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第17話 王太子クリストファ殿下の視点2/聖女エレノアの視点

「ふざけるな! 私が発注したものと全く違うじゃないか。一カ月で作るのが難しいと言い出し、二ヵ月半待って出来がこれとはどういうことだ!?」


 城の応接室に訪れた魔導士たち数名は誰も私と目を合わさず俯いたままだ。

 苛立ちのあまり、テーブルに置かれた回復薬を壁に叩きつけた。

 鑑定の結果、回復薬はオリビアの作り出した効果の半分以下の効果しか出ず、付与魔法に至っては一度使用しただけで壊れるなど採算が合わない物ができあがった。

 魔導ギルドの責任者である老人が恐る恐る口を開いた。


「も、申し訳ございません。……しかし我が国の技術ではこれが限界と言えます。なによりろくな設備もない状態で作られた回復薬は、百年前に失った超回復薬エターナル・ポーションと呼ばれるもので、今や伝説級の逸品でございます。これらを作れた魔導士は歴史上指を数えるほど……」

「説明書と材料があっても作り手が違うとこうも違うのか?」

「はい。……特に錬金術においては薬の知識、経験、また感覚的な配分など練度が重要になってきます」

「では付与魔法はどうなる。こちらはお前たちの専門分野ではないか?」

「付与魔法はそもそも複雑な術式命令によって発動するものでして、その術式を作り上げる集中力、膨大な魔力量はもちろん、術式をくみ上げるまで付与する対象物に魔力を一定の力で流し込むという繊細さが必要となる──謂わば才能に左右されるのです……」

「つまりオリビアは錬金術師として、いや魔導士として最高峰の逸材だったということか」

「その通りでございます。できることなら我々が教えを乞いたいものでしたが、その……」

「なんだ?」


 躊躇う老人の態度に苛立ちが増し、睨みつけた。老人は脂汗を流しつつ、重い口を開いた。


「その、回復薬や魔導具はエレノア様が作られ、オリビア様は手伝い程度だと聞いておりましたので、何度かエレノア様に手ほどきを打診したのですが断られておりまして……」

「エレノアが──そんなことを?」

「は、はい……。聖女様が仰っていたので、我らも鵜呑みにしていたのですが……。日に日に魔力(マナ)が衰えておりまして……それもこれもオリビア様がいなくなってからだと思うと」

(あの女! オリビアを絶望させるためにちょうどいい駒だった癖に!)


 何が未来を知る異世界転生者だ。ろくな魔法も使えず、我儘し放題。聖女でありながら強欲で責務を他人に押し付ける。エレノアがオリビアの代わりに金を生む能力と才能を持っていればまだマシだったが。


「それだけではありません。最近は部屋にこもってしまい、『シナリオシュウセイが効かない。どうして』とか『このリストにあるものを持ってきて、《隠しキャラ(原初の七大悪魔)》を召喚する方法に必要なの!』などとおかしな言動が多く、神殿側でも対応に困っていると神官たちが愚痴を漏らしておりました」

「はぁ……」


 この国では神殿と魔導ギルドは対立しているように見えるが、実は裏では繋がっておりコインのように表裏一体として機能している。もっともそれらを知っているのは王侯貴族では少数派だが。


(シナリオシュウセイ? カクシキャラ? また訳の分からないことを言っているのか)


 こうなってしまうとオリビアという金を生むガチョウをみすみすグラシェ国に持っていかれたということになる。

 ふとここであのセドリックという男が、オリビアに執着していたことを思い出す。なぜさほど美人でもない女を王弟が妻として望んだのか。その理由がようやく理解できた。


(そうか。三年前の段階でセドリック(あの男)はオリビアの価値を理解していたのか。だから五体満足で返してほしいと──)


 衣食住の援助、自分がオリビアに接触することを避けたのも、全てはオリビアのもたらす利益の為だったのだと合点がいった。

 目先のことに囚われ過ぎていた。三年間の間にもっと優遇をしていれば──。


「とりあえず数をこなし、少しでもオリビアの作ったものに近づけろ」

「は、はい……」


 魔導士たちが退出した後、使用人たちが散らかした回復薬を片付けていく。それを横目にソファの背もたれに寄りかかった。

 今更ながらにオリビア一人の働きが、この国の基盤となりつつあったことに気付く。楽な生活をしていた分、生活水準を落として三年前のような苦悩をしたくないと思うのは当たり前だろう。


(こんなことならもっとオリビアから後継者育成のレポート、いや進捗を何度も確認するため足を運べばよかった)


 どちらにしても今更だ。

 すでに竜魔王の王妃として迎えられているだろう。同じような娘を国から探し出すか、それともグラシェ国との交渉で上手く立ち回れないか。色々と思案を巡らせるが妙案は出なかった。

 そんな時、ふらりと三年前の使いが姿を見せる。


「こんばんは、クリストファ殿下」

「お前は……」


 気配もなく影のように姿を見せる女は相変わらず黒の外套を羽織っており、フードを深々と被って口元以外の顔が見えない。人族でないのは雰囲気で分かるが、自分の勘違いでなければ世界で七人しか顕現していない悪魔族──《原初の七大悪魔》の一角。

 人の負の感情によって顕現する存在。怠惰、暴食、色欲、強欲、傲慢、憤怒、嫉妬。その中で色欲のラストだと思われる。


「三年間、お疲れ様でした。……ですが、エレジア国ではオリビアの知名度はあまり高くはなかったのですね。そのあたりは想定外でした」

(……どういう意味だ? そもそもこの女の目的が三年前からよくわからない。あの時は、なし崩しというか何となく合意したが、今考えると胡散臭すぎる。生贄としてオリビアを差し出したという風に指示してきた意図も……。何を考えている?)


 懐疑的な視線を受けて女は口元を歪めた。


「現在オリビアは未婚のまま、セドリック様と婚姻を結んでおりません」

「なっ」

「なんでもグラシェ国に向かうまでに足を怪我したとかで、数カ月は静養なさっているそうです」


 婚姻を結んでいない。

 三年経った今でもオリビアを王妃として望まない者がいるということなのだろう。それならば避難場所として我が国に連れ戻すことは可能なのでは──。

 淡い期待を持つが、ふいに竜魔王代行、セドリックの姿を思い出し、冷静になる。


(あの男に私たちがオリビアにした仕打ちを勘づかれるのは非常にまずい。それでなくともオリビアを貶めることで私や聖女エレノアを神格化してきたのだ。今更全ての功績はオリビアだと公言することはできないし、そんなことが露見すれば王太子の座を──駄目だ、駄目だ!)

「クリストファ殿下、私の雇い主であられる前王妃も貴方様と同じく、オリビアが王妃に就く事を望んでおりません」

「……また私を利用するというのか?」


 ふっと、女は口元を綻ばせた。警戒していたはずなのに、彼女の言葉が聞きたくなる。堅固な意志が簡単に砕かれてダメだと分かっていても、彼女の言葉に耳を傾けてしまう。


「……話してみろ」

「ありがとうございます。現在、クリストファ殿下が負わせた足の治療を遅らせており、婚儀の時間を稼いでいます。そこで我が雇い主がエレジア国と国交を結ぶ名目で使節団をグラシェ国に派遣するので、その時にオリビアをこの国に連れ戻せばいいのです。影武者の準備も出来ております」

「しかしオリビアはエレジア国の内情を知っている。彼女が竜魔王を頼れば、我が国は簡単に滅びるのだぞ」


 勝算がない博打に賭けるほど愚かではない。語気を荒げてしまったので、言葉を取り繕いながら相手の出方を探る。


「……それも策があるのか?」

「もちろんでございます。クリストファ殿下、聖女エレノア様をこの三年の間に操っていた黒幕を作るのです」

「黒幕?」

「はい。三年間の所業を黒幕である《原初の七大悪魔》のある悪魔に押し付けるのです。悪魔族であれば精神操作など容易いでしょう」

「…………」


 女は使節団にはエレジア国内で有能な魔導士と神官を連れていくための準備は整えており、またオリビアの魔力と技術を奪う算段もあるという。今ここでは明かせないというのには引っかかったが、最後まで話を聞くことにした。

 どちらにしてもこのまま何もしなければ竜魔王に睨まれるどころか、戦争を吹っ掛けられる可能性が高い。すでに選べる道は選り好みできる立場にない。


(クソッ、三年前から嵌められていたのか)

「──ああ、これは大事なことですが、百年前に隣国フィデスを滅ぼした黒幕は《原初の七大悪魔》の一角、『暴食のグラトニー』。()()()()()()という者です」

「それが今回の黒幕とする悪魔の名か」

「さようでございます。きっと殿下の望みの展開となるでしょう」

「……そなたを疑う訳ではないが、口約束だけでは私たちの信頼関係が幾ばくかの心もとないのだが」


 三年前と同じ轍を踏むと思うな。そういう意図を言葉に乗せた。

 女は嫣然とした笑みでこう答える。


「承知しました。確かに私たちには信頼関係が必要といえるでしょう。こちらの魔導具一式を進呈いたします」


 そう言って影から棺に似た黒塗りの箱が姿を現す。簡素な造りの箱だが複雑な術式が施されており、恐らくは人族ではないドワーフ族あるいは天使族が作り上げたものだろう。箱の中身は国宝級の魔導具の数々が乱雑にギッシリと詰まっていた。


「これは……」

「こちらは手付金と思ってください。これだけの魔導具があれば、国の立て直しはもちろん、あらゆる問題が一気に解決するでしょう。金銭面、食料調達、魔法能力の向上エトセトラ」


 確かに。これだけ国宝級の魔導具があれば金銭問題は一気に解決する。だがこれも一時的なしのぎに過ぎない。永続的に収入を得るための施策が必要となる。


 私の考えを読み取ったのか、女は懐から小さな小箱を差し出した。棺のような簡素な箱ではなく、趣向を凝らしたデザインのもので宝石もあつらえている。この箱だけでもそれなりの金額が期待できるだろう。その中に入っているものは、首輪、指輪、腕輪の三セットで、どれも金と銀で作られた逸品で、繊細なデザインにアクセントとして緋色の宝石を埋め込んだ超一級品だ。見惚れるほどの滑らかなフォルムに艶と輝き。あの棺の数段値が張るものだというのが分かる。


「これは……」

「オリビアのために特別にあつらえたものです。クリストファ殿下にはこちらと同じシリーズの指輪を用意しました。この三点のアクセサリーを一つでもオリビアに就けてしまえば簡単に洗脳することができます。そして三つを装着させることで完全な洗脳状態となるでしょう」

(洗脳? だとしたらオリビアが竜魔を拒絶するように命じれば婚姻も破棄。行き場のない彼女を優しくエレジア国が迎え入れれば──)

「いかがでしょうか」


 悪くない。

 それどころか頭を抱えている問題が解決できる。女の提案を表面上受け入れつつ、慎重に事にあたることを念頭に動く。

 成功したビジョンを脳内で再生させながら、私は口元を緩めた。



 ***聖女エレノアの視点***



 どこで選択を間違えたの?

 転生して《愛憎の七つの大罪》をリアルプレイできると思ったのに!

 シナリオの舞台となる隣国は滅んでいて最初から番狂わせでバグかと思ったけれど、聖女として覚醒して、推しのクリストファ殿下とも恋仲になった。

 百年以上前、隣国の危機を救った魔導士オリビア。彼女の犠牲によって成り立った平和の上に私の知るシナリオは存在する。たった一人の生死によってこの世界は既に私の知るゲーム設定とはかけ離れた流れに突入していた。それが許せなかったからこそ、オリビアには三年間、無理難題を突き付けた。これは私の好きだったシナリオ展開をぶち壊した報いだ。

 同姓同名というだけだったけれど、魔法と錬金術の腕を見て彼女が同一人物だというのはなんとなく察していた。でも誰にも言わなかった。あの女が陽の目を見るのは許さない。


 そうやって虐げることに夢中で、オリビアがいなくなった後のことを楽観視していた。

 私はヒロイン補正がある。だからどんなことがあっても最終的にハッピーエンドに繋がる──そう信じていた。

 なのに……。

 オリビアに全て押し付けて、生贄として差し出してから何かが狂っていく。最初からおかしかったのに、彼女がいたことで水際で防いでいたかのよう。


「ふざけるな。なぜオリビアの後継者が誰もいないんだ? 私は技術を盗むために魔導ギルドに依頼を出していただろう!?」

「だ、だって……後継者を付けたらオリビアの生産速度が遅くなるでしょう。だから後継者を作るよりも一つでも多く量を増やして儲けを増やそうと思ったのよ」

「三年で彼女がいなくなるというのも話していただろう。その後の事はどうするつもりだったんだ?」

「それは……私も魔力が増えてできることがあったから……大丈夫かなって。ほら、私はヒロインだし、そのぐらいのことはシナリオ修正が聞くと思って……」


 あんなに優しかったクリストファ殿下は物に当たるようになった。私に対しても鋭い視線を向ける。それだけじゃない。私の聖女の力も衰えていくのを止められない。

「オリビアだったら」と日々、あの女の名前を口にする。

 全部あの女のせいだ。百年以上前に死ぬはずだったのに!

 どうすればいい?

 どうすればハッピーエンドになる?

 ふと思い出す。()()()()()()()()()()()()()


(あ、そっか。《原初の七大悪魔》がいるじゃない。物理法則もなにもかも無視できる悪魔。それも人間の心を持ち合わせた隠れキャラの二人。ラストや、グラトニーがいる。どちらかをここに召喚できれば──()()()()()()()()()!)


 自然と口元に笑みを浮かべて私は勝利を確信した。

 それが取り返しのつかない選択だと知って後悔するのは、少しあとの話。

お読みいただきありがとうございます☆^(o≧∀≦)oニパッ


下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマ・イイネなどありがとうございます。

感想・レビューもありがとうございます。執筆の励みになります!☆^(o≧∀≦)oニパッ


8/16に聖女エレノアの視点を追加しました(*'▽')!

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