第14話 王弟セドリックの視点3
母上の傍付きとして何年も支えてきた侍女サーシャ。彼女は《原初の七大悪魔》その一角、強欲であり、またグラシェ建国から存在していた初代竜魔王の伴侶だというのは、オリビアが戻って来た当日に明かされた。
私と、父上が執務室で今後の話をしていた時だった。
唐突な申し出に驚きはしたが、父上は知っていたようだ。もっともこの事実は歴代の竜魔王のみに伝わっているという。私に伝わっていなかったのは正規な手続きを踏んで王位に居るわけではなく、代理だからだ。だからそこに関して思う所はない。
サーシャが自分から名乗り出たのも正直、ホッとしていた。「悪魔族だから」という先入観は私には無い。それは長く友人として付き合いがあるダグラスがいるからだろう。これで《原初の七大悪魔》のうち二柱はこちら側に着いたのだから。
「オリビア様の足ですが、ただの複雑骨折ではなく悪魔の呪いがかかっています。わたくしであれば簡単に打ち消せますが、そうすると悪魔の存在に気付かれる可能性がありますので、ダグラス様がお戻りになってからの方が都合がよいかもしれません」
「そうだな。ダグラスにはフィデス王国での下準備や諸々の手筈が終わり次第戻ってくる」
三年前、サーシャは母上の傍付きだったため、オリビアのことを守れなかったことを悔いているようだった。彼女もまた百三年前の彼女と出会い、惚れたのだろう。ダグラスと同じように。愛しい人の素晴らしさが分かってもらえて嬉しい反面、誰にも奪われたくないし、私だけを見てほしいという──独占欲が渦巻く。
「……にしても兄上め、こうなることがわかっていてあの面倒な側室を撒き餌として残していくとは」
「そういってやるな」
「父上も同罪です」
「う……」
「それでサーシャ、兄上とクロエ殿の石像は神殿の地下に格納している──ということになっているが」
「はい、事実とは異なります。当時、フィデス王国の国民すべての憎悪と嫉妬を食らった悪魔、嫉妬は、生まれたばかりの色欲を取り込んだためディートハルト様、天使族のクロエ様、オリビア様だけでは勝ち目がありませんでした。なによりクロエ様がご懐妊していたというのもあります。三人ともこの場を生き残り、フィデス王国国民にかけられた洗脳の解除する方法は、オリビア様の提案した石化でございました」
「!」
百年前に聞いた時は、生き残るための苦肉の策と言っていたが、状況はもっと追い詰められていたのだろう。グラシェ国に石化した兄上と兄嫁、そしてオリビアを運び彼女は私の傍に置き、兄たちは神殿の地下に格納することで悪魔の立ち入りができないようした。
百年前のオリビアは凛とした強く優しい人だった。けれど私からしたら甘え方を覚えずに大人になろうと強がっていた──今の彼女とやはり根っこは同じだ。
努力家で、他人のために本気で怒れる。気遣い屋で、本当は臆病で寂しがり。オリビアのことを思うと、またすぐに会いたくなってきた。
「ディートハルトの石化は完全に解いており、今は秘境地で親子三人暮らしております。嫉妬を倒す準備が整い次第、こちらに戻って頂く算段もできております」
《原初の七大悪魔》は古来より人族の負の感情から生まれる種族であり、その対極に位置するのが天使族となる。本来は拮抗し合う存在だが、天使族のクロエに惚れた兄上と結婚したことで、天使族本来の力が衰えたとか。
その結果、嫉妬の行いを早急に見つけることができなかったのは、怠慢といえなくはない。その結果、オリビアを悲しませたことは許す気はない。ただオリビアがあの境遇だったからこそ私と出会えたのだとしたら、少し複雑ではある。
悪魔の追い詰めは父と兄に丸投げして、私は悪魔に狙われているオリビア優先という形を取らせてもらうことになった。
「まったく。事情を伏せて面倒事を私に全部押しつけて」と文句を垂れた。こっちは最愛のオリビアが石化して、百年の間がむしゃらに竜魔王代理を務めていたというのだから、不満ぐらい言ってもいいだろう。
「そうでもしなければ、あの悪魔を騙せなかっただろう。お前は顔に出やすい」
「う……」
「そうですございますね。セドリック様は、前王様や、ディートハルト様とは違い、ポーカーフェイスが苦手ですから」
「ぐっ……」
悔しいが言い返せない。これも一時期オリビアと一緒に暮らしていて感情を表に出していたからだろうか。自分は他の竜魔人よりも表情が豊からしい。腹黒の兄と、何事にも動じなさすぎる父よりはずっとマシだと思いたい。それに甘えるのが苦手なオリビアに甘えてもらえるよう、私が彼女を心から愛していると求愛するには、表情が豊かなことはいいことだ。
それからサーシャと私ができるだけ一緒の時間を過ごすことで、嫌がらせはもちろん危害を加える者たちを次々に捕縛していった。
***
この二ヵ月、オリビアが快適に過ごしている裏で、陰惨なことが起こっているのだが彼女には気付かれていないようだった。
適度な睡眠、運動、バランスの良い食事、ストレスのない生活によってオリビアの顔が昔のように明るくて優しいものに戻っていた。以前は酷く怯え警戒心の強い猫のようだったが、今は少しずつ心を許してもらえている──気がする。『嫌だ』という本能的な匂いもしないのが証拠だ。言葉でも照れているものの拒絶はされていない。それがただただ嬉しくて、愛おしさがますます膨れ上がっていく。
キスをすると頬を赤くして、甘い香りを漂わせるオリビアが可愛くてしょうがない。相変わらず敬語なのは距離感があって少し寂しいけれど、声のトーンが柔らかくなった。笑顔やはにかむ姿も可愛い。天使、いや女神。尊い。
元々手先が器用だったけれど、刺繍や髪留めを贈り物の返しと言って渡してくれた時は、幸せで「好きだ」という思いを言葉にして、抱きしめるぐらいしかできなかった。もっと伝えたいのに、こういう時は本当に語彙力が皆無になるのだと知った。
(ああ、今日もオリビアとの時間がたくさん作れた。オリビアから貰った──コレクションも増えていく。さて明日は何を贈ろうか。ああ、そうだ。寒くなってきたから、温かい飲み物にあう菓子に、茶葉を新たに購入しよう)
毎日のようにオリビアへの贈り物を考えながら、幸せを噛みしめる。
今日もオリビアが寝静まった後で、執務室で報告会が行われる。今日のメンバーは、侍女長サーシャ、私、執事アドラの三名だ。
「今日はセドリック様の贈り物のうち三箱に嫌がらせが紛れこんでいたので、内々に処理をしました」
「嫌がらせの内容はなんだ?」
「呪われたアクセサリー、毒蛇、毒針の仕込まれた髪飾りです」
「そうか。食事で切り分けてなかったキッシュ、味付けが濃いと言って下げたものは毒だったからな。後で料理長に聞いたところ作った覚えがないという」
「給仕時にいた侍女の犯行だと判明し、捕縛済みです」
「にしても竜魔人の狂的な嗅覚を存じていないのでしょうか」
「まあ、人族のオリビアは気づいていなかったので内々に処理をしたが、オリビアの食べるものに関してはジャクソンにのみ作らせた方がいいな」
「ではそのように。それと配給する者も選抜し、警備兵も増やしましょう」
「ああ」
「庭先に殺し屋がいましたので、投獄させました」
「殺し屋か、増えたな」
第二姫殿下のミアの場合は、犯行に及ぶのは男だけだ。主に食事や生活範囲内で暗殺、あるいは事故に見せかけた殺人を目論んでいる。
第三姫殿下リリアンの場合は、贈り物や、菓子やお茶などでこちらは侍女を買収しているのだが、厄介なのは届ける侍女たちは中身を知らないという点だ。
「魅了された男たちに関しては同情の余地はないですが、侍女たちは指示されたケースが多いので判断が難しいかと」
「──というと、上の立場の誰かが運ぶ際に指示を出しているということか?」
「いえ。同じ給仕の同僚から運んでおいてほしいと頼まれたと証言しています。ただその者の特徴を聞いても霞がかかったように思い出せないとか」
「ふむ……」
「セドリック様、オリビア様への贈り物の数を減らすのはどうでしょう?」
「なっ、今だって厳選した上で以前よりは減らしている!」
竜魔人にとって伴侶に贈り物をするのは求愛行動の一つで大事なことだ。だからこそ毎日贈り物をしている。それにオリビアの喜ぶ顔が嬉しいのもある。百年前はいつもお古のドレスを何度も縫い直して着こなして、代わりに私やダグラスやスカーレットの服にお金を使っていたのも知っている。
「オリビアは今までずっと贅沢とは程遠い生活をしていたのだ、だから──」
「ですが毎日のように量が多いと言われているではありませんか」
「うぐっ……。あれでも減らした。あれ以上は──」
正直、オリビアへの愛情を毎日の贈り物に込めているが全く足りていない。だが私だけが満足するだけでは意味がないので、オリビアが困らない程度にしていた。それでも多いとは言われるが、贈り物を手に取って嬉しそうにする姿が見たい。あと私のために着飾ってくれるのが嬉しい。
「量ではなく質で攻めるのです」
「質、か」
「たとえばネックレス──いえ、指輪など毎日、陛下が、直接、贈れば、オリビア様の、笑顔を独占できます!」
「そうです、陛下。ご自身でオリビア様にお渡しすれば、さらに喜ばれるかと!」
力説するサーシャの目は真剣だ。アドラも賛同し煽る。
たしかに。いつもお昼過ぎに贈っていたが、一緒にいる時に贈物を手渡したことはない。オリビアがどのような反応を見せるのか──。
喜び綻ばせる笑顔、顔を赤らめる姿を思い浮かべただけで「見たい」と率直に思った。
「よし、明日からは私が直接オリビアに贈り物を手渡そう」
「はい」
「そうしてください。とてもお喜びになります」
サーシャとアドラは問題が一つ解決に向かったことを喜びつつ、次の問題事項に入った。なんだかんだ二人とも有能で助かるのだが、なんだかうまく誘導されているような気がしなくもない。
「これで贈り物の中に紛れ込ませる方法は出来なくなりますね。もちろんセドリック様の書面付きでない贈り物は全てこちらで回収しますが」
「そうですね。贈り物に異物混入の被害は減るとして……問題は王兄第二姫殿下ミア様の魅了問題ですね。根本的な解決をしなければ、被害者は増える一方かと」
「それなら旧友があるものを発注してくれたので、もうじき届くはずだ」
「旧友……? ああ!」
サーシャが一瞬小首を傾げたが、すぐに誰のことか気づいたようだ。そしてその人物が戻ってくるということの意味も理解した。
「ダグラスと、スカーレットには人の姿ではなく、獣化してオリビアの傍に居てもらうことにした。私が居ない間に安心かつ護衛としての戦力は申し分ないからな」
「あの方達でしたら、確かに」
「わたくしが離れている時などヘレンはおりますが、確かにこれ以上にない人選かと」
そう旧友である二人なら、オリビアの護衛を任せることができるので、その点に関しては全幅の信頼を置いている。問題は──。
「私が居ない間に、ダグラスやスカーレットがオリビアと楽しくしているのを我慢できるかどうか……くっ、モフモフとか抱き付いていたら」
「陛下、独占欲が駄々洩れです。もう少し大人になってください」
「そうです。オリビア様にギュッとされたい気持ちは分かりますが、堪えてください」
「どさくさに紛れてサラッと本音を漏らしましたね、サーシャ殿」
「何のことでしょう」
サーシャもやろうと思えば獣の姿に変化することはできる。オリビアは可愛いものに目がない。子猫とか子ウサギとか、オコジョとか昔から好きだった。
ウサギは食糧難の際に、泣く泣く食べて落ち込んでいたけれど──。まあ、生きるためだとなんとか割り切ってくれたようだが。
(なんにせよ、後はダグラスやスカーレットが戻ってきてからが勝負といったところか)
お読みいただきありがとうございます!
お昼アップの予定でしたが、時間を切り上げて公開しました^_^
次回は19時過ぎ?になります。
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