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第20話 忍び寄る脅威

 

 誰かに愛されたかった。

 真っ黒な場所で、私の傍に居る人たちはたくさんの「おべっか」は言ってくれたけれど、「愛している」と心から言ってくれる人はいなかった。

 誰かに抱きしめられた記憶はない。

 大人になって、気づいたら甘え方も頼り方も分からなくなっていて。

 誰かが頼ってくれるのが嬉しくて。

 誰かが笑ってくれるのが心地よくて。

 いいように利用されていると、どこかで分かっていても──断り切れなかった。

 でもでもだって、ばかりだったと思う。

 そうやって生きてきた私のことを、ちいさな、誰かが抱きしめてくれた。

 心から「すき」だと言ってくれた。


 あれは──誰だっただろう?

 頬を摺り寄せて、「愛している」と口にして、とっても温かくて、安心できた。

 ああ、他人の体温はこんなに温かくて、落ち着く。

 甘えるのが下手だけれど、弱音の吐き方も分からないけれど、強がらなくていい。そう言ってくれる人と、ようやく、出会えた。

 ちゃんと帰ってくるから、と誰かに言った気がする。

 帰る場所があるんだって、わかったらなんでもできそう。

 もう思い出せない、記憶が霞んで、霧散してしまうけれど、あれは──。


『────オリビア』そう、私を呼ぶのは──。



 ***



 朝、目を覚ますとセドリック様が傍に居て、寝息をたてている姿に口元が緩んだ。

 すっかり雨も止んでカーテンの隙間から眩しい日差しが差し込んでいた。

 セドリック様を起こさないように、ベッドから出ようと動こうとした瞬間、体が動かない。身動ぎしてもびくともしない。しかしセドリック様の両腕は枕を抱きしめているので彼の腕ではない。──布団の中を見ると、尻尾が私の腹部に巻き付いていた。


(あ、うん。これは……抜け出せそうにない)

「ん~、オリビア」


 幸せそうに寝言を呟くセドリック様に、ドキドキと胸の鼓動が煩い。


(こ、これは……もしかして病気? 動悸息切れ……何か、命に係わる)

「命に係わるかもしれません。ちなみに病名は《恋煩い》というらしいですよ」

「え」


 さっきまで眠っていたはずのセドリック様は、どこか意地悪そうな笑顔でこちらを見ている。

 コイワズライ。聞いただけで恐ろしそうな病名だ。


「そ、それはどんな恐ろしい症状が?」

「ため息が増えて、ぼーっとするらしい。あと食欲がなくなって涙もろくなるとか」


 ぐう、とタイミングよくお腹が鳴った。

 もう恥ずかしさで顔が熱くなる。


「……逆に食欲が増してしまうこともあるとか」

「な、治す方法は……あるのですか?」

「うん。……私にいっぱい愛されること、ですかね。やっぱり、ここは敬称なしで呼ぶところから始めてみては?」


 なんだか昨日から同じことを催促されているような。

 でも呼んだら、セドリック様は喜んでくれるだろうか。


「……セドリック…………」

「なんですか、オリビア」


 私の髪を一房掴むと、キスを落とす。

 昨日よりも、ドキドキする。

 昨日よりも、セドリック様に触れたい。

 どちらともなく距離が近づき、唇が触れ合う刹那。


「大変です。セドリック様!」


 ノックなしに寝室に飛び込んできたのは執事のアドラ様だ。一瞬でセドリック様の笑顔が凍りつく。心なしか部屋の温度も五、六度急激に下がった。

「あ、これ死んだ?」とアドラ様と、諦めの境地に居たので慌ててセドリック様に抱き付いた。


「セドリック、酷いことは駄目です」

「はい、オリビア」


 コロッと表情が和らいだ。それに私とアドラ様はホッとする。


「……それで、アドラ。何用ですか?」

「大変です。エレジア国の使節団が来ており、陛下に面会を求めています」

(エレジア国……?)


 エレジア国、使節団。

 その単語がどうしても恐ろしい何かの象徴に思えて、血の気が引いていく。

 まるで「幸せになることを許さない」と誰かに言われているような──不安に押し潰されそうになる。上手く呼吸もできず、手に力が入らない。


「オリビア」

「!」


 手を引いてセドリック様は私を抱き寄せた。彼の腕の中にすっぽりと納まり伝わってくる温もりに癒される。少しだけ擦り寄ると嬉しそうに尻尾が揺れた。


「えー、あー、それでですね。使節団の目的は、グラシェ国との国交及びオリビア様から錬金術と付与魔法の手ほどきを受けたいと──」


 ニコニコ笑っているセドリック様の表情が氷点下の笑みに早変わりしていく。めちゃくちゃ怒っているのが分かる。

「ねえ、オリビア」と、甘い声で私を見つめ機嫌が直ったかと思ったが──。


「エレジア国、いっそ滅ぼしてしまいますか?」

「だ、駄目です。絶対に駄目」

「オリビアの笑顔が陰る元凶は、元から根絶したいじゃないですか」


 懇願するような視線を向けらえるが頷けない。というか頷いたら本当に実行するだろう。苦笑しつつも、セドリック様の心遣いが純粋に嬉しかった。


「……でも、三カ月経って急にどうして?」

「おそらくオリビアの偉業が、他の人間たちでは賄えないと気づいたのでしょう。エレジア国を去る際に錬金術や付与魔法の指南書みたいなものは作らされなかったのですか?」

「屋敷に発注書を残していたので、作り方などは書いておいて来たのですが……」

「じゃあ、それがあるので『自力で頑張れ』と言って追い返しましょう」

「え、でも……。大丈夫なのですか?」


 セドリック様の「もちろんです」と即答する。


「私の大事な、大事な王妃を馬車馬のように使っておいて、さらに利用しようとしている浅ましさ──何より向こうの条件を無条件で呑めば我が国としても舐められますからね。ここはアドラたちに任せて対応し、それでもごねるようなら私が出ます」

「私も一緒の方がいいのでは?」

「では()()()()()()同席してくださるのですか?」


 冗談っぽくセドリック様が私に問いかけてくるので、恥ずかしくて顔が見られず視線を床に向けつつ本心を吐露する。


「セドリック……が嫌じゃなければ、隣にいたい……です」

「オリビア。本当ですか、本当の本当に!?」

「……はい」

「やったあ。ああ、嬉しくてどうしましょう!」


 セドリック様は私を抱き上げてワルツでも躍るようにステップを踏む。

 アドラ様も「おめでとうございます」と拍手をしてくれるので、なんだか急に恥ずかしい。


「では準備をしてきてください。サーシャ、ヘレン」

「承知しました」

「お任せください!」


 唐突に姿を見せたサーシャさんとヘレンさん。待機していたのか全然気づかなかった。二人とも目が輝いており、お風呂に入ってマッサージ、着替えコースが待っていると直感した瞬間だった。



 ***



 たっぷり一時間半以上かけて、着飾ってもらった。思えばグラシェ国で社交界などのパーティーはあまり行われておらず、公務らしいことをするのは今回が初めてだと思い至り緊張してしまう。胸下に切り替えがあり、スカートが流れるように落ちるエンパイアドレスの色はセドリック様の瞳の紺藍色と白で、全体的に金や銀の刺繍をふんだんに使っている。蜂蜜色の長い髪は編み込みで綺麗にまとめ上げており、胸には真珠と深い青色の宝石付きのネックレスといつも以上に気合が入っている。


(よく考えればセドリック様の妻になりたいと公言したのは今日初めてだったから、今まで公務に関して配慮されていたのかもしれない。もっとも、この三カ月、セドリック様が遠征やら各地の視察、パーティーなどで城を空けることが殆どなかったような……)


 使節団は城内の客間に案内をしており、セドリック様たちが対応をしているという。足を治癒魔法で治してもらい、久しぶりに自分の足で歩くことができる。

 リハビリもしてきたおかげで歩くのも問題ないものの、長時間に関してはローレンス様から許可がおりていない。


「ど、どうかしら?」

「素敵です、オリビア様」

「ええ、本当に。花の女神のようですわ」

「あ、ありがとうございます。……セドリック様も喜んでくれるでしょうか」

「すっごく喜ぶと思います!」

「同感です」


 鏡を見ても、サーシャさんとヘレンさんの頑張りで綺麗に着飾ってくれた。靴は足に負担を掛けないヒールの低いものを用意してくれたので、客間まで問題なく歩くことができた。

 控えめなノックをして、客間に入った。


 広い部屋に向かい合わせにソファがあり、そこでエレジア国の使節団よりも先にセドリック様に目が行った。白の正装で身を整えており、いつにも増して三割、いや五割増しに凛々しく見える。長い髪も蜂蜜色の網紐で結っていて、私を見た瞬間、口元が綻んだ。


「セドリック様」

「ああ、オリビア!」


 素早くソファから立ち上がって、部屋に入った私の前に足早に歩み寄る。私は膝を曲げてカーテシーをして挨拶をした。


「お待たせして申し訳ありません」

「オリビア、貴女が謝る必要なんて一つもありませんよ」

「ありがとうございます」


 手を差し伸べられ、セドリック様にエスコートされながらソファへと向かった。テーブルを挟んで座っていたのは、エレジア国の使節団として赴いたクリストファ殿下、聖女エレノア、他にも神殿の神官たちが数名いた。その全員が唖然とした顔でこちらを見ている。


「クリストファ殿下、聖女エレノア様もお久しぶりでございます」

「え、ええ……」

「あ、ああ……!」


 エレノア様は聖女としての笑みが崩れており目にはクマ、顔色も悪く毛並みも以前よりも悪い。三カ月前の自分の姿と少しだけ重なった。


(もしかして私が抜けた穴をエレノア様が?)

「オリビア、見違えるほど美しくなって! 今日会うことができて何よりも嬉しく思う」


 馴れ馴れしく話しかけてきたクリストファ殿下に、セドリック様の眉根が僅かに吊り上がった。本来ならセドリック様の妻として使節団たちの挨拶をすべきなのだろうが、彼は「妻は足の怪我が治っていなくてね。座らせてもらっていいだろうか」と切り出してサッサと私をソファに座らせてしまった。慇懃無礼な態度かもしれないが、圧倒的な国力及び財力をもつグラシェ国からすれば人間の国程度でそこまで(へりくだ)る必要はないのだろう。


「……さて、議題はなんだったかな」

(いつもの柔らかい声とは違って、よく通る声に淡々とした物言い。……新鮮な気がする)


 セドリック様の新しい一面ばかりに目がいってしまい、クリストファ殿下のことなどまったく視界に入っていなかった。

 本当はお会いしたらつらい気持ちや、一時期は婚約者として淡い気持ちが芽生えていたことが蘇るかと思ったけれど、まったくなかった。つらくて、苦しくて、悲しい記憶は全部セドリック様との時間が癒してくれたから。


「で、ですから、我が国ではオリビアの力が──」

「その名を軽々しく呼ばないでいただきたい。すでに貴公らとの契約も消えた。今回の使節団も兄王の側室が勝手に了承しただけで私は関与していない。国として信頼関係もない今、こうやって来客として遇していることが異例なのだが」

「失礼……しました。しかし、我が国ではどうしても王妃様の力が必要なのです」

「そうです。彼女は三年、我が国のために貢献してくださった慈愛ある方。どうかもう一度我が国のためにご尽力いただけないでしょうか」


 都合の良い言葉を並び立てて、また私を国のために利用したいと言っているクリストファ殿下とエレノア様に心底驚いた。あまりにも面の皮が厚い。

 あれだけの仕打ちをして、また私が尽力するとでも思っているのだろうか。沸々と湧き上がる怒りを呑み込んで私はセドリック様を見つめた。


「セドリック様、発言をしてもよろしいでしょうか」

「ええ。オリビアへの依頼──いえ物乞いのようなので、返答して差し上げてください。もちろん、我が国の心配などせずに、たかが人間の国と国交を結ばなくても政治的、経済的にも問題ないので」

「なっ」

「その言い方はあまりにも失礼では?」

「そうよ! シナリオ展開をめちゃくちゃにしたあげく、貴女だけ幸せになるなんて許されない。貴女は我が国に対して誠意ある対応が必要なの」


 噛みつくような声で神殿の神官やエレノア様は反論してきた。

 ふう、と吐息を漏らし、相手を真っ直ぐに見つめながら自分の気持ちを口にする。


「それが人にものを頼む態度でしょうか。……私はグラシェ国の王妃として今後セドリック様を支えたいと考えております。そのためすべきことが山のようにあり、貴国の支援をする気もありません。どうぞお引き取りを」

「そんな……。我が国を見捨てるつもりか?」


 情に訴えるクリストファ殿下に私は「はい」と端的に答えた。

 三年、その間に私の心を壊し、自尊心と矜持を踏みにじり、自由と時間を奪い続け搾取し続けた元凶を前に、私は勇気を振り絞って言葉を返す。


 ずっと怯えていた。

 グラシェ国では温かい居場所を用意してくれて、優しかった。でも信じられなくて、疑って、怖がって──そんな私を全部セドリック様は受け入れて包み込んでくれたのだ。その思いに私も応えたい。


「私を奴隷のように扱う国に、温情をかける気持ちなど欠片もございません。三年あなた方の国が私を保護したと仰っていますが、その分の恩は錬金術及び付与魔法の依頼で補ってきました。これ以上、何かを要求するのであれば国として王妃に依頼をする──ということになりますが、その分の報酬を貴国では用意できるのでしょうか」


 手が、唇が震えていたけれど、セドリック様が手を重ねて手を握ってくれた。彼に視線を向けると「よく言った」と微笑んでいる。


「我が妻の返答は今述べたとおりだ。妻にした仕打ちを聞いたときに一国を滅ぼしてもよいかと問うたが、オリビアは非常に慈悲深い。滅亡の危機を知らずに脱していたことを喜び、明日にでもここを立つといい」


 クリストファ殿下はグッと拳を握りしめ、縋るような目で私に視線を向けた。その必死な形相に少し恐怖を覚えたが、目は逸らさなかった。


「……っ、では、せめて元婚約者として二人っきりで話を──」

「それは私に喧嘩を売っているのか? 今すぐその首と胴を切り離しても構わないが」

「──っ!」

「そ、それなら、同性であるわたくしも同席しますので、お話を──」

「オリビア、この者たちと個人的に話す気はありますか?」


 穏やかにそして温かな視線を私に決定権を委ねてくれた。その気遣いが嬉しい。


「いいえ。言いたいことは先ほど言い終えましたので、特にありません」

「ということだ。我々は失礼する」

「お待ちください!」


 明らかに拒絶をしているにも関わらず、クリストファ殿下とエレノア様は食い下がる。だが話はついた。セドリック様は立ち上がり、私を連れて部屋のドアへと向かった。

 サーシャさんが扉のドアを開いた刹那。

 轟音と爆音が城中に響き渡った。

 周囲の空間を歪めるほどの魔力、いや猛りくるこの暴力的な殺意は──。

 覚えていなくとも直感でわかった。


「魔物?」

「セドリック様、突如城内に異空間が裂け、魔物が──」

「こちら一階でも狼系の魔物が数体確認しました」


 セドリック様はすぐさま私を抱き寄せ、的確な指示を出す。ふと客間にいた()()()()()()殿()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何か知っている。そう直感した私は問いただそうとした──瞬間、客間の窓ガラスが割れ、赤紫色の巨大な触手が大量に部屋へとなだれ込んできた。

 エレノア様や神官たちは悲鳴にも似た声を上げ呑まれた。クリストファ殿下も同じく触手に呑まれたが、まるでそれを事前に聞いていたかのような平静だったように見えた。私に触手が肉薄するが、セドリック様が斬り伏せ難を逃れた。私は必死でセドリック様に抱き着いたのだが、立っていた床に亀裂が入り触手が足を絡めとった。


「あっ」

「オリビア」

「セドリッ──」


 抵抗する間もなく、私はセドリック様と引き剥がされ──そこで意識が途絶えた。

お読みいただきありがとうございますo(≧∇≦o)(o≧∇≦)o

ついに始まりました最終章

次回は19時過ぎ?になります。


最終話まで毎日更新(*´ω`)

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