第18話 悪魔ダグラスの視点/王兄第三姫殿下リリアンの視点
クソみたいな無意味で、無価値で壊れた世界。
俺たち悪魔を生み出すのはいつだって、人間のクソみたいなドロドロした負の感情からだ。
妬みに嫉み、憎悪、傲慢、愚かで、利己的で、クソみたいなやつら。
そんなクソみたいな世界をぶち壊そうと思っていた。
もともと悪魔なんてそんなものだった。
それを変えたのは、たった一人の人間。
馬鹿みたいなお人好し。
大嫌いだった。疎ましくて、妬ましくて。
本当は今にも叫び出したいのに、一人で耐えて馬鹿みたいで。
だから傍にいて全部、食ってやろうと思った。
オレは《原初の七大悪魔》の一角、暴食のグラトニー。物質だけじゃなく魂や記憶を食うことで力とする。その人間の過去を少しずつ食っていった。幼いころの記憶を、人間にとって大事な根幹となる記憶を食らうことで、嫌がらせをしてやろうと思った。
いつもへらへら笑っている人間が嫌いだった。
嫌いだった──はずなのに、記憶を食べるとアイツが酷いことばかりされて生きてきたことが悔しくて、悲しくて、泣けた。
オレが奪っている記憶はどれもつらくて、苦しいものばかり。
オレは簒奪者なのに、人間はオレの傷を手当てして、優しくする。
負の感情に呑まれず、オレに温もりと愛情と、居場所を作ったただ一人の人間。
「お前、オレが怖くないのか?」
「全然」
「オレは悪魔だぞ」
「うん。それでも今は小さなこどもで、傷だらけの君を放っておけないわ」
そう言って天使族の子供も助けた。
竜魔人族の子供も同じように。
救っているのは人間なはずなのに、自分が救われたような顔をする。
空っぽな悪魔のオレに負の感情以外のなにかを教えた人間。
オレもセドリックのように、最初から甘えて「好き」だといえば何かが変わったのだろうか。
寂しそうにしていた人間は、笑顔が増えた。
悪夢を見ることも、無茶をすることもなくなった。
セドリックと一緒に寝るようになってからだ。
無理をしようとするとセドリックが抱き付いて離さない。
セドリックは人間を思いやり、それに人間も応えている。
人間の記憶が華やいで、色づく。
それを変えたのは、セドリックだ。
ずるい。オレが先に見つけたのに。
オレが──。
それでようやく気付く。
ああ、オレはあの人間が好きだったんだ。
でも、いまさらだ。
オレはあの人間の──リヴィの記憶を食ってきた。奪ってきた。殺そうとした。
犯した罪は変わらない。
恨まれて、憎まれて当然だ。
でも、愛されたい。矛盾している。
たくさん悩んで、考えて答えを出した。
オレが隣に居なくてもいい。生きてほしい。そしてまた抱きしめて、頭を撫でてほしい。
その場所を維持できるのなら、なんでもしよう。
だからオレは石化魔法を解除する対価として、リヴィの枷を全て取り除こうと決めた。
リヴィを利用するフィデス王国の人間も、オレ以外の悪魔も許さない。
リヴィを含めて、リヴィに関わる記憶を全て喰らいつくした。
あの悪魔はリヴィを撒き餌にして力を増幅しようと画策していたから、それを逆手に取ってリヴィの記憶そのものを消してやった。
真っ新になった状態でも、セドリックが傍に居るのなら大丈夫だと。
もっとも三年ほどエレジア国に人質にされたと聞いた時は、思い切りセドリックを殴ったが。
それから三年。魅了をまき散らす有害者の対策の為用意した特集魔導具を用意して早くリヴィに会いたかった。もうひと仕事があったので、とりあえずセドリックに釘を刺す。
「お前、次、リヴィを傷つけることがあったら、今の記憶を全部食って、オレとスカーレットで亡命するからな」
「ぐっ……、わかっている」
オレがそんなことを言うことも、連れ去る資格もないのに。
それでもセドリックもスカーレットもオレをいい奴だと信じている。
本当に、馬鹿な奴ら。
そういうことはリヴィと一緒で、お人好しすぎる。
セドリックとしても悪魔の企てに腹が立っているのだろう。あの用意周到さと狡猾さを考えればコイツを出し抜くこともできただろう。タイミングも悪かった。
だが次はない。
そう次はあの悪魔を滅ぼす。絶対に。
それからあっさりと《魅了女》を投獄できたとセドリックは語った。
魅了封じの魔導具は素材集めが面倒だったが、その分効果は絶大だったそうだ。
リヴィが眠った後、セドリックの執務室で報告会が開催される。そこに集うのは、セドリック、オレ、スカーレット、侍女長というか強欲、執事だ。
「ミアだったか、あの女、オリビアの前で言い寄ってくるので、危うく殺しそうになった」
「よく耐えたな」
「うぁあ、気持ちは分かるけれど、それやったらリヴィのトラウマになるから絶対にやったらダメよ。嫌われたくないでしょう」
そうプリプリとスカーレットはセドリックを嗜めた。
殺した方が早い。それは同感だがその場合、大義名分が必要となる。
グラシェ国は多種多様な種族が暮らしており、その中で稀に他種族のハーフが生まれる際に有害となりえる能力を持って生まれることもしばしばあった。
昔は被害が出る前に処分するのが習わしだったが、「あまりにも不憫だ」ということで成人するまでに力の制御ができるか否かの選定が設けられるようになった。
それでも制御できない者は排出される。中でも高貴な家の出であれば「子を残すことはできないか?」と竜魔王に歎願したそうだ。その結果、兄王ディートハルトが後宮という表向きは側室として──収容所を作ったのが始まりだ。思えばディートハルトが王妃のクロエの負担を減らすため、悪魔に利用されやすい者たちを匿う場所でもあった。それが逆に利用されたのだから笑えない。
「《魅了女》は無自覚でいいように色欲に利用されていただけだろう。案の定、侍女が一人姿を消したみたいだしな」
「もう一人のリリアン姫殿下の方に転がり込んだんじゃない? あっちにも唾をかけていたようだし」
「次は毒殺関係の案件が増えますね」
「食事や茶菓子は注意をしなくては」
そう執事と侍女長は深刻に呟いた。毒を封じる魔導具も作れなくはないが、《毒姫》の場合、感情の起伏によって毒の濃度が変動するため魔導具の強度を超える可能性が出てくるのだ。毒と魔導具の相性が悪いのもある。
また災害レベルだが後宮から出ないという条件を守っているのと、自身が手を下していないため侍女を斬り捨てて暗殺の主犯という立場を否定していた。なにより「王妃暗殺など勘違いじゃ。たかが、か弱い人族を竜人族が殺すはずなかろう」と堂々とのたまったのだ。
実際にリヴィは王妃ではない。となれば肩書は人族より竜人族の方が高い──と竜人族たちは本気で思っているようだ。竜人族は竜魔人の次に強く地位も高い。そのためプライドも高く横暴なところも多い。「竜人族として下級な人族よりも自分の娘を王妃に」と考える馬鹿どもは多いのだ。
「もうさっさと結婚してしまえばいいんじゃないか」
「それはそうだけれど、オリビアの気持ちが追い付いてからがいい」
「今更すぎる。嫌だって言っても離す気なんてないだろう」
「それは……そうだが」
スカーレットは天使族で慈愛に満ちた心穏やかな存在らしいが、直情型で自分の大切な者を傷つける連中には一切に容赦がない。悪魔のオレなんかよりも怒らせてはいけないタイプだ。スカーレットの言葉にセドリックは少し凹んでいたが、すぐさま復活する。どちらにしても竜人族が増長しているのは見過ごせない。ということで秘密裏かつ、外堀から悪魔の包囲網を狭め、追い詰めつつ一気にカタをつけるつもりだった。
そのためにもまずはリヴィの警護を増やす兼ね合いもあって、オレとスカーレットが護衛役として任命された。
会議解散後、いくつかあった仕事を速攻で片付けて、オレとスカーレットはわざとセドリックが来るタイミングを見計らってリヴィに会いに行った。オレたちのことは当然だけれど覚えていない。
けれど記憶がなくても人間というのは、根本というのはそう変わらないようだ。
得体の知れない生き物だというのに、警戒もせずに頭を撫でて──。
膝の上でゴロゴロするスカーレットなんて百年ぶりにみた。
オレも人のことはいえないが。
あの頃の記憶なんてないのに、あの頃に戻ったみたいに心地よかった。
セドリックの落ち込み具合は見ていて楽しかったが。いつも独り占めしているのだから、このぐらいの意趣返しはいいだろう。
それから《毒姫》の嫌がらせなどはオレ、スカーレット、侍女長で華麗に回避。
リヴィは気づいていないようだ。
フィデス王国の頃とは違う。
リヴィを心から慕う人たちに囲まれて、ようやく幸せな日々が始まる。
そのためにもリヴィに知られずに問題を解決して、色欲の呪縛を解く。そうオレとスカーレット。そしてセドリックは力強く頷いた。
だが悪魔を絞める前に《毒姫》がやらかした。リヴィに呪詛魔法をかけて呪い殺すという暴挙にでたのだ。
「くしゅん。……ああ、肌寒くなったものね」なんて暢気にリヴィが言っていたが、オレたちはもう戦々恐々だった。セドリックは動揺のあまりスプーンを落とすし、誰も彼もが慌てた。人族なんて呪詛であっさり死ぬ生き物だとみな分かっていたからだ。一刻も惜しい。
セドリックは急いでリヴィと婚約を結んでいる書面を作り、次期王妃殺害の未遂で《毒姫》とそれらを助長した竜人族を処断した。というかあの時のセドリックが怖かった。
普段怒らない奴を怒らせると凄いんだな。
セドリックが呪詛毒魔法を強制解除、というかリヴィの代わりに弾き返した結果、その呪いは術者である《毒姫》に返り呪い殺された。それはもう壮絶な死だった。《毒姫》の侍女シエナはいち早く消えており、スカーレットがエレジア国に逃げるのを見越して先回りしていた。
スカーレットの勘は見事に当たった。
激しい戦闘になり、七日七晩激しい戦いになった。大気は震え、雷鳴を轟かせて色欲の力を削いだ。オレも参戦できればよかったが、スカーレットの攻撃は悪魔族のオレに影響を及ぼすので後方支援がやっとだった。
真紅の長い髪に白亜の甲冑を身に纏って戦うスカーレットの姿は悪くない。むしろ有りだ。
(相手が悪魔じゃなきゃ共闘できたのに……)
ディートハルトと天使族のクロエに応援要請を頼んでいたが、援軍の気配に気づいて色欲は身代わりを盾にして逃走。
スカーレットの一撃を食らった身代わりは、リヴィを誘拐した実行犯だった。グラシェ国の牢屋に入っていたはずだが、やられた。
「流石に無傷じゃないけれど、潜伏先が分からないのは厄介ね」
「ディートハルトとクロエにはグラシェ国を探してもらい、オレとスカーレットはエレジア国を探すとしよう」
「あら、意外。リヴィの傍に居たいと思った」
「リヴィの傍には居たいが、お前を一人にさせられるわけないだろう」
首を掻きながら答えると、スカーレットは嬉しそうに笑った。
リディのことは好きだ。けれどセドリックがリディに向ける思いとは少し違う。
(まあ、セドリックに言って安心させるのは癪なので言わないが)
オレとスカーレットはエレジア国で情報を集めるため二週間ほど外出するはめになった。忌々しくも、しぶとい同族に苛立ちが募る。
(戻ってきたらリヴィに甘えて、セドリックに嫌がらせをしよう)
***王兄第三姫殿下リリアンの視点***
侍女シエナの助言通り媚薬を完成させた。妾にかかればこんなものは朝飯前だ。
後は侍女に支持をしてセドリック様に飲ませるだけ。
窓辺に座りながら晴れ渡る青空を眺める。太陽の日差しに目が眩みそうになるが、妾は透き通った青、雄大な雲、燦々と輝く太陽が好きだ。こんな体質でなければ外に出てお昼寝をしたいほどに。
(いつかセドリック様と一緒に──)
そう夢見ていた。
願っていた。
呪われた体質の妾の夢を、あの人族の女は打ち砕いたのだ。
偶然とはいえ、見てしまった。
セドリック様にお姫様抱っこされて庭園を散歩する二人を。
睦まじい姿を目にしてしまった。
刹那、理解する。
どうあってもあの人族の女に敵わない──と。
あんな風に笑うセドリック様を見たことがなかった。
あんなに幸せそうなセドリック様を妾は知らない。
セドリック様が生まれてから、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと見ていたのに。
妾の中で何かが壊れた。
たった一つの希望。
たった一つの願い。
妾に残ったのは憎悪と嫉妬。
燃え上がる感情を抑えることはできなかった。あの女がいなければ、妾が隣にいたのに。
あの女を殺して私がセドリック様の隣に立つ。
腐臭し、悪臭によって部屋が黒ずみ、周囲の侍女たちが死んでいこうと関係ない。
願わくば、あの女に凄惨な死を。
そしてそれすら叶わないのなら、セドリック様に妾の恋に終止符を打ってほしい。
これは予感だけれど、最期の願いだけは叶う気がする。
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