうか? 手持ちがなにもありませんので、後払いになって申し訳ないのですが教えていただけると助かります」

「!」


 その場にいた全員が硬直し──次の瞬間、ローレンス様は眉根を下げて微笑んだ。エルフの侍女長は目に涙を溜めて泣きつつある。憐れむような、困った顔をするのだろう。


 こんな素晴らしい部屋で、治療もしてもらったのだ。後々金銭を請求される可能性がある。少なくともこの三年、「あの時、助けた時に承諾しただろう」とか「恩を仇で返すのか」と治癒師や、手当をしてくれた屋敷の使用人からネチネチ言われ続けた。


 後出しで対価を請求されるぐらいなら、最初から聞いてしまった方がマシだ。錬金術と付与魔法なら使えるので、天文学的な数字でなければ支払いも可能だろう──なんて考えていたのだが、ローレンス様は穏やか目で私を見つめ返す。


「そのようなこと、どうかお気になさらずに。貴女様から金銭など取ったら、私が陛下に殺されてしまいます」

「え?」

「冗談です。移動のために車椅子と杖を後でお持ちしますね」

「あの、でもこんな好待遇をしていただく資格など──」

「オリビア様」

「は、はい」


 侍女長が一歩前に出たので、金髪の綺麗な髪が揺らいだ。青空のような美しい瞳に艶々の肌、外見は私と同じくらいだというのに健康的で胸の発育もよく、黒のメイド服もとてもよく似合っている。


 エルフ族だろうか。とても美人で「この人がセドリック様の王妃だ」と言っても不思議はなかった。グラシェ国は美男美女が圧倒的に多すぎる。


「本日より王妃様の身の回りのお手伝いをさせて頂きます侍女長のサーシャと、傍付きとして彼女の名前はヘレンと申します」

「傍付きに任命されましたヘレンと申します。以後よろしくお願いします!」


 二人が私に向ける眼差しは侮蔑でも、嘲笑混じったものでもない。純粋に私の世話係になったことを喜んでいる──ように見えた。

 そのことに驚いたが、それよりももっと驚いたのは──。


「おうひ……?」

「オリビア様のことでございます」


 伴侶。番。そして王妃。

 本当にそれらのイコールは生贄なのか。素直に聞いてもはぐらかされる可能性はある。けれども我慢できずに、口をついて言葉が溢れた。


「あの、どうして私は──歓迎されているのでしょう。王妃というのも……この国では生贄のことをそう呼ぶのでしょうか?」

「え?」


 困惑する私に何か察したのか、サーシャさんが目を光らせた。


「失礼ですがオリビア様。エレジア国で三年間ほど静養していたと伺っていますが、どのように話を聞いていたのですか?」

「静養? ええっと……三年前にエレジア国の王家に保護を求めたとか。王家は、子爵家としての生活面に関しては援助などしてもらった──と叔父夫婦から聞きました」


 クリストファ殿下や聖女エレノアの話した内容ではなく、あくまで叔父夫婦から聞いていた内容を彼らに伝えた。


「保護、ですか。その割に肌や指先は荒れていますね。しかも侍女見習いがするような──」

「そうですね。……お恥ずかしい話、部屋の掃除や食事は自分でしてきました」

「使用人や侍女は屋敷に居なかったのですか?」


 叔父夫婦が雇った使用人や侍女を数えれば、二桁はいただろう。けれど──。


「使用人たちは私のことをよく思っていなかったようです。叔父夫婦に怒鳴られる日々が続き、使用人たちも私をぞんざいに扱うようになっていきました。結果、自分の身を護るため、掃除や洗濯、食事など身の回りの事は自分でしてきました」


 耳にこびりついた怒声が脳裏に過る。

 叔父夫婦はいつも「貴族としてマナーがなっていない」とか「礼儀作法がまったくできてない」など嫌味をネチネチ言うのだが、私に何か頼みごとがある時だけは猫なで声で頼んでくる。


 それも「フィデス王国復興のため金子が必要だ」と大義名分を引っ張り出してきて仕事量を増やしていった。

 結局私は、叔父夫婦にとって搾取要員でしかなかったのだろう。


 私を納得させるために話していた言葉は、すべて嘘ばかりでクリストファ殿下や聖女エレノアも、良いように利用してきた。その状況は今も同じかもしれない。

 今度は命を取り上げようとしているとしたら?


(また騙されている可能性だってある。怪我をしたままの供物では無意味だったから治癒してくれたとか……。そもそもフランがいない今、生きていたって……)


 騙されているのなら、騙されたまま私は今までできなかった贅沢の限りして──生贄として殺されるのもありなのかもしれない。


 極端ともいえる結論だったが、私にとって今まで生きようと思えたのはフランがいたからだ。『亡国の復興』という目標も含まれていたが、あれは叔父夫婦が言い出したことで「それなら私も祖国のために」と思ったのであって、今は記憶のない祖国に対して何とかしたいとは思わなかった。


 もう頑張らなくていい。

 生に固執しない──そう考えに至ると気持ちが少し楽になった。

 少し心に余裕ができたからか、周囲の空気が重いことに気付いた。


 沈黙。

 急に全員の表情が曇っている。確かにこんな気分の悪い話をされたら困るだろう。なにか話題を変えようとした瞬間、サーシャさんが口を開いた。


「その話は是非ともセドリック様にお伝えください。それはもうエレジア国で苦労したと」

「……どうしてですか?」

「陛下は貴女様が石化から解かれるのを、ずっと待っておりました。ご友人の協力もあり貴女様が三年前に石化が解けた時など、魔物と交戦中だった陛下は一週間で戦局をひっくり返して戻ってきたほどです」

(私の石化が解けたのは……セドリック様たちのおかげ?)


 それなら叔父夫婦とは?

 記憶が混濁していた私に名乗ったあの二人は、何者だったのか。

 私の疑問に対してサーシャさんは話を続けた。


「三年前、オリビア様が王妃になるのをよく思わない者たちが暴走しました。記憶の混濁していた貴女様を誘拐して、エレジア国へ亡命したのです。その折にエレジア国の王族と密約を交わし、かの国はフィデス王国独自の技術──オリビア様の能力に興味を持ったとかで、連れ戻そうとした陛下を一蹴。オリビア様を人質にしたため、事を荒立てるのはオリビア様の身に危険が降りかかると判断し、三年という期限と衣食住の保証を約束させたのです」


 話の筋は通っている。

 私は叔父夫婦とは全く似ていなかったし、可愛がっている風もなかった。「なぜ叔父夫婦と一緒に行動をしていて、亡国の石化を免れたのか」と疑問は前々からあったのだ。


 ただ石化前の記憶が曖昧だったこと、頼れる身内が居なかったから信じてしまった。


「この三年間の衣食住は、セドリック様が取り付けてくださったのですか」

「はい。それはもう──怒り心頭で今すぐにでも取り返そうとしていたのですよ。しかし魔物との戦いも激化していて傍に居られなかったのもあり、無理に連れ戻せばオリビア様を危険な目に合わせてしまうと悩み──断腸の思いで決断なさっていました」


 クリストファ殿下あるいは叔父夫婦が提案したのだと思っていたが、私の最低限の安全はセドリック様の恩恵によって成り立っていたという。もっともそれが本当かどうか鵜呑みにできなかった。


 ふいに私を見つめるセドリック様の笑顔を思い出す。胸が少し温かくなった。


(……セドリック様はどうして私をそんなに気にかけてくださるの?)

「しかしオリビア様のお話と健康状態、怪我に体を酷使するような劣悪な環境に置かれていたと分かったのですから、陛下もきっと素晴らしい仕返しをしていただけると思います」


 ローレンス様とサーシャさんとヘレンさんは「うんうん」と頷いた。

 なんとも恐ろしいことをサラッと言ってのける。これが演技で茶番だったら──と脳裏にちらつく。

 優しくしてくれる人たちの言葉さえ信じられなかった。


「あ、もし陛下がやり過ぎだと判断した場合は、オリビア様が抱き付けば止まりますので」

(私が止めるのですか……。一思いに死ぬのならいいけれど、暴力で死なない程度に──っていうのは、嫌だわ)


 口元が引きつりながらも「ゼンショシマス」と答えるので精いっぱいだった。治療が終わると包帯を巻くよりも先に「身なりを整えましょう」とバスルームへと直行する。


「え、あ、ちょっと!?」


 待機していた侍女たちに服を剥ぎ取られ、見たことのない巨大な入浴室で体と髪を洗われエステマッサージと、贅を凝らしたおもてなしをされたのでした。


お読みいただきありがとうございます(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾♡

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