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第12話 王太子クリストファの視点

 三年前、我が国の運営状況は傾きつつあった。隣国が百年ほど前に滅んでから魔物の出現が多発し、我が国内では魔力濃度が乏しいがため不作が続いていた。元々肥沃な大地をもつフィデス王国からの供給があったからこそ、貿易の盛んな我が国は発展していた。それが滅んだとは! 

 更に疫病まで流行り始めて王太子として頭が痛かった。


 そんな時にあの女は現れた。

 妙齢で色白の肌、思わず聞き入ってしまう魅惑的な声。漆黒の外套に身を包み、顔もフードで覆っているので口元しか見えない──あまりにも胡散臭い相手だった。

 何より王宮の生活区画に入り込めるだけで異常だ。警備兵を呼ぼうとしたが、その前に「グラシェ国の王妃の使い」と名乗り、オリビアという娘を利用して国を立て直すように計画を話した。その娘は亡国で一、二を争う有能な魔導士だったという。常に魔力に溢れた彼女を傍に置くと、周囲に魔力(マナ)が満ちて作物も増える。更に小物類などの付与魔法を得意とし、そういった魔導具や回復薬を他国に売れば利益になるということまで話してくれた。いい話だがどうにも胡散臭い。


「しかしそんな能力を持つ娘が、他国の私たちに対して協力的になるか?」

「御心配には及びません。確認したところ、彼女には記憶がありません。どうとでも話を作れます」

「ふむ」

「期限は三年ぐらいでしょうか。その間に、娘を囲って溺愛したのち奴隷のように扱ってあげてください」

「……そんなことをして本当に問題ないのか?」

「ええ。こちらとしては、あの娘には心に傷を負ってもらいたいのです」


 そう告げた女は三日月のような笑みを浮かべていた。正直に言って得体のしれない何かだろう。間違っても人族ではない。そう感じるほど邪悪な魔力を纏っていた。

 たった一人で国を賄えるだけの人材なら利用しない手はない。なに搾取をすると言っても最低限の生活と安全は保障すればいいだろう。


「一つ確認だが、虎の尾を踏むことは避けたいが──何かこちらが不利益を被ることはないのだな。盛大な後出しは勘弁してほしい」

「慎重ですね」

「次代の国を担う者として当然のことだ」

「問題ありません」


 嫣然と女は笑った。その口元が禍々しくも発せられる声が魅力的に思えた。

 彼女から紡がれた言葉なら、何でも信じてしまいそうな──そんな魔性を孕んだ声。

 そうだ、彼女が言うのなら間違いはないだろう。


「大丈夫です。全ては殿下の思うままにことは運びます」

「…………わかった。私の婚約者として囲いつつ、搾取させてもらおう」

「ありがとうございます。クリストファ殿下」


 問題は大いにあった。密約を交わし、オリビアを保護した途端、竜魔王代行が直々に乗り込んできたのだ。話を聞くと彼女は竜魔王の王弟セドリックの正式な婚約者であり、妻に迎える途中で何者かに誘拐され我が国に来たのだと。

 凍り付くような視線と明確な殺意に背筋が凍った。


「いますぐに彼女を返してもらう」

(それはまずい。なにが何も問題ないだ! 虎の尾をどころか竜の逆鱗に触れるような娘をよこして!)


 そう思った瞬間、嫣然と嗤った女の声が聞こえ──自分の悩みが急に馬鹿々々しく思えた。

 何を恐れる必要があるのだ。こちらにはオリビアという人質(切り札)がある。

 眼前の男への恐怖なども消え去った。乗り切れる──いや乗り切って見せる。


「いや、すでに我が国で保護すると書面にも残した。それを貴公の一存でひっくり返すことは難しい。そうだな、それなりに財を貰えるのなら、保護の期間を三年にしてやってもいい」

「……ほう。交渉を中断して戦争をしてもいいが」

「そうなったら戦火で保護した娘が真っ先に死ぬかもしれないな。それでもいいのかな? 私としても自国の民と保護した娘の安全を最優先にしたいのだが」

「……!」


 自分の妻となる者が人質になっていると気づいたのだろう。凍るような視線に耐え、何とか乗り切った。条件の中に「オリビアに触れることは許さない」という一文が増えたが、その結果、莫大な金銭が手に入った。

 あの竜魔人族の威圧にも屈せず、交渉の末莫大な金額を得た。

 あとはこの三年でオリビアを死なない程度に利用し搾取する。

 そうすれば完璧だ。あの時はそれこそが正しい考えだと信じて疑わなかった。


 それから三年。

 我が国の国土は豊かになり、魔術士として頭角を現す者が増え、聖女としてエレノアが覚醒するに至った。小物などに付与魔法を施した商品は他国に売り出した途端、高値で買い取ってもらい様々な所から金が入って来た。これで我が国も安泰──そう思ったのもつかぬ間、オリビアはグラシェ国に返す時期に差し掛かった。

 生贄と言う形で送り出したのは、あの女の指示だった。

 オリビアの傍にいた小動物を殺したのも、そう指示されたから。

 全てはオリビアを絶望させるためだと言っていた。そのあたりはどうでもいい。だが問題はいくつも残った。

 三年という時間に胡坐をかいて、オリビアが居なくなった後のことを甘く考えていた。

 あの使いの女の言葉通り、オリビアが居なくなったことで作物の生産量が激減。木々も枯れてマナも減少。聖女エレノアの力も殆ど失いつつあった。


「ふざけるな。なぜオリビアの後継者が誰もいないんだ? 私は技術を盗むために魔導ギルドに依頼を出していただろう!?」


 神殿の応接室で今後の話を神官と聖女エレノアたちで話すことになったのだが、オリビアの後釜がいないという。眩暈に襲われそうになった。


「だ、だって……後継者を付けたらオリビアの生産速度が遅くなるでしょう。だから後継者を作るよりも一つでも多く量を増やして儲けを増やそうと思ったのよ」

「三年で彼女がいなくなるというのも話していただろう。その後の事はどうするつもりだったんだ?」

「それは……私も魔力が増えてできることがあったから……大丈夫かなって。ほら、私はヒロインだし、そのぐらいのことはシナリオ修正が聞くと思って……」


 エレノアがここまで先を見通すことのできない女性だとは思わなかった。思慮深い、先を見据えた利発的な女性──どこがだ。

 最初はシナリオテンカイなどの予言めいたことを言っていたが、全ては意味をなさなかった。異世界の知識は多少役に立ったが、そもそも頭が足りていない。


(それならオリビアの方が何倍も先々のことを考えてくれた! 相談に乗れば的確なアドバイスもしてくれたのも彼女だ!)


 ふと責任感のあるオリビアのことだ、残った発注書のことを考えて何か残しているかもしれない。いそいで彼女が住んでいた屋敷に魔導ギルドの魔導士を数名呼びつけた。

 案の定、工房とは呼べない小さな部屋に回復薬やら付与魔法の手順書を残していたという。


「さすがだ。これで多少時間はかかるが取り組める」


 そういって魔導士に一カ月で注文を頼んだ。エレノアはブツブツと「シナリオが変わり過ぎている」とか「こうなったら《七つの大罪》との契約を」などと意味の分からないことをぶつぶつと呟いていた。この女は王妃の器ではないだろう。王妃教育も三日で匙を投げている。だが神殿と正面から対立するのはまずい。新たな方法を考えなければ──。

 とにもかくにも一端の問題はすべて解決する──そう信じて疑わなかった。


お読みいただきありがとうございます!

次回は19時過ぎ?になります。

あるキャラの視点になりますが、そこで103年前に何があったのかが明らかになります٩(ˊᗜˋ*)و



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