コロナの殺し屋と僕は
「コロナはただの風邪」という看板を掲げた集団が、渋谷ハチ公前広場でその主義に従いあえてマスクをせずにビラを配っていた。
声高に唱えている彼らの主義主張は、ただの風邪と変わらぬ疫病に対して過剰に怯える必要はない。それはマスコミの洗脳で、国家的な陰謀で、何者かが利益を得るために流布している偽りの脅威なのだといったものだった。
マスクをした人々は、異端者である彼らを避けながら、それぞれ抱えた目的を成すために広場を通り過ぎていく。
「今こそコロナの選別をォォオオオオオオ!!!」
叫び声ひとつ。
声を荒げて己の正義を訴えかける彼らに向かって、別の看板を掲げた集団が駆け込んでくる。
各々自由にラフな格好をした「コロナはただの風邪」の人々に対して、白装束を纏った彼らが掲げる看板に書かれるは「コロナは神の風邪」。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ、ごほっ!!」
十人程のその集団は、手当たり次第にそこらの人間に向けて咳込んで唾を飛ばし、水を口に含んでは、周囲の人間にどんどん吹きかけた。
「僕たちは、全員がコロナ陽性者です!」
突然の出来事に一瞬の空白が生まれた後、怒号と悲鳴が爆発的に広がり、主義主張に関わらずハチ公前にいた人々は、青ざめた顔で逃げ回った。
「コロナの剣が平等に、命を選別します!」
そう叫ぶ彼らを、すぐに駆け付けた警察が取り押さえた。
しかし同時多発的に、日本中の至る所で「コロナの選別」を呼びかける集団の同様のテロが発生する。
コロナとは「母なる宇宙より飛来した神」が授けた「選別の剣」であり、人口爆発によって広がる環境汚染、動物虐待、経済格差、その罪を挙げれば数え切れぬ傲慢なる人類を裁く鋭き刃である……というのが僕らの主張だった。
主張のままに「コロナの選別」という団体名を掲げて、SNSを中心にそれなりの支持を集めている。
勿論、受けた支持の何百倍、何千倍もの批判や嘲笑を受けたが、批判は支持者を先鋭化させる槌となって僕らを打ち、今回の凶行に走らせる原動力となった。
その首謀者であるところの僕は、コロナによって合法的に殺害した両親から奪い取ったこの家で、事の経緯をスマホやテレビで見守っていた。
「ニュースになってます。どれだけの人が選別されるか……楽しみですね」
熱心な「コロナの選別」のメンバーである若者が僕に話しかける。
慌ただしく家中を行き交う「コロナの選別」の人達は、コロナにかかっている者もかかっていない者も、みな熱病に浮かされたような顔をしていた。
「引き続き支援者のみんなに、行動を起こすよう伝えてください」
僕は簡単な指示をいくつか残して、二階の奥の部屋に引きこもる。
ここは元々僕の父親の書斎で、四方に置かれた本棚には、小難しそうな学術書が置かれている。ここで父は、妹を強姦していたのだ。見事コロナに感染させて両親を殺したことは、僕の人生で数少ない成功体験ではあったのだけど、殺害して尚その憎しみが消えることはなかった。
窓から外を見ると、私服警官らしき人がいるのが見える。
なんらかの準備が整い次第、僕達を逮捕するつもりなのだろう。
下の方では、熱気に浮かされたような選別のメンバーの声が聞こえてくる。
彼らはこの騒動の先に、何か前向きな結末が訪れると心の底から思っているのか? いや、歪んだ人達ではあるが、そこまで病的な楽観に浸れるほど壊れてはいないだろう。いずれ訪れる破滅を見てみぬ振りして、その場の熱狂に左右されてるだけなのだ。
「福岡駅でも、コロナのブッカケ成功しました! 人間ごときの選別が、平等なる選別が!! 日本の全てで、行われることでしょう!!!!」
僕は、いつの間にか書斎の机に突っ伏して眠り込んでしまっていた。
このところ今日のイベントの準備で、ほとんど寝ていなかったせいだろう。
辺りはすっかり暗くなっていて、静まり返っていた。
ぼんやりとした脳が次第に覚醒していくにつれ、あれだけ騒がしく出入りしていた選別の人達は、どこへ行ったのだという疑問が浮かび上がる。
現実感の伴わぬ夢のしじまのただ中を、ふらふらと僕は歩いていく。明かりの落ちた部屋のそこら中に、身動き一つせず倒れている選別の人達がいた。警察が? コロナのせい? バカげた理由しか思いつかず、ただただ戸惑い彷徨っていると、
「あなたが、コロナの選別の首謀者ですか?」
と呼びかける声が、唐突に後ろからした。
「はい」
間の抜けた返答をして振り返ると、そこには黒いフードを被った長身の男が立っていた。脈絡のない出会いながら、表情がすっぽり抜け落ちたような彼の顔に、僕は思わず親しみを覚えてしまう。
「僕は、この世の中からコロナを抹消するために、人間を一人一人殺して回っている一介の殺し屋です。あなたは、コロナを増やす害悪ということで殺しに来ました」
「なるほど。そのような人もいるんですね」
突拍子もない話ではあるが、実際にそこらに倒れている人達がいるのだから、リアルな話なのだろうとすぐに腑に落ちた。僕は咄嗟に「まだ生きていたい!!」という強烈な想いに駆られて、走りだす。
もっともっと生きて、僕を無視して必死にもがいて生きている人々を、もっともっと選別にかけて殺すのだ。
しかし男は、素早い動作で僕を捻じ伏せ床に押し付けた。細身に見えるその身体からは想像もつかない程の腕力で、身動き一つ取ることもできない。
そして何かのスプレーを吹きかけられると、僕は急に呼吸が苦しくなってのたうち回る。
「すぐに楽になるから、静かに死んでくださいね。コロナを蔓延させるその肉体と共に」
「あっ! ああ……なんでこんな……」
「人間が存在するから憎きコロナが蔓延するんです。大切な人ではない、それを維持するのにさして必要でもない肉なのに、害が大きすぎます」
なにやら話している男の声が、どんどん遠くなっていく。
「本来ならば、平等にコロナの媒介者である人間を殺しているのですが、あなた達は特別です。コロナの媒介者に対して平等でありたいという考えも大切にしたいので、あなた達だけに関わっている訳にはいきませんが、優先的に殺してあげます」
そうしてコロナの選別を生き抜いた僕の命は、理解不能な暴力の前に、立ちどころに圧し潰されてしまった。
翌朝、「コロナの選別」のメンバーを捕えようと拠点となっていた民家に踏み込んだ警察官が目にしたものは、何者かによって殺された13人の死体だった。
嗚呼。どこかへ煙のように消えて行ったコロナの殺し屋は、コロナという絶対悪を滅ぼすべく、今日も誰かを殺害するのだろうか?
前作を読まなくても楽しめるのですが、二作のコロナ短編と緩く繋がっていますのでこちらも是非ともお願い致します。
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そして僕はコロナと
https://ncode.syosetu.com/n5355gl/
コロナと殺し屋
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