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第3話 生贄ではなく花嫁?

(ええっと、これってもしかして生贄ですら私は及第点じゃない、ってこと?)

「確かに。こんなに弱って……。ハッ、オリビア、もしかしてここに来る前にどこか怪我をしているのですか!?」

「あ、はい。ただ命に関わるほどの──」

「なんてことだ。アドラ!」

「御身の前に」

「!?」


 いつの間にか燕尾服に身を包んだ執事風の竜魔人が傅いていた。

 みなねじれた角が二本あり、腰のあたりからトカゲに似た鱗のある尻尾が見える。羽根は邪魔なのか見当たらない。外見は三十代だろうか。セドリック様とはまた違った美丈夫だった。


「宮廷治癒士を応接室に呼ぶように。それと侍女長も」

「ハッ!」

「みな宴はまた日を改めて行うがよいな」

「ハハッ!!」


 みな恭しく首を下げた。

「怪我が早く治ったらお祝いをしましょう!」「ようこそ我が国へ」「歓迎いたします!」「セドリック様おめでとうございます!」

 非力で見窄らしい私に対しても気遣って温かい言葉や、笑顔を向けてくれる。その一つ一つがじんわりと胸に響く。


(これは夢? それともここが天国? だってフランが幼名だと名乗る竜魔王様がいるなんておかしいもの……)

「オリビア。本来であれば神殿で夫婦の契りを交わすのが条例ですが、先に手当をしましょう。痛くはないですか?」

「は、はい」

「貴女は昔から無理をしすぎるのですから、これからは私を頼ってくださいね」

「は、はい」

「絶対ですよ。隠したら……たぶん、私が泣きます」

「(泣くんだ)え、えっと、わかりました……?」


 ひとまずこのまま生贄として殺されることはなさそうだ。安堵したような、いっそさっさと死んでしまった方がいいのでは──と思ってしまう。


 ふと熱い視線に気づき視線を向けた瞬間、セドリック様と目が合った。深い紺青の瞳に思わず吸い込まれそうになる。


 セドリック様は顔が緩み、あまりにも蕩けた笑みにドキリとしてしまう。そのせいで「神殿」や「夫婦の契り」などの単語を聞き返すタイミングを失ってしまった。もう色々なことが起こり過ぎて許容範囲を超えてしまったというのもある。


 一旦、状況を整理しよう。そう思っていたのだが、セドリック様に横抱き──つまりお姫様だっこされたまま、宮殿へと歩き出したため動揺してそれどころではなかった。


(え、これは。なんの思惑が? 私が逃亡しないため……?)

「オリビアは軽いですね。もう少しちゃんと食べないとだめですよ」

「えっと……あの……はい」

「ふふっ。昔は私のほうが抱っこや抱き上げられていたのですが、ようやく貴女を腕の中で抱き抱えられて嬉しいです」

(人違いなのでは……?)


 生贄の連行なら兵士にさせればいい。

 私の服装はお世辞にも綺麗とは言えないし、魔物の返り血も浴びている。

 生贄になるまでは客人対応、来賓という扱いなのでは──と考えたが、それでも横抱きというのは距離感が近すぎる。何より先程から愛の告白めいた言葉がつらつら出てきているのは一体。


「今日のために部屋の充備は万端です。ドレスも色々用意したので、気に入ってもらえると嬉しいです」

(う……、曇りのない眼差し。本当に花嫁として迎えてくれたと勘違いしそう)


 悶々と考えている間に奥の部屋へと案内された。

 恐らく王族の居住区域だろう。


 優美な扉を見た時から予感はあったが、調度品の質の良さとエレジア国王族の自室以上の広さにただただ驚く。


「今日からここがオリビアの部屋です」

「え。……あの、何かの間違いでは?」


 どう考えも豪華すぎる。贅を凝らした空間に落ち着かず、拒絶反応がでそうになった。

 清潔感もあり、芸術的な鏡や、カーテンの値段を考えただけでも卒倒してしまいそうだ。


「もしかして狭すぎましたか? それともオリビアの趣味じゃないとか」

「いえ、そんなことはありません! あのできればランクをもう少し落とすことは──」

「わかりました」

(すんなり快諾してくれた。……よかった。こんな豪華な部屋、汚したら弁償代とか考えて落ち着けないし……)

「オリビアの希望を聞いたうえで、新たに宮殿を建てましょう。申し訳ないですが、今しばらくお待ちいただけますか」

「!?」


「違うそうじゃない」と叫びたかったが、そんなこと言えるはずもなく──けれどここで否定をしなければ、確実に宮殿が急ピッチで建てられてしまう気がした。


「あ、あの……セドリック様」

「宮殿の設計図関係は後々話すとしましょう」

「そうではなく……」


 壊れ物を扱うようにそっとソファに降ろしてくれた。たったそれだけのことなのに、優しくされたことが嬉しくて泣きそうだ。「違う、きっと裏がある」と自分の心を必死で押し殺す。

 もう期待しないと決めたのだ。

 フランがいない世界に居てもしょうがない。


 だから死ぬためにここに来た。心が揺れ動くたびに裏切られる生き方は、もう嫌だ。

 覚悟はできているのに、体の震えが──止まらない。

 震えるな。お願い、止まって。


 ふと彼から感じられたシトラスの香りと、温もりが消えて心細くなる。私の機微に気づいたのか、セドリック様は床に膝を付いて私の手を両手で重ねた。


「オリビア、顔色が悪いですよ。やはりどこか痛いのですか?」

「いえ。……セドリック様、お立ちになってください」

「オリビアと触れ合えて幸せですので、私のことはお気になさらずに」

「そ、そんなこと……恐れ多い」

「では、私が貴女を抱きかかえて座っても?」

「え、あ」


 突拍子もない発言だが、どうにもセドリック様は私から少しも離れたくないらしい。

 この甘えるような感じはフランに似ている。少しでも私の姿が見えないと泣きそうになりながら、私を探し回っている可愛い子。


 あの子のお気に入りは私の肩に乗るか、膝の上に座っていた。

 懐かしい。そうフランのことを思い出してグッと堪える。


「オリビア」

「――っ」


 優しい声音で、セドリック様は私を抱きかかえてソファに座り直した。まるで私の心の傷を癒そうとフランがしてくれたように、私に優しくしてくれる。

 フランと全く違うのに、温もりや優しさが痛い。


(初対面なのに、なぜだろう。フランが傍に居るようで落ち着く)

「以前は貴女の膝の上に乗せてもらっていたので、大人になったら私が──と夢見ていたので、とても嬉しいです」

(と、吐息が……でも、今更離れてほしいと言ったら機嫌を損ねるわよね……)


 竜魔王の膝の上に乗る──この状況そのものが不敬な気もしなくもない。ただ予想以上にセドリック様は嬉しかったようで、尻尾が私の腕に巻き付いている。


 艶やかな尾は宝石のような鱗でヒンヤリと心地よい。

 傍から見たら完全に恋人との仲睦まじい光景に見えるだろうが、私としてはフランが巨大化して甘えているように感じてしまう。実際にフランが巨大なオコジョになったら絶対にやると断言できる。それぐらいあの子と言動がそっくりなのだ。


(フランが居なくなって、いよいよ壊れてきたのかも……。あろうことか竜魔王をフランと同一視するなんて……)

「オリビアはいつもいい匂いがしますね。香水でもつけているのですか?」

「え……いえ。石鹸の匂いとかでしょうか?」

「いいえ。もっと甘くていい匂いです。とても落ち着きますね」

(私は全く落ち着きません……)


 それにしても、どこから聞くべきか。色々考えてはみたものの、目まぐるしく変わる環境や出来事に、思考回路──いや処理能力が追い付かない。


 エレジア国が三年前、私を保護という搾取へ走った経緯。

 生贄ではなく花嫁──番として歓迎したのは?

 セドリック様と私の関係。

 フランとセドリック様との繋がりも気になる。自問自答しても答えは私が知るはずもないので、セドリック様に聞くしかない。地雷臭がすごいので慎重に尋ねた。


「……セドリック様、フランとはどういった繋がりがあったのですか」

「ああ、そうですね。先に話してしまうと、フランは私の魂の一部で百年ほど前にオリビアと一緒に石化してしまったのです」

「セドリック様の……魂の一部がフランだった?」


 思わずオウム返しのように言葉が漏れた。

 セドリック様の話では百年ほど前、フィデス王国にセドリック様の兄竜魔王が来訪した際、悪魔の罠によって魔物の総攻撃に見舞われたという。


 その時国民を守るため、フィデス王国一の魔術師が石化魔法を行使した。

 それが私だとか。

 幼かったセドリック様だけが事態を把握しており、また兄王から竜魔王代行を任命された。それから百数年が経ち、私とフランだけが石化魔法が解けたと話した。


(どうして……私とフランだけ?)

「当初は我が国で保護していたのですが──」

「陛下。お話中に、失礼します」

「ん、ああ。来たか」


 宮廷治癒士と、侍女長が部屋に到着した。

 ひとまず怪我の具合を診てもらうことになったのだが、セドリック様は私を離すまいと抱きかかえている。

 このまま手当をする流れになりつつあったが、宮廷治癒士は冷ややかな視線をセドリック様に向けた。心なしか眼が笑っていない。


「あの陛下」

「なんだ? このままでも治療は可能だろう」

「いえ。まったく。陛下の魔力が周囲に漏れて、治癒魔法が掛け辛いのですが」

「む。……部屋の隅に居るのは」

「駄目です」

「……どうしても駄目か」

「駄・目・で・す。あと返り血で服が汚れているのですから着替えてきてください! オリビア様に嫌われたいのですか?」

(え、私!?)

「…………わかった」


 陛下の方が立場は上なのに、宮廷治癒士に一蹴されている。しょんぼりと肩を落とすセドリック様が何故か可愛らしく見えた。


(そういえばフランが落ち込むと、いつもあんな風に尻尾を引きずっていたような……)


 哀愁漂う背中を見るたびに、言葉をかけていたのを思い出した。「終わったら一緒にお茶をしましょう」と──。


 懐かしくて心の中で口にしたつもりだったが、どうやら自分でも気づかないうちに声に出ていたようだ。全員の視線が私に向けられる。


「オリビア」

「あ。えっと、これは……」

「ええ、一緒にお茶をしましょう。約束ですよ。オリビア」

(急に機嫌がよくなった!?)


 とびきりの笑顔を見せたのち、セドリック様はスキップしそうな勢いで退室した。聞きそびれてしまったが、これはこれでよかったのかもしれない。

 不敬かもしれないが今までの流れで、あの方が本当に竜魔王様なのか疑問に思ってしまった。


「私は宮廷治癒士のローレンスと申します」

「よ、よろしくお願いいたします」

「頭を下げないでください。それに敬語も不要です」

「そう言われても……」

「では慣れたらそのようにしてください」

「あ、ありがとうございます」


 ローレンス様は、セドリック様とは違う竜魔人で、金髪碧眼、白い外套を羽織った柔和そうな男の人だった。

 

 私相手でも紳士に接してくれる。『ローレンス』という名に聞き覚えがあったが、すぐに霧散してしまう。最近どこかで聞いたような。


「それでは始めます」


お読みいただきありがとうございました☆^(o≧∀≦)oニパッ



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